まぁ、やっぱりというかなんというか、金剛も子供だからね。
追いついてきた北上の指摘によって振りかえった金剛に新たなる壁が立ちふさがる。
はたして最後の第5ポイントはどうなってしまうのか。
そろそろ終わりも近い……はずっ!
「フッフッフ……。主役ハ遅レテヤッテクルッテネ」
「やはり……きたデスカッ!」
悪役面という言葉がすぐに浮かんでしまうほどの表情を浮かべたヲ級が北上の背後から現れ、それを見た金剛が叫ぶ。
どうやらマックスを抑えていたヲ級も同じように追いつき、先頭集団は大混戦となっていた。
「ところでヲ級ー、マックスの方はちゃんと対処できたのー?」
「転倒シナイ程度ニ妨害ハシテオイタケド、完全ニ心ヲ折ルコトハ難シカッタカナ……」
そう言ったヲ級は、右手の人差し指を後ろへと向ける。4人が集まる先頭集団からおおよそ40メートルほど後方に、必死に海上を駆けるマックスの姿が見えた。
「正直ニ言ッテ、アノ根性ハ目ヲ見張ルモノガアルヨネ」
「ヲ級がそこまで褒めるとは、相当なんだろうねぇ……」
北上は「はぁ……」とため息を吐いてからもう1度マックスの姿を確認してから、金剛に向かって口を開いた。
「ぶっちゃけこのままだとマックスがいつ追いついてくるか分かんないんだけれど、まだぶつかりっこを続けるのかなー?」
「私はまだまだ体力的には大丈夫ですケド、確かにマックスを放置する気にはなりませんネ……」
言って、金剛はチラリと雷の顔を見る。
どうやらその視線を雷は気づいたようだが、反論や威嚇はしないようだ。
まぁ、見た感じ結構疲労しているみたいだし、無駄な体力は使いたくないというのが本音かもしれない。
しかしそうなると、この後の展開にもよるだろうが、雷は相当に不利になったと思えてしまうのだが……。
「関係……ないわ……」
「……え?」
「そんなの関係ないって言ってるの。
マックスが私たちの中で誰よりも早いだろうってことは分かっているし、前半はその脅威を押さえつける為に北上とヲ級が頑張っていたことも知ってるわ」
雷は啖呵を切るように3人に向かって手を振りおろしながら言葉を続ける。
「だけどね、コースも残り少ないこの状況で後ろから追いかけてくるマックスに怯えて策を練るんだったら、私は全力でゴールに向かう方がよっぽど気持ちが良いと思うのよ」
「……へぇー」
その言葉に北上はほんの少し口元を釣り上げて息を漏らす。ヲ級は無表情のまま無言を貫き、金剛は大きく眼を見開いて雷を見ていた。
1番疲労しているだろう雷が、どうしてそんな言葉を吐けるのだろう――と、金剛は思ったのかもしれない。ヲ級も同じことを考えているからこそ喋らないのか、それとも他になにか考えを持っているのだろうか……?
「私はこの勝負に勝って、先生を手に入れたいの。
だからさっきまで金剛と正々堂々とぶつかり合っていたし、それを続けるのなら止める気なんてないわ」
「勇敢だねぇ……と言いたいんだけれど、これ以上続けちゃうと怪我をしちゃうだけじゃ済まないかもよー?」
「それならそれで別に構わないわ。
もちろん負ける気はないけれど、好きな人を手に入れる為なら、なんでもするのが当り前じゃない」
雷はそう言い終えてから笑みを浮かべた。傍から見れば疲れきっているような顔なのに、その笑みはなんとも清々しく見える。
「……ソコマデ言ワレチャッタラ、引キ下ガル訳ニモイカナイネ」
「むしろ、ここで引いたらその時点で負けでしょー」
「勇敢な雷に、応えるのが私の役目デスネー」
3人は感化されたように1度頷いてから笑みを浮かべ、次々に口を開いた。
「……まぁ正直に言っちゃうと、これ以上は勘弁して欲しいけどね」
雷が肩をすくめて疲れたように息を吐くと、3人はクスリと笑いながらも重心を落とす。
「それじゃあ希望通り、スピード勝負と参りましょうかー」
「手加減はナシの方向でお願いするネー」
「ソロソロ本気ヲ出シタイト思ッテイタトコロダカラネ。
色ンナ鬱憤不満ヲ、ココデ晴ラサセテモラウヨッ!」
「全力でお相手するわっ!」
4人は一斉にスピードを上げ、大きな水しぶきを上げる。
こうして、やっと子供らしいと言えるであろう正真正銘のかけっこ勝負が始まったのだった。
『気づけばコースも中盤を越え、残るはS席がある埠頭前の直線を進んでゴールへ向かうのみ!』
『いつの間にか先頭の4人が放送席の前を素通りして、わたくしちょっとだけショックですわー!』
『現在先頭集団の4人はひと塊となって爆走中!
