艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 ビスマルクと一戦後……といってもやましいことではないのであしからず。
食事を終えた主人公は、明日について考えながら部屋への帰途につく。

 いわば今までのまとめをすませ、目覚めた主人公が見たモノは……っ!?


その26「ジーパン」

 

 空は完全に闇に染まり、三日月と眩い星々が瞬いているのを見上げながら、俺は鎮守府内を歩いていた。

 

 食堂内でのトラブルによって機嫌を損ねていたビスマルクも、うまい具合に言葉で転がしつつ鳳翔さんの絶品料理を口に入れれば、直らない方が難しい。

 

 結局食堂にくる前よりもニコニコと笑顔を浮かべていたビスマルクを幼稚園へと送って行き、男性寮の自室へと帰ろうとしているのである。

 

「ふぅ……、食った食った」

 

 お腹をポンポンと叩きながら歩く姿が、おっさんくさいと言われても仕方がない仕草ではあるが、久しぶりに鳳翔さんの食事を取ったからなので多少のことは見逃して欲しい。

 

 なにより食堂内でのトラブルを乗り切れ、高雄にもメールを送っておいたので、やっと一息つけた……と、言いたいところなのだが、

 

「明日の運動会が、本番なんだよなぁ……」

 

 子供たちにとっては待ちに待ったイベントかもしれないが、今日起こったことを考えれば俺の気が重くなることこの上ない。

 

 以前、舞鶴幼稚園で行われた俺の争奪戦。それが再び、明日の運動会で行われてしまうのだ。

 

 もちろん俺の意思は全くもって無視されているのだが、声を大にして反論しても逆効果にしかならなかっただろうし、命を縮めるようなことはしたくない。

 

 しかし、俺の所有権が誰かに渡るというのは非常にマズイし、色んな意味の危険が孕んでいる。

 

 もし仮にビスマルクにでも渡ろうものなら、暴走特急を素手で止められたとしても耐えられない気がする。

 

 さきほど1対1で戦ったばかりだが、あれはあくまで正面での対決であり、身構えることができたから勝利をもぎ取ることができた。

 

 だが、常時身に危険が及ぶかもしれない……となると、体力以上に精神の方がやられてしまうだろう。

 

 そうなってしまえば、あとは転落の一途を辿ることになるのは明白であり、諦めてしまうことしかできなくなってしまうだろう。

 

 さすがに俺としては勘弁したいし、なにより心に決めた相手がいるのだから。

 

 ………………。

 

 ……ん、待てよ?

 

 今の考えはビスマルクに所有権が渡った場合の話だが、もしも愛宕がゲットした場合はどうなるのだろう。

 

 ………………。

 

 いや、それでは意味がない……か。

 

 もし愛宕がビスマルクと同じようなことをしようとするのなら万々歳だが、そんなことになるのなら、わざわざ所有権を奪い合う必要もない。

 

 だって、俺が気持ちを伝えたらそれで試合終了だよ?

 

 ……まぁ、それができていないからグダグダになっちゃっているんだけれど。

 

 ホッペにキスまではしてもらったんだけどなぁ……。

 

 ………………。

 

 と、とりあえずこの件は置いておくとして、まずは争奪戦に関することをしっかりと考察しよう。

 

 今回、俺の争奪戦に参加する数は明確にされていないが、ろーを除く佐世保の子供たちとビスマルク、そして舞鶴幼稚園の子供たちだと推測できる。

 

 ましてや運動会という舞台で争奪戦が行われる為、参加するのは子供たちがメインになる。つまり、前回のように俺が参加して勝利をするという対策を取るのは難しいと思われたが、愛宕の機転によって子供たちをチームごとに分けることで対処することができた。

 

 そして更に、俺のチームには争奪戦に関わらない子供たちで構成することにより、かすかな希望が見いだされたのである。

 

 つまり、前回同様に勝利をもぎ取れば良い。

 

