ヲ級の艤装が口を開け、激しい光が発生する。
それはいったいなにを意味するのか。そして、これがどういった結果になるのか。
良い子は真似をしないでね。
カウントを終えたヲ級の頭にある艤装の口から激しい光と音が出現する。
「な、なんなの……っ!?」
驚いたマックスは光で目が眩まないように手で視界を遮り、至近距離で鳴り響く大きな音に聴力をやられたのか、何が起こっているのかサッパリ分からないようだ。
『な、なんなのですか、この光と音はっ!?』
『眩し過ぎてなんにも見えませんわーっ!』
少し離れた場所にいる観客たちも光や音に驚いてあたふたとしており、どうやら実況解説の青葉と熊野も同様らしい。
「ニトロブースト……起動ッ!」
そんな中、この現象を起こしているヲ級の声が聞こえた瞬間、辺り一帯に広がっていた光が収束し、まるでジェット機のエンジンが稼動しているような音と同時に、ヲ級の身体が後ろ向きでとんでもない速度を出していた。
足は海面から少し浮いた状態であり、どう見ても飛んでいるように見える。
ヲ級の艤装の口からは青白い炎が吹き出し、どうやらこれが速度を上げることができた理由なんだと思ったのだが、
『い、いったいヲ級ちゃんになにが起こったんですかーーーっ!?』
なんとか捻り出した……というよりかは、心境をそのまま口にした青葉の言葉に頷く観客一同。
ぶっちゃけ俺も同じ気持ちなんだけど、そもそもこんな能力? なんて、全く知らなかったんだよね。
……って、冷静に考えている場合じゃなくて、これってとんでもないことだよなっ!?
「うっ、くぅ……」
ヲ級が進む方向とは反対にいるマックスが、苦悶の表情を浮かべていた。身体中に激しい風が叩きつけられ、必死に転ばないようにバランスを保とうと必死になっている。
おそらくヲ級の艤装から噴出する激しい光と炎による風かなにかが、直線上に立っているマックスに直撃しているのだと思われるが、どこからどう見ても危険以外のなにものでもない。
どうにかして止めさせないと……と思ったものの、俺では海の上に立つこともできず、声を張り上げるしかないのだが、
ゴオォォォォォッ!
爆音が鳴り響き過ぎて、俺の声がほとんど届かないんですが。
つーか、マジでなんなんだよ、こんちくしょおっ!
『ヲ級ちゃんの艤装から、じぇ、ジェットエンジンのような炎が出てますっ!?』
『と、とんでもない速度でヲ級ちゃんが飛んでますわーーーっ!』
「な、なんなんだよあれはっ!?」
「鳥か、飛行機か……っ!?」
「いや、スーパー……ヲ級ちゃんだっ!」
観客からは様々な憶測が混じった声が上がっているんだけれど、最後の詰まり方ってちょっとおかしくないか……?
聞き方によっては金色のオーラを纏った伝説の……になりそうだけど、よく考えたら呉鎮守府での一件であったル級とのやり取りでもやっていた気がする。
ということは、今のヲ級って、本当になにか目覚めちゃったパワーとかが影響しているんじゃ……?
……なんてことを考えているうちに、ヲ級は一気に先頭集団との差を縮めていく。
「こ、この音はなんなのデスカッ!?」
「ヲ級が後ろ向きで飛んできてないっ!?」
「うーわー……。さすがにアレは、ありえないわー」
驚く金剛と雷に、額に汗を浮かばせながら飽きれ声を上げる北上。
端から見ていてもおかしいレベルを超えちゃっているのに、そんなヲ級が迫ってきている3人の心境は半端なモノじゃないだろう。
「コレガ僕ノ本気ダーーーッ!」
そして後ろ向きで叫ぶヲ級だけれど、正直前って見えてんの?
