まさかの展開に焦る主人公。
トトカルチョまで行われている状況から逃げ出すこともできず、覚悟を決めてビスマルクと戦うことになる。
それならば……と、自らの特技? を奮いながら戦おうとしたのだが……。
「はーい。そろそろ開始するので、これにて締め切りまーす」
千代田の掛け声が食堂内に響き渡ると、周りに居た人たちのざわつきが止み始め、俺とビスマルクの方へと視線を向けた。
「さて、それでは先生とビスマルクさんは、備品を壊さないように大暴れして下さいね」
鳳翔さんがそう言うと、俺の近くに居た人たちが素早い動きで机や椅子を遠ざけ、簡易的なリングのような広場ができあがってしまった。
「フフフ……。まさかこんなことになるとは思っていなかったけれど、こういう雰囲気は嫌いじゃないわね」
ビスマルクは口元を釣り上げながら俺に向かって構えを取っているが、完全にやる気モードに入ってしまっているようだ。
対して俺は、正直に言ってやりたくない。しかし、鳳翔さんによる脅しもさることながら、ここまで舞台が整ってしまった以上、逃げてしまったら果たしてどんな目にあわされるか分かったモノじゃないだろう。
それ以前に、トトカルチョが行われてしまったこの状況に置いて、簡単に逃げ出せられるとも思えないけれど。
つーか、本当にどうしてこうなった。
「あれれ。先生の方は構えを取ってないけど、もしかして戦意を喪失しちゃったのかなー?」
からかうような声が少し離れたところから聞こえたが、俺は完全に無視しておく。
だって完全に元帥の声だし、トトカルチョを公認にさせた以上、罪は償って貰うつもりだからね。
その方法は少し考えれば分かることだから置いておくが、それよりも今やらなければならないことは……、
「先生。1つ私と賭けをしないかしら?」
目の前に居るビスマルクをどうするか――である。
「賭け……って、いったいどんなことだ?」
嫌な予感がしつつも聞いてみないことには始まらないので、俺は聞き返してみた。
「この勝負に勝った方が、負けた方にどんなことでも1つだけ強制させることができる……で、どうかしら?」
「ふむ……」
「もちろん、命のやり取りなんてことはするつもりがないから、安心して良いわよ」
「それは当たり前なんだが、もし仮にそんなことになったら大問題だからね?」
「不慮の事故という可能性が全くないとは言えないわよ?」
言って、ビスマルクの眼力が強くなるが、これは脅しだと判断する。
その理由はいたって簡単で、ビスマルクの眉間がピクピクと震えているからだ。
この癖は佐世保で何度も見たことがあるのだが、これをしているときはほぼ間違いなく嘘をついていたりする。
ということで、ビスマルクが俺を焦らせようとしているのを逆手に取れるように、悲しそうな顔を浮かべながら口を開いた。
「つまりそれって、俺を殺したくてしょうがないってことか?」
するとビスマルクが呆気に取られたように口を開いたが、すぐさま元の顔に戻して反論する。
「そ、そんなことはないのだけれど、あくまで可能性の一部として……」
「そうかそうか。ビスマルクは俺のことをそんなに嫌っていたのかー」
わざとらしく周りに聞こえるように大きな声をあげると、ビスマルクは慌てた顔でブンブンと顔を横に振っていた。
「ち、違うのっ! 私は別にそんなつもりじゃ……」
「あー、悲しいなー。佐世保での出張で、それなりに仲良くなれたと思っていたのになー」
「だ、だから、さっきのは言葉のあやと言うか……」
「まさか俺のことがそんなに憎いだなんて、夢にも思わなかったよー」
白々しく両手を左右に広げ、アメリカンなジェスチャーで困った感を表現してみたところ……、
「「「………………」」」
周りの目が、滅茶苦茶痛いんですが。
さすがに露骨過ぎました。反省しています。
「い、いやまぁ、さっきのは冗談だって分かっているけどさ……」
俺は焦りながらフォローを入れると、ビスマルクがハッとした表情を浮かべてから「ごほんっ!」と咳き込んで冷静を装い、両手を腰に当てながら口を開く。
「そ、それなら良いのよ。
本気で戦った場合、もしかすると大事にいたってしまうかもしれないと思っただけなんだからっ!」
「あ、あぁ、うん。そうだな……」
虚勢を張るビスマルクだが、頬の辺りが真っ赤になっているのはいただけない。
もちろんギャラリーも分かっているようで、苦笑を浮かべながら様子を見守っている。
「それより、賭けの方はどうなのかしらっ!」
「賭けって、勝った方が、負けた方にどんなことでも1つだけ強制させることができる……だったよな?」
「ええ、そうよ」
