国籍がどうとかいう前に、子供に読めないのは既にアウトだよね。
ひとまずレーベの件は落ち着いたが、今度は五月雨が詰まった感じに。
しかしそんな中、1人の艦娘が現れる。
果たして何を話すのか。そして、どのような不幸が……。
「た、高雄秘書艦……っ!?」
五月雨が驚愕の顔でそう叫ぶと、付近の観客から大きなざわつきが上がった。
「お、おい……、高雄秘書艦って、確か元帥にオシオキをしていたはずじゃ……」
「あ、ああ。確かにそのはずだが、すでに終えた後の可能性も……」
「い、いや、仮にそうだったとして、なんでこんな場所に現れたんだ……?」
観客たちは口々にそう言いながら、高雄から距離を取るように離れていく。
まるでそれはモーゼが海を開いたかのように、高雄を中心として人の波が避けていた。
「ど、どうして、こんなところに……?」
「あら、私が競技を観戦しているのがそんなにおかしいのでしょうか?」
「い、いえ、おかしくは……ないですけど……」
そう答えた五月雨だが、本心は先ほど観客が言ったのと同じ、元帥のオシオキ中じゃないんですかと聞きたいのだろうが、ニッコリと微笑む高雄の視線の前に、まるで蛇に睨まれた変えるの如く、思い通りに言葉を紡ぐことができないのだろう。
そして、そんな様子を見ていた俺の頭の中には、同じように微笑む愛宕の顔が思い出されてくる。
子供たちが騒ぎ立てた際、静かにさせるときに浮かべる微笑みと同じ。
さすがは姉妹……。本気で半端じゃない威圧感です。
気づけば、五月雨が少しばかり涙目になってきているし、このままだと立ったまま漏らしてしまうかもしれない。
さすがに元艦娘だからそれはないだろうと思いたいが、それほどまでに高雄の微笑みが怖く感じてしまうのだ。
言い換えれば、視線だけで完全に五月雨の動きを掌握してしまっているのだが、そんなことが果たして本当にできるのかと問われれば……、
「う、うぅ……」
ガクガクと身体を小刻みに震わせる五月雨を見れば、その答えはおのずと分かるだろう。
「おいおい、まさか五月雨ちゃんがなにかをやったっていうのか……?」
「まさか……。運動会が始まってから逐一見ていたけど、悪いことなんて全くやってなかったぞ……」
観客たちが内緒話という感じで言い合っているが、声量が大きすぎて丸聞こえなんだよね。
あと、五月雨を逐一見ていたって言っているが、それっていろんな意味で怖いんだけれど。
いくら運動会の競技を観戦しているとはいえ、多くの子供たちがいる中で五月雨だけを注視するというのは、仮にファンだからとしても尋常じゃない気がする。
まさかとは思うが、後にストーカーなんてことにならないだろうな……?
だが、そんな俺の不安をよそに、高雄は五月雨に向かって握った右手を伸ばしてから口を開いた。
「これが必要なんでしょう?」
「……え?」
高雄が右手の握りこぶしを開くと、そこには1つの腕時計が見える。
「早くしないと、他の子にどんどん抜かれちゃいますよ?」
「えっ、あ、そ、そうですけど……」
戸惑う五月雨は、何度も高雄の顔と腕時計に視線を向ける。すると高雄は満面の笑みを浮かべながら「気にせずに持って行きなさい」と優しげに言ったのを見て、五月雨は申し訳なさそうに受けとった。
「わわっ、なんだか高そうな腕時計ですけど……、本当に良いんですか……?」
「ええ、構いませんよ」
軽く頭を傾げる高雄に向かって深々とお辞儀をした五月雨は、「ありがとうございます!」と大きなお礼を言ってから、きびすを返す。
そして、急ぎ足で第5ポイントへと向かう五月雨の背を見ながら、高雄が再び微笑みを浮かべる中……、
「さ、さっきの腕時計って、スイスの……高級なやつじゃなかったか……?」
「あ、ああ、確かアレは、フランク……なんちゃらとかいうヤツだった気がするぞ……」
「そ、それって、目茶苦茶高いヤツだよね……っ!?」
驚きと尊敬の目が観客から向けられると、高雄は急に独り言のように口を開き、
「あら……、そうでしたか。
てっきり元帥の私物でしたから、安物の腕時計だったと思っていたのですが……」
「「「………………」」」
途端に辺りが静まり返り、辺りの気温が急激に下がった気がする。
もちろん、俺も驚いている側の1人であり、少しばかり元帥が哀れに思えてきた。
「まぁ、ろくに働きもせずに高給を受け取っているんですから、それくらいは大丈夫でしょう」