 ただ問題なのは、メインで競技をするのは子供たちであり、全ての行動を俺自身ができる訳ではないのだ。

 

「チームワークと、みんなの能力を引き立たせる指揮能力が必要……か」

 

 なんだか艦隊を指示する提督のような仕事だな……と思いながら、俺は苦笑を浮かべて頭を振る。

 

 まさか子供たちを使ってそんなことをする訳がないし、そもそもの必要性が感じられない。

 

 俺はまぁ良いとしても、愛宕やしおい、ビスマルクは艦娘だし、港湾にいたっては深海棲艦だ。

 

 そりゃあ、戦闘地域に行けば旗艦として指示を行うことくらいあるだろうが、わざわざ運動会を使ってやらなくても、現場に出れば良いだけの話である。

 

 この考えはたまたま頭に浮かんだだけで、見当違いもはなはだしいと、俺はもっと大事なことを考え始めた。

 

「それより問題なのは、チーム構成なんだよな……」

 

 スタッフルームで受けた愛宕の説明により、大井、北上、潮、夕立、あきつ丸の5人が俺のチームになる。

 

 ここで気になっているのは、大井と北上の存在だ。この2人は愛宕の班に所属していて、会話をしたのは数回程度しかない。

 

 特に覚えているのは、俺が元中将から仕組まれた査問会を受けると決まった当日に天龍たちの行方が分からなくなり、時雨の助言を受けて話をしたときである。

 

 その際、2人は非常に仲が良いという雰囲気を感じたが、その度合いが若干危険な感じもした。仲良し小好しで済ませて良いのかと問われれば、ハッキリ頭を縦に振れる自信がない。

 

 その理由は子供らしからぬ関係のように見えたから……という、なんとも曖昧な意見なのではあるが、さすがにそれはないと思いたい。

 

 まぁ、その点については担当である愛宕が考えているだろうけれど、それ以降はあまり話をした覚えがあまりないのだ。

 

 そんな状態で2人にいきなり俺を信用しろと言っても無茶振りだろうし、かと言って時間もほとんどない。ぶっちゃけてぶっつけ本番なのだが、これを悔やんでいたって仕方がないだろう。

 

 ただ、2人の仲が良いということを考えれば、二人三脚等の息を合わせる競技にはもってこいだと思う。

 

 また、潮や夕立、あきつ丸にいたっては、元々俺が担当する子供たちでもあったので、この3人についてはそれほど困ることはない。

 

 気になるとすれば、潮が少しばかり天龍に依存している部分だが、俺が佐世保に出張をしている間のことはしおいにチェックをしておいて欲しいと伝えてはいたので、改善されている可能性もある。

 

 最終的な判断は会って話をするなり、様子を見ればおおよそは分かるだろう。

 

 潮には個人で行う競技ではなく、みんなで一緒にする競技に力を入れさせれば良さそうだ。

 

 夕立に関しては、俺が幼稚園の先生として働き始めてから今に至るまで、非常に元気な子供という印象が強い。

 

 時雨とよくつるんでいるのを見かけたが、1人で動き回るのも苦手ではなかったし、運動会では活躍できるだろうと思うので、徒競走など速度を生かした競技を任せようと思う。

 

 あきつ丸は……まぁ、なんだ。陸軍仕込みの体力を発揮して欲しいところなんだけど、あまり足は速くないんだよね。

 

 代わりに力が強そうな感じがあるので、そういった競技に出て貰うようにしよう。

 

 ……とまぁ、こんな感じで自分のチームを分析しながら歩いているうちに、男子寮の前まで戻ってきた。

 

 あまりに考察に集中し過ぎた為、歩いてきた道のりの記憶がほとんどなかったのだが、身体のどこかに痛みがある訳でもないので大丈夫だろう。

 

 もしすれ違った人が声をかけてくれていたのだとすれば、悪いことをしたと思うけどね。

 

