そして、さらなる悲劇が……起こることになろうとは……。
龍驤お姉さんと摩耶お姉さん、そして舞鶴で一番偉いらしい元帥さんが疲れたような顔をしている中、おいてけぼりになっているユーに声がかけられました。
「ところで、あなたが安西提督からの手紙に書いてあった、独国の潜水艦ですね?」
高雄さんがファイルを片手にユーを見ながら話してきたので、コクリと頷いてから自己紹介を始めます。
「はい。今は佐世保鎮守府にある幼稚園に通っている……ユーです。宜しくお願いします……」
「私は元帥の秘書艦、高雄です。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
言って、高雄さんは丁寧な挨拶を返してくれたので、ユーも同じようにもう一度頭を下げます。
「まだ小さいのにちゃんと挨拶ができるとは偉いですね。本当、どこかの誰かさんに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分ですわ」
「爪の垢……ですか?」
いきなりそんなことを言われても……と、ユーは頭を傾げながら考えたんですが、汚くはないんでしょうか……?
「あー……、ユー、あのな。爪の垢を煎じて飲むってのはこの国のことわざで、優れた人に少しでも似るために……って意味なんや」
「へぇ……。なるほど、勉強になりました……Danke」
「お礼までちゃんと言えるとは……、改めて飲ませてやりたいですね……」
そう言いながら、ジト目を浮かべてとある男性の方を見る高雄さんですけど、本人は口笛を吹きながら全く違うところを見ているので、効果はなさそうですよ……?
……あ、でも、目を逸らしているってことは、理解しているってことでしょうか。
そう考えたら、やっぱり舞鶴で偉い人と言うのも納得ができなくも……、
「やっぱり……、無理みたいです」
「……はい?」
「あ、いえ。なんでもないです……。なんでも……」
高雄さんが頭を捻りながら、どうしたのか……という風に、問いかけてきました。
思わず呟いちゃって、危なかったです……。
すると「そうですか……」と不思議そうな顔を浮かべながらも頷いた高雄さんをよそに、いきなり元帥さんがユーの方を向いて口を開きました。
「やっぱり先生の教え方が良いんじゃないのかなー……って思うんだけど、佐世保の方ではどんな感じ?」
「え……っと、先生は色々と勉強を見てくれたり、知らないことを教えてくれたりで、取っても頑張ってくれています……」
「うんうん。なんだかんだで、ちゃんとやってるんだねー」
ユーは思ったことを元帥さんに話すと、納得するように頷いていました。
でも、まだ言い足りないことがあるので……、ユーは続けます。
「最近は幼稚園のみんなとも仲良くなってきて、ユーはとっても嬉しいです。
この前なんて、プリンツをギューって抱き締めてあげたみたいで、すっごい喜んでいました」
「………………あれ?」
「その他にも、佐世保では先生の噂がいっぱいみたいです……。
ふのう……って病気から復活した途端に、フラグを立てまくるって言われていますけど……、ユーはなんだかサッパリで……」
「ちょっ、ユー! いきなりなにを言うてんのっ!?」
「……え? でも、みんな言っているし……」
「た、確かに噂ではそうやけど……っ!」
「じ、時間と場所を……じゃなくてだなっ!」
なぜか龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが、慌ててユーの口を塞ぎにきました。
佐世保のお姉さんたちはいっぱい言っているのに、ユーが喋っちゃ……ダメなんですか……?
やっぱり、ユーはおいてけぼりと言うか……、のけみたいな感じです……。
「うぅ……、ごめんなさい……です……」
「あっ、ちゃうねん! これは怒ってるんと違って……」
「そ、そうだぜっ! その噂はあくまで、先生を盗られないように流したヤツであって……」
「ちょっ、摩耶っ! それはあかんっ!」
「えっ……? あっ、ああぁっ!」
悲しくて涙が出そうになったユーを慰めようとしてくれたお姉さんたちが、いきなり慌てだしました。
どうしてなのかな……と思っていると、急に背筋の辺りにゾクリとした寒気を感じ、ユーは咄嗟に顔を横に向けてみます。
「それは……、どういうことなんでしょうか?」
そこには、ニッコリと笑っているのに、どう見ても怒っているようにしかみえない高雄さんが立っていて、背中の辺りからもう1人の影が見えた気がしました。
あと、なぜか『ゴゴゴゴゴ……』って、地響きのような音も聞こえたような……。
もしかして、ポルターガイストってやつでしょうか?
