しかし、子供たちの機嫌は未だ悪いままで、主人公の顔には焦りの色が残っていた。
更にはちょっとした問題が発生し、新たな仕事が増えてしまったのだが……
赤く染まった空に小さな雲が浮かび、水平線には夕日が沈んでいくのが見える。
俺や子供たちが乗っている輸送船の動きがゆっくりと止まり、お腹を響かせる大きな汽笛の音が鳴った。
『安西提督。舞鶴までの輸送船護衛任務を完了致しました』
「うむ、ご苦労様です。
日向と伊勢は荷物の運搬を手伝い、龍驤と摩耶は輸送船外部チェックをお願いします」
『『『了解しました』』』
無線機から聞こえてくる安西提督の声に頷きながら、俺は周りを見渡した。
舞鶴に到着する少し前から子供たちに降りる準備を進めさせ、甲板に集まるように言っておいたおかげで、全員の姿が視界にある。
「みんな、忘れ物はないか?」
「うん。大丈夫だよ、先生」
「大丈夫ですって!」
素直に返事をするレーベとろー。しかし、プリンツとマックスは無言で俺の顔を睨みつけている。
その理由は単純明快で、未だに輸送船での会話内容が気に入らないらしい。安西提督への誤解を解き終えた俺は、続けて子供たちを再度説得することにした。そこでなんとかレーベとろーは納得してくれたものの、マックスは「ふうん……」と呟くだけだし、プリンツは無言で睨み続けるだけだった。
ただ、一応俺の言う通りに動いてくれているので、大きなトラブルにはならない……と思いたいのだが、
「舞鶴幼稚園に到着してからが勝負だよなぁ……」
「……先生、今なにか言いましたですって?」
「あ、いや。なんでもないよ……」
ことの発端はろーの言葉なのだが、それに対して注意や愚痴を言うこともできないので、俺は言葉を飲み込みながら頭を優しく撫でてあげる。
「えへへ……」
ろーは嬉しそうにはにかみながら、上目遣いで俺の顔を見上げてくるのがなんとも可愛らしい。
周りの目がなければ自分の部屋にお持ち帰りしたくてたまらない。
だがそれをやると確実に憲兵=サンのお世話になることは明白だし、自重しなければならない……と思っていると、
「「「………………(じーーー)」」」
レーベ、マックス、プリンツが羨ましそうな表情かつ、ジト目で俺を睨んでいた。
………………。
うん、そうだよね。仲間外れはダメだよね……じゃなくってだな。
つーか、そろそろ学習しろよ俺……。
マックスとプリンツの機嫌が悪いことが分かっているのに、どうしてこういうことをやっちゃうのかなぁ……。
『先生、なにをしているの。準備ができているなら、早く降りてきなさい』
「おっと……、それじゃあみんな、降りるぞー」」
ビスマルクからの通信を受けた俺は、ろーから手を離して子供たちに声をかける。3人は少々不満げな顔を浮かべていたものの、コクリと頷いてから床に置いていた荷物を持った。
「それじゃあ、俺の後に続いて一列でついてくるように」
「はーい、ですって!」
返事はろーの分だけで、あとは帰ってこなかった。
うむむ、やっぱり機嫌を損ねているよね……?
