艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 あけましておめでとうございます。

 今回の読み切りは突発的に書いたので予定とは違ったりするんですが、挨拶がてらということで宜しくであります。



 ということで、誰得なのか分からない元帥スピンオフがはっじまっるよー。


スピンオフ 元帥編
元帥のとある1日


 

 朝、起きたら身体が女性になっていた。

 

 ――なんて、そんな夢を見た訳でもなければ、そんな願望も全くない。強いて言うなれば、ただ単に思いついただけなのだ。

 

 そもそも、そんなことになってしまったら、いろんな意味で僕は終わってしまうかもしれない。日々の楽しみが失われ、やりたいことができず、苦悩したまま海へと身投げをしてしまうだろう。

 

 だからこそ、僕は今の僕のままで過ごせることに感謝し、考えつくことができることを精一杯やろうと思う。

 

 

 

 ――で、現状はと言うと、

 

 

 

「弁解はありますでしょうか?」

 

「そ、そう……だね。できればその構えを解いてくれると嬉しいんだけれど……」

 

「それはできない相談ですわ」

 

 そう答えたまま右手の拳をスッ……と引いたのは、青い軍服に見を包んだ僕の秘書艦、高雄だった。

 

 ――と、説明じみたことを考え終えた瞬間、高雄の姿がブレて、

 

 

 

 スパーーーンッ!

 

 

 

「あべしっ!」

 

 僕の顔面にとんでもない衝撃が走り、苦痛に顔を歪める間もないまま、ごろごろと床を転がってしまった訳なんだよね。

 

「痛ってぇ……」

 

 痛みに堪えながらゆっくりと身体を起こそうとすると、前方からドシドシと地響きがしそうな足取りで高雄が歩いてくるのが分かる。

 

 このままでは追い撃ちをされてしまう……と考えつくも、僕の力では叶う訳もなく、かと言って逃げきれる訳でもないので、仕方なくされるがままになっちゃうんだけどね。

 

「お祈りは済ませましたでしょうか?」

 

「助けて下さい。なんでもしますから」

 

「常套句は既に聞き飽きましたわ。

 ついでにその台詞の返しを言うつもりはありませんし、そんな展開も御免被ります」

 

「そ、それなら、この辺で勘弁してもらえると……」

 

「それも無理な相談です。自らの罪を認め、多少は後悔をしていただかなくてはなりませんからね」

 

 言って、高雄は右手で僕の首をガッチリと掴み、喉輪の状態で引き上げた。

 

「う、うぐぐ……、く、苦しいよ……高雄……」

 

「それなら解放して……差し上げますわっ!」

 

 その瞬間、僕の身体はいきなり嵐の中に叩き込まれたかのような勘違いを起こしてしまう程の激しさで揺さぶられ、

 

「ひええええええええっ!?」

 

 空高く、放り投げられてしまったんだ。

 

 ――まぁ、地面に落ちて潰れたトマトみたいにはならないように、海の方へと調整はしてくれたみたいなんだけど。

 

 それでも、高速で水面に叩きつけられたら、やっぱり痛いんだよね……。

 

 場合によってはコンクリート並みの硬さと変わらないみたいだし。

 

 ……ってことは、僕って死んじゃうんじゃないのかな?

 

 秘書艦に放り投げられて終える人生。ある意味僕にピッタリなのかもしれないけど。

 

 まぁ、やっていることを考えれば仕方がないんだけれど、これはこれで考えがあってのことなんだよねー。

 

 あ、そんなことを考えているうちに、海が目の前にありましたよ……っと。

 

 それじゃあそろそろこの辺で。始まって早々で悪いんだけど、これにて僕は退散しま……

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

「痛ぁぁぁっ!」

 

 顔面から落ちた僕はあまりの衝撃で涙目になりながらも、無意識に手足を動かして水面に漂っていた。

 

「いやいやいや、マジで洒落にならない痛さだったんだけどっ!」

 

 大きな声で叫びつつも、埠頭の先を視界に入れた僕はそちらの方へと泳いで行く。いつもの軍服に身を包んでいるせいで泳ぎにくいけれど、そこは訓練の賜物ってことで、難なくいけちゃうんだよね。

 

 まぁ、速度を出せと言われたら難しいけれど、生存するための泳ぎならば問題はない。そもそも海軍に籍を置く時点で、これくらいのことはできなきゃダメだからさ。

 

 ……できなかった場合、船に乗っている状態で事故や攻撃を受けたら、まず間違いなく助からないでしょ?

