艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 やっと子供たちのレースがスタート!
果たしてだれが勝利するのか……とドキドキする暇もなく、いきなり展開が動き出す!

 まずはレースの前編……、頑張れ子供たちっ!


その40「いざ尋常に、勝負開始!」

 

 空気中を響かせる空砲が鳴った瞬間、5人の子供たちが一斉にスタートを切る。

 

 飛び出しはほとんど同時で、出遅れる子はいない。

 

 コースを考えれば、直線から180度ターンをして元の直線に戻り、スタート地点へ戻る。

 

 つまり、処理に必要なのは最大速度とターンの上手さ……だと思っていたのだが、

 

『おぉぉぉっと!

 スタートはほぼ同時だったのにグングンと速度を上げて先頭に立ったのは、佐世保幼稚園のZ1こと、レーベちゃんだーーーっ!』

 

 青葉の実況通り、他の4人と比べて明らかに速く海上を駆け、後方との差を大きく開けていた。

 

「くっ……、ど、どうしてこんなに差が……っ!?」

 

 天龍が額に汗をにじませながら焦った表情を浮かべた途端、先を行くレーベの引き波に足を取られそうになってバランスを崩す。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて両手を動かして横転しないようにした天龍だが、その動きによって横並びになっていた暁や夕立、五月雨との距離も開き、完全にしんがりの位置になってしまう。

 

「ちくしょうっ、俺としたことが……っ!」

 

 天龍は叫びながら必死で速度を上げ、どうにかして前を行く4人に追いつき、追い越そうと気合を入れる。

 

『現在先頭はレーベちゃん! 明らかに他の4人と比べて速度が違いますが、どうしてこんなことになったのでしょうっ!?』

 

 実況の青葉がここで疑問形を投げかけるなよ……と突っ込みたくなるが、間髪いれずに別の声が聞こえてきた。

 

『いやー、これは完全にアレだね。練度の差だよね』

 

 この声は……元帥かっ!?

 

 高雄にフルボッコされていたと青葉が漏らしていたけれど、いつの間にか復活していたのかよっ!

 

『ほほう。練度と言いますと、やはり練習量の差が?』

 

『だろうね。

 ちなみに艦型から大まかに説明しておくけど、暁ちゃんは約38ノット。

 夕立ちゃんと五月雨ちゃんは約34ノット。天龍ちゃんは約33ノット。

 そして先頭のレーベちゃんは約38ノットだから、普通に考えれば暁ちゃんと並行しているはずなんだよね』

 

『確かにそのデータが本当なら、そうなっちゃいますよねっ!』

 

『まぁ、あくまでこれは僕の調べによるものだから違う部分があるかもしれないけれど、それにしたってスタートからターン用ブイの半分くらいの距離だけで大きな差が開くとすれば……、やっぱり練度の違いが大きいだろうね』

 

『なるほど……。さすがは元帥! 舞鶴のトップなだけはありますねー』

 

『いやいや、そんなことは……あるかなー』

 

『『あっはっはーーー』』

 

 ……と、2人揃った笑い声がスピーカーから流れてきたが、周りの観客及び、俺や子供たち一同は半ば白けた表情を浮かべながらスルーしておくことにして、視線をレース中の子供たちへと向けた。

 

「もうっ、どうして追いつけないのよっ!」

 

 暁が必死な形相でレーベの後を追うが、その差は縮まるどころか開いていく一方だった。

 

「ど、どう考えても追いつけないっぽい……」

 

 すでに夕立には諦めムードが漂っているが、それでも速度を落とさないだけマシではある……って、頑張ってもらわないと困るんですけどっ!

 

「さ、五月雨は最後まで諦めませんっ!」

 

 五月雨が叫びながらレーベの引き波を避けつつ速度を上げようとするものの、やはり差は縮まらない。

 

 ……というか、元々五月雨って艦娘として戦場にも出たことがあったような気がするんだけど、練度は充分じゃないんだろうか?

