艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 金剛の煽りが見事なまでにHITし、憤怒するプリンツと霧島。
そして金剛の行動を理解した時にはすでに手遅れと思いきや、まさかの手を取った子供とは……。

 遂に、あのテクニックが……ここにっ!?


その49「頭文字S」

 

 金剛たちが押す運貨筒が大きくカーブを描き、プリンツ達の運貨筒に向かう。

 

 見ている者のほとんどがぶつかってしまう……と思っていたところで、

 

「榛名、今デスッ!」

 

「はいっ!」

 

 金剛の合図によって榛名が大きく返事をし、顔が真っ赤にしながら力を込めた。

 

「えぇぇぇいっ!」

 

 榛名の大きな叫び声と同時に、またもや金剛たちの運貨筒の動きが変わる。カーブの角度が緩やかになり、このままいけばプリンツたちとぶつからないだろう。

 

 しかし、それならいったい最初の金剛が起こした動きはいったいなんだったのだろう。

 

 元々ぶつける気はなく、角度がつき過ぎたから修正したというなら分からなくもないが、金剛の合図を聞く限り狙ってやったように感じるのだけれど……。

 

「はんっ! ここにきて引くなんて、先生クラスのチキンっぷりですねっ!」

 

 金剛のあっかんべーによって煽られ、ブチ切れモードに入っていたプリンツが怒った表情のまま言葉を吐き捨てる。

 

 ……そう。これもまた同じく理解がしがたい点。

 

 運貨筒同士をぶつける気もなく、更には理由もなしにプリンツたちを煽ることが必要だったのだろうか?

 

 北上が先ほど作戦と言っていたが、これらを統括して導き出されるモノとは……の前に、プリンツが何気に酷いことを言っているよねっ!?

 

『遂にレースは中盤戦っ!

 最大の難関である折り返し地点のターン用ブイに2つのチームが到達しましたが、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビはスピードが出過ぎじゃないのかーーーっ!?』

 

「「「……っ!」」」

 

 頭に血が上っていたプリンツと霧島が顔を上げ、レースを見守っていた観客たちもある1点に視線を集中させた。

 

 目と鼻の先にターン用のブイが見え、青葉の実況通り運貨筒の速度はとてつもなく早い。

 

 このままいけばカーブを描いている金剛たちよりも早く、プリンツたちの運貨筒がターンに入る。しかし、この速度で曲ろうとすれば……、

 

「だ、第1競技と……同じかっ!」

 

 俺は反射的に叫び声を上げ、北上の方へ顔を向ける。

 

 ニヤリと笑みを浮かべた北上は俺の目を見ながら頷き、

 

「だから金剛の作戦だって言ったでしょ?」

 

「ま、まさか、金剛がこんな手を取るとは……」

 

 自らはターンをしやすいように大回りをし、追いかけてくるプリンツと霧島を挑発することによって冷静さを失わせて速度超過を狙う。

 

 金剛は最初からこの折り返し地点を勝負どころだと読み、見事罠にはめたのだろう。

 

 おそらくこの作戦は第1競技でレーベと五月雨がターンを失敗したことから思いついたのかもしれないが、それを完璧な手順で実行したのは頭が下がってしまいそうになる。

 

 俺は額に汗を浮かばせながら再びレースへと視線を戻し、口に溜まった唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「フフフ……。青葉のお姉さんの説明を聞いて気づいたとしても、時既に遅しデスネー」

 

「さ、さすがは金剛お姉さま……。味方にすれば頼もしいですが、少しばかり霧島が不憫に思えてしまいます……」

 

「ですケド、勝負に情けは禁物なのデスヨー?」

 

 そう言った金剛はプリンツと霧島の驚いた顔を見ながら口元を少しだけ釣り上げ、速度を落としながら安全にターンをしようとした。

 

 これで後は失敗することなく折り返しを決め、プリンツと霧島の追撃から逃げ切ればトップは確実だろう。

 

 油断をする気はないが、自らが勝利をする姿を想像すれば思わず笑みがこぼれてしまうのも分からなくはない。

 

 だが、それでもゴールをするまではなにが起きるか分からないのがレースであり、

 

 罠に陥れた相手が元は第一線で戦う艦娘であったことを、金剛は失念していたのである。

 

 

 

 

 

「ど、どどど、どうしましょうっ!?」

 

 慌てるプリンツはうろたえ、キョロキョロと顔を動かしながらスピードを落とそうとする。

 

 しかし、大玉転がしの難点は転がす者よりも大きく操作し難いからこそ競技として成り立ち、見ている側にとっても楽しめるのだ。

 

 ましてや転がしている大玉は特殊な運貨筒であり、動き始めるまで時間がかかってしまうほど重い物。

 

 スピードを落としたいからと言って簡単にできるのであれば金剛の作戦は全くの無意味なのだが、それができないからこそ成功だと言える。

 

 つまり、プリンツは完全に金剛の手の上で踊らされる状況に陥ってしまったのだが、隣に居る霧島は違ったのである。

 

「くく……、くくくく……っ!」

 

「……っ!?

