舞鶴へ帰還することがばれたと同時に、運動会で決着をつけると言いだした子供たち。
さすがにそれはヤバいと思った主人公は、移動中のうちになんとか説得を試みようと考えたのだが……。
なんか、滅茶苦茶増えてませんか……?
出発の日の朝がやってきた。
空は見事な快晴で、海鳥の鳴き声が聞こえている。
ただ、それよりも大きな声があがりまくっているおかげで、全くもって風情はない。
「さぁ、あなたたち、準備はできているわよね!」
「「「ヤヴォール、ヘア ビスマルク!(はい、ビスマルク殿!)」」」
「今から私たちが向かうのは舞鶴鎮守府。そこは敵陣の本拠地だけど、私たちの力で全てをねじ伏せてやるのよ!」
「「「アインフェアシュタンデン!(了解!)」」」
気温の方はやや低いけれど、目の前にいるビスマルクと子供たちの熱量は半端ではなく、気合充分といった感じである。
問題なのは、みんなの意思が運動会で活躍しようだと思っていないことであり、俺にとっては非常に頭が痛い。
やろうとしているのは、完全に舞鶴への殴り込み。しかも、俺の所有権を奪い取るとか言っちゃっているから、マジで洒落になっていない。
そして更に厄介な風に見えるのは……、
「フッフッフッ……。こないだのお返しは、きーっちりやったるからなぁ……」
「今度こそ姉貴たちをギャフンと言わせて……、あたしが勝ち取ってやるぜ……っ!」
気合……どころか、どこかの事務所に所属し、カチコミに向かう寸前の顔にしか見えない龍驤と摩耶が、拳を丸めてパキポキと鳴らしていた。
なぜこの2人がこの場に居るのか――だが、それは輸送船の護衛を買って出たからである。子供たちを舞鶴まで安全に移動させるのには陸路の方が良いとは思うのだが、向かう人数がそれなりに居ると言うことで、海路に決まったらしい。
それらのことを考えた上で、ろーと一緒に佐世保と舞鶴を行き来した2人が護衛に着けば安心できる――と決まったらしいのだが、俺の本音を言わせてもらえば不安度はMAXである。
だって、子供たちにビスマルク、龍驤に摩耶までもが、いつでも臨戦できる体勢にしか見えないんだぞ?
向こうについたら完璧にドンパチ確定だし、気が重いったらありゃしない。
しかし、それでも俺がこうやってついてきているのは、子供たちを監督する身であると共に、
「みなさんの準備はできたいみたいですね」
「あ、は、はい。気合が入り過ぎて少し怖いですけどね……」
「ほっほっほっ。元気があるのは良いことではないですか」
いや、限度を振り切っていると思うんですが。
――と、言葉にできない俺は、グッと我慢しながら心の中で呟いた。
そう――。今、俺と話している相手とは、佐世保鎮守府で1番お世話になったと言っても過言ではない人物。
安西提督、その人である。
「私の荷物も積み込みが終わると思うので、そろそろ出発できますよ」
そう言った安西提督の視線の先には、秘書艦である日向と姉の伊勢が「えっさ、ほいさ……」と声を掛け合いながら、輸送船にリュックなどの荷物を運んでいた。
つまり――、安西提督も舞鶴へ同行すると言うのだ。
最初に聞いたときは驚いたが、それ以上に焦ったのは日向と伊勢の存在だ。この2人は明石の事件で色々と痛い目にあっているだけに、あまり顔を合わせたくなかったのである。
とは言え、安西提督の秘書艦である日向が一緒にくるのは当たり前なのだが、どうして伊勢までついてくるのだろう?
