……ということで、やってきましたとある部屋。
顔見知りである者に会い、次の手へと移ることに……。
夜通し明石のオシオキやりを終えた私は、地下室からとある場所へと向かいました。
「ここですねー」
目の前には何の変哲もない白色の扉があり、視線の高さくらいに1枚のプレートが貼られています。
私はそこに書かれている文字を確認してからノックをし、返事を待たずに扉を開けました。
「……あれ? まだ返事をしていないんだけ……あっ」
「どもどもー。お久しぶりですー」
私は驚いた表情で固まっていた彼女に話しかけながら手を振ります。すると彼女はそんな私を見て、もの凄く落胆したように肩を落としました。
「……なんで佐世保にきてんのよ」
「それはもちろん、お仕事があったからですよー」
「それっていったい……。いや、聞かない方が良いかなー」
「いえいえ。別にあなたになら話しても良いんですけどねー」
そう言って私は満面の笑みを浮かべると、彼女は更に嫌そうな顔を浮かべました。
そんな風に邪険に扱わないで欲しいんですけどねぇ……。
「それで……、わざわざここにきた理由はいったい何?
まさかただ会いに……って訳じゃないんでしょ?」
「話が早くて助かりますねぇ。
実はちょっと先生に用事がありましてー」
「先生って……、あの幼稚園の?」
「ええ、その先生ですよー」
「………………」
彼女は私の顔を数秒間ジッと見つめてから、小さなため息を吐きました。
「あの子は何も悪いことはしていないと思っているんだけど、それ故に性質が悪い……。
それくらいのことは調査済みってことだよね?」
「もちろん調べてありますし、以前に一度会っていますからねぇ」
「……そう……か。なら仕方無い……と言いたいところだけれど」
彼女はそう言いかけると同時に、懐に手を入れようとしました。
「勘違いされても困るんですけど、私のターゲットは既にオシオキ済みですよー?」
「……それはつまり、手遅れと言いたい訳?」
「いえいえー。今回の仕事は明石を懲らしめる……ですからねー」
「……本当に?」
「ええ。大鯨の名に誓って」
「そう……。なら、信じなければならないかー」
言って、彼女は懐に伸ばそうとしていた手を広げ、呆れたようなジェスチャーをしました。
「とはいえ、明石がターゲットとはねぇ……。
まぁ色々とやり過ぎていた噂はあったから、仕方ないのかもしれないけどさー」
「それを放置していたあなたにも、問題があると思うんですけどー?」
「……やめてよ。もう私は足を洗って真っ当に過ごしているんだから」
「真っ当……ねぇ……」
彼女が言うような真っ当とやらがどんなものかは知りませんが、それは難しいと思うんですよねー。
でも、彼女に喧嘩を売るつもりはありません。旧知の仲ってこともありますけど、こんなところでドンパチをやってしまったら仕事に影響しちゃいます。
「まぁ、そんなことよりお願いごとを聞いてもらいたいんですがー」
「……そうだったね。それで、お願いごとっていったい何なのかな?」
「ちょっとばかり服とか色々借りたいんですけどー」
「……なにをする気?」
またもやすんごいジト目で見られているんですけど、別にやましいことをするつもりは……ないと思うんですけどねー。
言いきれないところがアレですけど、そこは黙っておきましょう。
「だからさっきも言ったように、先生に用事があるんですよねー」
「前に一度会っているんだったら、堂々と行けば良いじゃないのかな?」
「残念ながらそういう訳にもいかないんですよー」
私がそう答えると、彼女は一度目を閉じてから息を吐きました。
「……それも仕事ってこと……か」
「そう理解してもらって大丈夫ですよー」
「正直に言って、理解しがたいけどね……」
「あれあれー、あなたも元は同じだというのにですかー?」
「だからもう足は洗ったって言っているよね?」
「一線から退いたとしても、私たちの血からは抗えませんよー?」