ユー、ちょっとだけ……、怖いです……。
「い、いやっ、姉貴……っ! 今のは、ちょっとした思い違いで……」
「そ、そやでっ! 別にウチ等は変なことなんか……」
弁解をするお姉さんたちだけど、高雄さんの顔は全く変わらず、威圧感だけがどんどんと増していきます。
「あわ……、あわわわわ……」
「か、堪忍やっ! ほんまに堪忍やでぇっ!」
「どういうことか……、ちゃんと話して頂けますわよね?」
「「ひぃぃぃぃっ!」」
龍驤お姉さんと摩耶お姉さんはお互いに抱き合いながら、今にも泣きそうな顔で座り込みました。
巻き添えになるのは嫌なので、ユーはそそくさとお姉さんたちから離れ、元帥さんの近くに待機することにします。
するとユーに気づいた元帥さんは、苦笑いを浮かべながら話しかけてくれました。
「ま、まぁ……、ここは大人しくしておいた方が良いと思うからね……」
「そう……みたいです……」
ユーは小さくため息を吐くと、元帥さんも同じようにしていました。
お互いに苦笑を浮かべて頷いてから、お話をすることにしたんです。
お姉さんたちの悲鳴が、聞こえないように……ですけど。
「なるほど。そういうことでしたか……」
「「………………」」
1人で頷く高雄さんの傍には、真っ白に燃え尽きたボクサーのような姿をした龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが、床に座っていました。
ユーと元帥さんは巻き込まれないように雑談をしていたんですが、急に元帥さんが顔色を変えて、問い掛けてきました。
「ところで……、ユーちゃんの幼稚園には、ビスマルクが居るんだよね」
「はい……です。先生とビスマルクが、ユーたちを教えてくれています」
「先生の働きぶりは僕も良く知っているけど、ビスマルクの方はどうなのかな?」
「うーん……。あんまり、上手じゃないと思います……」
「上手じゃない……?」
「勉強とかを教えてくれるのは、先生の方がとっても分かり易いです……。ビスマルクは……なんと言うか、大雑把過ぎる……気がします」
「あー……、なんとなく分かる気がするよ」
元帥さんは頬を掻きながら肩を竦めたんですけど、なんだか先生と同じように見えて面白いです。
顔とか声は全く似てないですけど、もしかして親戚とかだったりするんでしょうか……?
「それで……、先生とビスマルクはくっついちゃったりしたのかな?」
「くっつく……ですか?」
「あー、えっと……、どう言えば良いのかなぁ……」
そう言って悩んでいる元帥さんですけど、くっつくってどういう意味なんでしょう?
先生もビスマルクも磁石とかじゃないですし、よく分からな……
「小さい子になにを聞いているんでしょうか、元帥?」
「ぎくっ!」
いきなり横から低くお腹に響くような声が聞こえ、ユーも元帥さんもビックリしてそっちの方を見ました。
そこには龍驤お姉さんと摩耶お姉さんを問い詰めていたときと同じ……いえ、それ以上の怖い雰囲気をした高雄さんが、元帥を射抜くような視線を向けていました。
「い、いや、あの、今のは……その、なんだ……」
「弁解を聞く気はありませんが、遺言程度なら話しても良いですわよ?」
「問答無用にも程があり過ぎないっ!?」
「あら、今までよくもっていた方だと思いますが」
「そんなに僕って崖っぷちだったのっ!?」
「今更感がMAXでございますわ」
「ニッコリ笑って言うことが怖過ぎるっ!」
「どうやら遺言もないみたいですね」
「へ、ヘルプミィィィッ!」
両手を広げてワタワタと振る元帥さんですが、高雄さんは全く気にせずに近づいて行き……、
「ションベンは済ませましたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いする準備は与えませんけれど」
「それすらもダメなんですかーーー……って、あべしっ!?」
大きく叫んだ元帥さんの身体がぶれたと思ったら、瞬間移動したように壁の方へと飛んで行きました。
そして今度は高雄さんの姿も消え……、
「壁バウンドからの、追撃10連コンボですわっ!」
「ぐはっ! ごふっ! げっふぅぅぅっ!」
ユーの目では分からない連撃が高雄さんから放たれ、元帥さんの顔がみるみるうちに腫れていきます。
そして高雄さんの渾身のアッパーカットが顎を射抜くと、元帥さんの膝がガクリと折れて、うつ伏せに倒れます。
「かーらーのー……、サソリ固めですわっ!」
「ぎにゃあぁぁぁぁぁっ!?」
足からバキバキと大きな音が鳴り、エビ反りになった元帥さんの口から、真っ白な泡があふれ出てきました。
「……がくっ」
そのまま床に顔を埋めた元帥さんは小さな言葉を残し、ピクリとも動かなくなります。
「ふぅ……。今日はこの辺で勘弁してあげますわ」
言って、元帥さんの身体から立ち上がる高雄さんが、手をパンパンと叩いて埃を払います。
少し離れたところには、未だ動かない龍驤お姉さんと摩耶お姉さんの姿があり、完全にこと切れたような元帥さんが倒れ込んでいました。
ユー、3人の死亡を確認……です。
次回予告
ユーは辮髪の王とかいう人じゃないですけど、死亡を確認……したと思ったんですが。
なんだかんだで耐えきっていた龍驤お姉さんに摩耶お姉さんですけど、まだ何かを企んでいるみたいです。
そしてユーは、舞鶴にくるきっかけとなった人たちに、会いにきたんですけど……。
艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
~ユー編~ その8「潜水艦のみなさんです」
乞うご期待!
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