艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 北上の作戦に賛同する形でヲ級と雷が加わった。
さすがのマックスも3対1では不利と見込んだのか、一度下がろうとしたのだが……。

 なにやら、色んな思案が入り組んでいる予感……?


その73「自己犠牲なのか否か」

 

「こうなったら、引くしかない……ようね」

 

 ボソリと呟いたマックスは、落胆する顔を浮かべながら大きく肩を落とす。

 

 そして急ブレーキをかけるように速度を落とすと、ヲ級と雷の後方へと下がって行った。

 

『ついにマックスちゃんが後退ーーーっ!』

 

『表情から察するに、非常に悔しい思いをしているんでしょうけれど、あの状況では下がるしかありませんですわね……』

 

『まさに作戦的撤退というところでしょうが、ここで最下位に転落は非常に痛手ですねー』

 

 青葉と熊野の会話を聞いた一部の観客たちは、マックスの後退を見て残念そうな顔を浮かべたり、悔しそうに座り込んで拳で地面をバシバシと叩いたりしている。

 

 一方で、北上から始まりヲ級と雷が加わった作戦を褒めたたえる観客もいて、まさに最後の勝負といった盛り上がりを見せていた。

 

「ヒトマズハ勝ッタ……ト言イタイトコロダケレド、コノママ放置シタラ意味ガナイヨネ」

 

「え……?」

 

 後退するマックスを見ながらヲ級が呟くと、雷が首を傾げながら不可解な顔を浮かべる。

 

「北上ガ波ヲ起コシテ僕ト雷ガ挟ミコムコトデ、マックスヲ妨害スルコトガデキタ。

 ダケド、後ロニ下ガレバ波ノ影響ヲ受ケナイ場所ヲ走行デキルカラ、追イツカレル可能性ハカナリ高インジャナイカナ?」

 

「そ、それは確かにその通りね……」

 

 言って、雷は後ろを振り返りながらマックスを見る。

 

「………………」

 

 俯き気味に無言で走るマックスは、波に足を取られないように意識をしているように見える。

 

 もちろんマックスの両隣は誰もおらず、大きめに左か右へ移動すれば妨害する波だけではなくヲ級と雷の航行跡に出る引き波も回避できるのに、それをしようとしないのだ。

 

「……っ!」

 

 明らかにおかしいと思った瞬間、マックスの視線が一瞬だけ雷の目に映る。意気消沈することもなく、今はただ欠けてしまった牙を研いでいるように、背筋を凍らせてしまうような気迫が目の奥に浮かび上がっているような気がした。

 

 おそらくマックスは、ヲ級や雷、そして北上を油断させようと不利な状況に置かれているとアピールしているのだろう。しかしその狙いはすでに看破されてしまったのだが、それがマックスにとって大きな問題にはなりそうになかった。

 

「フゥ……。仕方ガナイ……カ」

 

 大きなため息を吐いたヲ級は、なぜかいきなりさきほどのマックスと同じように急ブレーキをかけて後退をし始める。

 

「えっ、ど、どうしてっ!?」

 

「マックスヲコノママ放置シテオクコトガデキナイ以上、誰カガコウシナキャナラナイノナラ、僕ガスルシカナイト考エタカラサ」

 

「で、でもそれじゃあ……っ!」

 

「別ニ勝利ヲ諦メタ訳ジャナイヨ。

 チョットバカリ厄介ナ相手ニ、ギャフント言ワセテカラ追イカケルダケナンダヨネ」

 

 フッ……と、ニヒルな笑みを浮かべたヲ級が、人差し指と中指をおでこに当てて会釈をする。

 

 まるで今から戦闘機に乗って戦場に向かうパイロットのようだが、ぶっちゃけると死亡フラグにしか見えないのは気のせいじゃないと思うんだよね。

 

「サアテ……、パーティーヲ始メヨウカ……ッ!」

 

 ヲ級はマックスの行く手を遮るように、両手を広げて威嚇をする。

 

「ふうん……。今度は一対一で勝負する気なのかしら?」

 

 マックスはキッと鋭い目をヲ級の背に向け、即座に体勢を低くした。

 

「サァ、行クンダ雷ッ!

 僕ノ分モ一緒ニ、前ヲ行ク北上ト金剛ニブツケテヤレーーーッ!」

 

「……っ、分かったわ!

