どうにかして解除をする方法を模索しているうちに、このタイミングで絶対に会いたくなかったアイツが現れて……。
「う~ん、困りましたねぇ~」
立ったままの俺に対し、愛宕、しおい、港湾の3人は、床に引いてある絨毯をめくり、四つん這いになっている。
傍から見ればどういう状況なのか分からない上、下手をすれば滅茶苦茶マニアックなプレイでもしているんじゃないかと思えてしまうのだが、ハッキリとそうではないと断言しよう。
「ど、どう……ですか?」
「困りましたねぇ~」
「い、いや、それはさっきも言ってましたけど……」
「困っちゃいましたねぇ~」
「ちょっとだけ変わっただけですよねっ!?」
「もう~。考えているんですから、あんまり叫ばないで下さい~」
「あ、はい……。すみません……」
ちょっぴり不機嫌そうな顔をしながら声をあげた愛宕は、再び俺の脚元に視線を戻して「う~ん……」と呟く。
「先生ノ体重ヲ考エルト、起爆シナイ可能性ハナイノダロウカ?」
「で、でも、『カチッ』と音が……鳴ってましたよね?」
「設定してある体重は確かに微妙なところですけど、音が鳴った以上は危険だと思いますよ~」
「フムゥ……。ソウナルトヤハリ……」
「解除するしかありませんねぇ~」
愛宕の声に続いて重いため息が3つほど重なる。
できれば俺も同じようにしたいのだが、命がかかっている以上気を抜くようなことはできそうにない。
「これってやっぱり、靴を脱ぎつつ重しをかける方法を取るしかないですよね?」
「ん~……。その方法はあまりお勧めできないんですよね~」
「えっ、どうしてですか?」
「単純ニ、成功率ガ高クナイカラネ」
「そ、そうなんですか……」
ガックリと肩を落とすしおいだが、俺の気持ちになってくれ。
聞こえてくる会話がどれもかしこも良い方向に向いていないんだよっ!?
「液体窒素ヲ起爆装置ニ噴射シテ、凍結サセルノハドウダロウ?」
「爆発するまでの時間が少しだけ稼げますし、それが1番妥当ですかねぇ~」
「でも、液体窒素って、どこで手に入れてくるんですか?」
「それならスタッフルームのロッカーに入ってますよ~」
「……そ、そうなんですか?」
「そうなんです~」
大きく目を見開いているしおいの心境はよく分かる。
なんでロッカーの中に液体窒素が入っているのか、全くもって分からない。
しかし、以前行われた俺の争奪戦前日に、俺は愛宕と話して驚きまくったことがある。
RPGにシャベリンが、ロッカーの中に保管されているのだ。
しかも鍵はいたって普通のやつである。ヲ級に針金を持たせたなら、数秒で開いてしまうだろうロッカーの中に……だ。
ぶっちゃけて危ないとかそういうレベルではないし、管理体制を疑ってしまうのだが、そもそも幼稚園になんでそんなモノが必要なのかと未だに分からない。
だが、それらはすべて愛宕の私物であり、俺がどうこう言える立場では……って、やっぱりどう考えてもおかしいからねっ!
「それじゃあ、液体窒素を使う方向で進めましょうか~」
そう言った愛宕はゆっくりと立ち上がり、俺の顔を見ながらニッコリと微笑んでからスタッフルームの方へと足を向けようとしたのだが、
「さっきからなにを騒いでいるのかしら……って、どういう状況なのよ、それ?」
昼寝用の部屋から出てきたビスマルクが俺の方を見た瞬間、もの凄く不機嫌そうな表情を浮かべてこちらに向かってスタスタと歩いてきた。
「ちょっ、ビスマルク! ストップストップ!」
「なによ。私がきちゃマズイってことっ!?」
更に顔を険しくしたビスマルクは俺の顔に視線をロックオンさせ、どんどんと速度を上げた。
「ち、違うんだって!
今この辺りは防犯システムが作動しているから、動き回ると地雷が作動して……」
「そんなモノ、とっくに解除しておいたから問題ないわよっ!」
「へ……って、うわぁぁぁっ!?」
叫んだビスマルクは床を蹴って大きく跳躍し、俺の目と鼻その先に着地するや否や胸倉を掴まれた。
「ビ、ビスマルクッ! く、苦しい、苦しいって!」
「私たちが休んでいるすぐ近くでイチャコラしてるなんて、やっぱり教育が足りなかったみたいねっ!」
「イ、イチャコラなんてしてねぇよっ!
つーか、教育なんか一切受けた覚えもないし、むしろ俺が教えていた側じゃねぇかっ!」
「グチグチ五月蠅いわねっ!
