艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 借り物競走によってばらける子供たち。
まずは先頭の時雨の様子を伺おうとしていると、なにやら不穏な空気が漂って……?

 那珂ちゃんのファン VS 時雨

 レディー、ファイトッ!



その66「時雨の底力」

 

『さて、子供たちはそれぞれ思い思いに散らばってしまいましたので、1人ずつ様子を見ていくことにいたしましょう!』

 

『まず最初に見ていくのは、予告通り時雨ちゃんですわ!』

 

 青葉と熊野の元気過ぎる会話が流れると、おのずと観客たちの視線が時雨の方へと集まっていく。

 

 なぜここで最初に時雨を選んだかなのだが、次回予告をしたという理由よりも、単純に動きが見られそうだという雰囲気があったからだろう。

 

 実際に先頭だった五月雨はドジっ子特性をフルに発揮したせいで、追い抜いた時雨が第4ポイントを最速でクリアすると予想できるのだ。

 

『それでは現在の時雨ちゃんの様子ですが、倉庫側の埠頭にそろそろ到着しそうですねー』

 

『時雨ちゃんの指令書といえば、確か鉢巻きでしたわよね?』

 

『ええ。時雨ちゃんが話していた通りであれば、それで合っていたと思いますが……』

 

『あの辺りで鉢巻きをしている方が居るとなると……』

 

『『………………』』

 

 途端に青葉と熊野の会話が止まる。

 

 そして、観客たちの視線が向かう先に見えた一団を確認するや否や、深いため息が聞こえてきたような気がした。

 

『し、時雨ちゃんの考えは間違っていないと思いますが……』

 

『も、問題は、素直に貸してくれるか……ですわね……』

 

 スピーカーからは焦りというよりも悲壮感が漂う会話が流れ、更に辺りの空気が重たくなる。

 

 それはいったいなぜか……と問われれば、一見すればすぐに分かるモノなのだが、

 

「それを、時雨が予測できなかったとは思えないんだけど……」

 

 思わず呟いてしまった俺は、無意識にため息を吐く。

 

 視線の先は倉庫が立ち並び、その埠頭の先端に、横断幕を持った7、8人の集団が居る。

 

 それらは全てピンク色の鉢巻きにハッピを着込み、子供たちの運動会最中であるにも関わらず、ある1人に対して応援を行っていた。

 

 見れば一目で分かる風貌は、アイドルを追いかける応援団のようであり、

 

 

 

「「「那珂ちゃーーんっ!」」」

 

 

 

 名前を呼ぶ声と、鉢巻きに書かれている『那珂チャンLOVE』の文字で、即刻理解できてしまう一団だった。

 

 ………………。

 

 時雨よ……、難易度が目茶苦茶高いぞ……、それ。

 

 

 

 

 

「おい、お前ら!

 もっと大きな声を出して、那珂ちゃんが出てきてくれるように願うんだ!」

 

「うぃっス、ボス!

 喉が枯れるまで那珂ちゃんの名前を呼んで、是非とも召喚するっス!」

 

「「「那珂ちゃーーーんっ!」」」

 

 メガホンを持ち、海に向かって那珂の名を呼び続ける応援団。

 

 ぶっちゃけ那珂は海上に居ないだろうし、おそらく観艦式を終えて休憩をしているか、屋台を見回ったり子供たちの活躍を観戦しているのかもしれない。

 

 それくらい考えれば分かると思うのだが、それでも呼び続けるというのは根性があるというか、それとも……まぁ、人それぞれだと思っておこう。

 

 それよりも、そんな一団が居る埠頭に向かっていた時雨はスピードを少し落とし、先ほどボスと呼ばれた男性を見つめてから近寄っていく。

 

 そして、ボスの目の前……というよりかは、埠頭の上と海上とは少しばかり高低差があるが、手を伸ばせばなんとか届きそうな位置に時雨が立ち、小さく頭を下げてから話しかけた。

 

「お兄さんたち、こんにちわ」

 

「那珂ちゃーん……って、ビックリしたっ!」

 

 応援に必死だった男性たちは時雨が近づいてきたことに気づいておらず、いきなり視界に入ってきた姿を見て心底驚いたような表情を浮かべている。

 

「応援をしているところ申し訳ないんだけれど、少し僕のお願いを聞いてくれないかな?」

 