 

 つまりはそういうことだから、ある意味一番大切なことなんだよね。

 

 ――とまぁ、そんなこんなで埠頭の先に両手をかけた僕は、グッと力を込めて海から脱出し、地面にゴロンと横たわったんだ。

 

「ふぅー……。なんとか生存できちゃったよねぇ……」

 

 死ぬかと思ったけれど、そうは問屋が卸さなかった。これはまだまだ僕にできることがあるってことなんだろう……と思っていた矢先、それらを全部ひっくるめた挙句にぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱へポイッと放ってしまうような状況になっちゃったんだ。

 

「先ほど、なんでもすると……おっしゃいましたわよね?」

 

「え、えっと……」

 

 僕の顔を冷たい視線で見降ろす高雄。

 

 お決まりのパターンはなしって方向だったと聞いた気がするんだけれど、蛇に睨まれた蛙の如く、なにもしゃべることができない僕は、ただ黙って高雄の一挙手一投足に注意するしかない。

 

 ……というか、投げられた場所からここまで結構距離があったと思うんだけど。

 

 いや、考えるのは止めておこう。思考を読まれる可能性だってあるんだし、触らぬ神になんとやらだ。

 

「おっしゃいましたわよね?」

 

「は、はい……」

 

 僕は寝そべった状態から身体を起こし、高雄に頷いた。

 

「なるほど……、分かりました。それでは今日1日、執務室に戻ることを禁止いたしますわ」

 

「……へ?」

 

 なんでそんなことをするのだろう……と、僕は頭を捻りながら考える。高雄が言ったのはつまり、今日の仕事を行えないってことになるんだけれど。

 

 それはつまり、僕にお休みができたってことで良いのだろうか?

 

 ………………。

 

 あれ、これって罰じゃなくて、ご褒美なんですけど?

 

「勘違いしてもらっては困りますが、執務室の天井裏にある配管が傷んでいるので、修理したいからですわ。工事をする為に人の出入りや騒音が出ますから、元帥が居られると邪魔になるんです」

 

「そ、そこまでハッキリ言っちゃうんだ……」

 

「あら、歯に衣を着せて言った方が良かったでしょうか?」

 

「……とき既に遅し、だけどね」

 

「では別によろしいですわね?」

 

「……はい」

 

 言葉では高雄に全くかなわない……と言うか、腕っ節でも無理だから、ここは素直に従っておく方が身のためだ。

 

 つーか、僕は一応この鎮守府で一番偉い元帥なんだけどなぁ。

 

 これってやっぱり、嫁さんの尻に敷かれるってやつなんだろうか。

 

「なんだか嫌な視線を感じるのですが」

 

「き、気のせいじゃないかなー?」

 

 それとなく高雄のお尻に向けていた視線を慌てて逸らし、口笛を吹きながら誤魔化すことに。

 

 突き刺さるような高雄の視線が怖いけれど、合わせなかったら大丈夫……だよね。

 

「……はぁ、まぁ良いですわ。

 そういうことですので、今日1日……ではなく、夜中まで執務室への出入りは禁じます。たまには羽を伸ばされては……と言いたいところですが、」

 

 そう言い終えた高雄は素早い動きで僕の頭を鷲掴みにし、無理矢理視線を合わせてきた。

 

「休日だからと言って、他の鎮守府に居る艦娘にちょっかいをかけた場合……、どうなるかは分かっていますよね?」

 

「う、うん。き、肝に銘じているよ……」

 

「その言葉が本当であることを祈りますわ。

 でも、もし同じことをした場合は……、先ほどとは比べ物にならないお仕置きが待っていますので、ご覚悟を……」

 

「わ、分かった。分かったから、この手を外し……て……、痛っ、いたたたたっ!」

 

