艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 待て、慌てるな、元帥の罠だ。
なんてことも考えたかもしれない主人公は、ある相手にメールを送った。

 そしてついに運動会の開催時刻が近くなる。
雰囲気に違和感を感じたので辺りに目をやると、明らかに変なモノが視界に入り……


その32「まずは観艦式」

 

 携帯電話からメールを送った俺は、石油ストーブの前で服を乾かしながら頭の中で色んなことを考えていた。

 

 もちろん、その間に呼出しがあればすぐに動けるよう待機していたのだが、準備の方は一通り済んでいたこともあって用事らしい用事はほとんどなく、まったりとした時間を過ごしていた……かに思えたのだが、

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 俺やしおい、港湾が待機していたテントの近くには埠頭に沿って並べた椅子があり、招待した来賓や運動会を見にきた付近の住民の為に設置した物である。

 

 その数は100を超え、ぶっちゃけてそこまで必要なのかと思いながら並べていたのだが、俺の目の前に映る光景を見る限り、杞憂だったと言えるだろう。

 

 いや、まぁ、なんだ……その。

 

 いつの間にか、椅子に座りきれない人たちが埠頭に溢れかえっているんですが。

 

 更に近くにある建物の窓から海を眺めている人も、チラホラではないレベルで見かけられるし。

 

 つーか、倉庫側の埠頭にも人が一杯なんですけどね。

 

「し、しおい先生。ちょっといいかな?」

 

「は、はい……。なんでしょうか……?」

 

「う、運動会にしても……、見にきた人が多過ぎないかな……?」

 

「き、奇遇ですね……。私もそう思っていたんですよ……」

 

「あ、でもアレか。観艦式も兼ねているとか言ってたっけ……?」

 

「でも、今回の主役は子供たち……ですよ?」

 

「そ、そう……だよね……」

 

 俺としおいは揃って額に大粒の汗を浮かばせながら、引き攣った顔を浮かべて周りを見る。

 

 目に映るのは、人、人、人……。

 

 思い浮かぶ言葉は「まるで人がゴミのようだ」ではないのだが、そんなことがすぐに出てきてしまうくらい、この一帯に人が溢れかえっているのだ。

 

 更には横断幕のような物まで持っている人も居るんだけど、洒落にならないくらい大規模過ぎやしないですかね……。

 

「これってやっぱり、元帥の仕業……なのかな?」

 

「懐から全経費を出していることを考えると、可能性が高いといえばそうですけど……」

 

「それじゃあ、正門から続く道に屋台があったのって、少しでも元を取ろうと考えたからなんだろうなぁ……」

 

「どうやら入場料も取っているみたいですし……」

 

「そ、それって観艦式でやって良いことなんだろうか……?」

 

「うーん。どうなんでしょう……」

 

 言って、俺としおいは似た者同士のように腕を組みながら首を傾げる。

 

「ちなみに先生たちが並べてくれた椅子は、S席になっていま~す」

 

「「え、S席……っ!?」」

 

 後ろから聞こえてきた声に驚きながら振りかえる俺としおい。そこにはニコニコと笑みを浮かべた愛宕が立っており、いつの間にか石油ストーブに向かって手を伸ばしながら暖を取っていた。

 

「さっき姉さんから聞いた情報なんですけど、元帥ったらいろんな方面に情報を流して集客したみたいなんですよ~。

 その結果、他の鎮守府のお偉いさんだけじゃなくて、色んなお客さんが集まったみたいで……」

 

 言葉を詰まらせた愛宕は小さくため息を吐き、辺りを見回すように顔を動かしていく。

 

 埠頭に設置した椅子に座っている中には、元帥と同じ真っ白い軍服を着た人が複数見受けられる。しかしそのすぐ横には、どう見ても鎮守府に所属しているとは到底思えないような服装をしている男性の姿があるのだ。

 

 パッと見れば新撰組のダンダラ羽織みたいな感じの服を着て、頭にはハチマキが巻かれている。

 

 そこに書かれている文字は……、『I LOVE 艦娘!』だった。

 

「「「………………」」」

 

 目が点になる俺としおい。

 

 愛宕のため息が大きくなり、さっきから少し離れた位置で俺を伺っている港湾も呆れた表情を浮かべていた。

 

 えっと、つまり、なんだ。

 

 S席のチケットを取得した人……で、良いんだよな?