「………………」
ギリィ……と、歯ぎしりをする音が聞こえましたが、私は気にせず言葉を続けます。
「あなたも私も、元はおな……」
「それ以上は止めて」
「目を逸らしたとしても同じだと思うんですけどねー」
「……っ」
彼女の歯ぎしりが大きくなったところでこの話を進めるべきではないと思った私は、小さくため息を吐いてから再度問いかけました。
「それで、服装とその他一式を……貸してもらえますかー?」
「……そこのロッカーに白衣が入っているから、勝手に持って行って」
「うふふー。ありがとうございますねー」
私はペコリとお辞儀をしてからロッカーに向かい、中から白衣を取り出して袖を通します。
そして髪にネットをかけてから用意しておいたカツラを被り、ロッカーの扉に取り付けられている鏡を見ながらセットをしていると、彼女が背中越しに声をかけてきました。
「これだけは約束してくれないかな……」
「……ん、なんでしょうかー?」
「先生に……、私のことだけは話さないで」
「それはもちろん言うつもりはないですよー。
あなたにとっても私にとっても、あまり良い思い出ではありませんからねー」
「そう……。くれぐれも宜しくね……」
彼女はそう言って、大きくため息を吐きました。
別に知られたところで問題があるとは思えないんですけど、彼女なりの心配があるんでしょうか?
どちらにしろあの事件は既に闇に葬られましたし、先生が知り得るとは思えません。
でも私にはどうでも良いことなので、次の作業に移りましょうかねー。
ということで、身だしなみを整えてから出発でーす。
はーい。到着しましたー。
あいもかわらずショートカットです。決して手抜きじゃないのであしからずー。
ちなみに先生の居所は牢屋かと思っていたんですが、昨晩明石にオシオキをしているうちに安西提督が帰ってきたようで、既に解放されていたらしいんですよー。
面倒臭いことをしてくれたなぁと思ったんですが、安西提督も立場上やらなければいけないこともあるんでしょうし仕方ありません。
どっちにしても居場所が分かれば問題なしだったんですが、どうやら先生は怪我を負ったとか。
不能に関しての噂を聞きつけたから診察してあげようって感じで会おうと思っていたんですけど、現在病室で療養中ならその理由すら必要がなくなりました。
まぁ結果オーライなんで問題はないんですけど、一度牢屋に向かった手間がもったいなかった気がします。
このフラストレーションは先生をちょこっとだけいじめれば良いかなーと思いながら病室の前にやってきたら、何やら中の雰囲気が怪しいんですよねー。
少しだけ部屋の扉を開けて様子を伺ってみたんですが、先生の身体を龍驤が拭いているようです。
それだけなら問題はなさげですが、龍驤の表情を見る限りあまり宜しくありませんねー。
結構好みなのに……じゃなくて、愛宕から受けた依頼内容に引っかかりますから、これは止めさせないといけません。
ということで、この隙間から脅し的な意味を込めて……、
大鯨サーチアイ、発動ー。ペカー。
説明しよう。
大鯨サーチアイとは、電探などを使わなくても敵艦の位置を割り出すことができる能力を持ち、更には探照灯の代わりにもなる優れた能力なのだ。
もちろんこれを使えるのは優れた才能と努力を惜しまず鍛錬した大鯨のみ。従って、並みの艦娘では使用不可なのだ!
ちなみに色も変更可能で、現在は恐怖を醸し出す為に赤色にしている。まさかの深海棲艦っぽい色合いに、ちっちゃな駆逐艦たちに向けちゃダメだぞっ!
……なんだか変な解説が入りましたけど、まぁそういうことですー。
ついでに恐怖感を増す為に、首を思いっきり横に倒して縦の隙間に両目を配置しちゃいます。
これで万事おっけー。あとはわざと気づかれるように、威圧オーラをドーーーン!
なんだか龍驤が私のことを変な感じに話しているので、更に威力を増して……ドーーーーーンッ!