 万力で締められていくような頭の痛みに悲鳴をあげた僕は、なんとか外してもらおうと高雄に向かって両手を合わせて懇願した。

 

 

 

 

 

「……では、今日の夜まで、くれぐれも迷惑をかけないように過ごして下さいね」

 

「……はい」

 

 地面に伏せた状態で答えた僕は、高雄の足音が遠ざかって行くまでそのままでいることにした。

 

 実際のところは頭が痛すぎて動けなかっただけなんだけどね。

 

 情けない話ではあるが、そもそも深海棲艦と撃ち合いの末、素手で殴り合うこともある艦娘の腕力に僕なんかが敵うはずもないので、無駄な抵抗をしないに限る。

 

 そうして、高雄の気配が感じられなくなった僕はゴロンと仰向けになり、ちゃんと目でも確認してから大きく息を吐いた。

 

「はぁー……。こりゃあ当分の間、呉の瑞鳳ちゃんとはデートに行けないなぁ……」

 

 空を見上げて肩をすくめる僕。高雄に怒られた原因は良く分かっているけれど、こればっかりは止められないんだよね。

 

 しかし、高雄と約束ばっかりで問題を起こしたら本当にヤバイことになる……のだが、その内容は他の鎮守府の艦娘が対象だ。つまり、今日の休みで舞鶴に居る娘となら、デートをしちゃっても問題ないってことになる。

 

「誰にしようかなー……」

 

 最近仕事が忙しかったせいで、空母のみんなとデートはご無沙汰状態だ。赤城や加賀と食事に行くのは財布が怖いけれど、美味しそうに食べている顔は見合うものがある。蒼龍や飛龍とおしゃべりをするのも良いし、ゆっくりと映画鑑賞も捨てがたい。

 

「とりあえずは、時間が合う相手が居るかだよねー」

 

 高雄のことだから、僕が休みになっていたとしても出撃や演習の指示は出しているだろう。つまり、空母寮に行ってみないことには誰が空いていか分からないし、かと言って執務室に戻れない以上、情報を得るのは難しい。

 

 もちろん、表立って艦娘たちの寮に入ることは禁じられているので忍び込むことになるのだが、前もって打ち合わせをしていないというのは非常に危険である。いくら約束に含まれていないとはいえ、高雄の耳に入ってしまったらどうなるかは分からない。

 

「気分は眼帯の傭兵のように……、段ボールでも被って行こうかなー」

 

 先生が深海棲艦に占拠された呉に忍び込んだ際はそうやったみたいだけれど、ぶっちゃけた話、怪しいったらありゃしないと思う。

 

 それに、寮に入るまでは普通に歩けばいいんだし、忍び込むポイントはいくつもあるからね。

 

 そこは経験がモノを言う。あまり人に自慢できることじゃないけれど、人は欲望には勝てないからさ。

 

 そんなこんなで僕は立ち上がり、早速空母寮へと足を向けたんだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 なんだかんだで誰にも気付かれずに空母寮へと忍び込んだ僕は、通路を堂々と歩いていた。

 

 これじゃあ忍び込んだ意味がないじゃないかと思われるかもしれないけれど、あくまで艦娘寮に入ってはいけないというルールは要注意人物が対象な訳であって、僕のように無害な青年は全く問題ない。ただ、堂々と入口から中に入ってしまうと、誰もが大丈夫と思われてしまうのが問題なので、ルールで縛りつつ忍び込んでいる……という訳なんだ。

 

「さて……と。赤城や加賀は居るかなー?」

 

 寮内は目を閉じていても目的の場所へと辿り着けるくらいに慣れているので、鼻歌交じりで2人の部屋へと向かう。

 

「よしよし、到着だね」

 

 扉の真ん中部分にはめられているプレートには、『赤城』と『加賀』の文字が書いてある。仮に間違って別の娘の部屋に入ってしまっても大丈夫だと思うけれど、そこは紳士としてちゃんとノックをしてから入るべきだよね。

 

「………………あれ?」

 