そこまで言うなら、私を納得できるくらい教育してみなさいよっ!」
「な、なにを……ぐへぇっ!?」
ビスマルクは俺の胸倉を掴んだまま壁へと押しあて、ギリギリ首を絞めつけてくる。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「こっちに帰ってきた途端に生き生きするなんてあんまりじゃないっ!
いくらなんでも私たちに失礼だと思わ……っ!?」
カチャカチャと金属が触れ合うような音が背後から鳴り、ビスマルクの表情が一変する。その瞬間に締められていた首の圧迫が弱まり、苦しさが幾分かマシになった。
「ソレ以上ハ良クナイ……ワ」
港湾が鋭い目つきを浮かばせながらビスマルクの背後に立ち、起伏のない声を呟きながら大きな手を動かしている。
なるほど……。さっきから聞こえている金属音は、港湾の指が重なる音なんだな。
同じ職場で働く仲間だとはいえ、港湾は深海戦艦の姫である。従って、威圧感は半端ない……と思えるのだが、
「あら……。この私に喧嘩を売ろうだなんて、いい度胸じゃない」
掴んでいた胸倉から手を離したビスマルクはクルリと反転し、港湾の顔をギロリと睨みつける。
「ホゥ……。タカガ1人ノ戦艦風情ガ、私ニ楯突ク気カシラ?」
「ハンッ。言ってくれるじゃないっ!」
拳をバキポキと鳴らしながら、ビスマルクが啖呵を切る。
「少シバカリ痛イ目ヲ見ナイト、分カラナイヨウネ……」
同じように港湾が指を激しく動かし、目尻の辺りに血管が浮き出て……って、怖っ!
ちょっ、どこぞのヤンキーマンガ並の表情なんですけど、ガチでヤバいやつじゃないですかっ!
今にも殴り合いのケンカが始まりそうな勢いだから、なんとかして止めなければ……と思ったのだが、
「はいは~い。こんなところで喧嘩をするなんて、教育者としてあるまじき行為ですよ~?」
俺より先に動いた愛宕が、2人の間に立って両手で×を作っていた。
「邪魔をするなら、あなただって容赦はしないわよ?」
「愛宕先生ニハ悪イガ、コイツヲ懲ラシメナイコトニハ腹ノ虫ガ治マラヌ」
ビスマルクと港湾はそう言いながら、止めようとする愛宕をどかそうとするが、
「私のお願いが……聞けないってことでしょうか~?」
愛宕がその言葉を呟いた瞬間、急に突風が吹いたかのような気になり、即座にゾクゾクとした寒気が背筋に走った。
「「……っ!?」」
即座に顔を強張らせるビスマルクと港湾だが、これは自業自得だから仕方がない。
しかし今日だけで何度愛宕が怒ったのか分からないんだけど、トラブルが起き過ぎじゃないですかね……?
「イ、イヤ……、別ニソウイウ訳デハナイノデ勘違イシナイデモラエルト……」
港湾はすぐに手を激しく左右に振り、自分にその気はないことをアピールしたのだが、
「ふ、ふんっ! そ、そんにゃ言葉で私を脅しょうなんて、あきりゃるわにぇっ!」
ビスマルクは愛宕に向かって胸を張りながら答えるが、滅茶苦茶噛んだ挙句に膝が完全に震えていた。
……まぁ、そうなっちゃいますよねって感じだが、啖呵を切れるだけ根性が据わっていると言えるだろうか。
ぶっちゃけた話、無謀すぎると思うけど。
本来なら重巡洋艦の愛宕より戦艦であるビスマルクの方が強いはずなのに、それを全く感じさせないほどの威圧感があるんだよなぁ。
……いや、それ以前に港湾がビビっている段階でおかしいんだけどね。
姫をも震え上がらせるって、どんなレベルなんだよって話だし。
さすがは裏番長の名は伊達じゃない……か。
「あら~、なんだか先生の方から変な思考が……?」
「……以前にも言いましたけど、どうして俺の考えが読めるんですかね?」
「そんな感じの顔をしているからですねぇ~」
「そんなに俺って、顔に出やすいですかね……?」
「「「「………………」」」」
「………………」
ちくしょうっ!
4人揃って無言で頷かれちまったよっ!
なんて日だ! 今日はいったいなんて日だ!
こんなに不幸だった日は珍しいぞ、ちくしょぉぉぉっ!