 な、なんでいきなり笑いだすんですかっ!」

 

 半ばパニックを起こしたプリンツは、霧島の不気味な笑い声で一層顔をこわばらせながらも問いかけた。

 

「まさか……、まさか金剛姉さまがこのような手を取ってくるとは……、夢にも思いませんでしたね……」

 

 霧島は勝利を確信しかけた金剛以上に口元を釣り上げ、歓喜にあふれた表情を浮かべながら口を開く。

 

「……ですが、この霧島を前にして、艦隊の頭脳を名乗らせる訳には……いきませんっ!」

 

 そう叫んだ霧島はいきなり顔を空に向け、運貨筒に手を添えたまま両足を大きく広げた。

 

「プリンツッ!

 すぐに運貨筒の右側に回りなさいっ!」

 

「は、はえっ!?」

 

 いきなり命令をされたプリンツは素っ頓狂な声を上げて固まってしまう。

 

「早くっ! 早くしなさいっ!」

 

「な、なんで霧島なんかに命令されなきゃ……」

 

「勝ちたかったら霧島の言うことを聞きなさいっ!」

 

「……っ! わ、分かりましたよーだっ!」

 

 両目を大きく開けて怒鳴る霧島に恐れをなしたのか、それとも勝ちたいという言葉に釣られたのか、プリンツはしぶしぶ言われた通りに運貨筒の右側へ移動した。

 

 その姿を見た霧島は一瞬だけ目を閉じ、そして気合を込めた声を上げる。

 

「至急錨を下ろしますっ!

 衝撃に備えなさいっ!」

 

「え、えええっ!?」

 

 いきなりそんなことを言われてもどうすれば良いのかと更に焦ったプリンツだが、とりあえずふっとばないように重心を落として両足に力を入れた。

 

 そしてその瞬間を狙っていたかのように霧島が装着している艤装の左側から錨が放たれ、金属のこすれ合う音が大きく響き渡る。

 

「金剛姉様は勝った気でいるでしょうが、相手が悪かった……と言っておきましょう」

 

 言って、霧島は目を閉じ、口元を小さく動かして秒読みを開始した。

 

「1……2……3……」

 

「こ、これからどうしたら良いんですかっ!?」

 

 踏ん張ったままのプリンツが、うろたえながら大きな声で霧島に問う。

 

「4……5……6……」

 

 しかし霧島は答えず、時間を計ることだけに集中していた。

 

「も、もうっ! なにか言ってくださいよぉっ!」

 

 叫ぶことはできれど、どうして良いか分からない。仕方なくプリンツはそのままの体勢のまま、霧島からの指示を待とう……と思った瞬間、

 

「7……8……今っ!」

 

 カッ! と大きく目を見開いた霧島は身体を大きく右へと反らし、両手を水平ではなく縦に添えた。

 

「行くわよ……っ!」

 

 霧島が叫んだのと同時に、鳴り響く金属音が止まる。

 

 錨が海底に到着し、その反動で霧島の身体が大きく左側に引っ張られる形となった。

 

「戦艦ドリフトォォォォォッ!」

 

 霧島は運貨筒にガッチリと添えた手を離さず、強引過ぎる方法で進行方向を変える。

 

「はえっ? わわわわわーーーっ!?」

 

 予想もしていなかった動きにプリンツは悲鳴に似た声を上げつつも、なんとか運貨筒から手を離さないように必死で堪えていた。

 

『い、いきなりプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビの運貨筒が急激な方向転換ーーーっ!

