無理矢理決めた先生との決闘。
そして放つ、渾身のタックル。
はたしてこの先に何が待っているのか……、私には分かっていたはずなのに。
「いきます……っ、ふぁいやぁーーーっ!」
私は全身全霊をかけたプリンツタックルを先生にお見舞いしようと駆けだした。
しかし幾度となく繰り返してきた行動は既に見破られており、先生は軽い身のこなしで回避する。
「逃げるなんて卑怯ですよっ!」
「俺が何でプリンツと戦わなくちゃいけないんだっ!」
「決闘を申し込んだからに決まっているじゃないですかっ!」
「俺は一切に受けるって言ってないよっ!?」
叫び返す先生に再び駆け出すも、やっぱり避けられてしまう。
フェイントを入れようが、速度を変えようが、なにをやっても当たる気なんてしない。
既に私のタックルは完全に見切られ、勝てる気なんてさらさらなかった。
「ビスマルクも黙って見ていないで止めろよっ!」
「さっきも言ったけど、プリンツがそうなった以上は口で言っても意味がないわ」
「だからなんで俺にやらすんだっ!?」
「あら……、あなたのことだからプリンツにタックルされて床に転がりながら、ドMの極みに浸るものかと……」
「そんな趣味は微塵も持っちゃいねぇよっ!」
ビスマルク姉さまに突っ込みを入れつつも、私のタックルはきっちりと避ける先生。
しかしさすがに注意が逸れたのか、ほんの少しだけ見えた隙を私は見逃さなかった。
「ここです……っ、ふぁいやぁーっ!」
「甘いっ!」
決まった……と私は思っていた。
しかし先生は私のフェイントをも見切り、寸前のところで避け切った。
いや、実際には隙自体が罠だったのかもしれない。
だけど想定外だったのは、私の勢いがあまりにも強過ぎたということだった。
「……っ!?」
そして目の前に映るのは……、スタッフルームの壁。
コンクリートの壁が、私の顔のすぐ目の前にある。
危ないと思っても勢いがつき過ぎた私の身体を急に止めることはできず、止まることはできそうにない。
いくら艦娘であるとはいえ、私はまだ子供。ましてや勢いがついたタックルのまま顔面からぶつかれば、無事であるとは思えない。
もうダメだ……と思った私は咄嗟に目を閉じる。
暗闇の中に浮かぶビスマルク姉さまの顔の後に、私の頭を優しく撫でながら微笑む先生の顔が浮ぶ。
その瞬間、私はハッキリと気づき、両眼に涙がじんわりと浮かんだ気がした。
「あうっ!」
襲いかかってくる顔への痛み……と思っていたら、なぜか私の横っ腹に大きな衝撃が走った。
「ぐっ!」
私の身体がゴロゴロと床の上を転がるような衝撃が伝わり、やがてゆっくりと止まっていく。
身体を包み込まれているような感触に気づいた私は、恐る恐る目を開けてみた。
目の前には真っ白な布が見える。そして私の身体を優しく抱きしめる感触に、これが何であるかと察知する。
「だ、大丈夫か……プリンツ?」
声がかけられて視線を動かす私の目には、心配そうな表情を浮かべていた先生が見えた。
決闘を突きつけて無理矢理巻き込んだ先生に、私は助けられたのだ。
下手をすれば先生の方が危険なはずなのに、自らの身体を顧みず私を助けてくれた。
なぜそんなことができるのか……。
そんな思いが私の心に浮かびあがってくる。
だけどそれ以上に、私は別の思いでいっぱいになる。
「良かった……、怪我はないみたいだな……」
先生は私の身体を見渡してから、前と同じように優しく頭を撫でてくれた。
そんな先生の柔らかな笑みを見て、私は顔が真っ赤に染まっていくのを実感する。
どれだけ文句を言っても、どれだけ冷たくしても、どれだけタックルを放っても、先生はプリンツのことを思って行動してくれていた。
なぜもっと早くにこの優しさに気づかなかったのか。
……いや、そうじゃない。
私は多分、気づいていた。
出会ったときから、分かっていたはずなのだ。
「せ、先生……、そ、その……」
すると先生は顔を小さく左右に振ってから、私の身体を優しく立ちあがらせて再び頭を撫でた。
そして立ち上がった私たちの前にビスマルク姉さまが近づいてきて「お疲れさまねっ!」と言ってから、いきなり先生に抱きつこうとした。
「ちょっ!?」
「逃がさないわよっ!」
慌てて後ろへ下がる先生に、追い打ちをかけようとするビスマルク姉さま。
そんな光景を見ながら、私はハッキリと確信する。
ああ、そうだったんだ……。
これって、嫉妬だったんだ……と。
自分の気持ちをしっかりと受け止めた私は、先生を追いかけてすぐ横を通り過ぎようとするビスマルク姉さまのスネに、
「ていっ!」
思いっきり足払いをかけた。
「ふにゃっ!?」
可愛らしい声を上げたビスマルク姉さまが床に転び、慌てながらも逆上して立ち上がる。
「な、何をするのよプリンツッ!」
私は咄嗟に先生の後ろに隠れ「ちょっと足が滑っただけですよぉっ!」と言いながら、庇って貰おうと顔を見上げた。
「ちょっと! 先生まで私に反抗する気なのっ!?」
「え、あっ、お、俺っ!?」
「プリンツを庇っているじゃないっ!」
「い、いや、その……、プリンツはまだ子供なんだし、偶然足が当たっただけかも……」
「ていっ! って言ったわよねっ!?」
「あれれ、私そんなこと言いましたっけ?」
「プリンツッ!」
「ま、まぁまぁ、ビスマルクも落ちつけって……」
先生は後ろに隠れる私を庇うようにビスマルク姉さまを宥めすかせる。
たぶん先生は私がわざと足払いをしたのを分かっているはず。
それでも庇ってくれている先生の横顔が私の目に入ったとき、ドキリと心臓が高鳴る感じがした。
「プリンツも悪気があった訳じゃないんだからさぁ……」
「だけど明らかに今のはわざとじゃないっ!」
「いや、むしろいつものように襲いかかろうとするビスマルクを止めようとしてくれたんだぞ?」
「なによそれ。どういうことなのよっ!?」
「良く考えてくれビスマルク。
もしこのまま俺がこの場で押し倒されかけた場合、最後の手段に出るしかないんだぞ?」
「あら、それってどういうことかしら?