全く気にしない風に呟いた高雄は、クルリときびすを返して観客の中へと入って行く。
……ち、ちなみになんだけど、俺の予想が間違っていなければ、フランク・ミュラーの時計って50万くらいはしたと思うんだけど。
高いモノになれば100万を超えたりもするし、それをあの五月雨が持って行ったとするならば……、
「あ、あわわ……っ!」
『おおっと、腕時計を受けとった五月雨ちゃんが、急遽発生した波に足を取られてバランスを崩しているーっ!』
『付近に船が移動した形跡もありませんのに、どうしていきなり波が発生したんですの……?』
『もしかすると、第1競技のエキシビションのときに使用された装置が稼動したんじゃないでしょうか?』
『そ、それって、大丈夫ですの……?』
不安げな声を上げる熊野だが、全く大丈夫とは思えません。
更に言えば、どうしてその装置がまたしても稼動したかってことが問題なんだけど、なんだか嫌な予感がしまくるんだよなぁ……。
『んー……、今のところ付近を見る限りですが、それほど大きな波が立っているように見えませんねー』
『それなら大丈夫……っぽいですわね』
ホッと一安心するように胸を撫で下ろす熊野だが、俺の不安については気づいていないようだった。
いきなり高雄が登場したといい、それに合わせて波が起ったことといい、なんだか意図したモノを感じるんだよなぁ……。
もしかしてだけど、これも元帥へのオシオキ……なのかなぁ……。
『あと残っているのは大井ちゃんですが、もう少しで埠頭の近くへ到着しそうですねー』
『このまま行くと、どうやら自チームの待機場所がありますけど、目当てのモノはそこにあるんですの?』
『残念ながら大井ちゃんの指令書になにが書かれていたのかは分かっていませんが、向かう先から考えると、またしてもあの人物が関わりそうな気がしますねー』
『さすがは園児キラーと名高い、先生だけのことはありますわね……』
おいこらちょっと待て。
青葉と熊野の視線は感じないが、俺に向けてられているのが見え見えだ。
もちろん、俺としてはそのようなつもりはないのだけれど、事実を考えると否定しにくいところである。
ついでに周りの観客からも強過ぎる視線が集中して、またしても居心地が悪くなってきたんだよね。
まさに針のむしろ状態なんだけれど、大井が俺を目当てに向かってきているのならば、ここから離れる訳にもいかないしなぁ……。
「勝手なことばっかり言ってるようですけど、私は先生に会いに行くために向かっているのではなく、たまたまこちらの方向だっただけなんですからね!」
すると大井は、青葉と熊野の会話に業を煮やしたのか、放送席の方へ振り返ってから大きな声で叫ぶ。
そして不機嫌そうな顔で再び前へ向くと、今度は埠頭にそって平行に移動し始めたのだ。
「さて……、それっぽい人はいるでしょうか……?」
大井は品定めをするように、埠頭にいる観客たちに視線を向ける。
「ふむ……、この辺りには居なさそうですね……」
そう言って少し肩を落とすと、今度はS席の方へと向かって行く。
『大井ちゃんはいったいなにをやっているんでしょうか……?』
『おそらく指令書に書かれているモノを探しているのでしょうけれど、それがいったい何なのかが分からないと解説し辛いですわね……』
青葉も熊野も困り果てたようなため息を吐くと、そのまま無言が続く。
だから何度も思っているんだが、実況解説が黙っちゃったら色んな意味で具合が悪いよね……?
「この人でもない……、この人も……違う……」
しかし、そんな状況を大井は気にすることなく品定めらしき行動を続け、S席の端の方にたどり着いたとき、
「……っ、居ましたっ!」
驚きと歓喜が混ざった表情で声を上げた大井は眼をキラーンと光らせ、その場で急停止した。
視線の先には、埠頭に並べられた椅子に座る1人の男性。
付近に居る真っ白い軍服とは違うばかりか、その顔つきは明らかに他国の……って、運動会中に何度も叫び声を上げていたチョビ髭だよね。
「ん……、なんだ?」
大井の視線に気づいたのか、チョビ髭は腕を組みながら何事かと頭を傾げる。
「よいしょ……っと」
すると大井は海上から埠頭の地面部分に両手をかけ、腕の力だけで登りきった。
「「「………………」」」
そんな様子を見たチョビ髭や観客、そして俺もが、目を点にしながら固まってしまう。
レーベのときもそうだったけれど、艤装を装備した状態で、どうしてそうもすんなり動けるのだろうか?