埠頭に降り立った俺は、あとから続いてきた子供たちを数え、問題がないことを確認した。
「お疲れさま。船の長旅は大変だったでしょう?」
「あー……、まぁ、その……なんだ。色々あったけど……ね」
海から上がって合流してきたビスマルクに返事をするものの、濁らせた方が良いと思える出来事ばかりだったので、ろくに話すことができない。
「なによ……。どうにも歯切れが悪いわね」
「いやいや。それより佐世保からここまでの護衛、ありがとね」
「べ、別に良いのよ。私も幼稚園で働いてるとは言え艦娘なんだから、これくらいのことは当たり前なんだから」
言葉とは裏腹に、恥ずかしげな表情を浮かべたビスマルクが俺から顔を逸らす。とは言え、初めて佐世保にきたときと比べればそれなりに役割を自覚している感じに聞こえるし、護衛に関しても大丈夫だったように思える。
あとは子供たちの引率や教育面に問題がなければ、これで俺の役目も終えることができる……と思うのだが、そこはまぁ、蓋を開けてみるまでは分からないだろう。
「ふぅ……、長旅ご苦労様です」
「あっ、安西提督。お疲れ様です」
輸送船から降りてきた安西提督が俺たちの姿を確認して声をかけてきてくれたので、返事をする。
「うむぅ……。座りっぱなしのせいか、少し腰にきましたね……」
「だ、大丈夫ですか……?」
「はい……と言いたいところですが、歩くのが少し辛いですね。
明石に指圧を頼みたいところですが、ここは佐世保ではありませんから……まいりました」
そう言って、安西提督は右手でポンポンと腰を叩く。表情も少し辛そうだし無理をしない方が良いと思うで、俺は舞鶴鎮守府の中にある治療所の場所を伝えることにした。
「ありがとうございます。
ですが、まずはこちらの元帥に到着の報告をしなければなりませんので……」
「それなら俺が代わりにやっておきます。
元帥とは顔見知りですし、色々と話もありますので」
「そう……ですか。
それなら申し訳ありませんが、お願いすることにします」
深々と頭を下げようとする安西提督だが、腰の痛みのせいで難しいのか、苦悶の表情を浮かべていた。
「はい、お任せ下さい。
それより、安西提督は治療所の方へ急いだ方が良いですから……」
俺はそう言いながら輸送船の方に視線を向け、荷物を運んでいる日向の姿を確認して口を開いた。
「おーい、日向ー。
悪いんだけど、安西提督を治療所まで送ってくれないかー?」
俺の声に気づいた日向は荷物を持ったまま、こちらへと近づいてくる。
「治療所……だと?
まさか、安西提督の具合でも悪いのか!?」
「いやいや、そこまで酷いという訳ではないのですが……、痛っ!」
「これは持病の腰痛が悪化したのか……。
分かった。すぐに安西提督を治療所に連れて行こう」
「ああ、宜しく頼む」
「申し訳ありませんが、あとを……お願いします」
そう言って、日向と共に安西提督は治療所の方へと歩いて行ったのだが、後ろ姿を見た瞬間に介護老人とヘルパーさんの様に見えたのはここだけの話だ。
まぁ、あの体格を考えれば腰痛持ちというのも頷けるし、半日座りっぱなしとなれば痛むのも仕方がないだろう。
「さて、それじゃあ先生は元帥に報告をしに行きなさい」
「そうだな……と言いたいところなんだが、まずは子供たちを幼稚園に届けないとな」
佐世保を出発する時点では、俺とビスマルクが子供たちを連れて幼稚園に行き、顔合わせをする予定だった。今のマックスとプリンツの機嫌を考えるとビスマルク1人任せるというのは非常に怖いし、なにより更なる問題を起こしそうな気がしてならない。
とは言え、安西提督から頼まれた報告をビスマルクに任せるというのも、それはそれで問題がある。受けたのは俺というのもあるが、問題は元帥の秘書艦である――高雄だろう。
ビスマルクと高雄は、簡潔にいって犬猿の仲。これはビスマルクが榛名たちを舞鶴に連れてきたときに充分過ぎるほど身に染みたので、極力会わせない方が良いと思っている。
これらを考えれば、まずはビスマルクと一緒に子供たちを幼稚園に連れていき、問題がないと判断したところで元帥へ報告に行くのがベストであるのだが……、
「幼稚園の方は私が子供たちを連れていくから、全く問題はないわよ?」
「……そ、そう……か?」
「なによその顔は。私のどこに不満があるって言うの?」
今までの行動を振り返ってからもう一度言ってくれ……と言いたいのだが、ビスマルクのことなので普通に同じことを答えるんだろうなぁ。
しかし、ここで食い下がったら後悔してしまう可能性が高いだろうと予想できるだけに、素直に頷くことができないのだが、
「……そうね。ここはビスマルクに任せて、先生は報告に行くべきよ」
「………………え?」
仏頂面でそう言ったマックスが俺の顔を見ながら、続けて口を開く。
「安西提督からお願いされた以上、先生がしなければいけないのは報告じゃないのかしら?」
「そ、それはそう……だけど……」
「それとも先生は、上官命令を無視してまで私たちを幼稚園に連れて行くということかしら?
