艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 時雨はまんまとハチマキを手に入れた。

 次の子供は比叡。
いったい指令書に何が書かれているかは分からないが、誰かを探している様子のところで、日向に声をかけた。

 主人公を幾度となくどん底に陥れた相手に対して、果たして比叡は目的のモノをゲットできるのだろうか!?


その67「火に油」

 

 借り物競争で比叡が向かっていた先は、ビスマルクチームの待機場所近くにある観客席辺りであり、そこで見かけた日向の姿を確認するや否や、嬉々として話しかけていた。

 

「日向さん、実は……」

 

「私を呼ぶ際に『さん』を付けるなんて、なにを水臭いことを言うんだ比叡は。

 子供の姿になったとはいえ、同じ佐世保鎮守府に所属し、安西提督の元で働く艦娘だったはずなのに、少し会わないだけで私との友情は消えてしまったのか?」

 

 比叡が喋ろうとするのを手の平を向けて遮った日向は、逆につらつらと言葉を紡いでいる。

 

 途中で話を遮られた為なのか、それとも内容が問題なのか、比叡の表情は見る見るうちに気まずそうな感じになっており、徐々に肩が落ちていった。

 

「そもそも比叡は舞鶴に異動が決まってから今日まで、なに1つ連絡を寄越さなかったからな。

 それらを考えれば、私との友情なんぞすでに失われていたという可能性も考えられたが、それでも懐かしき再会を交わすことで元に戻るのではないかと思っていたのは、どうやら思い違いのようだ……」

 

 更に畳みかける日向だが、表情と言葉が全くもってちぐはぐである。なんせ、言葉は重たく感じるのに、表情は完全に遊んでいるような笑みを浮かべているからだ。

 

 つまり、日向は比叡になにをしているかと言うと、

 

「ああもうっ!

 こうなるかもしれないと分かっていたから一瞬迷ったのに、やっぱり失敗でしたっ!」

 

「ふむ……、なにが失敗なんだろうか?」

 

「会う度にからかってくるのはお見通しなんですけど、今は借り物競走の競技中だから自制してくれるかも……と思った私が馬鹿でしたよっ!」

 

 言って、比叡は駄々をこねる子供みたいに、海上で起用に地団駄を踏んでいた。

 

 バシャバシャと上がる水しぶきに、比叡の衣服が濡れていく。

 

 そして、そんな様子を見ていた観客たち(主に男性)が、幸せそうな表情で見つめている。

 

「はー……、ちっちゃい比叡ちゃんが、駄々をコネてるなぁ……」

 

「やべえ……、これは、可愛過ぎるだろう……」

 

「お持ち帰りしてぇ……」

 

 若干頬を染めつつ語る男性陣。それなりに歳がいっている風貌なので、ぶっちゃけて気持ち悪さが半端じゃない。

 

 なにより問題なのは、それら全員が白い軍服――つまり、提督らしき人物たちということだが、これも今までと同様に見飽きているので、気にしない方が無難なのだろう。

 

 そして、怒る比叡の姿を見て更に笑みを浮かべた日向を見れば、からかっていたのは明白だ。

 

 これは勝手な想像なんだけれど、2人の様子を見る限り昔からあんな感じだったんじゃないだろうか。残念ながら比叡が舞鶴に来てから俺が佐世保にいったので、そういった場面を見た訳じゃないから言い切れないんだけどね。

 

「しかし、こんなところで立ち止まりながら、時間を無駄に使って良いものなのか?」

 

「誰のせいですか誰のっ!

 日向が私の質問にちゃんと答えてくれてたら、なんの問題もないんですよっ!」

 

「そうは言うが、その質問とやらを私はまだ聞いていないのだが……」

 

「それを言う前に遮ったんでしょうがーーーっ!」

 

 完全に憤怒状態の比叡が叫び声を上げると、日向はカラカラと笑いながらお腹を抱えている。

 

 そしてまたもや、ほんわかとした表情で比叡を見つめる観客たち……だが、もうこれは見なかったことにしておきます。

 

「おやおや、そんな声を上げていったいどうしたんですか……?」

 

 すると、観客たちの後ろから間をすり抜ける……というよりかは、無理矢理隙間に身体を捩込んで前に出てきた恰幅の良い男性が、自分の顎を右手でさすりながら現れた。

 

 ……って、どこからどうみても安西提督です。

 

 昼休みのイベント後から姿が見えないと思っていたけれど、こんなところで観戦していたか……。

 

「あ、安西提督!」

 

「これはこれは、お久しぶりですね、比叡」

 

「はい、お久しぶりです!」

 

 ビシッ! と安西提督に向けて敬礼をする比叡の姿は非常に様になっており、さすがは元佐世保鎮守府の艦娘といえる。

 

「ところで比叡は今、借り物競走の真っ最中のはずですが……」

 

「あっ、そ、そうなんです!