 スピードをほとんど殺さずにカーブを切るその様は……まるで峠を攻めるスポーツカーだぁぁぁっ!』

 

「Why!? そ、そんな、マサカッ!」

 

 作戦の成功を確信し、安全を期してスピードを落としたことでプリンツたちに先頭を譲った金剛が、信じられないといった表情で声を上げた。

 

 それもそのはずで、実況の青葉はもちろん、この競技を見ているほとんどのギャラリーが同じように驚いていたのだ。

 

 霧島がやっていることは無茶以外のなにものでもない。しかし、俺の頭の中にはとある技術が浮かんでいた。

 

 秋津洲流戦場航海術。

 

 停泊中に空襲を受けたとき、錨を片方に偏らせて錨鎖を伸ばしておき、敵機が襲ってきたタイミングを見計らって前進すると、艦が急速に動いて回避できるという方法だ。

 

 霧島は運貨筒を押しながらこの手を行い、見事な高速180度ターンを決めてしまったのである。

 

 その姿は青葉が実況した通り、まさに峠を攻めるスポーツカー。

 

 第1線で経験を積んでいたが故にできたのかもしれないが、それにしたって色々と無茶をし過ぎである。

 

 結果的に成功したから良いものの、失敗していれば第1競技の五月雨レベルでは済まされない。

 

 場合によっては暴走した運貨筒が他のチームの子供達にぶつかるかもしれないし、埠頭の方に向かってきたらギャラリーにだって被害が及んだかもしれないだろう。

 

「これが霧島の本当の力……。いえ、まだまだ序の口というところですけどね」

 

 プリンツたちの運貨筒が大きな水しぶきを上げながらターンを終え、直線に戻ると同時に霧島が錨をパージし負荷をなくす。

 

 そうして進行方向を真っ直ぐに正してから、ニッコリと微笑んだ霧島がプリンツに向かって口を開いた。

 

「さぁ、残り半分は直線ですから、なにも問題はありませんよね?」

 

「……は、はい。そうですねっ!」

 

 一瞬表情を強張らせたプリンツも、勝利をほぼ手中にしたことを確信したのか嬉しそうに大きく頷いた。

 

『霧島ちゃんのとんでもないテクニックで超高速ターンが成功ーーーっ!

 スタートからトップを走っていた金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビも、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビの怒涛の追い上げの前にむなしく順位を落としてしまったーーーっ!』

 

「Shit! 私の作戦は完璧だったはずなのに……」

 

「さ、さすがは霧島……。これはいっぱい食らわせられましたね……」

 

「うぅぅーっ! 先生に良いところを見せようと思っていたのにデースッ!」

 

 悔しがる金剛たちはガックリと肩を落として表情を曇らせる。

 

 折り返しのターンで速度を落としてしまった以上、全チームで最速を出せるプリンツたちを追い抜ける方法は既になく、完全に手詰まりになってしまった。

 

 トップに残されたのは直線のみ。第1競技のように変速した波もなく、さしたるトラブルがなかったのならば結果は見えてしまったと言っても過言ではなく、

 

『ターンが決まれば向かうところ敵なしっ!

 2位以下に大きな差をつけて、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが断トツでゴールだぁぁぁーーーっ!』

 

 競馬ならば電光掲示板に『大』の文字が浮かび上がってしまうほどの圧倒的結果で、第3競技の運貨筒転がしは終了したのであった。

 

 ちなみに全チームの結果はというと、

 

 結果、

 1位は断トツ圧倒勝利のビスマルクチーム。

 2位はしおいチーム。

 3位は港湾チーム。

 4位は俺のチーム。

 5位は愛宕チームとなった。

 

「はぁ……、はぁ……。

 な、なんとか最下位にならなくて……、良かったであります……」

 

「う、うん……。潮たち、頑張った……よね……」

 

「うー……、雷たちが最下位なんて……、暁どころか先生にまで笑われちゃうじゃない……」

 

「い、電も頑張ったのです……けど……」

 

 ゴールをした途端に大きく肩で息をするあきつ丸、潮、雷、電。

 

 必死に4位と5位を争い、ギリギリ俺のチームであるあきつ丸と潮のコンビが先にゴールラインを割ることができたのだ。

 

 北上の言うように、馬力では完全に負けていた試合。しかし、あきつ丸の陸軍仕込みである持ち前の気力と潮の頑張りによって、4位を確保できた。

 

 最下位とブービーとはいえ、1点と2点の差はかなり大きい。

 

 総合点で勝利を目指すだけでなく、競技に対してまじめに取り組む姿に感動した俺は、残念そうな表情を浮かべる2人に対して、笑顔で拍手をしながら迎えたのであった。

 




次回予告

 第3競技が終わり、午前の部が終わった。
これから昼休み。食事タイムと思いきや、とあるイベントが催されることになった……のだが、それは番外編へと向かうようです(ぇ

 ということで、第4競技へと続きます。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その50「閑話休題……にはならなかった?」


 乞うご期待!

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