「お、お願い……?」

 

 そう言って、首を傾げるボス。

 

 どうやら時雨に気付かなかったばかりか、現在進行している競技の内容も頭に入っていなかったようであり、

 

「うん。実は今、僕は借り物競争の競技に参加しているんだけど……」

 

 時雨はボスに向かって言葉を投げかけながら、ポケットの中に入れていた指令書を取り出して、良く見えるように広げてみせた。

 

「こういったモノを借りてこなくちゃならないんだけれど、あいにく僕の知り合いには持ってなさそうでさ……。

 それで、お兄さんたちが見えたからお願いしにきたんだよ」

 

「え、ええっと、つまりそれって、俺達がつけている鉢巻きを貸してほしい……ということなのか?」

 

「うんうん。その通りなんだけれど、さすがはお兄さんだね」

 

「え……、な、なんでいきなり褒められたんだ……?」

 

「だって、僕が言おうとしていることを全て聞く前に理解してくれたんだから、凄いと思うのが普通じゃないのかな」

 

「い、いや、これくらいのことは、普通なら……」

 

「そんなことないよ。

 お兄さんがやったことは、想像力と判断力のどちらかでも欠如してしまっていたら、導き出せないはずなんだ。

 だから、胸を張って誇っても良いことなんだよ」

 

「そ、そうかなぁ~」

 

 ……なるほど。

 

 時雨の言葉と手振りを見る限り、これは褒め落として鉢巻きを借りようとする魂胆だろう。

 

 実際にボスと呼ばれている男性は恥ずかしげな表情を浮かべながらも満更じゃなさそうだし、このままいけばゲットできなくもなさそうだが……、

 

「そこで再度お願いなんだけれど、賢くてカッコイイお兄さんに、是非その鉢巻きを僕に貸してほしいんだよね」

 

「か、賢くて……、カッコイイ……っ!?」

 

 まるで稲妻が落ちたような衝撃を受けたボスは、眼を大きく見開き、体をブルブルと震わせた。

 

 もう一押しでイケると感じたのか、時雨はもう1度お辞儀をしてから「お願いだよ、カッコイイお兄さん」と言って微笑んだ。

 

「う、うむぅ……。

 しかし、それは……その……」

 

 時雨の可愛さにやられそうになったのか、一瞬頷きそうになったボスだったが、背後に突き刺さる視線を感じて即座に振り返る。

 

 じーーー……。

 

 ボスに向けられる男性陣の顔は、完全に半目状態で威圧感がたっぷりと含まれている。

 

「う、うぅ……」

 

 答えを間違ったら最後、いったい自分はどうなってしまうのか。

 

 そんな恐れを抱いたボスが、時雨に対して頭を縦に触れるはずもなく、完全に言葉が詰まってしまった。

 

「ダメ……なのかな?」

 

 しかし、一方の時雨は攻撃の手を緩めることなく、上目遣いをしながら、祈るように胸の前辺りで両手の指を絡ませながら問い掛ける。

 

「そ、その、この鉢巻きは那珂ちゃんファンの証であり、応援団の魂と言えるもので、おいそれと貸す訳には行かないのであって……」

 

「……そっか。それじゃあ、しょうがないよね」

 

 するとどういう訳か時雨はあっさりと諦めるように肩を落とした。

 

「す、すまんな……。

 君には悪いが、これはやむを得ないことなのだ……」

 

 そんな時雨の顔を見たボスは時雨に謝りつつも、なんとか耐えきったという風に小さくため息を吐く。

 

 後ろに控え、半目状態でボスの様子を伺っていた他の団員も、ホッと胸を撫で下ろした……ように見えたのだが、

 

「残念だね。

 カッコイイお兄さんなら、僕のファンになってくれると思ったのに……」

 

「「「……え?」」」

 

 ボソリと呟いた時雨の言葉に、呆気に取られるボスと団員たち。

 

 いったいなにを言っているんだと頭を傾げたり、訳が分からず固まってしまったりする中、時雨は続けて口を開いた。

 

「こんなにカッコイイお兄さんだけじゃなく、さっきから元気良く応援を続けていた他のお兄さんたちが僕のファンになってくれたら、どれほど良いかと思っていたんだけどね」

 