 

 自分よりも最大速度が速い暁と並行しているから、それなりではあるんだろうけど……、やっぱり変な気がするんだよね。

 

「こ、こうなったら、全力を出し……って、うわわわわっ!?」

 

 姿勢を低くしようとした五月雨が急にバランスを崩し、先ほどの天龍と同じように横転しかけそうになったのを必死で耐える。

 

「あ、あぶっ、危なかった……」

 

 なんとか持ち直した五月雨だったが、その間に暁と夕立に置いていかれることとなり、単独の4番手に順位を落としてしまったのであった。

 

「な、なんでぇーーーっ!?」

 

 半泣きで叫ぶ五月雨。

 

 そこで俺は思い出す。

 

 ああ、そうだった。

 

 五月雨は完全に、ドジッ子だったんだ……と。

 

 周りからも生温かい視線が送られていることに気づかない五月雨は、必死に前を向いて海上を駆けたのである。

 

 

 

「ど、どうして、レーベちゃんはあんなに速いのかな……」

 

「やはり、先ほど元帥が言っていた練度の差でしょうな」

 

「そう……なのかな……?」

 

 俺のすぐそばであきつ丸と話していた潮が、いきなり服の裾をクイクイと引っ張ってきた。

 

「あ、あの、先生……」

 

「ん、あぁ、どうしたんだ、潮?」

 

「先生が佐世保に行っていた間……、向こうのみんなはいっぱい訓練をしていたんですか……?」

 

「あー、いや……、それがそうでもないんだよなぁ……」

 

 俺の返事を聞いた潮は、良く分からないといった風に首を傾げる。

 

 しかし、俺には佐世保の子供たちが訓練をしている場面を見た覚えがなく、記録も全くと言って良いほど知らないのだ。

 

 佐世保の授業に海上訓練なんてなかったし、基本的には舞鶴とほとんど同じだったのだから、条件は全く同じだと思っていたのだが……。

 

「……あっ」

 

 もしかして、俺がくるずっと前に……?

 

 いや、それよりも先と言う可能性も有り得るのではないだろうか。

 

「……どうしたのでありますか、先生?」

 

「んーっと、これはあくまで想像なんだけど……」

 

 前置きを言ってから、潮とあきつ丸に考えを伝える俺。

 

 レーベやマックス、プリンツにろー。それにビスマルク。

 

 佐世保のみんなは元々海外からきた艦娘であり、こっちにくる前に祖国で訓練をしていたのなら……、ビスマルクが余裕ぶっていたことの理由になるのではないだろうか。

 

 もしそれが本当なら、俺が佐世保に出張していた期間に舞鶴の子供たちが訓練をしていたとしても、太刀打ちできるレベルまで育っているかどうかは眼の前のレースがものがたっている訳であり、

 

 つまりそれは、圧倒的有利な佐世保チームが勝利するのは明白で、

 

「お、俺の所有権は……」

 

 完全に、詰んでいるんじゃなかろうか……という思考が、俺の頭の中を埋め尽くしたのである。

 

「せ、先生は……、いったいなにを言っているのかな……?」

 

「うむむ……、このあきつ丸にも分からないであります……」

 

 心配そうな表情を浮かべる潮とあきつ丸に見上げられながら、俺はガックリと肩を落とす。

 

 近い未来、俺の行く末が決まってしまう。

 

 所有権は佐世保チームへ。そして、そこから始まる更なる騒動。

 

 ろーを除く4人が新たに争奪戦。気づけばゲームセンターで格闘ゲームを楽しんでいたら、いきなり100円投入の乱入者現る……で、収拾がつかないことになるのは必至の模様。

 

 おそらく考えつく1番辛いかもしれない状況に、俺の身が置かれることになる可能性が高い。

 

 あゞ、悲しきかな、我が人生。

 

