そして、謎を解き明かす鍵となる艦娘が暴露する。
艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その7
今シリーズ(章)はこれで完結っ。
最後のオチに、あなたは何を思うのか……
「あらあら~、姉さんったらもう終わったのかしら~?」
愛宕は高雄にそう言いながら、呆気にとられていた俺と子どもたちの前に歩いてきた。
「ええ、あなたの言う通りだったわ。カメラのデータに残っていた写真から、間違いないと判断できるはずよ」
「そっか~、やっぱり私の思った通りだったのね~」
ぽんっ……と、両手を叩いて笑顔を浮かべる愛宕だが、顔は笑っていても、眼はまったく笑っていない。
「え、えっと……それって、どういう……」
「ああ、そうね。まずは犯人から登場していただくわ。青葉、入りなさい」
入り口の扉の方へ振り向いた高雄がそう言うと、扉の隙間からおずおずと顔を見せる艦娘の姿が見えた。
「え、えっと……その、取材とか……いいですか?」
「いいわけないでしょう。さっさと入りなさい」
「は、はい……すみません……」
小刻みに身体を震わせながら部屋に入ってくる青葉の顔は、今にも倒れそうなくらい真っ青になっていた。
「あの……えっと、青葉……です」
「これはどうも。俺はここの幼稚園で先生をしてます」
頭を下げる青葉に返すように、俺も頭を下げて挨拶をする。
「あ、はい、青葉はそれはもう、存じまくってます!」
「は?」
目が点になった状態の俺を気にすることなく、青葉は急に眼をキラキラとさせて、メモと鉛筆を取りだして口早に聞き出した。
「ところで、つい先日の噂について聞きたいんですけど、先生と教え子の数人との愛人関係についていくつか質問がありましてっ。青葉はですね、先生が幼稚園内でハーレムを作るんじゃないかなとか思ってたりするわけなんですけど、その辺のとこを原稿用紙で五枚くらいの容量で答えていただけるとなぁ……って、痛たたたたっ!」
「すみませんね、先生。この娘ったら、どうにも取材が好き過ぎるようでして……」
「痛いっ、高雄さん、青葉の耳取れちゃうっ!」
「あらあら~、それじゃあ反対の耳もいらないですよね~」
「ぎゃああああっ! 愛宕さんまでヤメテーッ!」
うわぁ……お仕置きのブルドックのような感じで耳を引っ張るとああなっちゃうんだぁ……って、洒落になんないよそれっ!
「ちょっ、高雄さん、愛宕さんっ! とりあえず離してあげてくださいっ! 本当にちぎれちゃいますって!」
俺の声を聞いた高雄と愛宕はキョトンとした顔で見つめ合い、ふぅ……と、ため息を吐いてから、青葉の耳を引っ張っていた手を名残惜しそうに離した。
「いったぁぁ……あ、青葉の耳、取れてないですか……?」
「え、ええ……なんとかくっついています……」
「そ、そうですか……取材に耳は必要なので……良かったです……」
そこまでされても取材のことを優先に気にかけるなんて、青葉は無茶苦茶凄い艦娘なんだなぁと思ったが、それ以上に、高雄と愛宕の行動には心底驚いた。俺が声をかけなかったら、本当にちぎれるまで引っ張るのではないだろうかと思えただけに、二人に対する印象を少し考え直した方が良いのかもしれないと、心の中の俺が危険信号を上げている。
「……で、本当のトコロはどうなんですか、先生?」
ああ、この人も懲りない人なのね。
「ごほんっ! 青葉、その前に言うことがあるでしょう?」
「あっ、は、はい……すみません……」
高雄の声にビクリと身体を震わせた青葉だが、先ほどの耳へのお仕置き以上に何かに恐れているような感じがして、俺は何も言えないまま立ち尽くす。
それは子どもたちも一緒で、四人は無言のまま青葉の方を見つめていたが、表情はそれぞれ違っていた。金剛と夕立は呆気に取られたような顔だったが、時雨と龍田は呆れ顔と言った感じに見える。
「せ、先生……その、青葉はですね……」
「は、はい、なんでしょうか?」
いきなり顔を赤らめながらもじもじとする青葉に、今から告白でもするんじゃないかという雰囲気を感じた俺は、少しばかり緊張して、思わず頬を指で掻いた。
「す、すみませんでしたーーっ!」
「……はい?」
九〇度の直角謝罪ポーズをとった青葉は、そのままの体勢のまま口を開いていく。
「さっきも聞きましたけど、少し前まで、教え子に手を出しまくって愛人を作りまくっているという先生の噂が広がっていたのにも関わらず、急に噂が消えてしまって、こりゃ何かあるんじゃないかなっ、青葉が真相解明してスクープ取っちゃうもんねっ! って、張り切って、先生をストーキングしてましたごめんなさいっ! 青葉ったらテヘペロッ!」
