そんなことを聞いて、何かの足しになるのかな……?
人を好きになる理由なんて、人それぞれなんだから。
それでも、聞いてくれるなら……。
その1「初めての出会い」
ある日の朝。
僕はいつものようにマックスと一緒に幼稚園へきて、ユーやプリンツと挨拶を交わしていた。
最近の会話はもっぱら先生のことになるんだけれど、その内容は様々で、本当に普通の人間なのかとビックリすることがあるんだよね。
つい先日鎮守府内に流れた噂では、先生の身体が不調になって再起不能になったと囁かれた。僕たちは大きく驚いて心配をしていたんだけれど、先生は何事もなかったかのように幼稚園へとやってきて、普通に授業をしてくれていたんだ。
更に暫くすると、今度は明石というお姉さんが事件に巻き込まれ、その首謀者が先生であるという噂も耳にした。さすがにそれはありえないと思った僕たちは、みんなで相談してからビスマルクにお願いして真相を確かめてもらうことにした。
その後、ビスマルクが牢屋を襲撃して先生を脱走させた……なんて噂が立ったけれど、さすがにこの結果を予想することができなかった。
焚きつけたのが僕たちなだけに、かなり焦ったりもしたんだけれど……。
まぁ結果的に先生が無実であったということが分かったし、すぐに解放されてことなきを得たんだけどね。
ただそこでビックリしたのは、大変だった直後であるにもかかわらず先生は普通に幼稚園へやってきて、授業を取り仕切ってくれたんだよね。
いくらビスマルクが後始末の為に幼稚園にこられなくなったとはいえ、先生も疲れていると思うんだけど……。
本当に先生は凄い人なんだなぁと思う反面、ビスマルクがたまに言う『先生はドM』というのが信憑性を増してきたとも考えられるんだよね。
……まぁそれでも、僕は先生のことを見放したりはしないけれど。
むしろ先生がここまで僕たちのことを思ってくれているんだと考えれば、嬉しさがこみ上げてくるんだよね。
体調を崩しても、無実の罪で投獄されても、休まずに幼稚園にやってきて面倒を見てくれている。
そんな先生を、嫌いになるはずがないじゃないか。
もちろんそれが理由で先生を好きになったってことではないんだけれど、好感度はどんどんと増していっちゃうよね。
……え?
じゃあどうして、僕が先生を好きになったかって?
そ、それは……その、ちょっと恥ずかしいけど……。
別に大した理由はないし、話を聞いたとしても面白いことなんて全くないよ?
それでも聞きたいって言うなら……、別に良いけどさ。
本当に大した話じゃないから、期待しないようにお願いするね。
……それじゃあ、まずは数ヶ月前にさかのぼろうかな。
◆ ◆ ◆
ある日のこと。
佐世保幼稚園に通っている僕とマックス、ユー、プリンツは朝礼の為にビスマルクを待っていた。
そのときはいつものように祖国のことを思い出しながらみんなと話をしていたんだけれど、朝礼が始まったことで大きな変化が起こったんだよね。
「喜びなさい、みんな。
数日後に舞鶴鎮守府にある幼稚園から、1人の男性がやってくるわ」
「男性……ですか?」
プリンツが問い掛けた途端、ビスマルクは顔をだらしなく崩しながら頷いて口を開いた。
「ええ、そうよ。
私が榛名たちを舞鶴に連れて行った際、向こうで出会った男性なのだけれど……」
そう言って、にへらにへらと笑うビスマルク。
「ビスマルク姉さま……、それってどんな人なんですかっ!?」
焦ったような顔を浮かべたプリンツはビスマルクに詰め寄り、男性について問いただそうと大きく叫ぶ。
おそらくプリンツは嫌な予感がしてそんなことをしたんだろうけれど、僕は全く別のことを考えていた。
男性は舞鶴鎮守府にある幼稚園からくるとビスマルクが言っていた。つまり、その男性とは向こうの幼稚園で僕たちと同じような園児を教えている教育者――つまり、ビスマルクと同じ立ち位置の人ではないのだろうかと思ったんだよね。
僕はビスマルクを遠い祖国からこちらにきた先輩として尊敬しているけれど、慣れないとはいえあまりにも教育者として不甲斐ない行動に目を余していたので、心の中で両手を上げて喜んでいた。
これで佐世保幼稚園も少しはマシになる。
そうなれば、未だ慣れぬ土地でも上手くやっていけるんじゃないか……。
そんな淡い期待を胸に秘めながら舞鶴からやってくる先生に期待をし、マックスやユーと色んな想像をしながらたくさん話をした。
プリンツはビスマルクが先生に盗られるんじゃないかという不安でずっと機嫌が悪かったし、話を振らないようにはしていたけれど。
……とまぁ、こんな感じで先生がやってくるのを期待しながら待っていたんだよね。
そして、数日後の昼過ぎ。
僕たちは昼食後の昼寝を済ませた後、自由時間ということで、マックスやユーと遊戯室でお喋りをしながら過ごしていた。
ちなみにすぐ傍にプリンツも座っているんだけれど、その表情は険しくイライラしているのがすぐに分かる。右手の親指の爪を歯で齧りながら、両足がガタガタと貧乏ゆすりをしているんだよね。
