戯言が決まってなんとかチームがまとまった。
これはまだ終わりではなく始まりであり、1つ目の競技も始まっていない。
なんとかチームを勝利へ導く為、奮闘しようと思ったのだが……、
エキシビションマッチって、なんのなさ……?
子供たちへの説得も済み、最初の競技に出場する夕立を送り終えたところで、タイミング良くスピーカーから熊野の声が聞こえてきた。
『第1種目に参加する子供たちは待機場所に集合して下さい。
繰り返します。第1種目に参加する子供たちは……』
青葉とは違って少し品のある口調から、やはりこういった業務連絡などを放送は熊野に任せた方が断然良い。そう思ってしまうのは俺以外にもいるだろうが、当の本人である青葉に聞かせるのは少々酷なので黙っておくことにする。
まぁその代わり実況等で頑張ってくれれば良いんだけれど、あまりやり過ぎちゃうと色んな意味で危ないので気をつけるようにね。
――そんな風に心の中で呟いていると、まるで察知していたかのように青葉の声がスピーカーから鳴り響いてきた。
『みなさま、お待たせしましたっ!
そろそろ子供たちによる運動会が始まりますが、その前にまずはエキシビションマッチをやりたいと思いますっ!』
放送が観客勢の耳に入った途端、辺りが一気にざわめき始める。
チームの待機場所で競技に参加しない為に残っていた子供たちも、頭を傾げたり手に持った冊子に目を通していたりした。
ちなみに俺も同じく若干動揺している。
それはなぜかと言うと、
「せ、先生……、エキシビションマッチって……なんですか……?」
「エキシビションマッチってのは、模範的な試合……という感じかな。
つまり競技を行う前に、観客の人たち分かりやすく説明する意図があると思うんだけど……」
潮に説明しながらも、俺はしおりに目を通してみる。
進行表には競技順や準備などの項目が書かれているが、エキシビションマッチという文字はどこにも見当たらない。
またもや俺にだけ聞かされていないのか……と思ったが、このしおりはしおいから受け取ったモノだから元々予定されていなかったんじゃないだろうか。
なんせ進行を取り仕切っているのは元帥だから、突発的なことをやりかねない節があるし。
それとも純粋に、観客に対して分かり易いように頑張っているというのも考えられなくはないが……。
ぶっちゃけ、元帥だからなぁ……。
俺が言うのもなんだが、元帥の信頼度はゼロを大きく下回っているんだよね。
高雄が居なければ鎮守府が成り立たなくなることこの上ないです。
さすが元帥。そこに痺れも憧れもしないけど。
『ではでは、早速エキシビションマッチを開始いたしますので海上をご覧下さいっ!』
青葉の声と共に周囲の観客の視線が一斉に動く。
海上にあらかじめ設置されているスタート用のブイの辺りには、いつの間にか4人の艦娘が浮かんでいた。
『まず1つ目の競技ですが、海上に設置されているターン用のブイにタッチをして帰ってくる、単純明快なレースとなっておりますっ!』
うむ。それは非常に分かり易いし、なんの問題もない……と思える。
しかしそれだと、エキシビションマッチを全くといって良いほど必要としないよね?
どうやら観客の方も同じことを考えているようで、頭を傾げていたりしているようなのだが……。
『しかし、ここはせっかくのエキシビションマッチ!
鎮守府を代表する優秀な艦娘たちに、子供たちのお手本となるよう頑張っていただきますっ!』
気合の入った青葉の声に釣られるかのように、観客からパチパチと拍手が上がり始める。
気づけば俺も子供たちも同じように拍手をするのだが、やっぱりなんだか腑に落ちないんだよなぁ……。
スタート位置に居る艦娘は、長門、扶桑、蒼龍と……、浜風だろうか。
扶桑と蒼龍は会話をしたことがあるし、長門は先ほどの観艦式で紹介を受けたのですぐに分かった。しかし、浜風だけは会ったことがないので、外見から推測するしかなかったのだが……。
『そして、エキシビションマッチに参加していただく艦娘の紹介を致しますっ!