そしてその後には最後尾のマックスちゃんが、必死に追いかけていますっ!』
『一時は40メートル近くの差が開いていたマックスちゃんですが、持ち前の能力を発揮してジワジワと縮めていますわーっ!』
『このままいくと誰が1着になるのかまったく分からないレース展開っ!
さぁみなさん、盛大な拍手と応援を子供たちにお願いしますっ!』
「「「ワアァァァッ!」」」
拍手が、声援が、そして足を踏み鳴らす地響きすら心地好く聞こえるこの空間で、俺は立っている。
舞鶴の子供たちが、佐世保の子供たちが、そして一部の深海棲艦たちが目標に向かって走り続け、それを応援する人や艦娘がいる。
これは俺が望んでいた世界。命を奪い合う戦いではなく、スポーツマンシップにのっとり競い合う舞台は美しくもあり、非常に魅力的だった。
まぁ、子供らしからぬ戦略などもあったけれど、それも合わせて成長を喜ぶべきなんだろう。
みんなは笑い、怒り、悲しみ、そしてまた笑い合う。
ほんの少し前は――、いや、今もどこかで醜い争いは起こっている。
それは艦娘と深海棲艦であったり、人同士であったり、様々な組み合わせがあると思う。
だけど今、俺の目の前ではいつまででも見ていたい光景が広がっているのだ。
これは俺1人の努力でなしえたことじゃない。
みんなが力を合わせ、知恵を振り絞り、より良い未来を描こうとした結果で実現した。
だからこそ、観客たちは揃って声援や拍手を送り、子供たちもそれに応じようと必死に駆けている。
一部にいたっては理由が違うかもしれないが、それでもその姿が美しく見えるのは変わりない。
ならば、なればこそ、俺はこれからもできる限り精一杯子供たちを見守り、笑顔が浮かばせられるように努力しなければならないのだ。
そのためには、やっぱり……争奪戦の行方が大事になってくるんだけれど、
『先頭争いの4人は未だ誰も脱落しないデッドヒートッ!
ほぼ横並びの状態でゴールに向かって一直線!』
『もはや最後は気力勝負!
根性が1番ある子が、勝利をもぎ取るのですわ!』
子供たちの頑張りに青葉と熊野の実況にも熱が入り、それに合わせて観客の反応も色濃くなる。その大きさは生半可なモノではなく、騒音レベルで例えるならば警察に即刻苦情が入ってもおかしくないだろう。
おかげで時折実況が聞こえにくいときがあるが、子供たちの様子は目で追えるので問題ない。
それよりも俺として気になるのは、やっぱり結果な訳なのだが、
「やっと……追いつけそうね……」
『おおっと、ここで最後尾から必死に追い上げてきたマックスちゃんが先頭集団を射程圏内に収めてきたーーーっ!』
いつのも無表情のまま……だけど、目にメラメラと燃えるような炎を秘めたマックスが、4人から10メートルほど後方まで迫ってきていた。
「ヤハリ……キタカッ!」
「うーん、思ったより早かったねぇー」
緊迫した表情を浮かべたヲ級と、相変わらずマイペースな北上が振り返ってマックスとの距離を図る。
「誰がきたって、私は負ける気なんてさらさらないネー」
「その通りよ。
正々堂々と、勝負してあげるんだからっ!」
フンス……と鼻息を荒くしながら気合いを入れる金剛に、5人の中で1番疲労しているであろう雷が右腕をグルグルと肩で回しながら叫んでいた。
『先頭集団が向かうゴールまでの距離はおおよそ200メートル!