 願うのは平穏な日々。だがしかし、それは叶いそうにない。

 

 やはり俺はいつになっても不幸なのか……と、肩を落として諦めようとした俺に……、

 

「まぁ、そんなにめげなくても良いんじゃないかなー?」

 

「「「……え?」」」

 

 背後から聞こえてきた声に振りかえる俺。そして、潮とあきつ丸。

 

 そこに立っていたのは、同じチームの一員であり、大井の騒動に対して園児離れしたフォローをしてくれた北上の姿だった。

 

「そ、それはどういうことなんだ……?」

 

「どういうことって、言葉通りなんだけどねー」

 

 非常に軽い口調で答えた北上は、両腕を頭の後ろで組みながらニヒルな笑みを浮かべる。

 

「このレースを見た感じだと、佐世保のレーベと舞鶴のみんなとでは練度の差は大きいと思うけど……」

 

「い、いや、それだったらやっぱり佐世保チームには……」

 

「普通に考えればそうなっちゃうだろうけど、おそらく先生が心配するようなことにはならないと思うよ」

 

「どうしてそんな風に考えられるのか全く分からないんだが……」

 

「まぁ、その辺りはレースを見ていたら分かるって」

 

 暖簾に腕押しといった風に、あっけらかんと答える北上。

 

「し、しかし……」

 

 納得ができない俺は再度問いかけようとしたのだが、そこで北上と俺の間に割り込んできた大井が、不機嫌な顔を浮かべながら見上げてきた。

 

「北上さんの意見にグチグチと反論しないで下さいっ!

 先生も、ちょっとは信じたらどうなんですか!?」

 

「大井っちったら、良いことを言うよねー」

 

「それはもちろん、北上さんの為ですからっ!」

 

 ニッコリ笑って北上へと振り返り、両手を広げて抱きつこうとする大井。

 

 しかし北上はプロボクサーのような見事なスウェーで回避し、大井との距離を取っていた。

 

「むぅぅ……。たまには抱きつかせて下さいよー」

 

「えー。だって大井っちったら、抱きつくだけじゃ済まさないんだもんー」

 

「そんなことないですよー?」

 

「そこで視線を逸らしているところが大井っちらしいよねー」

 

 半ば呆れ顔の北上が小さくため息を吐くと、大井はその隙を狙ってまたもや抱きつこうとする。

 

「お、おいおい。一応レース中なんだから、夕立の応援をしないとだな……」

 

「そうだよ大井っち。

 ほらほら、頑張れ夕立ー」

 

 両手をメガホンのようにして応援をする北上だが、間延びした口調のせいか逆に気合が抜けそうな感じだ。

 

「……チッ。諦めていた先生が言うセリフじゃないと思いますけど、仕方ないですね」

 

 そう言って、北上と同じように応援し出す大井。

 

「が、がんばって、夕立ちゃん!」

 

「がんばるでありますっ!」

 

 気づけば、潮もあきつ丸も大きな声で声援を上げていた。

 

 さきほどの北上の言葉が気になってしまうが、今は大事なレース中。

 

 俺もみんなと一緒に夕立に向け、少しでも順位を上げられるように大きな声援を送る。

 

 そんな俺たちの声に気づいたのか、夕立の曇っていた表情が少し晴れたように見えたとき、

 

『遂に先頭のレーベちゃんがターン用のブイまでやってきたーーーっ!

 そして2番手の暁ちゃんと夕立ちゃんとの差は、すでに10m以上!

 これは完全に独走状態かーーーっ!?』

 

 青葉の実況が無情にも響き渡った途端、思いもしなかったことが起こったのである。

 




次回予告

 レーベがダントツで1着を取る。
誰もがそう思っていたが、やはり一筋縄でいかないのがあたりまえ?

 油断は足元をすくわれる。
 そして、焦りもまた……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その41「モンキーターンはできないけれど……?」


 乞うご期待!

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