最後のテヘペロッ部分で、にっこり笑みを浮かべて体勢を戻した青葉だが、
「………………」
あまりの早口と変わりっぷり、そして、落ちが面白くなかったので、冷ややかなジト眼を送る。
「あ、あの……やっぱり、最後は違ったり……しました?」
「うん、最後のは無いね」
「あ、青葉ったら……すみません……」
しくしくと涙を流す青葉だけれど、どうにも信用が無さ過ぎて、可哀想だとは思えなかった。
「ふぅ……とりあえず謝罪は済んだようですが、いまいちハッキリしないと思いますので、私が説明いたしますね」
「あ、はい、おねがいします」
ごほん……と咳をした高雄は一度目をつぶった後、ゆっくりと口を開いた。
「少し前に先生の噂が流れたのはご存じかと思いますが、かなり間違った情報が流れておりましたので、元帥の命により、噂の鎮静化を行いました」
「はい、その節はありがとうございます」
俺は高雄に向かって小さく礼をする。そんな俺の後ろから小さな声で「自業自得なのにね~」と、龍田が呟いているのが聞こえた。
噂を脚色して広めた本人がである。
その辺りのことは色々と事情があってのことだが、間違いなく言えるのは、俺は悪いことはしていないってことである。
本当に、勘弁してください。
「その鎮静化に伴い、何か裏があると深読みしたこの青葉が、先生に原因があるのではないかと目を付けて、一週間前くらいから観察及び撮影を行っていた――と言うことです」
「はぁ……つまり、ここ最近見られているなぁって感じの視線は……」
「はい、青葉が先生をストーキングしていたからだと思われます」
「そう……だったんですか」
納得した俺は、ため息をつく。
だが、それにしては腑に落ちないことがあるので、俺は高雄に問いかけた。
「それじゃあ、なぜ、青葉さんが犯人だと分かったんですか? それに、俺が愛宕さんに噂のことを話して見回りをするとは言いましたけど、体調を崩してたことも、視線を感じることも、言ってなかったと思うんですけど……」
「それは簡単なことですよ~」
愛宕はにっこりと笑って俺に言う。
「先生のことを逐一報告書に書くのは私の仕事ですから、体調を崩していることくらい、すでに見抜いていたんですよ~。それに、噂のことは子どもたちからずいぶん前に聞いてましたけど、最近また噂が流れたということはなかったですから、見回りをすると言った時点で、青葉じゃないかと疑ってたんですよね~」
「なるほど……。でも、それにしたって、青葉さんのことが出てくるのには早急すぎるんじゃあ……」
「いえいえ、青葉には前例がありますから~」
「前例って……あっ!」
時雨と龍田が言っていた前例というのがこのことだったのかと分かった俺は、二人に向かって振り返ると、無言のまま目をつぶって頷いていた。
「うぅ……」
そんな会話を聞いて、青葉は肩を落としてしょげている。
「と、言うことなので、先生はもう心配する必要がないんですよ~。これで一件落着ですね~」
「あ、はい、ありがとうございます」
これ以降、視線が向けられることが無いということなので、安心して業務を行えると思えたのだけれど、どうにも腑に落ちないような気がして、礼を言う言葉が詰まってしまった。
その理由は、全然分からないんだけれど、何か引っかかるモノがある気がする。
「さて、それじゃあ……後はお仕置きですね~」
「……え?」
愛宕の声に驚いた俺は、周りのみんなの顔を見比べた。子どもたちは俺と眼を合わせずに、まるで聞こえなかったような振りをしている。高雄はキリっとしたいつもの表情のままで、愛宕もいつもと同じように笑みを浮かべているが、眼は完全に笑っておらず、負のオーラのようなモノが背中に纏っているように見えた。
「子どもたちに迷惑がかかるから、幼稚園での取材はお断りって言いましたよね~?」
「は、はひっ!」
大きく身体を震わせた青葉が、直立不動で立ち尽くす。
「それどころか、先生の体調を崩してしまうくらいにストーキングをするなんて~、どうなるか……ワカッテマスヨネ~?」
「……っ!?」
愛宕の背中に見えた気がしたオーラが具現化し、ヒトの姿を見せて背後に浮かび上がる。それはまるで、海の底で船を沈めようとする深海棲艦のような……そんな風に見えた。
「だ、だから青葉は……っ、愛宕さんがいるときは……その、取材は避けてたつもり……なんです……けど……っ!」
「へぇ~、それじゃあまるで、私がいなかったら大丈夫って聞こえるんですけど~」
