艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 しおいの暴走……珍しいかな?
とまぁ、そんなこんなでずぶ濡れになってしまった主人公。
しかしそんな状態でも運動会について話を聞かなければと港湾に問う。

 そんなとき、とある物についての話を聞いて……


その31「七転び八転び」

「うぅ……。ごめんなさい……」

 

 衣服を全て海水で濡らし、申し訳なさそうに俯きながら謝るしおいが俺の目の前に居る。

 

「ま、まぁ、済んだことだからあんまり気にしなくても……さ」

 

 俺はそう言いながら大丈夫であると手を左右に振ってアピールするが、ぶっちゃけてしまうと無茶苦茶寒いです。

 

 今の時期は完全に冬。もちろん今日の朝も平年通りの寒さであり、艤装をつけた艦娘ならともかく普通の人間が普段着で海に飛び込むなんて正気の沙汰じゃない。

 

 そんなことは誰が考えても分かるだろうが、暴走したしおいに無理矢理引っ張られてしまった俺は、全身ずぶ濡れで水も滴る良い男……とボケ振りをかませるほど余裕もなく、

 

「……ふえっくしゅっ!」

 

 こうして大きなくしゃみをしてしまうくらい、寒気が止まらないのだ。

 

「か、風邪をひく前に早く着替えないと……」

 

「そ、そうだね……。そうしないと、完全に……へっくしっ!」

 

 再度くしゃみをしつつ身体をガタガタと震わせる俺を見て、あたふたと焦りまくっているしおいは大丈夫なんだろうか。

 

 やはり艦娘で潜水艦となれば、これくらいの寒さなんて余裕綽々かもしれない……と思っていると、

 

「……くちゅん」

 

 小さいくしゃみをしたしおいが「ずずず……」と鼻を鳴らした後、俺の顔を見ながら恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 なにこれ。ちょっと可愛いんですけど。

 

 これを見られただけで、寒中水泳をしたかいがあったって思えちゃうかもしれないんですが。

 

 ………………。

 

 ……あ、でもやっぱり寒いです。凍え死にそうです。

 

「2人揃ッテ、ラブコメナンカヲシテイルトコロカモシレナイケレド、早イトコロ着替エナイト本当ニ風邪ヲヒクワヨ?」

 

 そんな俺たちを見た港湾が呆れた顔を浮かべながら、ため息交じりに声をかけてきた。

 

「で、ですよね……へっくっしょんっ!」

 

「は、はい……。今すぐ着替えて……くちゅんっ!」

 

 返事もそこそこに、くしゃみをしまくる俺としおい。

 

「ハイハイ。ソンナ状態デ子供タチニ移シデモシタラ本当ニ駄目ダカラ、サッサト行ッテキナサイ」

 

「「りょ、了解です……」」

 

 言葉自体は優しいけれど、港湾の目尻辺りに血管が浮き出ているのが見えた俺としおいは、そそくさと近くにある更衣所へと走ったのであった。

 

 

 

 

 

 それから着替えを済ませた俺としおいは再び港湾の元へと戻り、行事の開始時刻まで暖を取る為に設置していた石油ストーブにあたりながら話を聞くことにした。

 

「ふむふむ。つまり、海上を使った運動会って感じなんですか……」

 

「そうですね。子供たちには艦娘としての基礎を利用して勝負をしてもらうんですよ」

 

「徒競走ノ代ワリニ航行速度ヲ競ウレースヤ、対空射撃ヲ模シタ玉入レニ、魚雷ヲ使ッタ的当テモアルワヨ」

 

「そ、それだと危なくないのかな……と思ったけど、よく考えてみたら前回の争奪戦で艤装を使っていたんだよなぁ」

 

「あー、そういえばそんな話を愛宕先生から聞いてますねー」

 

「大人気ナク先生ガ乱入シテ、勝利ヲ掻ッ攫ッテイッタトイウ……」

 

「そうしなきゃ色々と危なかったんですよ……」

 

 ジト目を浮かべる港湾に反論するも、あまりやり過ぎると怖いので控えめにする俺。

 

 ううむ。やっぱり根性がないよなぁ。

 

「それじゃあ、今回の運動会も先生が乱入するんですか?」

 

「いやいや。さすがに今回俺が参加しようにも、艤装を装着することはできないから海上で立ちまわれないよね?」

 

「ソウ言イ方ダト、デキルナラヤル……ト答エテイルヨウナモノダワ」

 