 

 いったいその金額がいくらするのか気になりまくるのだが、懐から1千万以上を出した分を回収する為だと考えると、知らない方が良いのかもしれない。

 

「この件については少々やり過ぎのような気もしますけど、付近の住民であるみなさんの理解を得るという点では間違っていませんからね~」

 

 愛宕はそう言いつつも、表情はいつものように明るくない……と思いきや、

 

「まぁ、元帥に対しては姉さんが対処してますので、なにも問題はないんですから気にしないで下さい~」

 

 両手を合わせながらニッコリ微笑む愛宕が、マジパナイと思ったのは俺だけではないと思う。

 

 だって、俺のすぐ横に居るしおいがまたもやガタガタ震えているし。

 

 港湾の視線が思いっきり海の方に向いちゃったからね。

 

「あっ、それと先生~」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

「姉さんから伝言なんですけど、『了解しました』と言ってましたよ~」

 

「あ、あぁ……。わ、わかりました。ありがとうございます……」

 

 ぺこりとお辞儀をする俺だが、若干元帥が不憫にも思えてきた。

 

 しかしまぁ、やられたらやり返しておかないと気が済まないのも確かだからね。

 

 ……し、死にはしないと思うけどさ。

 

 

 

 

 

 そしてついに、運動会の開始時刻になった。

 

 俺たちが待機している埠頭に並べた椅子は満席になり、倉庫側の方はあまりの人の多さに海へ落ちないかと心配になってしまうほどだ。

 

 パッと見ただけでも数千人は下らない人数が海に視線を向け、ソワソワしているように見える。

 

 なぜそこまで期待にあふれる顔を浮かべているのかと、ある意味心配になってしまうのだが、こうなってしまった以上後に引けないのは昨日の食堂と同じだろうか。

 

 ……いや、人数がまず違うし、緊張感も半端じゃないんですけど。

 

 思わず手のひらに『人』の文字を指で書いて飲み込もうかと思った瞬間、鎮守府内に取りつけられているスピーカーからノイズ音が聞こえてきた。

 

「ジジ……、キーーーン……」

 

 少々耳障りな甲高い音が流れると、辺りの人たちがキョロキョロと顔を動かし始める。

 

『本日は舞鶴鎮守府の観艦式及び、艦娘幼稚園の運動会にお越しの皆様方に、厚くお礼を申し上げます』

 

 お決まりの挨拶が流れ、辺りが少しだけざわついた。

 

 スピーカーからの声は1度だけ聞いたことがあり、コードEの放送を思い出す。

 

 確か熊野という艦娘だったかな……と思っていると、突然口調が変わり始めた。

 

『堅苦しい挨拶はそこそこにして、早速選手の入場ですわっ!

 実況担当の青葉、宜しく頼みましてよっ!』

 

『了解ですっ!

 それでは早速、BGMをON!』

 

 それを聞いた瞬間ずっこけそうになったが、俺はなんとかこらえながら愛宕の方を見る。

 

「………………」

 

 ニッコリと微笑んだまま、ジッと海を見つめる愛宕。

 

 表情を見る限り、怒っているような感じは見受けられない。

 

 事前に進行について目を通していたのか、それとも端から分かっていたのか。

 

 まぁ、元帥のことだから普通にやるとは思っていなかったけどさぁ。

 

 それになんだ。大半の観客たちも笑顔を浮かべているし、悪いようには思えない。

 

 どうせ全責任は元帥にいくんだから、俺はできることをやるべきだ。

 

 勝利をもぎ取らねば、明日の光は拝めないかもしれないのだから。

 

『まずは舞鶴鎮守府における主力、第一艦隊の入場ですっ!』

 

 アップテンポな音楽と共に聞こえてくる青葉の声は非常にテンションが高く、荒い鼻息までもマイクが拾っていた。

 

『正規空母赤城を筆頭に、加賀、蒼龍、飛龍。戦艦の長門と陸奥による空母機動部隊は舞鶴鎮守府を代表する常勝艦隊っ!