……と心の中で絶叫を上げていると、しおいが首を傾げながら俺を見てなにかを呟いた。
「……あれ、なんかおかしくない……ですか?」
「……おかしいって、な、なにが……かな?」
「えっと、その……、先生ってさっき、ビスマルクさんに締められてましたよね……?」
「あー……、うん。そうだけど……」
俺はしおいに答えつつ、チラリとビスマルクの顔を見る。
「………………」
無言で愛宕に視線を向けたままのビスマルクだが、未だに膝は震えているところからして、しおいの発言が気になっているという感じではなさそうだ。
まぁ、おそらくは愛宕の一挙手一投足に集中しているんだろうが、自分が撒いた種なのでフォローする必要もない。
……別に首を絞められてたことを怒っているからとか、そういうんじゃないのであしからず。
「それがなにか問題でもあったのかな?」
「ふ、普通は戦艦であるビスマルクさんの締めを食らっただけで重症になっちゃう気がするんですけど、そうじゃなくってですね……」
そう言って、しおいが右手の人差し指を床に向ける。
俺の視線はその指を追い、ゆっくりと足元にたどりついたのだが、
「先生の足……、浮いちゃってましたよね?」
「………………あっ」
しおいの言う通り、俺の足はビスマルクに壁へ叩きつけられたと同時に浮いていた。
更に、足がある位置は地雷の上ではなく、完全に別の場所にある訳であり……、
「どうして、爆発しないんでしょうか……?」
「ど、どうしてだろうね……」
俺としおいは曖昧な表情を浮かべたまま首を傾げると、急にビスマルクがこっちを向いて口を開いた。
「そにょ地雷なら、すでに解除してあるって言ったじゃなひっ」
未だ噛むビスマルクが可愛らしいかもしれない……と思ったりもするが、そういえばそんなことを言っていたような気がする。
「え……っと、解除したっていうことは、ここに地雷があるってのを、知っていたってことだよな?」
「ええ、もちろんよ」
自慢気な表情を浮かべて頷くビスマルクだが、膝の震えはまだ止まっていない。
うむ。完全に強がりだな。
「さすがは舞鶴幼稚園よね。侵入者を撃退するために、対戦車地雷を設置しているとは思わなかったわ」
「いやいやいや、普通の幼稚園はそんなモノ設置しないからねっ!」
「あら、そうなの?
それならどうして、今この場所に地雷があるのかしら?」
「そ、それは……」
ビスマルクの問いかけに、愛宕から聞いたことをそのまま伝える訳にはいかないよなぁ……と思っていると、
「それはもちろん、明日の運動会に参加して貰うために舞鶴まできてもらったんですから、安全に過ごせるように設置したんですよ~」
「な、なるほど……。そうだったのね!」
少し驚いたように目を見開いたビスマルクだが、すぐに納得して笑みを浮かべた。
「今までいけ好かないとは思っていたけれど、ちゃんと礼儀正しくしてくれるなんて嬉しいじゃない」
「いえいえ~。それほどでも~」
同じく笑みを浮かべた愛宕が謙遜するように手を振るが、本当のことを知っている俺としては素直に頷くこともできず、
「「………………」」
しおいと港湾は、愛宕とビスマルクから完全に目を逸らして知らないフリをしていた。
君子、危うきに近寄らず。正にその通りである。
「でもそれだったら、地雷を解除しなかった方が良かったわね」
「い、いやいや。色んな意味で危ないところだったし、俺としては助かったんだけどね」
「あら、そうなの?」
「ふ、踏んじゃっていたからね……」
「別に問題ないじゃない……って、確かにあなたは人間だから無傷では済まないわね」
「人間だからって……、あっ!」
俺は思わず口を開き、あることを思い出した。
深海棲艦に人類が作った兵器は効果をなさない。
ならば、深海棲艦に有効な攻撃ができる艦娘は……、
「も、もしかして、ビスマルクがこの地雷を踏んでも……」
「多少は痛いかもしれないけれど、別にたいしたことはないわよ?」
「そ、そうか……」
とどのつまり、愛宕がこのシステムを設置したのは、本気じゃなかったということなのだろうか。
子供たちには感知しない地雷を使用することで万が一を防ぎ、ビスマルクや摩耶が踏んだところでビックリする程度にしかならない。
ある意味ドッキリみたいなモノかもしれないが、問題は……、
「いやいや、幼稚園の中に居るのは俺も含まれているって分かっていましたよね?」
俺はそう言いながら、愛宕やしおい、港湾の顔を見てみると、
「「「………………」」」
そりゃあもう、完全に目を逸らされましたとさ。
何気に酷いってレベルじゃないと思うんですけどねっ!
下手をすれば死んでたんだよっ!? マジで勘弁して下さいよっ!
次回予告
なんとか死の危険から逃れられた主人公。
1つの目的であるビスマルクたちの様子を伺うことができ、布団の用意をすることになる。
だがここでも、不幸なことに変わりはなく……?
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その22「地雷の理由」
乞うご期待!
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