護衛人数は充分だろうし、戦艦が3人って……、かなり燃費が気になるんだが……。
まぁそこは安西提督が考えることなので、どうこう言う立場ではない。自分自身ができる精一杯の仕事をしてこそ、1人前と言えるのだ。
「ぶっちゃけ、気が重過ぎるんだけどね……」
「……なにか言いましたかな?」
「いえいえ、ただの独り言ですよ」
そう言った俺は聞こえないようにため息を吐き、子供たちに向かって声をかける。
「よし、そろそろ準備も整ったから、輸送船に乗り込むように!」
「「「ヤヴォール、ヘア 先生!」」」
指をピンと張った右手を空に突き上げて叫ぶ子供たちの光景がなんとも言えない感じだったけれど、まずは前に進むしかない。
半日近くの航海になるのだから、説得する時間はあるだろう。
舞鶴につく前には子供たちのテンションを元に戻し、修羅場にならないことを祈るばかり……なのだが、
「さぁ、私たちも全力で護衛するわよっ!」
「了解やっ! 何度も行き来しているさかい、目を瞑ってでも問題ないでっ!」
「あたしらに任せておけば、万事解決ってなっ!」
「軽空母並の航空機運用力で、索敵も万全よ」
「やはりこれからは航空火力艦の時代だな。任せておけ」
こっちの方は、説得できる自信が全くないです。
ビスマルクはもとよりだが、なんでこんなに気合が入っているのかさっぱり分からない。
それに日向に至っては、凄くニヤニヤしながら艦載機を布で拭いている顔がマジで怖いんですけど。
「ほら、早くあなたも輸送船に乗りなさい!」
「あっ、ああ……。分かったよ」
そうこうしている間に子供たちと安西提督は輸送船に乗り込んでいたようで、鋭い目をしたビスマルクから急かされてしまった。
そんな俺を見ながら笑みを浮かべる他の4人。うむ、結構恥ずかしいぞ。
「それじゃあ、先生が乗ったら出発よ!
戦艦ビスマルク、抜錨するわ!」
「うちがいるから、これが主力艦隊やね!」
「おう、行くぜ! 抜錨だ!」
「航空戦艦伊勢、出撃します!」
「航空戦艦日向、推参!」
威勢良く放たれる声が出発の狼煙を上げ、埠頭から輸送船に乗った途端にゆっくりと動き出す。
果たしてこれからどうなるか。
正直に言って、全く分からないんだけれど。
とりあえず、今は子供たちを説得することを考えるしかなさそうだ――と、俺は輸送船の内部に入ることにした。
「………………」
えーっと、入る場所を間違っちゃったかな……?
俺は部屋を見渡しながら袖で額の汗をぬぐい、心の中で呟いた。
なぜかと言えば、輸送船の中にある休憩などをする部屋に入った途端、ガラリと空気が変わったからだ。
部屋に居るのは子供たち。レーベにマックス、プリンツにろー。安西提督は別室に居るらしいが、同じ部屋でなかったことを幸運に思うべきだろう。
子供たちは壁に取り付けられている少し固めのソファーに座り、黙ったまま俯き気味に前を向いている。その目は明らかに普通ではなく、出撃を控えた艦娘そのものだった。
……だ、だから、舞鶴には運動会をする為に向かうのであって、殴り込みに行くんじゃないんだけどなぁ。
ここはしっかりと説得し、子供たちに分かってもらわなければならないのだが、
「………………」
無茶苦茶、話しかけ辛いんですよねー。
なんと言うか、その、SGの決勝レース5分前みたいな控室にしか見えない。
例えがマニアック過ぎたかもしれないが、見た瞬間にそう思ってしまったのだから仕方がないし、船繋がりということにしていてもらえれば。
もちろん、そんな経験も、控室に入ったこともないんだけどさ。
小刻みに膝を動かすプリンツの貧乏揺すりと、壁に取り付けてある時計の針の音以外は静かのものだが、それが余計にこの部屋の空気を重くしている気がするのだ。
どうにかしてきっかけを作らないと話が難しいと思った俺は、頭の中で何か良い案はないかと考え出した。
今から舞鶴に向かうのだから、その辺りの話題を振るのが妥当だろう。
しかし、レーベやマックス、プリンツは舞鶴に行ったことはないので受け答えが難しいかもしれない。そうなると、唯一の経験者であるろーに話しかけるのが1番楽だと思うのだが……、
「下手な言葉をかけたら、逆効果にもなりかねないよな……」
俺はみんなに聞こえない小さな声で呟きながら、当たり障りのない言葉を頭に浮かべて口を開いた。
「ろー、ちょっと良いか?」
「……ん、なんですって?」
顔をあげたろーは俺の方を見ながら人差し指を口元に当てる。その仕種が可愛い過ぎるので、思わず抱きしめたくなってしまうーーが、自重しなければならないのだ。
「こ、こないだ舞鶴に行ったとき、なんか面白いことでもあったかな?」
「ん~、そうですねぇ……」
視線を上に向けたろーは、何度も頭を傾げながら思い返していた。
やんわりとしたろーの口調が少しだけ部屋の空気を軽くしたのか、険しさを見せていた他の子供たちの表情が少しばかり和らいだ気がする。
「潜水艦のみんなと温泉に行った話はしましたよね?」
「ああ、それはこないだ話してくれたな。
確か鎮守府近くの高雄温泉に行ったんだよな?」
「そうですって。
それなら他には、うーん……」
そう言って、またもや天井を見上げるろー。
うむむ、いちいち仕種が可愛いです。
「そう言えば、温泉に行く前日に舞鶴の幼稚園に行ったんですけど……」
「……え、そうなの、ろー?」
顔を上げたプリンツが大きく目を見開いていたんだけど、ビックリしたいのは俺も同じである。
どうにかしようと当たり障りのない話を振ったのに、出てきたのはN2地雷並の爆弾だったよっ!