 先の世界各国共同で行われた作戦では、一番の功績をあげたことで有名ですっ!』

 

 青葉の実況に合わせて海を走る艦娘たち。白い波飛沫をあげて海面を走る姿に、観客の黄色い声がいたるところから上がる。

 

 佐世保から輸送船に乗って舞鶴まで戻ってくる間、ビスマルクや日向たちの護衛の姿を見ていた俺ではあったが、どこか違う雰囲気を感じて見惚れてしまっていた。

 

 もしこんな俺をビスマルクが見ていたら、色々と厄介なことになってしまったかもしれない……と思ったところで、ふとあることに気づいた。

 

「あれ……。ビスマルクはどこに行ったんだ……?」

 

 辺りを見回してみるが、その姿は見当たらない。

 

 舞鶴幼稚園所属の愛宕やしおい、港湾はここに居るのだが、佐世保幼稚園所属のビスマルクが居ないのはどういうことだろう。

 

 もしかすると、愛宕が気を利かしてくれた可能性もあるのだが、それにしたってある程度目の届く位置にテントなりを設置して待機場所にするのが普通だと思うんだけど……。

 

「うむむ。付近には見当たらないよなぁ……」

 

 そう呟いてはみたものの、埠頭一帯は人であふれてしまっているので見つけられなかった可能性だってある。

 

 まさか、これだけの人が居るところで問題を起こすことはないだろうと思うけれど、ビスマルクがビスマルクであるがゆえにその心配は仕方ないのかもしれない。

 

 ……願わくは、テンションに任せて暴れませんように。

 

 そっと心で祈りつつ、俺は再び海の方を見る。

 

『さて次は第二艦隊の入場ですっ!

 軽巡の川内、神通、那珂を筆頭に、夕張、漣、弥生の水雷戦隊っ!

 夜戦に入れば大暴れ! 潜水艦もお手のもの!

 縁の下の力持ちであるこの艦隊も、他の鎮守府から好評価を頂いてますっ!』

 

 青葉のテンションは留まることを知らず、スピーカーから叫ぶような声が鳴り響く。

 

 そして海を駆ける艦娘たちの姿に更なる声援が上がり、付近のボルテージもどんどん高くなっていった。

 

 川内と神通が綺麗な半円を描き、ぶつかるかぶつからないかギリギリの間隔で交差する。後に続く那珂はマイクを模した探照灯を持って観客に手を振り、漣は海上でトリプルスピンを連発して沸かしていた。

 

 ちなみに最後尾の弥生は無表情で海上をスイスイと動いていたが、これが本当の観艦式での態度なんだよなぁ……としみじみ思ってしまう。

 

「「「那っ珂ちゃーーーんっ!」」」

 

 あと、倉庫側の埠頭に大きな横断幕を持つ人たちから、一斉に応援が飛んでいるし。

 

 ぶっちゃけちゃうと、すでに観艦式かどうかですら怪しいんですが。

 

 更に言えば、メインは舞鶴と佐世保幼稚園の合同運動会がメインですよね?

 

 一体全体、どうなっているのか元帥を問い詰めたいんですけど、これだけ人が多く居たら探すのも一苦労なんだよなぁ。

 

 ……まぁ、俺がこんな風に思っているのだから、高雄が先に手を回しているだろう。

 

『さてさて、それでは今回の目玉である艦娘幼稚園の子供達に出場してもらいましょうっ!』

 

 そしてついにやってきた子供たちの出番に、俺はゴクリと唾を飲み込みながら海上を見る。

 

 昨日幼稚園で針のむしろ状態ではあったけれど、それ以降一切話せなかった子供たちが、上手く海に浮かべるかどうかさえ俺は知らない。

 

 元気いっぱいの天龍が焦って失敗しないか。

 

 泣き虫の潮が怖がってしまわないか。

 

 龍田が天龍をからかおうとして問題を起こさないか。

 

 夕立がドジを踏んでしまわないか。

 

 金剛とヲ級が俺の姿を見て暴走してしまわないか。

 

 他にも多くの子供たちが、これだけ多くの人たちの前で緊張してしまうのではないかと、俺は気が気でない。

 

 だけど、俺の近くに居る愛宕やしおい、港湾は、全く心配するような素振りも見せず、笑みを浮かべながらジッと海上を見つめていた。

 

 そんな3人の顔を見て、俺は胸を撫で下ろしながら小さく息を吐く。

 

 あぁ、たぶん大丈夫。

 

 いや、絶対に大丈夫だ……と。

 

 心の中で頷いた俺は、ゆっくりと目を閉じる。

 

 そして周りからひと際大きな歓声が上がったとき、微笑みながら瞼を開ける。

 

 成長した子供たちを見る為に。

 

 

 

 そう、思っていた……はずなんだけど。

 

 

 

 やっぱりと言うかなんと言うか、やってくれましたよ……こんちくしょうっ!

 




次回予告

 予想通り。というか、やったらあかんやろそれ。
それが主人公である先生の心境。ええ、ヤツがまたしても……なのです。

 ってことで、観艦式(子供たち)バージョンも始まりますっ!

 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その33「死亡フラグ?」


 乞うご期待!

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