しおいの先導で目的地へと向かう主人公。
そしてたどりついたのは全くの見当違いな場所だった。
焦るしおいが主人公に説明しているうちに、当の本人がやってきて……。
「到着ですっ!」
先を走るしおいが叫びながら止まったので、俺は慌ててぶつからないように急ブレーキをかけた。
「到着って……、ここは埠頭だよね?」
「ええ、そうですよ」
普通に頷くしおいだが、俺の頭の中は未だに訳が分からない状態になっている。
「え、えっと、今から運動会の準備をするんだよね……?」
「はい。それであってます」
「も、もう1度聞くけど、ここは埠頭だよね……?」
「ええ、そうです……って、話がループしちゃってません?」
「あー、うん。そうなんだけど……」
どうやら俺の言いたいことを理解してもらえていないのか、しおいは不可思議な表情を浮かべながら頭を傾げている。
「だ、だから、運動会を行うのにどうして埠頭なんかに……」
「……って、こんなところで立ち止まりながら話をしている場合じゃないです!
早く愛宕先生と合流しないとっ!」
しおいは叫びながら身を翻し、勢いよく埠頭に沿って駆け出した。
「あっ、ちょっ、しおい先生っ!」
「話は後ですっ!
早くついてきて下さいっ!」
振り返りながら言ったしおいは立ち止まらずに進んで行く。このままここで呆けていたところでどうにもならないので、小さくため息を吐いてから後に続くことにした。
「……ん?」
すると、俺の目に今までにはなかったモノが目に映る。
それは埠頭に沿って、たくさんのパイプ椅子や長椅子、更には運動会でよく見る鉄の単管で組み立てられた白い屋根のテントが並んでいた。
「こ、これって、端から見たら……運動会っぽいよな?」
ここは海に面した埠頭であり、運動会を行えるような大きい広場はない。
しかし、椅子の配置を見る限り、座る人たちの視線方向は完全に海なのだ。
「で、でも、俺は昨日スタッフルームで運動会と聞いたんだけど……」
そう呟いてはみたものの、しおいが言っていたように聞いていないことがまだあるのかもしれない。
だが、まさか運動会自体が間違いで、全く違うイベントなんてことは……さすがに有り得ないだろう。
それに、佐世保のみんなも運動会って言っていたし。
仮に高雄がビスマルクに嫌がらせをする……なんてことをしたとしても、安西提督にまで嘘をつくとは思いにくい。もしそんなことをしたのなら、元帥との関係も宜しくない状態になってしまうだろう。
「なんだか、考えれば考えるほどややこしくなってくるんだけど……」
朝からパニックのしっぱなしにより、俺の頭は知恵熱で暴走しかかっているようだ。
しまいには頭のてっぺんから蒸気が吹き出すかもしれないと思ってしまうが、艦娘なら艤装から蒸気を出すことがあったとしても、人間である俺がそんなことをできる訳がない。
まぁ、それくらい大変な状況であるということなのだが。
………………。
よし、どうでもいいことを考えたおかげで、少しばかり落ち着いたようだ。
もちろん、しおいを追いかけて走ったままなので、それなりに体力は失われているし、心臓の音は速くなっているんだけれど。
……しかし、なんだかんだで結構走り続けている気がするんだが、まだ着かないんだろうか?
どう考えても寮を出てから5分以上は経っていそうだし。
……ってことは、愛宕が憤怒バーニングファッキンストリームを発動する可能性も高いってことだよね。
………………。
に、逃げた方が良いだろうか……?
いやしかし、それをすると更にヤバいかもしれない。
火に油を注ぐ行為となんら変わらないし、場合によっては昨日以上の可能性も……。
………………。
ど、どんなことに……なるんだろうか……?
………………。
ちょっ、ちょっとだけ、興味が……。
………………。
い、いやいや、冗談。冗談だよ?