その理由はもちろん、今日の朝にビスマルクから聞かされたことが原因で、待ちに待った先生が舞鶴からここにやってくるからだ。
僕にとってはとても嬉しいけれど、プリンツにとっては招かざる客。
時折ブツブツと呟いている言葉がなにやら怖い感じがするので、到着早々にひと悶着がなければ良いんだけれど……。
そんな心配をよそに、遊戯室の入口にある扉がガラガラと開き、ビスマルクがニコニコしながら入ってきた。
「みんな、注目しなさい」
僕たちはビスマルクに言われた通り顔を向け、ジッと言葉を待つ。
「この前に話してた先生を、舞鶴から連れてきたわよ」
そう言ってビスマルクが指を刺した先に立つ男性――先生が、少し疲れたような顔を浮かべていた。
「や、やぁ。俺は舞鶴にある艦娘幼稚園からやってきた先生だ」
身長はそれほど高くなく、見た目は至って普通の男性だった。
その声も頼りがいがなさそうで、本当に舞鶴で子供たちを教えていたんだろうかと心配になってしまうくらい、不甲斐なく見えてしまう。
だけど――、それなのに、
僕は先生を見た瞬間、完全に目を奪われていた。
理由なんて分からない。
顔も、声も、僕の好みだとは思わない。
ただ、先生から目を離すことが全くと言っていいほどできないのだ。
たぶんこれが一目惚れというモノなんだろう。
それが分かったとき、僕は人を好きになる理由なんてないという言葉が間違いないと思った。
だって、それが僕にも訪れたんだから。
なんの特別性もない先生との出会いだったのだけれど、僕の心は完全に捕われちゃったんだよね。
それからプリンツの先制攻撃があったり、ビスマルクがおかしくなることがあったけれど、これらについてはある程度の予想がついていた。
ただ、完璧に誤算だったのは僕が先生に惚れちゃったこと。
プリンツにタックルを喰らって床に転がったときや、ビスマルクに突っ込みを入れているときも、僕は先生から目を離せなかった。
普通ならば劣勢に陥っている先生を助けてあげるのべきはずなのに、なぜか手を差し伸べようとは思わなかった。
いや、少しは思ったはずなんだけれど、途中でなにかが違うと感じたんだ。
それがなんなのかは、ハッキリとは分からないんだけれど……。
とりあえずその件は保留することにして、自己紹介を始めたんだよね。
「僕の名前はレーベレヒト・マース。よろしくね、先生」
僕はそう言って先生に微笑みながら頭を下げる。
先生も同じように笑みを返してくれたんだけど、僕はその顔を見た瞬間に心臓の鼓動がもの凄く速くなってしまった。
もしかすると顔が真っ赤になっているかもしれないと、僕は先生に気づかれないように顔を逸らす。
だけど先生は僕の方ではなく、プリンツを見ていた。
タックルをされ、挨拶すら返してもらえない先生。
その表情はなんだか悲しげなんだけれど、それを表に出さないようにと強がっている振りをしているのが可愛く見える。
明らかに歳も背丈も先生の方が上なのに、なぜか放ってけおけない気持ちになる。
頼りなさそうに見えるのが理由なのか、それとも他の要因があるのか。
そのどちらであったとしても、僕にとっては些細なこと。
それよりも気になるのは、ビスマルクが先生をゲットしてしまわないかが心配だ。
パッと見た感じ、先生はビスマルクと付き合うような雰囲気はなさそうに見える。
だけど、これからどうなっていくかなんて分からないし、場合によってはビスマルクが強硬手段に出る可能性もある。
今まで幼稚園で起こしてきた行動を考えればそれくらいのことは予想できるし、鎮守府内でチラホラと聞こえてくる噂の元もビスマルクが流しているらしいからね。
それらを考えれば、このまま放置しておく訳にはいかない。だけど、先生が僕のような小さい艦娘を好いてくれるか分からない。
だから僕は幼稚園が終わってから寮の部屋に戻った後、一番信頼できるマックスに話しかけたんだ。
「ねぇ……、マックス。少し相談したいことがあるんだけれど……」
ベッドに腰掛けた僕は机に向かっていたマックスに声をかける。
回転椅子に座っていたマックスは床を軽く蹴ってこちらに身体を向け、僕の顔に視線を移す。
「ええ、私も同じく相談したいことがあったのだけれど……」
そう言ったマックスの顔はいつもと違い、考えられないくらいあやふやで、不安ながらもなにかを心に秘めているような感じがした。
次回予告
自室にてマックスとの会話。
それは僕にとっても、マックスにとっても大切なことだった。
そして僕たちは、行動にでる……。
艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
~レーベ編~ その2「誓いの挨拶」(完)
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