それはそれで私たちのことを思ってのことだと思うから非常に嬉しいけれど、その結果、先生の立場が危うくなるというのなら止めて欲しいところね」
「う……む、ぐ……」
マックスの意見はもっともであり、俺はなにも良い返すことができないほど論破されてしまう。
しかし、マックスの喋り方はどこかで聞いたことがあるというか、雰囲気が似ているような……。
………………。
……あっ、そうか。時雨に似ているんじゃないだろうか。
「そうですね。マックスの言う通りです」
「うん、そうだね。先生の気持ちは嬉しいけど、それで危ない目にあうんだったら、悲しくなっちゃうかな」
「先生は元帥の所に急ぐですって!」
プリンツ、レーベ、ろーの3人も頷きながら言い、すでに断れるような雰囲気ではなかった。
「そういうことよ。私たちのことは心配しなくて良いから、元帥の所へ向かいなさい」
「あ、あぁ……」
もはや頷くことしかできない俺は仕方なく折れる。
だけど、心配になっている半分以上は、ビスマルクたちが言う部分じゃないんだけどね……。
願わくは、ビスマルクや子供たちが幼稚園で問題を起こさないように。
俺には祈ることしかできない――と思いきや、ここで空気を変える言葉が耳に入ってきた。
「あれ、安西提督はどこ行ったん?」
「あっ、龍驤……か。
実は安西提督の持病が悪化したから、治療所の方に向かっているんだ」
「そうなんや……。
一応、輸送船の外部チェックは済んだから、報告しようと思ったんやけど……」
「それなら。荷物を運んでいる伊勢に伝言を頼めば問題ないんじゃないかしら?」
「そうやね。そしたら、そうする……」
「龍驤、ちょっとだけ頼みたいことがあるんだけど、構わないか?」
ビスマルクの提案に頷いた龍驤が背を向けようとした瞬間、俺はふとしたことを思いついて呼び止めた。
「頼みたいこと……って、なんなん?」
「実は安西提督から報告の任務を受けたので、子供たちを幼稚園に送ることができなくなったんだ。
ビスマルクがいるから大丈夫だとは思うんだけど、龍驤は何度かここにきたことがあるはずだから、念のために一緒について行ってくれないかな?」
「ははん、なるほどねぇ……」
なぜか不敵な笑みを浮かべながら俺とビスマルクの顔を見比べた龍驤は、腕を組みながら目を閉じて考える素振りをする。
「え、えっと、他に用事があるって言うなら、無理強いはしないけど……」
そう言ったものの、俺としては龍驤について行ってもらえる方がありがたい。龍驤の性格を考えれば無理矢理頼み込むより、こういった感じでお願いする方が良いと踏んだのだが、
「ええよ、かまへんでー」
「おっ、本当か。助かるよ」
「一応、今日の予定はそんなにあらへんからね。
ついでに摩耶も同じ感じやから、2人でついてってやるわ」
「えっ、摩耶まで一緒にって……、良いのか?」
本人が居ないところで勝手に決めてしまうのはどうかと思ったのだが、いつの間に話を聞いていたのか「おっけーだぜー」と言う声が聞こえてきたので龍驤から少し視線をずらしてみると、ニコニコと笑みを浮かべながら手を振る摩耶の姿が見えた。
「……と言うことやし、問題ないよね」
「けど、本当に構わないのか?」
「なんや、言い出したのは先生の方やで。
それともなにか、問題でもあるん?」
「い、いや、ないんだけど……」
なぜだか分からないが、すんなりことが進んでいるのがどうにも怪しい気がする。
……まぁ、日頃が不運続きだったせいもあるのかもしれないんだけどね。
「それに、幼稚園にはちょっくら用事もあることやしね」
「……ん、なにか言ったか?」
「いんや、なんでもあらへんよ。
せやさかい、先生はさっさと報告に行った方がええんとちゃう?」
「そうだぜ。まずはしっかりと任務をこなさないとなっ」
「あ、ああ。そうだな」
俺は少しばかり腑に落ちないものの、これ以上考えても仕方がないので2人に頭を下げてお願いし、元帥の元へ向かうことにした。
……ちなみに、摩耶の様子はいつもと変わらなかったので、どうやら護衛のときに日向が言ったことは、おそらく俺をからかう為だったのだろう。
そうじゃなかったら、普通はたどたどしい感じになったりするからね。
………………。
べ、別に悲しかったりする訳じゃないよ?
――と、そんなことを考えながら少し離れたところで振り返ってみたんだけれど、
なぜか、みんなは揃って笑みを浮かべている気がするんだけど、本当に大丈夫だよね……?
次回予告
不安に思いながらも子供たちをビスマルクと龍驤、そして摩耶に任せて執務室に向かう主人公。
元帥に報告をする為中に入った途端、やっぱりというかなんというか……うん、いつものことだよね。
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その12「最早お約束」
乞うご期待!
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