「ちょっ、このままだと危なくないデスカッ!?」
「よ、避けた方が良いわよね……」
「でもそうすると、ヲ級にトップを譲ることになっちゃうねぇ……」
「そ、それは……マズイデース……」
言って、金剛はヲ級と前方を見比べながら、焦った表情を浮かべている。
おそらく先頭集団の3人からゴールまでの距離は100メートルほど。ここでヲ級に抜かれてしまったとなると、逆転は難しいだろう。
いきなりジェットエンジンのような爆音と光を出し、とんでもない速度を出している時点で未知にもほどがあるのだが、これがいつまで続くか分からない以上、間違った選択は即負けを意味する……と、金剛は考えたのかも知れない。
ヲ級はすぐ後ろにいる。ここでなにか手を打たなければ、今までの苦労が水の泡と消えてしまうだろう。
考えをまとめ終わったのか、金剛の表情は焦りではなく真剣そのもので、しっかりとヲ級を見つめていた。
「おそらくヲ級は私たちをしっかりとは見えていないはずデス……」
「そ、そうだったとしても、あんな速度を出されちゃったら……」
「追いつかれないようにするのはまず不可能デスガ、妨害ならできるハズッ!」
「そうは言うけど、ヲ級の足が水面に触れていない以上、波を起こしたって意味がないかもよ?」
「確かに北上の言う通りデスケド、アレほどのスピードが出ていれば、横から少し力が加わると……」
「ははーん、なるほど。
無理矢理軌道を変えるためにってことだねー」
「で、でも、それって非常に危険なんじゃ……」
そう言った雷は、後方にいるマックスの姿を見る。ヲ級の艤装から放たれている強い風に吹かれてしまって思うように進むことができないばかりか、バランスを取るのが精一杯で進路を逸らすことすら難しいようだ。
それほどまでの力を持つヲ級相手に横からの力を加えるなんて、本当にできるのだろうか?
戸惑う雷は、頬を伝う汗を拭わぬまま金剛と北上の顔を見る。しかし、少し前に自分が言ったことを思い出し、大きく顔を左右に振った。
「いえ、そうじゃないわね。
私は正々堂々と、正面から戦うわ」
「……まぁ、それも1つの手だよねー」
雷の眼を見た北上は、小さく肩を竦めながらため息を吐くように言う。
「それならそれで良いデース。
私は勝利を確実なモノにするために、ヲ級に立ち向かいマース!」
自らに気合いを入れるため叫んだ金剛は、両頬をパシンと叩いてから身体を後ろに向けた。
「勝負は一瞬……。
すれ違い様に、タックルを合わせることができれば……」
大きく深呼吸をしながら、しっかりとヲ級の姿を見る。
「んー、そうなると……このあたりかなー……」
集中する金剛と迫りくるヲ級の姿を見ていた北上は、ボソボソと呟きながら雷の手を引っ張った。
「えっ、ちょっ、なにをするのよっ!?」
「良いから良いから。
巻き込まれたくなかったら、私の言う通りにした方が良いよー」
「わ、私は正々堂々と戦うんだから、変な小細工なんかするつもりは……」
「まぁまぁ、別に誰かの邪魔をするって訳じゃないんだからさー」
そう言った北上は半ば無理矢理に雷を引っ張り、金剛から少し右側の方へ間隔を取る。
「さぁ、かかってくるデスッ!」
「ソノ声ハ……金剛カッ!」
ヲ級はそう叫ぶものの、艤装の向きを変える訳にはいかないので顔は動かさない。
おそらく金剛はそれが分かった上で声をかけ、ヲ級に少しでも隙を作らせようと考えたのだろう。
「ここが勝負の分かれ道!
どっちが勝っても、恨みっこなしネー!」
「ソノ意気ヤ良シ!」
金剛の言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべたヲ級は、なぜか両手を頭の艤装を両側から挟み込むように添えた。
まさかここで艤装を外して正々堂々と戦う訳でもあるまいし、スピードが出ている以上変な行動は危険だと思ったのだが、
「ナラバ、ココデ更ナル奥ノ手ヲ出サセテ貰ウッ!」
言って、ヲ級は両手を使って艤装を時計回りでクルリと180度回転させた。
その瞬間、動力の方向が正反対になったことでヲ級のスピードは急激に落ちて停止しそうになる。
「……へっ?」
なにが起こったのか分からなかった金剛は呆気ない声を上げて大きく眼を見開いたが、その気持ちは俺も同じ。
頭の艤装でとんでもない速度を出せるばかりか、回転までできるってなんでもありかよっ!