 ヲ級の願い、雷に全部任せて良いのよっ!」

 

 目尻に少しの涙を浮かばせた雷は、大きく叫びながら急加速をする。

 

 まずは未だ蛇行を繰り返す北上を抜き、そして先頭の金剛を追い抜くために。

 

 自分とヲ級の願いを込めて全力で勝利をもぎ取ろうと、雷の顔は気迫に満ちていた。

 

 

 

 

 

「行ッタ……カ」

 

「あら……、なにやら表情が不敵に見えるんだけど?」

 

「後ロカラドウシテ僕ノ顔ガ見エタノカガ気ニナルトコロダケレド、ソンナコトハドウデモイイカナ」

 

「ふうん……。なにやら裏がありそうって感じに見えるわね」

 

「サアテ……、ソレハドウカナ……ッ!」

 

 マックスをブロックしていたヲ級が急ブレーキをかけ、身体同士がぶつかりそうになる。

 

「くっ!」

 

 慌てて進路を右に変えて回避しようとするマックスだが、ヲ級はそれを察知していたかのように再加速をし、ガッチリとブロックし直した。

 

「こんなことをしていたら、どう考えても1位を取ることはできないわよ?」

 

「確カニソウカモシレナイケレド、僕ガ絶対ニ1位ヲ取ラナケレバイケナイ状況デモナインダヨネ」

 

「それって、どういう……」

 

「簡単ナコトダヨ。

 トップノ金剛ヲ追イ抜クヨリ、マックスヲ抑エタ方ガ有効ダト考エタカラサ」

 

「だけどそれじゃあ、私と一緒に共倒れになってしまうのくらい分からない訳じゃないわよね?

 ましてやトップの金剛が所属するチームは総合特典でも1位のはずだから、私を抑えられたとしても優勝することは……」

 

「サァ……、ソレハドウカナ?」

 

 そう言ったヲ級はマックスへと振り返り、ニヤリ……と不敵過ぎる笑みを浮かべる。

 

「あなた……まさかっ!?」

 

「オット、コレ以上無駄話ヲシテ油断ナンカシチャッタラ、元モ子モナイカラネ……ッ!」

 

 ヲ級は再度急減速と急加速を続け、マックスの進路を防ぎながらバランスを乱そうと妨害を繰り返した。

 

 2位の北上は未だ蛇行をやり続けるどころか、その動きを広げることで波の幅を増加させていたせいで、マックスの逃げ場がどんどんなくなっている。もちろんそれはヲ級にも影響があるのだが、マックスのように焦った表情は見せず、苦にもしないように妨害し続けていた。

 

『4位争いを繰り広げているヲ級ちゃんとマックスちゃんの戦いが熱いーーーっ!』

 

『執拗にブロックしつづけるヲ級ちゃんのテクニックに、マックスちゃんが完全に翻弄されてますわーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉーーーっ!」」」

 

 観客からは歓声ばかりかドンドンパフパフと鳴り物の音まで飛び出して、子供たちを必死に応援しているのが伺える。

 

 そのあまりの盛り上がり方にスピーカーから流れる青葉と熊野の声が聞こえにくいほどで、ヲ級とマックスの会話がほとんど聞き取れなくなってしまう。

 

 現状を見る限り、笑みを浮かべるヲ級がマックスの前でブロックし続けることで上位のビスマルクチームが不利になるのはありがたいのだが、それだけではまだ足りない。

 

 トップを行く金剛がおそらく総合得点では第1位のはずだから、なんとしても北上には追い抜いてほしいところなんだけれど……、

 

『おおっと、4位争いが激化しているうちに、3位の雷ちゃんが2位の北上ちゃんに近づいてきたぞーーーっ!』

 

 その声に気づいた俺はとっさに顔を動かし、視線が集中する方へと見る。

 

 そこには未だに蛇行を繰り返す北上に、気迫のこもった顔で全速力を出す雷が襲いかかろうとしていた。

 

「てりゃーーーっ!」

 

「ありゃー、もうここまできちゃったかー」

 

 叫ぶ雷の姿を確認した北上だが、まったく焦りが見えない普段通りの表情と口調で呟くと、蛇行していた動きを止めて真っすぐに進路を取る……と思いきや、

 

「はいはい。私は引き続き蛇行して妨害してるから、先に行っちゃって良いよー」

 

「……へ?」

 

 右手を前に振ってお先にどうぞとジェスチャーをする北上。

 

 いやいやいや、それじゃあこの勝負が負けになっちゃうじゃんっ!