「俺の未来がかかっていますから、ぶっちゃけてなりふり構っていられないですよ……」

 

「ま、まぁ、先生の気持ちも分からなくはないですけど……」

 

「自業自得ダカラ、仕方ナイネ」

 

 そう言って、しおいと港湾は大きなため息を吐きながら俺の顔を見つめていた。

 

 正直に俺の方がため息を吐きたいんだけれど、今更落ち込んでいたって仕方がない。

 

 今することは、どうにかして俺のチームが勝つ方法を模索しなければならないのだが……。

 

「それで、競技の順番とかはどうなっているんですか?」

 

「それはコレを見ればバッチリですよ!」

 

 ――と言って、どこから取り出したのかA4サイズの紙束を差し出すしおい。

 

 表紙には『運動会のしおり』と書かれていた。

 

「えっと、これって……」

 

「運動会のスケジュールが書いてある、便利グッズですよ?」

 

「い、いや、そうじゃなくて……、なんでこんなモノがあるのかなぁ……と思ったんだけど」

 

「そりゃあ運動会行事をするんですから、用意は万端に……」

 

「………………」

 

「………………?」

 

 先ほどのお返しとばかりにジト目を向ける俺だが、しおいはなにも分かっていないかのように首を傾げてから港湾の方を見る。

 

「………………」

 

 俺も同じように港湾を見ると、モノの見事に目を逸らしてくれたので、俺は大きくため息を吐いた。

 

 ……こりゃあ完全に、一杯食わされたって感じで良いんですかね?

 

 いや、それとも純粋に、しおいの様に分かっていないとか……。

 

 でもそうだったら目を逸らすようなことはしないだろうし、分かっていて黙っていたという可能性の方が高いだろう。

 

 それとも、ほんのついさっきまで気づいていなかった場合もあるが……。

 

「どうして、そのしおりを俺にはくれなかったんでしょうか?」

 

「……あ、本当ですね。でも、どうしてなんだろ?」

 

 言って、ぽんっと手を叩くしおい。

 

 しかし港湾は俺と目を合わせようとせず、明後日の方向を見つめている。

 

「港湾先生は、俺にしおりが渡っていなかった理由を御存じですかね?」

 

「………………」

 

 なにも答えず、ただただ海の方を見ている港湾だが、額からタラリと落ちる汗の滴が見え……、

 

「つまり、わざと黙っていた……ということなんですかね?」

 

「ソ、ソレハ……、違ウノダガ……」

 

「それじゃあどうして俺の目を見て喋ってくれないんですか?」

 

「ウッ……」

 

「あれ……、あれあれ?」

 

 睨みつける俺に顔をも逸らし続ける港湾。そして、そんな俺たちを見て訳が分からないという風にキョロキョロとするしおい。

 

 おそらくしおいは本当に理解していなかったのだろう。だが港湾の方は態度を見る限り怪しさ満点であり、

 

「つまり、意図的にしおりを俺に渡さなかった……ということですよね?」

 

「………………」

 

 問い詰めてはみたものの、港湾は完全にだんまりを決め込んだようだった。

 

「ふぅ……、そうですか……」

 

 俺はわざとらしくため息を吐き、天を仰ぐように顔を上げから呟いた。

 

「港湾先生が答えられないほどの相手から、口止めされているってことなんですね」

 

「……ッ!」

 

 港湾はビクリと身体を震わせ、焦った表情を浮かべて俺の方を見る。

 

 その態度を横眼で確認し、頭の中で考える。

 

 港湾に口止めさせることができる相手とは誰か。

 

 昨日見た感じでは、港湾は愛宕に対してそれなりの尊敬……か、別のナニカを持っているような気がする。

 

 しかし、愛宕がわざわざ港湾に口止めをさせ、俺が不利になるような状況を生み出そうとするとは思えない。

 

 子供たちをチームに分けることで俺の所有権が他の者に渡らないようにと提案したのは愛宕だし、それによってわずかな光を見いだせたのだ。

 

 それなのに、運動会行事の進行が分からないようにするということがそもそもおかしな話であり、やろうとしていることがちぐはぐになってしまう。

 

 つまり、愛宕が港湾に口止めをした犯人ではないということは明白であるからして、それ以外の候補といえば……。

 

 1人しか……、いないよなぁ……。

 

 いやでも、さすがにそれは突拍子過ぎる気が……。

 

「港湾先生、まさかとは思いますが……、これもル級の仕業なんてことは……」

 