 コンコンと何度もノックをしたけれど、部屋の中からは返事がない。まさか居留守を使うだなんてことはないとは思うが、念のためにと耳を扉に当ててみた。

 

「物音は……してないよね……」

 

 部屋の中に誰かが居るような気配はないので、おそらく寝ているということもないだろう。そうなると、高雄が出撃か演習を命じたのか、休日を割り当てられて別のところにでも出かけているということだろう。

 

「うーん、残念だけど……」

 

 第一目標が居なければ、次の方を当たれば良い。僕は二航戦である蒼龍と飛龍の部屋に向かったんだけど……、

 

「……居ないみたいだねぇ」

 

 扉を閉めて大きなため息を吐く。残念ながら部屋の中はもぬけの殻。鍵がかかっていないのは無用心だけど、簡単に調べられたのはありがたい。

 

 もちろん、部屋の中を隅々まで調べた訳ではないけれど、流石にそれは紳士としてマナー違反だからね。

 

「しかしそうなると、どうするかだよなぁ……」

 

 昨日読んだ資料と、今後の目標から導き出せる指令を考えてみるが、赤城、加賀、蒼龍、飛龍の4人が同時に出撃しているとは考えにくい。おそらくは2人が出撃、残りの2人が演習という可能性が高いけれど、そうなるとしばらくの間寮に帰ってくる可能性は低いだろう。

 

 特に赤城と加賀に関しては、出撃や演習から帰ってきたその足で鳳翔さんの食堂に向かって補給をする可能性が高い。もしくはドッグでのんびりお風呂ということも考えられるし、そうなったら最後、デートをする時間は全くと言って良いほど取れないだろう。

 

「他にいけそうなのは……、うーん……」

 

 残る艦娘のあては五航戦の翔鶴と瑞鶴だが、以前に起こった一航戦との甲板殴り合いバトルの後から、どうにもよそよそしい気がする。普段の任務とかで話す分には支障はないんだけれど、個々で会おうとすると一歩引かれちゃっている気がするんだよね。

 

 僕が怒らせた……ということはないとは思うんだけど、向こうがその気じゃないのに無理矢理ってのも具合が悪いからなぁ……。

 

 僕は顎に手を添え、やや俯き加減で考え込みながらブツブツと呟いて廊下を歩いていると、前方に誰かの気配を感じた。すれ違い様にぶつかったら具合が悪いので、端の方に寄ったんだけど……、

 

「あれあれ~、こんなところで元帥に会うだなんて、こりゃまた変なことが起きちゃうんだねぇ~」

 

 そう言って右手を上げたのは、ピンと跳ねた紫色の髪の毛が特徴の軽空母、隼鷹だった。

 

「あ、あぁ、隼鷹か」

 

「そうだよ~……って、なにやら困りごとでもあったのかい?」

 

「いや、別にそこまで困っている訳じゃないんだけど……」

 

「その割には浮かない顔をしている気がするんだけどねぇ~」

 

 ニヤニヤと不適な笑みを浮かべた隼鷹は、僕の顔をジロジロと見ながら言葉を続けた。

 

「まぁ、別に言いたくないことだったら言わなくても良いけどさ~。

 問題は、なんでこんなところに居るかなんだよねぇ~」

 

「……むっ」

 

「一応だけど、艦娘の寮に部外者は立入禁止だったはずだけど……」

 

「僕は元帥だから、部外者ではないが……」

 

「そりゃあ、元帥は舞鶴鎮守府で一番偉いかもしんないけどさ、寮については少し違うと思うんだけどねぇ」

 

「………………」

 

 僕は無言でジロリ……と、隼鷹の顔を見てみたけれど、全く気にしていないのか表情を崩さずに、続けて口を開いた。

 

「私がちょっとばかり高雄秘書艦にチクっちゃたら……、具合が悪いと思うんだけどなぁ~」

 

「……つまり、なにが言いたいんだい?」

 

「いやいや、別に脅しているつもりはないんだけどさぁ~。ちょーーーっとばかり、飲む相手が不在だったりするんだよねぇ~」

 

 言って、隼鷹はニンマリと満面の笑みを浮かべたんだけど、それが脅すという意味なんだけどね。

 

 まぁ、別にそれくらいのことなら構わないし、デートの相手が現れたと思えば問題もない。おそらく隼鷹は高雄にチクるのが目的ではなく、言葉通り飲み相手が欲しいだけだろう。

 

 そもそも、僕を脅してしまったら最後、どうなってしまうかのことくらい分かっているだろうからね。

 

 ………………。

 

 えっ、なにをするかだって?