コクリと頷いたビスマルクの顔は元の不敵な笑みへと戻り、明らかに主導権を取ろうとしているのが見て取れる。
「だが断る」
「そう言うと思って……って、えええっ!?」
今度は隠そうともせずに驚きまくったビスマルクだが、俺は気にすることなく言葉を続けた。
「どうせ自分が勝ったら、「一生私の言うことを聞くと誓いなさい」とでも言うつもりじゃないのか?」
「ぐっ、なぜそれを……っ!?」
「……マジだったのかよ」
「はっ!? だ、騙したわねっ!」
「いや、まさかそんな反応をするとは思っていなかったんだけど」
「ゆ、誘導尋問だなんて、なんて卑劣な……っ!」
「勝手に喋ったのはそっちなんだけどなぁ……」
なんだか話しているだけで精神力が削られていく気がするんだけれど、戦いはまだ始まっていない……と思いきや、
「さすが先生ね……」
「まさかビスマルクの言葉にカウンターを合わせるとは……」
「さすがは言葉の魔術師と呼ばれただけのことはある……か」
「こうやって多数のフラグを建てた挙句、ハーレムを築くとはなんたる所業……っ!」
「でもそれを傍から見るのって、本当に楽しいのよねー」
……と、ギャラリーから次々に声があがっていた。
………………。
いやいや、ちょっと待って。
最初の2つは間違っていないんだけど、その後は聞き捨てられないよっ!
つーか、なんだよハーレムって! そんな環境がどこにあるんだよっ!
毎日子供たちからタックルによる物理攻撃と、脅しが交じった言葉や露骨に精神を削られるアタックばかりを食らって、更に取材と称して弱みを握ろうとする青葉や、ガチで襲ってくるビスマルクのような厄介な相手から身を守り、1日を終えるころにはヘトヘトになるのがハーレムだなんていうのかっ!?
もしそれが本当にそうなのなら、1度代わってみやがれこんちくしょうっ!
あ、でも、それでも嫌じゃなかったりする部分が、俺の中にもあったりします。
……やっぱりこれって、Mに目覚めちゃったってことなんですかね?
………………。
チクショウメェェェェェッ!
「くっ、バレてしまった以上、仕方ないわね……。
だけど、この勝負を捨てるつもりはないわっ!」
自ら気合を入れるように叫んだビスマルクは、再び俺を見ながら構えを取ってステップを踏む。
「あまり乗り気じゃないんだけれど、ここで逃げる訳にもいかないもんなぁ……」
俺も同じように構えを取るが、これは半ば強制だと言っても良い。
理由は言わずもがな。
未だに鳳翔さんから向けられている包丁の先が、チラチラと見えているからです。
マジで助けて下さい。なんでもしますから。
ということで、いざ神妙に勝負となったのであった。
まず聞かせて欲しい。
ガチでバトルになった場合、戦艦級の艦娘に勝てるかどうか。
ましてや、多少は鍛えているとはいえ、俺はただの人間である。
ワンパン食らえば吹っ飛ぶだろうし、下手をすればビスマルクが言ったように命さえ奪われかねない。
さすがにその辺は加減をしてくれるだろうが、精神的に追い詰められたビスマルクほど怖いものはない。
まぁ、それはどんな艦娘や人間であっても、とっさの反応というのは危険な訳で。
従って、俺がビスマルクと1対1で対面し、簡単に勝てるかどうかと問われたならば……、
「Winner 先生!」
「「「うおおおおおっ!」」」
俺は千代田に手首を持たれ、勝者が告げられた。
盛り上がるギャラリーを前に、さすがに俺もまんざらではないような気分にさせられる。
俺のすぐ横にはビスマルクが床に横たわり、頭上にピヨピヨと数羽のヒヨコが踊っていた。
「くそっ! まさか先生が勝つとはっ!」
「やっぱり私のハズバンドは世界一ネー!」
「サスガハオ兄チャン。イヤ、ウォニィチャァァァンッ……ダネ」
なぜそこでヲ級が言い直したのかが全く不明だが、それこそ考えたって意味が分からないので放っておこう。
そして本気で悔しがりながら机をバンバンと叩く元帥に一言。
後でこっそり高雄さんにメールしておくから覚えていろ。
「いやぁー。まさか先生の手があれほど完璧にハマルとはなぁ……」
「先に先生の体力が尽きると思ったから、イケると思ったんだけど……」
「まさかわざと隙を見せることで誘っていたとは、まさに天晴れだね……」
そして次々と解説じみた声が聞こえてくるが、バトルの内容を簡単に説明しておこう。
「先生のデンプシロールがキタコレッ!」
ギャラリーからあがる大きな声。
その通り、俺はトトカルチョが始まる前にも行ったデンプシーロールを使い、ビスマルクの攻撃を避けつつ反撃する手を取った。
「フフフ……、甘いわね」