「………………」

 

 またもや無言を貫く港湾だが、先ほどと比べて余裕がある様な気がするのは気のせいではないだろう。

 

 だって、額の汗がひいちゃっているし。

 

 こりゃあどうやら、ル級の線はハズレのようなんだけど……。

 

 それじゃあいったい、誰が犯人だというんだろうか。

 

 ………………。

 

 うむー。考えても答えが出ないな。

 

 これ以上港湾を問い詰めたとしても話しそうにないし、あんまりやり過ぎると後が怖いからなぁ……。

 

 仕方ない。別の方向から責めるか。

 

 俺は気持ちを切り替えるように頷いてから、未だにキョロキョロとしていたしおいに声をかけた。

 

「しおい先生はどうして俺にしおりを渡さなかったのかな?」

 

「ええっと、どうしてなんだろう……」

 

 しおいは両腕を胸の下で組んで、「うーん……」と考え込む仕草をする。

 

 その表情にわざとらしい部分は見当たらず、先ほどの考察と同じようにしおいが嘘をついているという感じには見えなかった。

 

「それじゃあ質問を変えるけど、そのしおりを受け取ったのはいつなのかな?」

 

「それは……、昨日の夜ですねー」

 

「昨日の……夜?」

 

「うんうん。昨日先生がビスマルクさんと鳳翔さんの食堂に行くと言って幼稚園を出た後、このしおりが届いたんですよ」

 

「あれ……、それっておかしくない?」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

 そう言って、またもや首を傾げるしおいだが、本当に分かっていないのだろうか。

 

「だって、今さっきしおい先生は『そりゃあ運動会行事をするんですから、用意は万端に……』って言ってたよね?」

 

「あ、あー、それですかー」

 

 ポンポンと手を激しく叩きながら頷いたしおいは、なぜかニッコリと微笑んでから口を開く。

 

「それはアレです。このしおりを受け取る際に、渡してくれた人が言ってたんですよ。

 『明日の運動会を円滑にする為にちゃんと用意したんだから、バッチリ読んでおいてよねっ!』って、もの凄いテンションで喋ってました」

 

「………………」

 

 しおいの言葉を聞いて、いきなり頭痛がしまくったんですが。

 

「そ、そのしおりを預かった後、その人はすぐに幼稚園から出て行ったかな?」

 

「ええ、そうですね。なにやらお腹が減ったとかで、鳳翔さんの食堂に向かうって言ってました」

 

「ち、ちなみに、その人の服装って……真っ白だったよね?」

 

「そりゃあもちろん、アレが普段着みたいなものですからー」

 

 そう言いながら「あっはっはー」と笑うしおいだが、俺としてはそんな楽観的になれそうにもない。

 

 だがこれで謎は解けた。

 

 ビスマルクとの一戦のときにも居た、あの人物が犯人で間違いない。

 

 ハッキリとした理由は分からないが、言動を考えれば当てはまる部分は沢山ある。

 

 もちろん食堂の1件は既に報告済みなので仕返し済んでいるのだが、こうなったらもう少しやらないと俺の気がおさまらない。

 

 しかし、あまり公にしようとすると、相手が相手だけに不利益の方が大きくなっちゃうし……。

 

 そもそも、なんでそんな恨みを買ってしまったんだろうという気もするが、それこそ本人に聞かなければ分からない。

 

 まぁ、この件は再度報告するとして、少し対処法を考えておいた方が良いだろう。

 

 それに、どうやって港湾に口止めしたのかも気になるし。

 

「なるほど。ありがとね、しおい先生」

 

「……?

 いえいえ、どういたしましてー」

 

 満面の笑みを浮かべて礼を言うと、しおいは一瞬だけ不可解な顔をしてから首を振る。

 

 そして港湾の方へチラリと視線を配らせるが、本人はいかにも気づいていないという風に顔を逸らしたままだった。

 

 

 

 それじゃあとりあえず、メールをいつものアドレスに送っておこう。

 

 後は野となれ山となれ。なにが起こるかはお楽しみ。

 

 

 

 ……まぁ、おおよその予想はついちゃうけどね。

 




次回予告

 待て、慌てるな、元帥の罠だ。
なんてことも考えたかもしれない主人公は、ある相手にメールを送った。

 そしてついに運動会の開催時刻が近くなる。
雰囲気に違和感を感じたので辺りに目をやると、明らかに変なモノが視界に入り……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その32「まずは観艦式」


 乞うご期待!

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