 

「ど、どうしてなの?」

 

「どうしてと言われても、今一番やらなきゃいけないことをしているだけなんだよねー」

 

「そ、それってやっぱり、マックスを妨害しないとってことよね……?」

 

「そうだよー。

 前半のうちにコテンパンにやっちゃわないと、いつ追いつかれちゃうか分かったもんじゃないからねー」

 

 そう言った北上は肩をすくめながらマックスがいる後ろへと振り返る。

 

 そこではヲ級がマックスをブロックしながら、北上が起こす波を利用して転倒を狙おうと必死な形相を浮かべていた。

 

「で、でもそれじゃあ、私が先に行くのはなんだか悪い気もするんだけど……」

 

「んーーー……、まぁそれは別に良いんじゃないかなー。

 あくまで私は戦略的に考えた作戦を実行しているだけなんだし、雷は雷で自分の思った通りにすれば良いんじゃない?」

 

「………………」

 

 少しおどけた風に北上が言うと、雷は戸惑うようにしながら無言で考え込んだ。

 

「それに……、雷には先に行ってもらわないと困るからねー」

 

「……えっ?」

 

「あー、今のは別に聞こえなくても良いんだよー。

 ただの独り言だから、気にしない気にしないー」

 

「そ、そう……」

 

 余計に困惑してしまいそうになる雷だが、トップを走る金剛の位置を見た瞬間、タラリと汗がおでこから頬に伝わった。

 

 現在の雷と北上のいる場所から金剛までの距離は、おおよそ30メートルほどだろうか。まだ第5ポイントは始まってからそんなに経っていないとはいえ、これだけの差が開いてしまったら余裕がある状況だとは思えない。

 

「分かったわ……。それじゃあ私は、先に行かせてもらうわね!」

 

 決断した雷は自分に言い聞かせるような大きい声を北上に出し、両手の拳をギュッと握りこむ。

 

「おっけー。それじゃあ、頑張って金剛を抜いちゃってねー」

 

「ええ、頑張るわ!」

 

「ああ、それとついでにお願いなんだけどー」

 

「……なにかしら?」

 

「金剛を抜いたら、ついでにちゃちゃっと妨害しちゃってねー。

 そうしてくれた方が、ヲ級も私も追いつきやすいだろうしさー」

 

「それは……、約束できるかどうか分からないけど……」

 

「まぁ、できたらで大丈夫なんだけどねー。

 マックスの妨害を終えてからでも、一応追い抜ける段取りは考えているからさー」

 

 言って、北上はニッコリと笑みを浮かべた顔を雷に向ける。

 

「そ、そうね。そうじゃないと、ここまで頑張ってきた意味がなくなっちゃうわよね」

 

「まーねー。

 さすがにこれでドンケツだったら、チームのみんなにも申し訳が立たないからさー」

 

 北上は自分の顔の前でパタパタと右手を振った後、蛇行の動きにメリハリをつけるように大きく身体を動かした。

 

「………………。

 そ、それじゃあ、お先に……」

 

「うん。頑張ってねー」

 

 北上に速度を合わせていた雷は加速をし、すぐにその差を大きくする。

 

 そんな雷の背中に再度「がんばってねー」と声をかけながら手を振った北上は、何度も両足を開いたり閉じたりを繰り返して波を荒いモノにしていた。

 

『ここでついに雷ちゃんが北上ちゃんを追い抜いたーーーっ!』

 

『激しい戦いどころか、なにか話し合っているだけに見えましたけど……』

 

『もしかすると、北上ちゃんは雷ちゃんを鼓舞していたのかもしれませんねー』

 

『でもそれじゃあ敵に塩を送るだけで、勝負を放棄したことになりませんこと?』

 

『完全に放棄していたのなら、マックスちゃんへの妨害行動の説明がつきませんからねー。

 おそらくですけど、まずは1番の脅威を排除しようと考えているんじゃないでしょうかー』

 

『なるほど……。

 しかしそれだとトップの金剛ちゃんはなんの障害もなく走れていますし、断トツなのは確定になるんじゃあ……』

 

『ところがどっこい、そう簡単にことは上手く運ばないみたいですよー』

 

『あら、そうですの……?』

 

 疑問の声を上げた熊野がそう言うと、観客たちの視線もおのずとトップの金剛へと向けられる。

 

 するとそこには、誰もが呆れてしまいそうになってしまうような状況が、簡単に見てとれたのであった。

 




次回予告

 金剛にいったいなにがあったのか。
それはあまりにもありがちで、空いた口が塞がらなくなってしまいそうだった。
更にお約束の言葉も飛び出して、一気に転落すると思いきや……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その74「トップ争い」


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