 言って、時雨は残念そうな表情を浮かべながら、男たちに向かって無理矢理な感じを醸し出しつつ微笑みかけた。

 

「「「……っ!」」」

 

 再度起こる稲妻の数々。

 

 男たち全員にとんでもない衝撃が走り、全身をガクガクと激しく震わせた後、

 

「な、な、な……」

 

「……ん、どうしたの?」

 

 ボスがなにかを言おうとするが、上手く言葉にならないのを見た時雨が再度問い掛ける。

 

 しかし、その目の色は心配しているというよりも、なにか作為的なモノが感じられ、

 

「那珂ちゃんのファンを辞めて、君のファンになるよっ!」

 

「ああっ、ボスずるいっス!

 俺もおんなじことを考えていたのにっ!」

 

「俺も俺も!」

 

「那珂ちゃんより、この子の方がよっぽど可愛いしなっ!」

 

 ……と、完全に時雨の虜になった男たちは、ハッピと鉢巻きを脱ぎ捨て、空高く放り投げた。

 

「さぁ、可愛い君!

 是非名前を教えてくれたまえ!」

 

「ふふ……、そうだね。

 でもその前に、お願いしていた鉢巻きを貰うね」

 

「そんなモノなら、もういらないっス!」

 

 ハッキリと断言した男性の鉢巻きをキャッチした時雨は、ニッコリと笑いながら男たちに頭を下げ、クルリときびすを返した。

 

「ああっ、ぜひ、ぜひ名前をーーーっ!」

 

「僕の名前は時雨だよ。

 それじゃあ、ありがとね、カッコイイお兄さんたち」

 

「「「時雨ちゃーーーんっ!」」」

 

 目をハートマークにして叫ぶ男たちは、那珂の名を呼んでいたとき以上に大声を張り上げ、応援を続ける。

 

 かくして、時雨は目的である鉢巻きをしっかりと入手し、不適な笑みを浮かべながら第5ポイントの交代場所へと走り出したのであった。

 

 

 

 なお、この様子を見ていたのか、那珂の絶叫がどこからともなく聞こえてきたのは、予想するに難しくない。

 

 おそるべし幼稚園児、時雨。

 

 いつしかロリコンキラーという名が付いたとか付かなかったとかは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 ――時は少し遡り、

 

 時雨が那珂の応援団と会話をし始めた頃、別の子供たちの動きが見えたらしく、青葉と熊野の声がスピーカーから流れてきた。

 

『時雨ちゃんの様子も気になりますが、ここで比叡ちゃんの方に動きが見られたようです!』

 

『どうやら向かっている先はビスマルクチームの待機場所から少し離れたところみたいですけど、誰か目当ての人物でも居るのかしら……?』

 

『ここからはハッキリと分かりませんが、どうやら観客の方へと向かっているみたいですねー』

 

『問題は、比叡ちゃんの指令書に書かれていた内容ですけど、いったいなんなのでしょう?』

 

『こればっかりは青葉にも分かりかねますし、暫く様子を伺ってみることにしましょう!』

 

 そう断言した青葉は口にチャックをしたように黙り込み……って、実況解説がそんなことをしては意味がないと思うんだけど。

 

 しかし、比叡の動きが気になるのもまた事実なので、ここは青葉のいう通りに視線を向けてみる。

 

「ええっと、確かこの辺りにおられると思うんですが……」

 

 比叡はそれなりの速度を出し、埠頭に沿って観客の顔を調べるように駆けていく。

 

「……あっ!」

 

 すると見知った顔を見つけたのか、大きく口を開けて驚きの表情を一瞬だけ浮かべた後、嬉々としながら声をかけた。

 

「日向さん!

 ちょっと、聞きたいことがあるんですが!」

 

 そう言った比叡の視線の先には、俺が佐世保にいる間だけでなく、輸送船で移動しているときまでも荒らしに荒らしてくれた日向の姿が見えた。

 




次回予告

 時雨はまんまとハチマキを手に入れた。

 次の子供は比叡。
いったい指令書に何が書かれているかは分からないが、誰かを探している様子のところで、日向に声をかけた。

 主人公を幾度となくどん底に陥れた相手に対して、果たして比叡は目的のモノをゲットできるのだろうか!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その67「火に油」


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