4人の中から誰が1番に飛び出すんでしょうかっ!?』
『最後尾のマックスちゃんが、4人をごぼう抜きする可能性もありますわよっ!』
『目が離せない展開は、まさに最後の勝負に相応しいですっ!』
『ここで瞬きをしたら、一生後悔しちゃいますわっ!』
若干大袈裟過ぎる気もするが、観客たちを最大限に盛り上げるにはこれで良いのかもしれない。
まぁ、実際には青葉と熊野の声も歓声に紛れて聞こえにくかったりするんだけれど。
「ココシカ……ナイッ!」
いきなりヲ級が叫び声を上げると、空気抵抗を極力減らすために低くしていた体勢をいきなり崩した。
その結果、若干だが4人の中から置いていかれるように、少しずつ後方へ下がっていく。
「ヲ級!?」
驚いた金剛がヲ級を見ようと振り返ろうとするが、雷と北上の動きも気になってしまったのか、一瞥するだけに留めたようだ。
『最初の脱落者はヲ級ちゃんかーーーっ!?』
観客たちはそんなヲ級の姿と青葉の声にどよめき、いたるところから応援と悲鳴が上がっていた。
「がんばれ、ヲ級ちゃーーーんっ!」
「最後まで諦めるなーーーっ!」
「ウソダドンドコドーン!」
しかし、そんな声も虚しくヲ級はどんどんと下がっていく。
先ほど叫んだ言葉を聞いた限りではまだまだ行けると思ったのだが、あれはやせ我慢だったのだろうか?
なんだか少しばかり怪しい気もするんだけれど……と思いながらヲ級の姿を目で追っていると、最後尾のマックスと並びかけた途端に、ほんの少し口元を吊り上げるのが見えた。
「マタ、会ッタネェ……」
「……っ、今度はなにをするつもりかしら?」
「別ニ邪魔ヲスル気ハナインダケドネー」
「その言葉を信じろって言うの……?」
フン……と鼻を鳴らしたマックスは、それ以降ヲ級と会話をせずに無視をし、さっさと追いていこうと速度を上げる。
「……っ!?」
しかし、ヲ級はそんなマックスとまったく離れることなく並走し、ニンマリと笑みを浮かべていた。
「やっぱり、なにかをするつもりなのね……っ!」
「サッキモ言ッタケド、邪魔ヲスル気ハ全クナイヨ」
言って、なぜかヲ級はクルリと身体を半回転させて、後ろ走りの体勢になった。
「……は?」
さすがに意味が分からないマックスは、目を点にして素っ頓狂な声を上げる。同じくヲ級を見ていた観客たちも、ぽかんと大きく口を開けて固まっていた。
『い、いったい、ヲ級ちゃんはなにをやっているんですの……?』
『さ、さすがの青葉も、分からないことも……ある……んですけど……』
戸惑いまくる実況解説に、観客たちからは「諦めたんじゃないのか……?」と残念がる言葉が聞こえてくる。
しかし、当の本人であるヲ級の顔は笑みを浮かべたままで、全く諦めているといった様子は伺えなかった。
「タダシ、結果的ニ巻キ込マレル可能性ハナキニシモアラズ……カナ」
ヲ級がそう言った途端に顔から笑みを消し、両足を大きく広げて重心を落とした。
端から見れば、今から四股を踏むような相撲取りの体勢であり、どう考えても速度勝負をしているようには見えない。
ましてや後ろ向きで走っているところを考えても、半端じゃないことをやっているのは明白なんだけどね。
「5……」
「な、なにを……?」
「4……」
「い、いったいなにをするつもりなの……っ!?」
あまりにも訳が分からないっぷりに、マックスは怯えたように表情を曇らせて肩を震わせる。
しかしヲ級は返事をするどころか、いきなり頭の上についている大きな艤装の口をパックリと開けた。
「3……」
「……っ!
な、なぜここで艦載機を……っ!?」
「2……」
驚いたマックスはヲ級から距離を取るために進路を変えようと重心を傾ける。しかし、ヲ級は全く気にすることなくカウントダウンを続けた。
「1……」
そして遂に次の言葉が最後となる……と思われたとき、ヲ級の頭についている艤装の口の奥がぼんやりと光り始め、
「0……ッ!」
そう叫んだ瞬間、急にヲ級を中心とした激しい光が発生したのであった。
次回予告
いったいなにが起きるんだってばよっ!?
ヲ級の艤装が口を開け、激しい光が発生する。
それはいったいなにを意味するのか。そして、これがどういった結果になるのか。
良い子は真似をしないでね。
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その76「ワイルドスピード?」
乞うご期待!
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