「ココダ……ッ!」
心の中で突っ込む俺の気持ちも露知らず。ヲ級はタイミングを見計い、今度は身体を同じように回転させて前を向く。結果、またしてもヲ級の身体は強烈な動力を受け、足が宙に浮く速度で金剛に襲い掛かった。
「コレガ僕ノ本気、パート2ダーーーッ!」
「whyーーー!?」
前を向いたことでしっかりと視界を確保したヲ級に隙が生まれるはずもなく、金剛の目論みは完全に夢散してしまう。
もはやこうなってしまった以上、できることと言えば二者択一。
引くか、それとも攻めるかであるが、後者は完全に悪手であり、冷静になればどちらが良いかなんて分かるはずなんだろうけれど、
「あーあ……。これで金剛も負け確定かー」
「……ッ!?」
明らかに金剛の耳へ届くように、わざとらしく北上が呟いていた。
しかも自分は関係ないといった風に両手を頭の後ろで組み、全く興味がなさそうな口調で、
「これだからいつまでたっても先生をゲットできないんだろうなー」
「な、ななな……ッ!」
「恋は当たって砕けろなんだし、障害があるなら立ち向かってなんぼでしょうよー」
「い、言いましたネーッ!」
顔を真っ赤にした金剛は北上に向かって大きく叫び、そしてあろうことかヲ級に向かって走り出した。
そう――、つまり逆走ってやつなんだけど。
「私だっテ、本気を出せばヲ級くらい……ッ!」
「エッ、アッ、チョ……ッ!?」
「先生への思いを胸に……ッ、ばあぁぁぁにんぐぅぅぅらあぁぁぁぁぁぶぅぅぅっっっっっ!」
「オ、脅シニ屈シナイドコロカ、キュ、急ニ正面カラッテ、イキナリ進路ヲ変エラレルハズガ……ッ!」
まるで金剛とヲ級が強力な磁石で吸い寄せられるように、2人は正面から向かい合い、
ドッカーーーーーンッ!
「Nooooooooooo!」
「グワラゴグワキーーーンッ!」
金剛とヲ級の悲鳴とともに、2人の身体が大きく宙に舞う。
『ヲ級ちゃんと金剛ちゃんが正面衝突ーーーっ!?』
『あの衝撃では非常に危険ですわっ!
救護班は今すぐ出動して下さいーーーっ!』
それはもう見事というしかないくらい綺麗な放物線を描く吹っ飛び方に、実況解説の青葉と熊野の声にも緊張が走る。
ヲ級の勢いが大きかったのか、空を舞う2人の方向は前方――つまりゴール地点に向かっている。
騒然と化した観客たちからどよめきと悲鳴が上がる中、俺は即座に椅子から立ち上がって落下地点辺りに向かい走り出した。
「ありゃりゃ、思ったのとはちょっち違う感じだけど、このままじゃマズイかなぁ……」
「ま、マズイもなにも、2人は完全に吹っ飛んじゃってるじゃないっ!」
北上が掴んでいる手の力が弱まったのを見計らい、雷は叫びながら振りほどく。そして、空を飛ぶ2人の姿を眼で追いながら速度を上げた。
「勝負の途中だけど、こんな状態を放っておく訳にはいかないわっ!」
おそらく大きな衝撃を受けた2人の意識はなく、海面に叩きつけられてしまえば沈んでしまうかもしれない。第4ポイントで比叡と五月雨が転覆しかけたときは救助が間に合ったけれど、現在の位置から救護班が出発する場所を考えると、非常に危険だと思ったのだろう。
「海に落ちたら助けられない……。
それなら、空中にいる状態でキャッチするしかないわよねっ!」
雷はいきなり北上に顔を向けながらそう言うと、返事を聞かずに前へと走る。
「それってつまり、手伝えってこと……か」
「はぁぁぁ……」と大きなため息を吐いた北上は、ヲ級と金剛の姿を確認してから肩を竦め、雷の後を追っていく。
空を舞うヲ級と金剛。海面を必死に走る雷とそれを追う北上。そして最後尾を走るマックス。
ゴール地点へもう間近というところで起こったアクシデントによって、もはや競技どころではない状況に中止を進言する声が上がった途端、
思いもしなかったところから、大きな叫び声が聞こえてきたのであった。
次回予告
いやもう中止が妥当だと思うんですが。
そんな主人公の気持ちもどこへやら、レースはまだ続いている。
それどころか、とある叫び声によって更に激しい展開が予想され……?
やりたい放題だよ、こんちくしょうっ!
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その77「決着ッ!」
乞うご期待!
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