「そ、そそそっ、そういう意味では……痛っ、いたたたたっ!」
青葉の襟首をがっしりと掴んだ愛宕は、笑みを崩さぬまま扉の方へと引きずっていく。
「た、助けてっ! 助けてくださいーっ!」
ずるずると地面を擦りながら連れていかれる青葉に視線が集まるが、誰一人として動くどころか、声すら上げられなかった。
青葉を庇えば自分がヤられる。そんな雰囲気が、部屋にいる誰もが感じていたのだ。
「さて、それでは私もこの辺で失礼しますわ」
沈黙を破るように高雄が言うと、俺に向かって小さく頭を下げて扉へと向かおうとする。
「あ、あの……高雄さん……」
「はい、なんでしょうか、先生?」
「えっと……青葉さんは、どうなるのですか?」
「そうですね……とりあえずは元帥の元へ運ばれて、指示を仰ぐことになると思います。先ほども言いましたが、以前にも青葉は幼稚園に取材と言って、色々とかぎまわったり、騒がしていたものですから」
「そ、それってどういう……」
「それは愛宕に直接聞いていただければ分かりますわ、先生」
「そ、そうですね……」
あの恐ろしいオーラを纏った愛宕に、それを聞くというのは正直出来るはずもなく、俺はがっくりと肩を落とした。別に知らなければいけないと言うわけではなく、興味本位の部分が多いだけに、危険を冒してまで得る必要はない。
ただ、先ほども考えていたけれど、やっぱり腑に落ちないことがある。
青葉の視線が、あれほどまでに背筋を凍らせるのかと。
「それでは、質問がなければこれで失礼しますね」
もう一度高雄は小さく礼をして部屋から出ていった姿を、子どもたちと俺は無言のまま、じっと立ち尽くしながら見つめていた。
これで、答えてくれる人物はいなくなった。
もう、その謎を解き明かせる者はいないのだろうか?
しんと静まり返った部屋に、時計の針の動く音だけが響き、ラップ音のような音はまったく聞こえない。時折、青葉の悲鳴のような声が遠くから聞こえた気がしたけれど、誰一人として、そのことについて話すような子どもはいなかった。
「ねぇねぇ、知ってる?」
「あれだよね、ドックに浮かぶ青白い影のこと」
「そうそう、また出たんだってー」
荷物を持って通路を歩く俺に、子どもたちの噂話が聞こえてくる。
「今度は、カメラを持ってさまよっているらしいよー」
「こっ、怖いね……」
「でもなんで、カメラなんだろうね?」
その理由は何となく分かる。
だけど、さすがにそれを聞く勇気は俺にはない。
「そういえば、前に出たのはどんなのだっけ?」
「えっとね……たしか、歌って踊る幽霊だったかな?」
何だその元気すぎる幽霊は。
それはもはや、さまよっているって感じではないだろう。
「それで、やっぱり出る前って……あったのかな?」
「聞いた話だと、やっぱり鳴ってたらしいよ」
「それってやっぱり……」
「うん、たぶんあれだよね」
「「「カーンカーンカーン……だね」」」
子どもたちがクスクスと笑う。
その音の理由を理解しているのかどうかは全く分からないが、たぶん、面白おかしく伝わっているだけだと信じたい。
だって、それは間違いなく、幽霊として出てきてもおかしくはないかもしれないのだ。
自業自得とはいえ、この鎮守府には怒らせててはいけない人物が、たくさんいるということを知った一週間だった。
追伸
青葉は結局、一人でドックの大掃除の罰を受けていたらしい。
なら、青白い影の噂はなんだったのか。
たぶんそれは、ボーキという名のデザートをたらふく食べて眠気が襲ってきた別の幽霊が、帰り際に泣きながら掃除をしている青葉を見て驚いたからではないのだろうかと、俺は思う。
幽霊の噂の大半は、こういった見間違いや聞き間違いなのだから。
今日もまた、背中に向けられる視線なんてものは……感じないはずなのに……。
「うふふ~、今日も観察しちゃいますよ~」
艦娘幼稚園 幽霊の噂と視線の謎 完
これにて、艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~は完結です。
お楽しみいただけましたでしょうか?
感想、評価等でお聞かせ頂けると嬉しいです。
さて、次回作ですが、すでに修正等も終わっており、
明日より順次更新してきます。
タイトルは……
艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~
幼稚園どころか、舞鶴鎮守府内に大きく響き渡った警報。
慌てふためく幼稚園の子どもたち。
更に愛宕までもがうろたえて……
乞うご期待ですっ!