 そのことで安西提督を探していたんですよっ!」

 

 そう答えた比叡は、チラリと日向の顔を見る。その視線は鋭く、少しばかり敵意が含まれているような気がした。

 

 だが、その一方で日向は全く気にすることなく、大きなあくびを手で隠しながらボケー……と突っ立っている。

 

「私を探していた……というと?」

 

「実は、指令書にこういったモノが書かれていましてですねっ!」

 

 比叡は急いでポケットの中に入れていた紙を、安西提督に見やすいように広げた。

 

「なるほど……。それで私に」

 

「はい、是非とも安西提督の眼鏡をお貸し下さい!」

 

「分かりました。

 私の眼鏡が役に立つのなら、喜んでお使い下さい」

 

 そう言った安西提督は快く眼鏡を外し、比叡に差し出そうとしたのだが……、

 

「あ、あの、安西提督……?」

 

 戸惑う比叡だが、無理もない。

 

 安西提督が眼鏡を差し出している方向には、比叡ではなく日向が立っているのだから。

 

「私に眼鏡をかけろとは、安西提督は新たなフェチに目覚めたということだろうか?」

 

「いやいや、実は私、眼鏡を外すと全く見えないモノでして……」

 

 首を傾げながらそう言った日向に説明する安西提督だが、さすがにそれはないと思うんですが。

 

 喋っている最中から比叡の立っている場所は変わっていないし、声の方向からでもおおよその位置は分かるはず。更には全く見えないレベルの視力って、そんな状態になるのが分かっていながら眼鏡を貸そうとしちゃうところがおそろし過ぎるぞ。

 

 色んな意味で凄い人物だと思う半面、ちょっと抜けちゃっている感じが否めないが、怒らせると怖いことは昼休みのイベントで重々承知している。

 

 それらを分かった上で、日向がフェチの話をしたのは色んな意味で根性があるなぁと思えるんだけどね。

 

 まぁ、それについてツッコミを入れなかった安西提督が大人なだけなんだろうけれど。

 

「それと日向。

 私は眼鏡フェチではなく、外したときに目が3の形になるのが好きなんですよ」

 

「そういえばそうだった。

 いやはや、私としたことがこのようなことを忘れるとはふがいないな」

 

 ハッハッハッ……と、2人揃って笑うのを見て、比叡の肩が更に低くなる。

 

 というか、完全にげんなりした表情になっちゃっているよね。

 

「ともあれ、この眼鏡を持って早く向かった方が良いでしょう」

 

「あー、はい……。

 アリガトウゴザイマス……」

 

 完全に疲れきった感じの比叡だが、安西提督が伸ばした手から眼鏡を受け取り、大きく頭を下げた。

 

「それでは競技の間だけですが、お借りします」

 

「ええ。それでは頑張って下さいね」

 

 ニッコリと笑う安西提督にもう一度頭を下げた比叡はクルリときびすを返し、眼鏡をかけて加速を始めたのだが、

 

「うわっ!?

 こ、これ、度がキツ過ぎて視界がサッパリ分かりませんっ!」

 

 叫びながらヨロヨロとふらつく比叡が、速度を少し落としながら第5ポイントの交代場所へと向かって行った。

 

 ………………。

 

 いや、眼鏡を外したら見えなくなるって言っていたんだから、それくらいのことは想像できるよね……?

 

 それに、別にかけなくても良いと思うんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 ――またまた少しばかり時は遡り、

 

『どうやら比叡ちゃんは、佐世保鎮守府から応援にきている日向と話をしているみたいですねー』

 

『ですが、なにやら比叡ちゃんの様子がおかしく見えますわよ?』

 

『元は比叡ちゃんも佐世保鎮守府に所属する艦娘ですし、積もる話もあるんじゃないでしょうか』

 

『一応は競技中なんですけど……』

 

『あ、あはは……』

 

 青葉が汗をにじませながら頬をポリポリと掻くのが手に取るように分かってしまうが、どちらもありえる話だけに仕方がない。

 

 まぁ、実際には日向にからかわれた為に足を止めざるを得なくなってしまった比叡が可哀相だということなんだけれど、俺にとってはありがたいので黙っておくことにする。

 

『さて、それでは他の子供たちを見ていきたいところですけど、どんな感じなんでしょうかー』

 

『そうですわね。

 残るはレーベちゃん、五月雨ちゃん、大井ちゃんですが……』

 

 熊野の言葉によって、観客の視線が3人の方へ向けられる。

 

 現在五月雨は自分が所属する港湾チームの待機場所へ。

 

 そしてレーベがこちらに向かって近づいており、更にその後ろには大井の姿が見える。

 

 なぜレーベと大井がこちらに向かってきているのかが少々気になるが、変に身構えるのもおかしな話。

 

