大荒れ模様のエキビションマッチも、観客にとっては大満足。
しかし、そこは予想通りのオチがつき、やっと子供たちの出番がやってくる。
遂に運動会が開始です!(遅
大波によってエキシビションマッチは完全な大荒れとなり、もはやレースどころではない状況ではあったのだが、さすがはビックセブンと言わしめるだけはある長門が必死の形相でターン用のブイまで進んでいた。
その間、観客からの黄色い声援は留まることを知らず、辺りのテンションはもの凄いことになっている。
もちろん俺も同様に、大きな声援を送っているのだが。
ただし、若干腰は引き気味だけどねっ!
「頑張れ長門お姉さんー……でありますっ!」
「そ、蒼龍さんも……頑張って下さいっ!」
「「………………」」
あきつ丸と潮は純粋に応援しているが、北上と大井は半目を浮かべ、ただただ海を見つめているだけだった。
特に大井の顔が半端じゃないほど不機嫌です。
せっかくチームがまとまったのに、また悪化しちゃわないよね……?
さすがに俺もヤバいと感じ、応援を抑え気味にしながらチラチラと子供たちの様子を見ていると、細かなノイズ音の後に放送が流れてきた。
『えー……、観客のみなさまに悲しいお知らせがあります。
考案者である元帥がフルボッコ……ではなく不慮の事故にあわれ、少々ギミックが激し過ぎて参加している艦娘たちに危険であると判断いたしましたので、エキシビションマッチはこの辺りでおしまいにしたいと思います……』
スピーカーから流れる青葉の声を聞いて、観客はため息交じりで肩を落とす。
しかし、俺はもう充分だった。
そりゃあもう、充分過ぎるほど堪能したからである。
そして、大井の機嫌もこれで直ってくれたら良いなぁ……なんて思っていると、
「いやー、やっぱりお姉さんたちは凄いよねー。
台風のときみたいなあんな大波、私じゃ絶対転覆しちゃってるよね、大井っちー」
「えっ、あ、そ、そうですねっ。北上さんの言う通りですっ!」
いきなり北上から話を振られた大井は若干焦ったものの、すぐさまニッコリ笑って返事をしていた。
うむむ……。相変わらず北上は大井にピンポイントで話を振るのが上手いよなぁ……。
まるで俺の心境を悟った上で先を見据えた行動を取っている気がするんだが、どう考えても子供レベルとは思えない。
幼稚園における名探偵が時雨なら、ネゴシエーターは北上ということになりそうだが、完全に俺の出る幕がなくなっちゃいそうだよね。
まぁ、俺はあくまで教育者なんだから、子供達を導いていければそれで良いんだけどさ。
「あ、あの、先生……。エキシビションマッチは終わっちゃったんですか……?」
「ああ。さすがにこの大波でレースを続けるのは危ないから、中止するんだってさ」
「そ、そうですか……。
ちょっと残念ですけど、お姉さんたちが危ない目にあうのは……嫌ですから、良かったです……」
「そうでありますな。
どんなに強いお姉さんたちだとは言え、さすがに先ほどの波はきつ過ぎるであります」
ホッと安心した潮と、両腕を組んでウンウンと頷き納得する表情を浮かべていたあきつ丸は互いに話し合ってから、再び海の方へと視線を戻す。
いつしか波の勢いは収まり、4人の艦娘の表情も幾分マシになっていた。
代わりに観客の表情は非常に残念そうになっていたが。
そりゃあ、揺れが収まってしまったからからなぁ。
気持ちは分からなくもないが、ずっと繰り返されてもそれはそれで飽きてしまうモノである。
ちゃんと俺みたいに脳内に焼き付けるか、動画で保存しておけって話なのだ。
あ、もちろんビデオ撮影していた方が居たら、ぜひ譲って下さい。
先月の給料がまだ余っているので、多少の出費は大丈夫ですからねっ!
「そ、そう言えば……、これからみんなのレースが始まるんですよね……?」
「エキシビションマッチが終わったから、そうなるとは思うけど……」
「ゆ、夕立ちゃんが出るレースも、さっきみたいに波が起きるんでしょうか……?」
潮はそう言って、もの凄く心配そうに俺の顔を見上げてくる。
「いやいや、さすがに子供たちのレースでさっきのギミックを使うことはないと思うぞ。
まだ海上で航行するのが不慣れな子もいるだろうし、安全面を考慮したら普通に速度を競うだけになるだろうな」
そう答えた俺だが、ギミックを考案した元帥が不慮の事故……ということなので使用されることはまずあり得ない。
おそらく4人の艦娘を選んだのも、元帥なんだろうなぁ……。
長門に扶桑、蒼龍に浜風。
速度を合わせたというのなら駆逐艦である浜風が一歩抜きんでるし、練度を合わせたというのもエキシビションマッチに参加する艦娘の紹介から違うと言える。
浜風は舞鶴鎮守府に所属したての駆逐艦だと紹介されていたし、長門と蒼龍は第一艦隊の主力。扶桑も呉を奪還する際に精鋭部隊の一員として参加していたので、やっぱり浜風だけが浮いてしまっているのだ。
そうなると、やっぱりどう考えても胸部装甲がメインです。
本当にありがとうございました。
元帥の犠牲は忘れません。たぶん、5秒間くらいは。
……とまぁ、そんなことを考えつつ、潮を心配させないようにニッコリと笑いかけてあげた。
「そ、そうですよね……。良かったです……」
「うんうん。潮は優しいなぁ……、よしよし」
「わわっ、そ、その……、ありがとう……ございます……」
更に念を押す為、俺は潮の頭を撫でまくる。
久しく舞鶴の子供たちを撫でていなかった分、ここで思いっきり堪能させていただくのが本音だったりしなくもないが。
まぁ、なんだかんだで、さっきも撫でまくっていたけどさ。
「………………(じーーーーー」
「ん、どうした、あきつ丸?」
「あっ、いえ、その……で、あります……が」
言葉を詰まらせながらもじもじとしているあきつ丸の態度を見て、俺は笑いながら空いた方の手で手招きをする。
その瞬間、あきつ丸の顔がパァァッ……と明るくなり、飼い主に呼ばれた子犬のように素早い動きでそばに寄ってきた。
なでなで……。
「はうぅ……で、あります……」
俺を見上げながら恍惚とした表情を浮かべるあきつ丸。
「気持ち……良いです……」
「先生の撫で方が……、癖になるであります……」
2人とも嬉しそうにしているのだから大丈夫だとは思うけれど、色んな意味で危ない気がしなくもない。
撫でられることが癖になるのも具合が悪いし、常習性みたいなモノが出てくるのはよろしくないからなぁ……。
「「はうぁぁぁ……」」
しかし、これほど気持ちが良さそうな顔を浮かべて撫でられている2人を見ると、これはこれで構わないんじゃないかと思ってしまう俺が居る。
とりあえず今は、俺の撫でまくりたい欲求もあることだから……と、心配は前送りにして楽しむことにした。
……って、別にやましい気持なんか持っていないからね?