 

 別に酷いことを考えている訳じゃないよ?

 

 ただちょっとばかり大変な任務に着いたり、長期遠征に出かけなきゃならなかったりするだけだからさ。

 

 これぞ権力者の特権……って、冗談だよ冗談。ちょっとした元帥ジョークだからね。

 

「まぁ、暇だから構わないけど、どこで飲むのかな?」

 

「そりゃあもちろん、あそこに決まっているじゃんか~」

 

 そういった隼鷹は、クイッと右手を口元に持っていき、お酒を飲むポーズを取った。

 

 確かに、お酒を飲む場所で最適と言えば……、あそこが1番だよなぁ……。

 

 

 

 

 

 隼鷹と2人で空母寮を出て向かった先は、舞鶴鎮守府の中でも人気が高いお食事処、鳳翔さんの食堂だった。

 

「到着到着~。いや~、今からお酒を飲むのが楽しみだよ~」

 

 隼鷹は嬉しそうに独り言を言っているけれど、任務に着いているとき以外はもっぱら飲んでいるイメージなんだよね。

 

 とは言え、若干の弱みを握られている僕としてはツッコミを入れない方が無難である。ここは機嫌よく忘れて貰うに限ると、暖簾をくぐってから引き戸に手をかけた。

 

「いらっしゃいま……敵艦発見っ!」

 

「ちょっ、いきなりなんでっ!?」

 

 ガラガラと引き戸を開けて中に入った僕を見た千代田が、お盆を振りかざして殴りかかろうと……って、流行ってんのそれ?

 

 前にも言ったけど、一航戦VS五航戦のバトル時も飛行甲板で殴り合いだったし、空母って艦載機以外はそうやって戦うのかな……?

 

「サーチアンドデストローーーイッ!」

 

「だからなんでいきなり殺されなきゃなんないのっ!?

 俺ってなにか悪いことでもしたっ!?」

 

 飛びかかってきた千代田を避ける為に後ろに下がろうとしたけれど、続いて入ってくる隼鷹が邪魔で逃げることができない。僕は仕方なく横へと逸れて、半ば無意識で構えを取った。

 

 ――しかし、高雄のときもしかりなんだけれど、艦娘相手に面と向かって勝てるはずもなく、攻撃を避けるしか方法はない。後はどうにかして説得するしかないんだけれど、

 

「千代田っ、いきなりなにをしているのっ!」

 

 スパーンッ! と、小気味の良い音を鳴らして千代田の頭をお盆で叩きつけたのは千歳であり、

 

「ふにゃっ!?」

 

 全く警戒していなかった千代田はぐるりと白目を浮かべて、その場で崩れ落ちてしまったんだ。

 

「「………………」」

 

 僕と隼鷹はあっけにとられてその場で立ち尽くし、千歳は大きなため息を吐いてから裾の埃を叩いて落とすような仕草を取っている。

 

 そして僕の顔を見てニッコリと笑ってから、口を開いた。

 

「こちらにお越しいただくなんて、お久しぶりですね、元帥。

 ところで今日は何用でしょうか?」

 

「え、えっと、食事と飲みに……きたんだけど……」

 

「そうだったんですか。一応言っておきますけど、以前みたいに辺り構わずナンパ行動を取った場合は……、分かっていますよね?」

 

 そう言った千歳の顔は変わらずに笑顔なんだけれど、襲いかかってきた千代田以上に威圧感がたっぷりだった。

 

「い、嫌だなぁ。前のアレはそんなんじゃなくて、ただ単にお話していただけで……」

 

 答えた僕に黙ったままの千歳。そして後ろから突き刺さるような視線は、おそらく隼鷹だろう。

 