別に愛宕からキツイお仕置きを受けて喜ぶなんてこと、有り得る訳がないじゃないですかー。
俺はドMじゃないし……って、この思考は以前もやったような気がするんですが。
………………。
ああ、そうだ。結局ビスマルクのせいだってことで納得したんじゃないか。
昨日、昼寝の部屋で押し倒されたりしたせいで、変なスイッチが入りかけたんだろうなぁ。
それでもまぁ、鳳翔さんの食堂でやり返した感じはある。もし完全なMに転落していたら、負けた方が喜べちゃうからね。
……ということで、俺はいたって普通である。だからなにも問題はないのだ。
うむ。これでバッチリだよね。
………………たぶんだけれど。
「先生、こっちですよ、こっちっ!」
「……えっ!?」
急にしおいの声が後ろから聞こえたので慌てて止まる俺。
振り返るとそこには、手招きをするしおいが立っていた。
「いったいどこを見て走っているんですかっ!」
「ご、ごめんごめん」
俺は素直に謝ったのだが、しおいは両手を腰に当てたポーズで続けて口を開く。
「ただでさえ遅刻しそうなのに、行き過ぎちゃったら元も子もないんですよっ!」
「あ、あぁ、うん。そうなんだけど……」
「そもそも先生が寝坊なんかするからいけないんですよっ!
もし遅刻しかけたことが愛宕先生にばれちゃったら大変なんですからねっ!」
言って、右手の人差し指を立てながら「めっ、ですよ!」と叱るしおい。
「う、うん……」
「なんだかそれが少しばかりお年を召した方の叱り方に見えて、思わず笑いそうになったのだが、
「ただでさえ愛宕先生が起こったら大変なんですから、本当にしっかりして下さいっ!
先生が佐世保に行っている間、どれだけ私が苦労したか……」
「あ、いや、その……」
なぜか説教癖を発揮しまくるご年配のような感じになっているんだけれど、しおいはどうやら気づいてなさそうで……、
「ましてや元帥の秘書艦の妹で、艦隊の元裏番長という通り名もあるように、舞鶴鎮守府内で絶対に怒らせたらダメな艦娘のトップ3に入るんですから……」
「あらあら~。いったい誰を怒らせたらダメなんでしょうかね~?」
「ひっ!?」
突然聞こえてきた声で、その場から飛び上がりそうになるしおい。
その声の主はしおいの背後から音もなくゆっくりと歩みより、ニッコリと微笑んでいた。
……まぁ、俺からはもろ見えだったんだけど。
ただ、なにも言わず黙っていろという雰囲気がムンムンと感じていた為、言葉には出せなかったんだけどね。
「あ、あああ、愛宕……先生……っ!?」
ギギギギギ……と、油が切れたブリキ人形のように後ろへ振り向くしおい。
「は~い。そうですよ~」
満面の笑みを浮かべた愛宕が返事をするが、俺にはどう見ても笑っているようには見えなかった。
昨日に何度も見た、恐ろしいまでの負のオーラが、愛宕の周りを包んでいるかのように……。
……いや、むしろ昨日以上じゃないだろうか。
つまりこれが、憤怒バーニングファッキンストリーム……っ!
「ところでしおい先生~。
さっきの言葉なんですが~……」
「は、はははははっ、はいっ!」
「私を怒らせたら、そんなに怖いんですか~?」
「そ、そっそっそ、それひゃっ、そにょおっ!」
まるでしおいのみが自身を受けているかのように身体中がガタガタと震え、言葉も噛み噛みになってしまった状態で上手く話せる訳もなく。
このままでは色々と可哀そうだと思った俺は、助け船を出すことにした。
「あー、すみません……、愛宕先生」
少し気不味そうな顔を浮かべながら頭を掻き、数歩ほど近づいてから更に口を開く。
「しおい先生は俺が遅刻になりそうになっていたところを、わざわざ呼びにきてくれたんですよ」
「はぁ、そうだったんですか~」
「それに、俺はてっきり運動会は幼稚園のグラウンドでやると思っていたので、しおい先生がきてくれなかったら完全に迷ってしまうところでした。
更に、2度と遅刻しないようにと説教までしてくれたんですから、褒められるならともかく怒られるのはちょっと可哀想というか……」
そこまで言ってから言葉を濁し、わざと視線を愛宕から逸らす。
しおいではなく俺が悪いということにしつつ、申し訳なさそうにするのがコツなのだ。
「せ、先生……」
そんな俺を見たしおいはモノの見事にヒットしたのか、目を潤ませながら感動しているような顔を浮かばせていた。
よし、これならイケる……と思っていたんだけれど、