まずは第一艦隊所属、ビックセブンの長門っ!』
「フッ……。この長門、どんな勝負にも全力を出させてもらうっ!」
長門は目を閉じながら右手を空に突き出し、気合充分といったように見える。
『続きまして、こちらも舞鶴鎮守府の古参にて練度も高い航空戦艦の扶桑っ!』
「山城、遅れないで……って、今は私だけなのね……」
自虐的にクスリ……と笑う扶桑を見た瞬間、背筋に寒気が走るんですが。
『3人目は空母から蒼龍が参加ですっ!』
「速度勝負だなんて……、気をつけないと九九艦爆がはみ出ちゃうかも……」
そう言いながら腰の辺りをチェックする蒼龍が、なんだか妖艶っぽいです。
『そして舞鶴鎮守府に所属したての駆逐艦、浜風が見参っ!』
「周りは有名な先輩方ばかり……。しかしこの浜風、速度勝負なら負けませんっ!」
気合を入れるように自らの両頬をパチンと叩く浜風。
その瞬間、大きな胸部装甲がたゆんと揺れて……。
………………。
うむ。非常に眼福です。
ありがたや。ありがたや。
「あ、あの……、先生……。どうして両手を合わせながら、お地蔵さんに拝んでいるみたいにしてるんですか……?」
「あっ、え、いや、これは……だな」
そんな俺にツッコミを入れてきた潮に、どう答えようかと焦ってしまったのだが、
「さすがは先生。お姉さんたちが怪我をしないように、祈っているのでありますね」
「……あ、ああ。そうなんだよ、あきつ丸!」
「そ、そうだったんですか……。分かりました……、潮もお祈りしておきます……っ!」
両手を合わせた潮がスタート位置に居る艦娘たちに向かって合掌し、小さな声でブツブツと祈り始める。
……ふぅ。助かったぞ。
ナイスフォローをしてくれたあきつ丸の頭を撫で、俺は心の中で大きなため息を吐いて顔をあげる。
視線の先にはスタート位置。
4人の艦娘が合図を待ちながら、いつでも発進できるような体勢を取っている。
海面は穏やかではあるものの、ときおり波に揺られる4人がバランスを取る度に、やっぱり大きな胸部装甲が……。
たゆん……たゆん……。
………………。
やばい。マジパナイ。
4人が4人とも大きいので、本当にありがとうございますって感じなのだが。
これで更に大きな波が起これば全身全霊の土下座が確定するのだが、さすがに天候から考えてもそれはない。
更に愛宕や高雄が入っていないのが非常に残念ではあるが、両者ともに忙しい身であるから仕方がないだろう。
まぁ、速度の勝負を行うからして、それなりに動きはあるだろうから……。
………………。
ちょっと今から、青葉にカメラを借りてくるべきだろうか。
いや、写真よりも動画だ。そうでないと、あの動きを保存するのは難しい。
さすがの青葉も実況がある以上撮影をする暇はないだろうから、代わりにやらなくては……と思ってみたものの、子供たちをほっぽり出すこともできず諦める俺。
むぐぐ……、非常に残念です。
しかし、せめて脳内には保存しておくべきだと、まばたき厳禁で注視することにした。
『それではただいまより、エキシビションマッチを開始しますっ!』
その瞬間、観客からのざわつきが治まる。
ゴクリと唾を飲み込む音が大きく聞こえるかのような静けさに、辺りが如何にスタート位置に集中しているかが分かった。
そして、心境は違えど同じく集中している4人の艦娘が、真剣な表情を浮かべ……、
パアァァァンッ!
スピーカーから鳴り響いたスタートの合図で、一斉に前へと駆け出した。
『スタートから飛び出したのは、予想通り駆逐艦の浜風だーーーっ!』
「「「ワアァァァァァッ!」」」
観客から一斉にあがる歓声。
「いけー!」だの、「そこだー、抜けー!」など、みんなが笑顔を浮かばせながら声援を送る。
子供たちも真剣な顔で4人を見つめ、拳を振り上げながら思い思いの名を叫んでいた。
俺はほんの少し前まで胸部装甲がどうとか考えていたが、今となっては非常に恥ずかしい限りで、穴があったら入りたい気分である。
やましい気持ちは封印し、ここはみんなと一緒に応援しようと思い始めたところで……、
『しかし、これでは性能差で決まってしまうレース!
そうは問屋が卸さない! ここで元帥考案のギミックを発動ですっ!』
……と、青葉の声が聞こえた途端、いきなり海面に変化が起きた。
「むっ!?」
「きゃあっ!?」
「わわわっ!?」
「くっ!?」
突如襲ってきた大波にバランスを取られ、4人の艦娘たちが速度を落とす。
なんとか横転するのは免れたようだが、スピードに乗っていた浜風はかなり危なかったように見えた。
『突如襲ってきた大波ですが、海域に出ればこういったこともあり得ますっ!
経験を生かして、1番にゴールをするのは誰でしょうかっ!?』
実況の青葉の声にも熱が帯び、観客のボルテージも徐々に上がっていく。
当事者である4人の顔色は変わらず、真剣そのものであったのだが、
「うぅっ、まだまだ……っ!」
その中で明らかに余裕がなさそうな浜風が、続けて襲ってきた波に足を取られ、大きくバランスを崩した。
「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」
そしていきなりテンションマックスの歓声があがり、周りの熱気が凄いことになっている。
それはなぜかと問われたら、単純明快な答えが目の前にあるからだ。
だって、必死な表情で横転しないように頑張る浜風の胸部装甲が、
半端じゃないほど、揺れまくっているんですからねぇぇぇぇぇっ!
「ひゃほぉぉぉう、最高だぜぇぇぇっ!」
「頑張れーーーっ、そこだーーーっ、耐えろーーーっ!」
「もっとだっ! もっと大きな波をっ!」
S席に座って見守っていた人たちも急いで立ち上がり、大声で叫びながら拳を振りかざしている。
視線は間違いなくある点を指し、思いは確実に1つだっただろう。
かく言う俺も同じであり、絶対にまばたきをするものかと心に誓いながら凝視する。
「おっぱいぷるんぷる~~~んっ!」
そしてひと際大きな声が遠くの方から聞こえた気がするが、そちらに視線を向けるなんてもったいない。
どうせ、ちょび髭を生やした軍服のおっさんが叫んでいるだけだろうからね。
「な、なんだか……、周りの人たちがちょっとだけ……怖いです……」
「め、目が血走っている男の人が……、たくさん居るであります……」
「あー、まぁ、仕方ないんじゃないかなー」
「これだから男は……」
俺のすぐ近くで子供たちの声も聞こえたが、やっぱり気にするなんてもったいない。
今はただ、脳内にこの光景を焼き付けることに全てを集中させなければならないからだっ!
今回だけは、本気で元帥を褒めるべき。
そして、この恩をいつかは返さなければと、しっかり胸に刻む俺だった。
……あ、ちなみにしおりの件は別だけどね。
次回予告
大荒れ模様のエキビションマッチも、観客にとっては大満足。
しかし、そこは予想通りのオチがつき、やっと子供たちの出番がやってくる。
遂に運動会が開始です!(遅
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その39「今度こそ子供たちの出番!」
乞うご期待!
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