 明日の結果で俺の人生が変わる可能性もあるのだから、大目に見てくれるとありがたい。

 

「ここに帰ってくるのも、久しぶりだよなぁ……」

 

 呟きながら建物を見渡し、扉をゆっくりと開ける。

 

 久しぶりの寮内はちっとも変わっておらず、懐かしさで思わず感動しそうになった。

 

 靴箱に靴を入れ、上履きに履き替えて通路を歩く。

 

 数ヶ月居なかったとはいえ、自室への道を間違えるようなことはない。

 

 

 

 今日は本当に色々なことがあり過ぎた。

 

 佐世保から輸送船に乗り、なんとか子供たちを説得しようとするも失敗をしまくり、甲板で打ちひしがれているところをからかわれて退散し、船内に戻れば日向、伊勢と続けて絡まれてしまい、挙句の果てに安西提督にまで勘違いされた。

 

 舞鶴に到着してからも、帰還と到着報告の際に元帥と高雄の漫才に巻き込まれかけ、龍驤や摩耶にお願いしたのに子供たちは舞鶴幼稚園へかち込んでしまい、俺の争奪戦が強制的に開催となった。

 

 更に愛宕にまでからかわれたり、しおいや港湾にまで冷たい目で見られたりと、踏んだり蹴ったりな1日だったのだ。

 

 ………………。

 

 今年一番の酷さじゃね?

 

 ある意味、元中将と呉で戦った以上にしんどかったと思うんだけど。

 

 主に体力ではなく、精神の方で疲労しまくりだ。

 

 なので今から風呂に入って、明日の為に体力を回復したい。

 

 そして早めにベッドに入り、ぐっすりと眠って身体を落ち着かせる。

 

 明日の運動会で勝利を掴む為。

 

 俺に平穏な日々が訪れますように……と、目を閉じた。

 

 

 

 もし、俺が考えごとをしながら歩いていなかったら。

 

 もし、少しでも闇に染まった鎮守府内を気にしていたのなら。

 

 あんなにも驚くことはなかったのに……と、思う。

 

 

 

 まぁ、後悔する必要もないけどね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ん?」

 

 上半身を起こした俺は、パジャマの袖で目を擦ってからパチパチと開く。

 

「なんの……音だ?」

 

 重たい感じのする音が、パン……、パン……と耳に入り、俺は頭を捻りながらベッドから降りた。

 

「定期的に聞こえてくるけど……、まぁ良いか」

 

 寝起きにより判断力が鈍っていたと答えればただの言い訳にしかならないが、そのとき俺はたいして気にすることなく冷蔵庫へと向かい、中に入っているミネラルウォーターを取り出して口に含んだ。

 

「んぐ……んぐ……、ぷはぁ」

 

 冷水が口から食道を通る感覚により、徐々に頭が冴えてくる。

 

 そして止まることなく聞こえてくる同じような音に、俺はやっと不信感を抱いたのだ。

 

「さっきから変な音がしているけど、いったいなんなんだろう……?」

 

 俺は独り言を呟きながら、窓の方へと向かう。

 

 閉じられているカーテンに手をかけて、勢いよく開けた。

 

 眩しい日の光が俺の目を眩ませ、一瞬だけ視界が真っ白になる。

 

 そして徐々に戻ってゆく視力を待たず、窓を開けてしまった。

 

「……へ?」

 

 目の前に広がる景色。

 

 耳をつんざくような大きな破裂音。

 

 明らかに昨日とは違う鎮守府内の様子に、俺の驚きは限界点を軽く超え、

 

「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 ジーパンを穿く刑事が身体に銃弾を受けてしまった直後のように、大声をあげてしまったのだった。

 




次回予告

 主人公は焦り、大きな声で叫ぶ。
自らの目に映った光景に、そうすることしかできなかったという風に。
そして恐ろしき思考が頭の中に浮かんでしまい、焦りまくってしまうのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その27「厨二病」


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