「なるほど~。つまり先生が先日お願いしておいた時間に間に合いそうになかったので、しおい先生が迎えに行ったってことなんですね~」
「ええ。そうなんですよ」
「でも、さっきのしおい先生の言葉とはどういう関係があるんでしょうか~?」
「そ、それは……その……」
笑みを浮かべたまま頭を傾げて問う愛宕。
ぐむむ……。上手く話を逸らせたつもりだったのだが、さすがと言うべきだろうか。
しかしこうなった場合、更に話を逸らすか、もしくは……、
「まぁ、その辺りは追々聞くとすれば良いんですけどね~」
「「……え?」」
まさか愛宕の方からそんな言葉が出てくるとは思わなかっただけに、俺もしおいも驚きの声をあげながら愛宕を見てしまった。
でも、ちゃんと聞いたら後回しって感じなんだけどね。
おそらく、早いところ運動会の準備をしなければならないからなんだろう。
時間が経てば怒りも冷める。そうなってくれるように祈れば良い……と思っていたら、
「それよりも、どうしてしおい先生が先生の部屋に行ったんでしょうか~?」
そういった愛宕の笑みは完全に消え、大きな目がパッチリと開いた状態でしおいを見つめていた。
「………………」
しおいは無言のまま、先ほどと同じようにガタガタと身体を震わせる。
後ろ姿なのでハッキリと分からないが、おそらく顔中に汗が噴き出しているのではないだろうか。
それはまるで、蛇に睨まれた蛙。
その言葉がピッタリと当てはまるような構図にしか見えないのだが、愛宕の言ったことを考えれば確かにそうではないだろうか。
俺が集合時間を過ぎても現場に現れなかったから探しにきたのならば普通に分かるのだが、実際にはそうではないのだ。
明らかにしおいは集合時間よりも早く、俺の部屋にやってきた。
なぜ、どうして、しおいは俺の部屋に……?
「その辺りのことを、ハッキリと答えてくれるかしら?」
そしていつもの間延びした語尾もなく、まるでメデューサが石化の術を眼から放つかのように、愛宕がしおいとの間を縮めて行く。
「あう……、あうあうあう……」
もはや呻くしかできないしおいになす術はなく、観念したように見えたその瞬間、
「愛宕先生、高雄秘書艦ガ呼ンデイルゾ?」
愛宕の後ろから急に現れた港湾が、声をかけながら近づいてきた。
「あら、あらあら~」
すると愛宕の顔はいつも通りに戻り、辺りの空気が一変するように感じる。
「姉さんが呼んでいるんですか~?」
「アア。ナニヤラ、先日ノ元帥ニツイテ話ヲ聞カセテ欲シイトカ……」
「あ~。昨日幼稚園に侵入してきた件ですかねぇ~」
若干ばつが悪そうな表情を浮かべた愛宕は、「ふぅ……」と小さく息を吐いてからしおいから離れて港湾の方を見た。
「分かりました。それじゃあすみませんが、少しの間準備の方をお願いしてもよろしいでしょうか~?」
「了解シタ。先生モ到着シタヨウダシ、人手的ニ足リテイルカラネ」
「ではでは、よろしくお願いしますね~」
言って、愛宕は手を振りながら港湾の横を通り過ぎ、そのまま歩いて行くと思いきや、
「あ、そうそう……」
クルリと振り返って、真顔で一言。
「扉の修理はちゃんとしておいて下さいね~」
「……は、はいっ!」
ビクリと身体を大きく震わせたしおいは深々と頭を下げ、それを見た愛宕はニッコリと微笑んでから踵を返して歩いて行く。
色々あったとはいえ、なんとか一難去った……ということだろうか。
「フゥ……。間一髪トイウ感ジダッタワネ」
「あー、やっぱり助けてくれたんですね……」
「可愛イ先輩ノ窮地ナラ、助ケナイ訳ニモイカナイデショウ?」
「あ、ありがとう……ございます……っ!」
港湾の言葉を聞いてまたもや感動したしおいは目にたくさんの涙を浮かばせるが、俺は素直に笑えなかった。
その理由はいたって簡単だ。
どうしてしおいが俺の部屋の扉を破壊したことを、愛宕が知っていたのだろうか。
その謎が当分の間、俺の頭を悩ませることになった……のかもしれない。
次回予告
そうは言っても、前々から怪しい点はあったのですが。
それはさておき、準備にいそしもうとする前に主人公は疑問な点を問いかけることにした。
しかしそうは問屋が卸さないといった風に、港湾が困った言葉を投げかけまくり……。
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その29「アイツの影響が濃過ぎるんですが」
乞うご期待!
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