いくら艦娘だといっても大井はまだ子供であり、艤装があろうがなかろうが、自分の目線より少し高い位置にある部分に手をかけただけで、登れること自体が凄すぎると思うんだよね。
そして俺の考えが間違っていないということは周りの観客たちの反応からも分かるし、一体全体、幼稚園の子供たちはどういう身体能力を持っているのだろう。
「ふむふむ……、やっぱり私の目に狂いはありませんでした」
椅子に座ったままのチョビ髭の顔に手を伸ばせば余裕で届いてしまうくらいに近づいた大井は、なにかを納得するように笑みを浮かべながら頷いていた。
「………………?」
しかし、チョビ髭の方は全く分からないといった風に、更に頭を傾げている。
もちろん観客も俺も、サッパリ分からないんだけれど、
「それじゃあ、指令書に書かれているモノが必要なので……」
そう言いながら、大井はペコリとお辞儀をしてからチョビ髭に笑いかけ、
「ていっ!」
勢い良く叫びながら、右手を振りかぶり、
チョビ髭の髪の毛をむしり取ったのであった。
「………………」
「うんうん。これでオッケーですね」
「………………」
前言撤回。
大井がチョビ髭の髪の毛をむしり取ったではなく、カツラを奪い取ったの間違いだった。
………………。
えっ、ヅラだったのっ!?
「アンポンターーーンッ!?」
大井が掴んだカツラを見て、なにが起きたのかを察知したチョビ髭は訳が分からない叫び声をあげながら両手で頭を隠すが、完全に時既に遅し。
周りの観客たちは吹き出しそうになったり、チョビ髭の顔を見ながら哀れみの目を向けていたりしていた。
「それでは、しばらくの間ですけど、お借りしますねー」
再度ニッコリと笑った大井はお辞儀をし、素早い動きで半回転をしてから海へとジャンプをする。
バッシャーン! と、海面から大きな水柱が上がるが、大井はその勢いのまま加速をして、そそくさとこの場から立ち去って行った。
「大っ嫌いだーーーっ!」
怒りによってそうなったのか、真っ赤にした頭を抱えたチョビ髭は、大井の背に向かって大声をあげる。
しかし、大井が居るところは既に手が届くような距離ではなく、虚しい空気が辺り一帯に立ち込めるだけであった。
『え、えっと、どうやら大井ちゃんも指令書に書かれたものはゲットしたようですが……』
『な、なんと言って良いのか、難しいところですわね……』
さすがにコメントし辛いと思ったのか、青葉と熊野は言葉を濁しながらも解説をする。
こういうときこそ腕の見せ所と言いたいところなんだけれど、これは難易度が高すぎるよなぁ……。
『と、ともあれ、これで5人の子供たち全員が、借り物をゲットできたということですが……』
『果たして誰が真っ先に交代場所に向かえるのか、まだまだ分かりませんわ!』
結局見なかったこと……というか、スルーという方向で進めることにしたのか、少しやけっぱちな感じがある声をあげる熊野。
勢いは大事だけれど、無理矢理感は否めない。
もちろんそれは観客も同じようで、イマイチ盛り上がりにかけているのだが、
『さ、さぁ、みなさん!
ここからは純粋な速度勝負となりそうなので、奮って応援をお願いいたします!』
この手しかないというように青葉が叫ぶと、観客たちも徐々に盛り上がり始めた。
……もちろん、チョビ髭を除いてだけどね。
さすがに、ちょっと可哀相だよなぁ……。
次回予告
ヅラだったんか―――っ!?
どこかの悪魔超人っぽいネタはさておいて。
5人の子供たちが借りものをゲットできたので、後は交代場所へと急ぐだけ。
デッドヒートが繰り広げられる中、今度はあの子が煽るような……?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その70「駆け引き」
乞うご期待!
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