もしかして、私と力で抵抗するとでも言うつもり……」
「いんや。安西提督にチクる」
「んなっ!?」
先生の言葉を聞いた瞬間、ビスマルク姉さまはもの凄く驚いた表情を浮かべた。
安西提督って、白髪で恰幅の良い人……だよね?
何度か会ったことがあるけれど、そんなに怖そうに思えなかったんだけど……。
「ついでに明石にも話して、色々と考えちゃうぞ?」
「な、な、な……、なにをいきなり……」
「そりゃまぁ日頃の行いなどを報告して、幼稚園の責任者としてどうなのかを相談しようとだな……」
「ひ、卑怯よっ! そんな手を使うだなんて、先生は悪魔なのっ!?」
「背に腹は代えられないし、そもそも責任者としての自覚が足りなさ過ぎだろう?」
「ぐ……っ!」
先生がビスマルク姉さまを言い負かすというまさかの展開に、私はゴクリと唾を飲み込みながら一部始終を見守っていた。
正直な話、上官にチクるというのは卑怯極まりない気もするけれど、確かに先生が言うようにビスマルク姉さまの最近の行動は目に余っていたかもしれない。
とはいえ、さすがにそれはちょっと可哀想かな……とも思うんだけどなぁ。
「……まぁ、これから心を入れ替えてくれるなら俺もやぶさかではないんだけどね」
「わ、分かったわよっ! ちゃんとすれば良いんでしょ!」
「うむ。そういうことで宜しく頼んだぞ、ビスマルク」
先生はそう言って、ビスマルク姉さまの肩をポンッと叩いてから私の手を引いてスタッフルームから出る。
そして扉を閉めた途端、先生の口から大きなため息が聞こえてきた。
「はあぁぁぁ……。危なかったぁ……」
「……え?」
これでもかと言えるくらいに肩を落とした先生は、疲れ切った表情で私を見ながら苦笑を浮かべている。
「いやぁ……、口から出まかせとはいえ、良く逃げ切れたもんだよなぁ……」
「えっ、あ、そ、そうだったんですか……?」
堂々とした態度で言っていたように見えたんだけど、どうやら虚勢を張っていた……ということなんだろうか。
先生らしいといえばそうかもしれないけれど、一歩間違えたらビスマルク姉さまが憤怒しちゃうかもしれない。
だけど、私を助ける為に先生が頑張ってくれたのだと思えば、落胆しては可哀想だよね。
「それよりも……、さっきみたいなのはやらない方が良いぞ」
「あ……、やっぱり気づいちゃってました?」
先生が私の足を見てからそう言ったのに気づき、舌をペロンと出してから「ごめんなさい」と謝っておく。
「まぁ、俺を助けてくれたことになったから、感謝しておくけど……ね」
言って、先生は恥ずかしげに後頭部を掻いていた。
その表情がなんだか可愛らしく見え、私は思わず笑ってしまう。
「……ん、いきなり笑うなんて、どうしたんだ?」
「恥ずかしがる先生が可愛いなーって思ったんですよー」
「お、おいおい。いきなりからかうなよ……」
ほんのりと頬を赤くした先生は私から目を逸らそうと顔を動かそうとする。
私はそれを止めようと先生が着ているエプロンを持って、無理矢理顔を引き寄せた。
「うおっ!?」
驚いた先生の顔が私のすぐ目の前にある。
背が低い私を見下ろすように。
背が高い先生を見上げるように。
まるで恋愛漫画のキスシーンのような状況に、胸の高鳴りは激しさを増していく。
「それじゃあ、私が変なことをしないように……眼を逸らさないで下さいね?」
私はそう言って、先生の胸に体当たりするように抱きついた。
「えっ、ちょっ、どういうことっ!?」
大慌ての先生はどうして良いのか分からずにうろたえている。
私は先生のお胸に真っ赤になった顔を埋めながら、力いっぱい抱きしめる。
「い、いや……プリンツ……っ!」
「ダメですよー。ちょっとやそっとじゃ離さないんですからー」
「そ、そうじゃなくて……、く、苦しい……」
辛そうな先生の声を聞いて力を弱めた私だけれど、この両腕は暫く離さないでおく。
自分の気持ちをしっかりと理解した私はもう迷わないと決めたのだ。
先生を――この手に収めるのだと。
艦娘幼稚園スピンオフ プリンツ編
終わり
プリンツ編は以上で終わり。
次はレーベ編へと参ります。
次回予告
僕が先生を好きになった理由。
そんなことを聞いて、何かの足しになるのかな……?
人を好きになる理由なんて、人それぞれなんだから。
それでも、聞いてくれるなら……。
艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
~レーベ編~ その1「初めての出会い」
乞うご期待!
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