 子供たちには立場だけではなく、できる限りサポートしてあげなければならないので、むしろ胸を張って出迎えたいところではあるのだが……。

 

『なんだか、レーベちゃんの表情が気になりますね……』

 

『やっぱり、元帥の罠ではなくって?』

 

『指令書を見ていないからなんとも言えませんが、もしそうだったとしたら粛正は免れそうにありませんね!』

 

 若干怒っている声に変わった青葉に賛同するように、周りの観客たちがウンウンと頷く。

 

 哀れなり元帥。しかし、自業自得にも程があるから助ける気は更々ないけど。

 

『ともあれ、もしどなたかがレーベちゃんの指令書を確認でき、明らかに具合が悪いと思った場合は知らせて下さいねー』

 

「「「応っ!」」」

 

 まるで300人というちっぽけな人数で侵略してくる大群に立ち向かう屈強な戦士たちのように、観客たちは一斉に声を上げる。

 

 これってアレだ。元帥完全に詰んじゃっているパターンの奴や。

 

 ちなみにさっきから元帥の悲鳴らしき声は聞こえてこないので、既に瀕死状態かもしれないけどね。

 

『そうこうしている間に、注目のレーベちゃんが埠頭の近くに到着しそうですわ!』

 

 熊野の実況に合わせてみんなの視線が集中し、

 

 続けて俺の背中や顔に突き刺さる。

 

 あまりに居心地が悪過ぎる状況に思わず逃げ出したくなってしまうのだが、先ほど自分が決めたルールには従うべきだし、まだそうと決まった訳ではない。

 

 あくまでレーベはこちらの方に向かってきているだけで、俺に用事がある訳では……

 

「先生っ!

 お願いだから、助けてよっ!」

 

 ……残念ながら、そんな淡い期待は完璧に霧散した。

 

 更に視線が強くなり、ナイフで俺の身体中をえぐってしまうんじゃないかと勘違いしそうになるが、ここで引いては男が廃る。

 

「おいおい、またあの先生だぜ……」

 

「ちくしょう……。ただでさえ羨ましい役職についているのに、自分のチーム以外の子供まで……」

 

「先生とやらのアレ、ぶち切った方が良さそうね……」

 

 最後のヤツが半端じゃないほどヤバいんですけどーーーっ!

 

 つーか、ゴザルと叫ぶ提督らしき人物の頭を万力のように締め上げていたモデル体型の女性だよねっ!

 

 そんな握力なら、マジでやられそうじゃないですかーーーっ!

 

「はぁ……はぁ……」

 

 久しぶりに心の中で絶叫をあげまくった為、少々息があがりそうになってしまったのだが、

 

「お、おい……、レーベちゃんに話し掛けられた途端に、息が荒くなってねぇか?」

 

「やばいな……。アレは完全に変態の目だ」

 

「憲兵がくる前に、私が処すべきのようね!」

 

 ちょっ、モデル体型の女性が椅子から立ち上がって、こっちに向かってきそうなんですけどっ!?

 

「こぉぉぉ……はぁぁぁ……」

 

 そして、どこぞの暗黒面に落ちた騎士みたいに、黒い仮面から聞こえてくる呼吸音がマジ怖ぇぇぇっ!

 

「……ん、なんだ。電話か?」

 

 ……と思ったら、急にモデル体型の女性がポケットの中からスマートフォンを取り出して、通話をし始めた。

 

「もしもし……、うむ。

 なにっ、そ、そう……なのか」

 

 すると急に驚いた声を上げ、俺の方をチラリと見てから悔しそうな表情を浮かべながら肩を落とし、

 

「分かった……。大人しくしておこう」

 

 そう言って、通話を切ったモデル体型の女性は大きなため息を吐いてから椅子に座り戻し、腕組をしながら不機嫌そうな表情へと変えた。

 

 ……ど、どうやら助かった……という感じなのだが、いったいなんの電話だったんだろう?

 

 なんだか通話の際に俺をチラチラと見ていた気がするし、無関係じゃないような気がするんだけれど……。

 

「先生、先生っ!

 僕の話、聞こえてるかなっ!?」

 

「え、あっ、ああ……」

 

 そんな思考もレーベの声によって掻き消され、俺はとっさに顔を向けた。

 

 埠頭のすぐ側の海上にはレーベが立ち、悲壮な顔で俺に訴えかけている。

 

「お願いだから、僕を助けてよっ!」

 

 必死で叫びながら頼み込むレーベがポケットから指令書を広げた途端、俺は愕然とした表情で固まってしまったのであった。

 




次回予告

 悲壮な顔で訴えるレーベを前に、主人公は激怒する。
その理由は言わずもかな、指令書に書かれていた内容だった。

 なんとか対応する主人公だが、それ以上に驚いてしまうモノを見てしまい……、


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その68「驚愕の事実」


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