 うむむ、本当に誤解なんだけどなぁ。

 

 少し前に佐世保から遠征で立ち寄った艦娘が食堂にきた際、とんでもなく可愛いという噂を聞きつけた僕は真っ先に飛んできて、ここぞとばかりに声をかけていただけなんだよね。

 

 数日後に向こうの提督から苦情がきたときは知らぬ存ぜぬで通したし、食堂に居た他のみんなにはなにもしなかったんだけど。

 

「まぁ、他のお客さんたちに迷惑をかけなければ問題はないですけど、もしもの時は保障できませんからね?」

 

「わ、分かった……よ……?」

 

 コクリと頷いた僕が顔をあげると、たまたま厨房の方に人影が見えたので視線で追ってみた。

 

 するとそこには柱の陰から鳳翔さんが立っていて、

 

 

 

 千歳と同じようにニッコリと笑みを浮かべながら、右手に包丁が握られていたんだよね。

 

 

 

「………………」

 

 めっちゃ無言。完全に脅しモードです。

 

 後、瞳に光が見えません。ヤンデレのデレがないヤツだよね?

 

「お、大人しくしていますので、許して下さい……」

 

 僕は居てもたっても居られずもう一度頭を下げると、鳳翔さんはそのままの体勢でスッ……と、奥へ下がって行った。

 

 そして千歳もまた納得したのか、笑みを浮かべたままぺこりとお辞儀をして僕と隼鷹を近くの席へと促していく。

 

 その間、僕は内心大きな息を吐きながら安堵し、隼鷹はひたすら冷めた目を浮かべていたんだよね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから席に着いた僕と隼鷹は、お酒を飲みながら他愛のない話をし始めた。日頃の鬱憤不満を愚痴ったり、出撃中で面白い出来事などを話していたりした隼鷹は、まるで百面相だと言えちゃくらいにコロコロと表情を変えていたので、全く飽きることなく楽しい時間を過ごすことができたんだよね。

 

 そうして鳳翔さんの食堂に入ってから長い時間が過ぎ、窓の外が真っ暗になっているのに気付いた頃、僕の前に座っている隼鷹は机に突っ伏していた。

 

「うぃー……、もう飲めないー……」

 

「そりゃそうだ。一升瓶を7本と、ワインを5本、焼酎を10本空けたら、普通はそうなっちゃうよね」

 

 そう言った僕は、机の上に置いてあるコップを手に持って中身をグビリと飲んだ。

 

「元帥も私と同じくらい飲んでいるはずなのに……、なんで酔わないんだよぉ……」

 

「んー、そりゃあ、付き合いで飲まなければいけないことが多々あったから、慣れってやつじゃないかな」

 

「それにしたって……、うっぷ……」

 

「おいおい、大丈夫かい?」

 

 みるみるうちに隼鷹の顔が蒼くなってきて……って、これはマジで危ないやつだよねっ!?

 

「ち、千歳っ! 悪いんだけどヘルプーーーッ!」

 

「はいはい、なんですか元帥……って、あー……、隼鷹さんがグロッキーモードに入っていますねぇ……」

 

「れ、冷静なのはありがたいけど、そうも言ってられない状況じゃないのかなっ!?」

 

「こんなのいつものことですから、別に大したことじゃありません……よっと」

 

 隼鷹の後ろに回った千歳は両脇を抱え、掛け声と共に持ち上げてトイレの方へと引っ張って行った。

 

 うーん、さすがは鳳翔さん食堂の接客を担う千歳だけあって、頼もし過ぎるよねー。

 

 とは言え、確かにここは食堂でお酒も出るから、隼鷹みたいに泥酔しちゃったりする艦娘や人が居るかもしれないけど、いくらなんでも慣れ過ぎだと思うのは気のせいだろうか。

 

 いや、むしろ満席になったときには100人近くの客が入れる食堂を、たった3人で切り盛りしているんだから、あれくらいできて当たり前なのかもしれない。

 

 調理のメインは鳳翔だし、接客は千歳と千代田がやっている。もちろん忙しいときは2人のうちどちらかが調理を手伝うんだろうけれど、それにしたって人数が少なすぎるだろう。