『それでは子供たちの準備が完了しましたので、第一種目のレースを開始いたしますっ!』
潮とあきつ丸の頭を撫で続けること数分の後、スピーカーから聞こえてきた青葉の声に顔を上げ、視線を海上の方へと移した。
『まずはこのレースに参加する子供たちの紹介から始めさせていただきますっ!』
青葉の声に熱がこもってきているんだけど、以前の争奪戦での紹介で痛い目をあっているのは覚えているんだろうか。
あのときはやりたい放題だったし、その後愛宕にこっぴどく説教を受けたはずなんだけど……。
青葉だからなぁ……で、納得できるだけにどうしようもないんだけどさ。
『エントリーナンバー1!
佐世保幼稚園所属の駆逐艦、Z1ことレーベヒト・マースちゃんですっ!』
紹介を受けたレーベは右手を上げ、観客に向かって小さくお辞儀をする。
さすがはレーベだし、青葉も普通に紹介したので良かった……と思っていると、
「先生をゲットする為、ボク、頑張るよ……っ!」
いきなり高らかに叫び、上げていた右手を大きく振りかざしながら他の参加者である子供たちを睨みつけた。
……って、ちょっと待って。
いきなり爆弾発言が青葉からじゃなくて、レーベから飛び出たんですけどっ!
初っ端から一触即発な展開に、洒落にならない雰囲気が醸し出されているんですがーーーっ!
『続きまして、エントリーナンバー2!
舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、暁ちゃんですっ!』
「幼稚園の中でもとびっきりのレディである暁が、1番を取っちゃうんだからっ!」
対してこっちは普通です。
なんかもう、すんごく安心できるんですが。
『更に続いて、エントリーナンバー3!
舞鶴幼稚園所属の軽巡洋艦、天龍ちゃんですっ!』
「おうおうおうっ!
先生をゲットするとか抜かしている奴が居るけどよー。
俺様を相手にして無事にゴールできるとは思わない方が良いぜぇっ!」
そう言って、レーベと完全にガン飛ばしモードに突入する天龍。
両者の間に暁が立っているが、その存在を完全に無視してメンチビームを飛ばしまくっている。
つーか、天龍が世紀末で出てくるモヒカンみたいになっちゃっているんだけど、いったいどういうことなんだよっ!?
『そしてエントリーナンバー4!
舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、五月雨ちゃんですっ!』
俺の心配をよそに青葉の声がスピーカーから流れ、紹介を受けた五月雨が深々とお辞儀をする。
他の子たちと違って叫ぼうともせず、緊張した面持ちも見せずにターン用のブイをしっかりと見つめていた。
……うん。まぁ、これが普通なんだけど。
だけど今の俺は普通の心境じゃないです。もうマジパナイんですよ。
近くに居る観客からは「先生をゲットって言ってたけど、どいつのことなんだよ……」とか、「あんなに可愛いレーベちゃんを独り占めにしようとするやつが居るなんて……っ!」とか、もの凄く厳しい視線が俺の方に向いているんですよね。
そんな中で手を上げる勇気もない俺としては、聞こえないフリをしながらレースを見守ることしかできないので、心の中で大きくため息を吐くことにした。
『エントリーナンバー5!
舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、夕立ちゃんで最後ですっ!』
「夕立、頑張るっぽーいっ!」
元気良く声をあげながら俺たちが居る待機場所に手を振る夕立だが、状況が状況だけに気張って応援することもできない俺。
「夕立殿、頑張るでありますっ!」
「ぽっぽぽーい!」
なんだかよく分からない返しをした夕立がターン用のブイを見つめたところで、辺りのざわめきが少しばかり落ち着く。
『それでは紹介が済みましたので、間もなく開始ですっ!』
スタート地点に立つ5人の子供たちが一斉に重心を落とし、緊迫した空気が辺り一帯を包み込む。
「頑張って……、夕立ちゃん……」
隣に居る潮がギュッと両手を握り、目を瞑った瞬間、
パァァァンッ!
大きな空砲とともに、子供たちは一斉に海上を駆け出した。
次回予告
やっと子供たちのレースがスタート!
果たしてだれが勝利するのか……とドキドキする暇もなく、いきなり展開が動き出す!
まずはレースの前編……、頑張れ子供たちっ!
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その40「いざ尋常に、勝負開始!」
乞うご期待!
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