「……なんや、すんごい嫌な気配を感じたんやけど?」
「き、気のせいじゃないかな?」
案の定すぐに違和感に気づいた龍驤と先生は辺りをキョロキョロと見回しています。
あっ、先生がこっちに気づきましたねー。
サーチアイの光源を更にアップですよー。
ついでに威圧感を更に上げちゃいますー。
「ん……、どないしたん? そんなけったいな顔なんか浮かべて……」
「い、いや……。扉の方に……ヤバいモノが見えるんだけど……」
「扉の……方……?」
先生の言葉に促された龍驤はこちらを見た瞬間、ビクリと大きく身体を震わせました。
表情は完全に驚いていて、慌てっぷりが溜まんないですねぇ。
「な、なななっ、何やアレッ!?」
「わ、わわわわわ、分かる訳……ないだろっ!」
「ど、どう考えてもヤバ過ぎへんっ!?」
「だだけどここから逃げようにも扉以外には窓しか……」
「そ、そうやっ! 窓があったわっ!」
「えっ、ちょっ、ちょっと龍驤っ!?」
完全に怯えきった龍驤はベッドから転げ落ち、窓を勢い良く開けて飛行甲板の巻物を取り出しました。
おやおやー。どうやら逃げるみたいですねぇ。
そうは問屋が卸しません。出る杭は打たなければいけませんよねー。
もちろんこれも仕事のうちですし、ちょーーーっとばかりイラっとしちゃいましたからー。
「そ、そしたら帰らせてもらうわっ!」
「は、薄情にも程があるし、それは漫才師の終わり方だぞっ!?」
「ほなさいならーーーっ!」
「嘘ーーーっ!?」
先生の大きな声を背中越しに聞きながら私は隣の部屋に移って窓を開け、龍驤が逃げようとする方へと向かいます。
おそらくは飛行甲板を使ってハンググライダーのようにするんでしょうから、開けた場所に行けば……
あっ、きましたねー。
ふわりと空中を漂いながらこちらに下りてくる龍驤に見られないように身を隠した私は、着地を狙って飛びかかります。
3,2,1……ここですねー。
「ていっ!」
「にょわっ!?」
龍驤の足が地面に着いた瞬間、私は下半身タックルを見事に決めてそのまま植え込みの方へとお持ち帰りー。
「なななななっ!?」
慌てふためく龍驤ですが、知ったこっちゃないですよー。
「なんなんっ!? いったいこれはなんなんーーーっ!?」
「あははー。喚いたって無駄ですよー?」
「……っ! ちょっ、あ、あんたはもしや……っ!?」
「呼ばれて飛び出て……げふんげふん。
危うく歳がばれちゃうところでしたー」
「た、たたた、大鯨っ!」
「大正解でーす。それではご褒美にオシオキターイム♪」
「なんでなんっ!? ウチがいったい何をしたんっ!?」
「それは自分で考えましょうねー」
「か、勘忍やっ! や、やめ……ぐふっ!」
あまり大きな声をあげられちゃうと周りに気づかれてしまうので、腹部にかるーく当て身を一発。
大人しくなりましたので、ちょーっとばかり人気のない所に連れ込んじゃいましょうー。
えっ、いったい何をするのかですってー?
うふふー。乙女の秘密ですよー。
今回はちょっとした余談を。
女性医師とヤン鯨の関係
小説投稿サイト『ハーメルン』の感想板で盛り上がって生まれたヤン鯨。
そして更に続いたヤン鯨大戦。
女性医師はヤン鯨大戦で登場したヤン鯨のクローンの1人だった……のかもしれない。
……と、真相は謎のまま置いときますねー。
次回予告
龍驤にちょっとOHANASHIをしようと思っていたのに、邪魔が入ってしまいました。
仕方ないので最後の仕事、先生への釘刺しに移りまーす。
そして、今回はこの辺でお開きでしょうかー。
艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
~ヤン鯨編~ その8(完)「謎は全て解けましたかー?」
乞うご期待!
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