しかしビスマルクは俺に向かって攻撃を放とうとはせず、軽やかなフットワークで一定の距離を取り続けた。
だが問題は、簡易的に作られたリングがそれほど広くなかったことであり、俺はゆっくりだがビスマルクにジワリジワリと詰め寄って行った。
ここでの問題は、デンプシーロールを行っている際の体力消費であるが、距離が大きく開いたところで速度を遅めて休憩を取った。もちろんそこを狙ってくる可能性もあるので、完全に動きを止めた訳ではないのだけれど。
それを何度も行うことによって、休憩しているタイミングが攻めどきであると勘違いをさせ、ビスマルクはまんまと罠に引っ掛かったのである。
「……そこねっ!」
5回目の休憩と見せかけた速度低下を行った瞬間、ビスマルクは一転して俺との距離を詰めようとダッシュをかけてきた。
その動きは非常に早く、レスリングの試合などで見られる下半身への両足タックルである。
しかしこの動きは佐世保に居る際に何度も受けたことも有り、俺にとっては非常にタイミングが掴みやすく、ましてや誘っていたこともあって、全く焦りは生まれなかった。
「シィッ!」
俺は肺に溜まった息を一気に吐き出しながら、デンプシロールを即座に止めて右ステップを繰り出す。ここでタックルを切ろうとしないのは、力では到底勝てないと分かっているからだ。
「……っ!?」
目標が移動したことで一瞬の隙が生まれたビスマルクだが、そこは未だ現役を張ることができる艦娘。即座にタックルを止めて、俺が移動した方向へと振り返る。
だが、これこそが完全な悪手。
俺とビスマルクの距離はかなり近く、デンプシーロールの間合いにドンピシャだった。
「はぁっ!」
俺は大きな声を出してから両手を顎に付け、頭を屈める体勢を取る。
「……くっ!」
焦ったビスマルクは距離を離そうとバックステップをするが、それが俺の狙いだった。
もう一度言う。俺の力がビスマルクに敵うなんて、これっぽっちも思えない。
仮に全力で放ったパンチが幾度となくビスマルクの身体に当たったとしても、おそらくダメージはほとんど与えられないだろう。
ならばどうして、ビスマルクは下がったのか。
おそらくは焦ったことによるものと、場の雰囲気というやつだろう。
数ヶ月に渡ってビスマルクの性格を分析した結果、突発的な出来事に弱いところを何度も見たし、テンションに任せて行動することはしょっちゅうだった。
特に後者について理解をすることができたのは、俺が明石を誘拐した冤罪にかけられて牢屋に捕まった際のことである。
ビスマルクは後先を考えずに俺を助けにきたのだが、見張りに対して有無を言わさず吹っ飛ばしたのだ。
どう考えてもヤバいと思ったが、俺としては色んな意味で危なかったこともあって非常に感謝したんだけどね。
……とまぁ、そんなこともあって、ビスマルクがどう動くかは予測できていた訳であり、
「ていっ」
「ひああっ!?」
バックステップで身体が浮いていたビスマルクの足を刈ることはそれほど難しいことではなく、見事に足払いがヒットしたのであった。
ましてや今までボクシングスタイルを取っていた挙句、寸前にデンプシーロールを放とうと見せかけたのもあって完全に不意打ちだったのだろう。
宙を舞ったビスマルクの身体はそのまま床へと落ち、うまい具合に頭を思いっきり叩きつけたのだ。
「きゅうぅぅぅ……」
そしてそのまま気絶してしまい、千代田によって勝利が告げられたのである。
……と、こんな感じだったんだけど、それから色々と大変だった。
ギャラリーから称賛を浴びたのは嬉しい部分もあったけれど、ビスマルクにどうフォローを入れるべきか心配だったからね。
元はと言えば下ネタに対するツッコミが原因だった訳で、俺もやり過ぎた感があるんだし。
そしてビスマルクが気を取り戻すまで待ったのもあって、食事を取れたのはそれから大分経ってからだった。
若干機嫌も損ねていたので、何度も謝ったり褒めたりしたんだけれど。
本当に、テンションに任せて行動はしない方が良いってことである。
いやはや、反省反省。
次回予告
ビスマルクと一戦後……といってもやましいことではないのであしからず。
食事を終えた主人公は、明日について考えながら部屋への帰途につく。
いわば今までのまとめをすませ、目覚めた主人公が見たモノは……っ!?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その26「ジーパン」
乞うご期待!
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