 

 誰か別に雇えば良いのに……と思ったりもするが、おそらく鳳翔の眼鏡にかなう艦娘が居ないのが現状かもしれない。そりゃあ空母の中にだったら居るかもしれないけれど、戦力になっている彼女らを引き抜かれるのは痛いので、進言するのは止しておこう。

 

「元帥さん、おかわりはいりますか?」

 

 隼鷹らと入れ替わるようにやってきた鳳翔さんは、お盆に載っていた湯呑を僕の前に置いてから問いかけてきた。

 

「そう……だね。飲み相手の隼鷹がダウンしちゃったし、そろそろ終わりにしようかと思うんだけど……」

 

 僕はそう言ってから湯呑を手に持ち、中身を見る。白い湯気がふわりと上がり、緑茶の良い香りが立ち込めてきた。

 

 これを持ってきてくれたということは、お酒を飲むのを終了しようと考えているのが予測できているんだろう。僕はありがたくその気持ちを受け取りつつ、ゆっくりと口の中にお茶を流し込んだ。

 

「あちち……」

 

「急いで飲んだらやけどをしますよ?」

 

「ゆっくり飲むつもりだったんだけど、美味しくってつい……ね」

 

 僕は苦笑いを浮かべながら半分くらいを飲み、机の上に湯呑を置いてホッと一息ついた。

 

「結構お飲みになったみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

「まぁ、このくらいならまだ大丈夫かな。もしよかったら一緒に飲む……ってのは、止めておいた方が良さそうだね」

 

「ええ、お誘いは嬉しいですけど、まだ他にお客さんもおられますから」

 

 そう言った鳳翔は微笑を浮かべながら小さく頭を下げたんだけど、僕が簡単に引いたのは別の理由なんだよね。

 

 だってほら、厨房の方から今にも砲撃を始めますよと言わんばかりの顔でこっちを睨みつけている千代田が見えちゃったし……。

 

 水上爆撃機と機銃掃射でボロ雑巾にはなりたくないので、ここは退散しておくことにする。

 

 それに腕時計に目をやってみれば、そろそろ日が変わる時間になりそうだ。高雄との約束は今日の夜中までだし、執務室に戻っても問題ないだろう。

 

「それじゃあ、そろそろおあいそってことにしてもらえるかな?」

 

「お会計はいつもの通りでよろしいですか?」

 

「うん。執務室に請求書を回してくれればオッケーだね」

 

「分かりました。それではまたのお越しをお願い致します」

 

 ニッコリと微笑む鳳翔に手を上げた僕は、隼鷹の介抱をお願いしてから食堂を出る。

 

 空には満月から少し欠けたくらいの月が浮かび、小さな星がきらめいていた。

 

「うぅぅ……、さすがにこの時間は寒いなぁ……」

 

 万年軍服の僕だけれど、夏服と冬服の違いはちゃんとあって、今は防寒仕様を着ている。しかしそれでも底冷えしてしまいそうな寒さに身体を震わせ、早く温かいであろう執務室へと帰るべく、早足で向かうことにしたんだよね。

 

 

 

 

 

 執務室がある建物に入った僕は、外の寒さよりずいぶんマシなことに感謝しつつ廊下を歩いていた。

 

 時間はもう遅く、辺りの部屋から漏れる光もほとんどない。こんな時間までまじめに働いている人は少なからず居るけれど、夜は極力休むように指示をしているから当たり前なんだよね。

 

 まぁ、それを言っている僕がこんな時間に執務室に向かうというのもおかしな話だけれど、事情が事情なので仕方がない。早いところ用を済ませてしまって、温かい布団で眠りたいところだ。

 

「さて、工事の方は終わっているかな……?」

 

 執務室の扉の前に立った僕は、一呼吸置いてからコンコンとノックをする。

 

 まさかとは思うが、高雄が中で着替えをしていないとも限らない。可能性は劇的に低くはあるんだけれど、過去に一度だけそういうことがあっただけに念には念をである。もちろん、それはそれでラッキーな事件なんだけれど、朝の仕置きを考えれば避けておきたいからね……と思っていたところで、中から聞こえてきた高雄の返事を確認してから扉を開けた。