つーか、そんなこと初めて聞いたんだけどっ! 完全に藪を突いて蛇を出すだよっ!
「舞鶴の幼稚園って、どんなところだったのかな?」
レーベも気になったようで、顔を上げながらろーに聞いていたんだけれど、ここは止めなければマズイだろう。
「た、建物自体は佐世保と変わらないから、別に気になるようなことはなかったよな、ろー?」
「そう……ですって。先生が言うように、建物は同じでしたって」
コクリと頷いたろーを見て、ホッと息を吐く俺。
なんとかヤバい局面は乗りきった……と思ったのも束の間、ろーが続けて口を開いた。
「そこでろーは、舞鶴の幼稚園に通うみんなとお話したんですけど……」
「ろ、ろーちゃん、それはまた今度の機会にしようか」
これだけは絶対に言わせてはならないと、俺は即座に口を挟んだのだが、
「……どうして先生は、ろーちゃんに『ちゃん』を付けたんですって?」
キョトンとした表情を浮かべたろーは、頭を傾げながら俺に問いかける。
「え、い、いや、な、なんでだろうなぁ……」
「……なにか聞かれてはマズイことが、あるのかしら?」
即座に冷静な口調で突っ込みを入れるマックスなんだけど、目がガチで怖いんですが。
細く開けた目が……、洒落にならんとです……っ!
「べ、べべっ、別になんでもないよっ!?」
「うろたえまくっているのが、無茶苦茶怪しいですね……」
「プリンツの言う通りだね。今の先生は、非常に怪しいよ」
「ぜ、全然っ、怪しくなんかないからさぁっ!」
更にツッコミを入れてくるレーベとプリンツに向けて両手を広げながらブンブンと身体の前で振りまくる俺だが、みんなの視線は非常に冷たく、鋭いモノになっていた。
説得するつもりが更に悪化してしまうだなんて、不幸のことこの上ない。しかし、俺のツキが悪いのはいつものことだし、ここでめげてしまっては転落する一方だ。
「と、とにかく、ろーの話は舞鶴に着いてからってことで……」
無理矢理でも良いので話を変えようと声をあげ、なんとか子供たちの意識を別の方向に誘導しようとしたのだが、
「……あっ、そっか。
先生はあのことを話されるのがマズイって、思ったんですよね?」
「あ、あの……こと……?」
両手をポンッと叩いたろーがニッコリと笑ったのを見た瞬間、俺の背中におぞましい寒気が走った。
これ以上、ろーに会話を続けさせてはいけないと、俺の第六感がささやきまくっている。もしここで動かなければ、必ず後悔してしまう――と。
「な、なんだかよく分からないけど、そんなことよりもっと面白い……別の話をしようか。
実はこないだ経験したことなんだが……」
強引過ぎようが、怪しまれてしまおうが、俺にはこの方法しかないと口を開く。
しかし、そうは問屋が卸さないと言う風に、マックスが俺の目の前までやってきて……、
「……先生」
「な、なにかな……、マックス?」
「少しだけ……、黙ってくれるかしら?」
そう言ったマックスはニッコリと満面の笑みを浮かべ――たのだが、うっすらと開けたまぶたの奥に見える目が、完全に脅しモードになっていた。
まるでそれはメデューサに睨まれた戦士のように、俺の身体が石化したかの如く凍りつく。
ただし、全身がこれでもかと言えるくらいにガタガタと震え、奥歯が重なりまくってガチガチと音を鳴らしているのだが。
情けないったらありゃしないが、マックスの脅しは俺を震え上がらせるには充分過ぎる。
あと、一瞬だけ龍田の顔を思い出したけど、それを発言する勇気も気力もない。
とにかく次に口を開いた瞬間、首が胴体からスッパリと離れてしまう光景が頭の中に思い浮かんでしまった以上、俺にはどうすることもできないのである。
つまり、どういうことかと言うと、
詰んだ――のである。
次回予告
子供たちから責められる主人公。
そう――、これは孤立無援。完全に四面楚歌。
そして更なる不幸が先生を襲い……、
不幸の連鎖は止まらない。
艦娘幼稚園 第二部
舞鶴&佐世保合同運動会! その7「すでに四面楚歌だった」
乞うご期待!
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