艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 先生のことを少しずつ見直すことができたかもしれないのに、ちょっとした発言が大変な事態を巻き起こしてしまう。

 言葉って、本当に難しいですよね……。


その2「今までの経緯 その2」

 

 次の日。

 

 食堂でユーと一緒に朝ご飯を食べていると、すでに周りのお姉さんたちには噂が広がっていたみたいで、先生のことで持ち切り状態だった。

 

 私の肩に手を置いて慰めてくれたり、励ましてくれるお姉さんたちに囲まれちゃったりしたので、ユーがビックリしていたんだよね。

 

「あ、あの、プリンツって、どうしていきなり人気者になったんですか……?」

 

「あ、い、いや……、これはその……」

 

 お姉さんたちは私が昨日の出来事によって落ち込んでいるのだろうと思って詳しい言葉をかけてこなかったので、ユーにとっては分からないことだらけだと思う。

 

 それどころか目をキラキラとさせて羨ましそうに見てくるユーの視線に耐えきれなくなった私は、誤解を解こうと説明をすることにした。

 

「実は……、昨日ちょっとビスマルク姉さまと喧嘩をしちゃってさぁ……」

 

「そうなん……ですか?」

 

「うん……。それで思わず幼稚園を飛び出しちゃったんだけど、そこで先生が追いかけてきて……」

 

「いろいろ……あったんです?」

 

「う、うん……。まぁね……」

 

 その言葉で済ませてしまえばすごく楽なんだけど、ユーの目は未だにキラキラがおさまっていない。

 

 私はため息を吐きたくなる衝動を抑えながら、ことの成行きを話していく。

 

「それで追いかけてきた先生に捕まった私は、ビスマルク姉さまと喧嘩をしたイライラをついぶつけてしまったの。

 先生は何も悪くないのに、言いたくないことも言っちゃったんだよね……」

 

「大変だったん……だね……」

 

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべたユーだけど、続きを聞きたいという雰囲気は未だに衰えていない口調だった。

 

「確かに大変だったけど、先生はそんな私を怒ろうともせずに慰めてくれたんだ……」

 

「先生は……優しいから……」

 

「うん。そうだね」

 

 ユーの言葉に頷いた私は、ほんの少し笑顔を浮かべながら言葉を続けた。

 

「それどころか先生は、私とビスマルク姉さまの仲を取り持つって言ってくれたの。更に私が今まで悩んでいたことをちゃんと理解して、どうすれば良いかまで教えてくれたんだ」

 

 なんだか恥ずかしくなってきた私は、頬を掻きながらユーの顔を見る。

 

「感謝……ですね」

 

 そう言ったユーも、ほんのりと笑みを浮かべ……たと思ったんだけど、

 

「ところで……、1つ聞いても良いかな?」

 

「え、えっと、なにかな?」

 

「この間から……たまに聞くんだけど、先生の……不能って……なに?」

 

「……え?」

 

 いきなりとんでもないことを聞かれた私は固まってしまう。

 

 今の説明の中に、その言葉はなかったはずだよねっ!?

 

 さすがにそれは言わない方が良いと思ったから伏せておいたに……どうしてここで出てきちゃうのかなっ!?

 

「周りにいるお姉さんたちが、不能、不能って言ってる……けど……」

 

「あ、あの……、そ、それは、えっと……」

 

「それと、たまに無能ってのも聞こえる気がする……」

 

「そ、それはいくらなんでも酷い気がするんだけど……」

 

 雨の日の大佐じゃあるまいし、先生が無能というのは納得ができない。

 

 だけどさすがに不能に関して詳しく説明するのは具合が悪いと思った私は、何か他の話題がないかと頭の中で模索し、焦りから思いがけない言葉を口からこぼしてしまった。

 

「そ、そうだっ。その、先生に慰めてもらったときなんだけど、ギュッ……って、抱き締めてもらったんだよねっ」

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 その瞬間、食堂内が静寂に包まれた。

 

 そしてそれに気づいた私は、恐る恐る辺りを見回してみる。

 

 向けられる視線は、殆どが可哀想に……という感じに見え、

 

 一部のお姉さんは涙ながらにハンカチを噛んでいた。

 

「え、えっと……」

 

 私の額には大粒の汗がいくつも吹き出し、どうしたら良いのかと戸惑ってしまう。

 

 しかしそんな私の気持ちと、周りにいるお姉さんたちの思いとは裏腹に、ユーは頬を膨らませながらこう言った。

 

「ユー、プリンツが羨ましいです……」

 

 そうして、先生の噂に新たな1ページが刻まれたとか。

 

 

 

 ご、ごめんね……先生。

 

 

 

 

 

 食堂で色々あった後、私とユーはいつものように幼稚園へと向かった。

 

 先生の顔を見た瞬間、申し訳ない気持ちで私は心が締めつけられそうになってしまう。そんな私を見た先生は昨日のように優しく頭を撫でてくれたんだけど、たぶん考えている内容は違うと思うんだよね。

 

 おそらく先生は昨日の件について、私を励ましてくれたのだろう。

 

 だけど私は食堂での1件について悩んでおり、頭を撫でてもらうことによって更に申し訳なく思ってしまう。

 

 とはいえ、これを説明する勇気がない私は黙り込んだまま俯いてしまう。

 

 そんな私を、先生は何度も何度も撫でていてくれた。

 

 ……だけど次に聞いた言葉によって、私の心は打ちのめされてしまった。

 

「あー、実は言い難いんだけど……、今日はビスマルクがお休みだから」

 

「………………え?」

 

「えっと、明石の1件の後始末でちょっと用事があるみたいでな。今日1日は幼稚園に来られないらしいんだ」

 