 

「ただいまー」

 

 ガチャリと鳴ったノブを押して、重厚な扉がゆっくりと動く。

 

 そして目に飛び込んできた執務室の風景に、僕は大きく息を飲んだ。

 

「な、なんだこれ……?」

 

 一言で言えば、賀正一色。

 

 入口の近くに門松が置かれ、板張りの床はいつの間にか畳敷きになっていた。僕がいつも座っている机はそのままなんだけれど、壁紙も和という感じの緑色の唐松模様で、お飾りなんかがかけられている。

 

 そして――更に驚いたのは、

 

「おかえりなさいませ、提督」

 

「おかえりなさい、提督」

 

「おかえりなさいませですわ、提督」

 

「おかえりなさーい、提督」

 

 4人の艦娘――。赤城、加賀、高雄、愛宕が、美しい着物姿になって出迎えてくれたんだ。

 

「え、えっと、これって……どういうこと……?」

 

 あまりにも突然過ぎて、なにがなんだか分からない。頭の中はパニックを起こして、今にもショートフリーズをかましそうな勢いだったんだけれど、

 

「提督、今日は何の日かご存知でしょうか?」

 

「今日って……、あっ!」

 

 赤城の問いかけに気づいた僕は、腕時計に目をやった。時間を示す針ではなく、日付の部分――である。

 

 そこには『31』という文字。

 

 そう――。今日は12月31日。大晦日だったんだよね。

 

「提督、騙すようなことをして申し訳ありません」

 

 そう言った高雄は、少し悪びれた表情で頭を下げた。

 

「天井裏の配管工事というのは嘘です。元帥を驚かせようとみんなで相談し、このようなことをしたのですが……」

 

「うん。すっごく驚いちゃったよ」

 

 僕はそう言って高雄の顔を見る。その瞬間、高雄は少しだけ身体を震わせたような気がしたので、ニッコリと笑いかけたんだ。

 

「まさかこんなサプライズをしてくれるとは夢にも思わなかった。ここ最近忙しすぎて、今日が何日かも分からない状態が続いていたとは言え、自分自身が情けなくなっちゃうよ」

 

「で、ですが、それは元帥が頑張っているからこそ……」

 

「そう……なんだけど、やっぱり自分が元帥である以上、やらなきゃいけないこともあるからね」

 

 言って、僕はしっかりした表情で、4人の顔を見渡した。

 

 もちろん、こんなことを勝手にして――と、怒るようなことはしない。

 

 だって、今日、この日のことを完全に忘れきっていたし、それを周りに分からせてしまうほどダメダメな男だったんだから。

 

「だから、みんなにお礼と……、この言葉を贈りたい」

 

 満面の笑みを浮かべ、感謝をこめて口を開く。

 

「今年一年、お世話になりました」

 

 そして、時計の2本針がピタリと12の数字に合わり、頭を下げながらこう言った。

 

 

 

「そして――、あけましておめでとうございます」

 

 敬礼のような堅苦しさではなく、元帥という役職なんか関係なく、1人の人間として伝えたんだ。

 

 

 

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

 

 

 

 そうすると、みんなもニッコリと微笑んで返してくれる。

 

 美しい姿で僕を惑わすかのように、

 

 だからこそ、僕は元帥を辞められないんだよね。

 

 

 

 

 

終わり

 





 改めまして、あけましておめでとうございます。
そして、今年もよろしくお願いいたします。

 この読み切りを書いた理由は最後の文章が言いたかったからであります。
今までの感謝をこめて、そして今後ともよろしくなのですよー。



 ……と、言いたいところなんですが、今年も早々から仕事ラッシュが予定されているのもあって、艦娘幼稚園の続きはもう少し先になりそうです。
 また、リハビリと称してヤンデル大鯨ちゃんシリーズの方を出来次第更新していこうと思っています。
 もしよろしければ、お気に入りしていただけるとチェックしやすいかも……であります。



 それではもう少しお待ちくださいませー。



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