「う……、嘘……?」

 

「ということで、その、なんだ……。例の件は明日にでも……」

 

 バツが悪そうに後頭部を掻く先生が視線を逸らした瞬間、私の目にジワリと熱い物がこみ上げてきて、

 

「そ、そんな……っ! せっかく勇気を出して言おうと思っていたのに……」

 

「それは……明日にだな……」

 

 言い訳するのもためらうように、先生は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 

 その間も私の頭を優しく撫でてくれていたんだけれど、一度決壊してしまった心の壁はそう簡単には直らない訳で……、

 

「やだぁっ! ビスマルク姉さまが居なきゃやだぁぁぁっ!」

 

 その場で床に転がった私は、駄々をこねる子供のようにジタバタと両手を暴れさせてしまったのだった。

 

 ……まぁ実際に私は子供なんだけど、あまりにいつもとは違うことをやってしまったせいで先生だけではなく、レーベやマックス、ユーまでが完全に固まっちゃったんだよね。

 

「プ、プリンツ……。ビスマルクが幼稚園に来られないのは、少しの間だけだから……」

 

「いーやーでーすーっ!

 ビスマルク姉さまが居ない幼稚園なんて、何の楽しみもないんですからぁぁぁっ!」

 

「勉強したりみんなと遊んだり、色々あるじゃないか」

 

「ビスマルク姉さまが居てこそ楽しいんですぅっ!」

 

 先生がどんな言葉をかけてくれても、落胆しきった私は文句を言うことしかできなかった。

 

「な、なんだかちょっと残念だね……マックス」

 

「別に、私は余り気にしないけど……」

 

 レーベやマックスはこんな私を見て冷めた目を浮かべているし……、

 

「せ、先生……、ちょっと……いい……?」

 

「……ん、どうしたんだ、ユー?」

 

 すると困り果てた先生の傍に、なぜかユーが近づいて話しかけていた。

 

 今思えばここで気づいておくべきだったのだけれど、フラストレーションでいっぱいだった私にそんな余裕はない。

 

 そして、ユーの爆弾発言が放たれてしまう。

 

「あ、あの……ね。

 この前プリンツが泣いていたとき……、ギュッと抱きしめて慰めたんだよね……?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 先生にレーベとマックス、そして叫ぶことを止めた私が完全に固まりながらユーを見る。

 

 ちなみに私の顔は一気に青ざめ、背中にはたっぷりの冷や汗が吹き出していた。

 

「だ、だから……、それをすれば良いんじゃ……ないかな……?」

 

 だけどユーはまったく気にも留めず、普段と同じように言葉を続けた。

 

「え、い、いや、あ、あの……だな、ユー。

 いったいそれは、どこの誰から聞いた話なんだ……?」

 

「ええっと、それは……その……」

 

 口元に人差し指を当てたユーは、床で転がったまま固まる私の顔を見て……って、ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!

 

 さすがにこれは非常にまずいですっ!

 

 このままだと新たな噂の発端だけじゃ済まされなくなるじゃないですかぁぁぁっ!

 

 私は急いで起き上がり、ユーの口を塞ごうとしたんだけれど……、

 

「ちょっと待ってよ先生」

 

「ええ。ユーの言葉は、聞き捨てならないわ」

 

「……はい?」

 

 若干ドスの効いた声をあげたレーベとマックスは、先生の顔を睨みつけるように見ながら近づいていく。

 

 その顔は少しばかり不機嫌といった感じに見えるけれど、あれは明らかに怒っている。

 

 付き合いが長い私にならそれが分かるけれど、先生にはまだ経験が浅い為に気づかないようで……、

 

「プリンツをギュッと抱きしめた……。ユーはそう言ったよね?」

 

「い、いや、それは……」

 

「これは浮気ね。間違いなく浮気よ」

 

「少しくらいは目を瞑る気だったけれど、このままだとどんどん増えていくんじゃないかな?」

 

「……そうね。いくら私でも2号の座を譲る気はないわ」

 

「いやいやいや、いくらなんでも見過ごせない言葉がたくさん……」

 

 口答えをしてはいけない状況を分かっていなかった先生は、見事に地雷を踏み抜いてしまう。

 

 そして、完全にお怒りモードになった2人の目は『キュピーン』という効果音と共にぎらついた光を見せ、

 

「「先生は黙っててっ!」」

 

 2人が揃ったポーズを決め、先生を完膚なきまでに黙らせることに成功し、その場で正座させられることになった。

 

 

 

 

 

 それから2人の説教タイムは長々と続き、私はユーの発言が先生の意識から離れたことに安堵する。

 

 だけどそうは問屋が卸さないといった風に、後に解放された先生がユーにそのことを聞こうとした。私は慌ててユーを掻っ攫うかのように先生の元から強奪し、食堂でのことは喋らないようにと念を押してお願いしておいた。

 

 ユーは納得できないような顔を浮かべていたけれど、両手を合わせて拝むように何度も頼みこんだことによって約束を取り付け、なんとかことなきを得たんだよね。

 

 傍から見ればかなり不審だったかもしれないけれど、背に腹は代えられない。

 

 新たな噂の根源と思われるのも嫌だし、先生に嫌われるのも避けておきたいから。

 

 結論として、口は災いの元というこの国のことわざを覚えることができたけど、正直もうやりたくない。

 

 

 

 言葉って本当に、難しいよね……。

 




次回予告

 次の日にビスマルクお姉さまはちゃんと幼稚園へやってきた。
私は先生に言われた通り、ちゃんと話をしようとスタッフルームへ向かう。

 そして、一世一代の告白をするつもりが……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~プリンツ編~ その3「メンズーア」 


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