龍驤が去ってからのこと。
診察にやってきたのは例の女性医師。相変わらずつかめない性格に翻弄される主人公。
そして恐るべき能力を発揮し、恐怖のどん底に陥れる……?
龍驤が窓から脱走して暫くの後、扉がノックされる音に気付いた俺は、ベッドから身を起してそちらの方を見た。
「はいはーい。診察の時間ですよー?」
「なんで疑問形で入ってくるのかが気になるんですが、それより先に返事をまだしていないんですけどね」
「別にこの部屋には先生しかいないから問題ないんじゃない?
それとも、怪我人だからとか言って甘えた感じで誰かを連れ込んで、ニャンニャンしてたって訳でもないんでしょ?」
「べ、別にしてませんけど……」
「なら良いんじゃないかなー」
「は、はぁ……」
結局押し切られるようになってしまったが、この女性医師に俺は頭が上がらない。プリンツに顔面を踏まれたときに診察をしてもらってから、どうにも苦手意識があるんだよね。
しかし……、にゃんにゃんってまた古いよな……。
「それにさ、世の中には気にしちゃいけないことが沢山あるんだよ?」
「だからどうして疑問形なんですか……」
「乙女に秘密はつきものなんだよ?」
「乙女って歳なんですかね……」
ヒュンッ!
「……っ!?」
「あれれー、手が滑っちゃったー」
無言で固まる俺のすぐ横をすり抜けたボールペンは真っ白な壁に突き刺さり、細かい振動を繰り返していた。
「あ……ぅ……」
「変なことを言っちゃダメだよー。
ボールペンだけじゃなくて、たまーにメスなんかも持ち歩いているんだからー」
「わ、わわ、分かりました……っ!」
女性医師のオーラに恐れた俺は咄嗟に敬礼をする。包帯でぐるぐる巻きになった腕がズキリと痛んだが、そんなことを言っている場合ではないのだ。
「分かってくれれば良いですよー。
私は乙女。ちゃーんと理解して下さいねー?」
言って、女性医師はベッドの近くにある椅子に座り、カルテを挟んだバインダーを見てから「むぅぅ……」と、唸りだした。
「え、えっと……、ど、どうしたんですか?」
「書く物がありませんー」
「………………」
じゃあ投げるなよ……と、突っ込みたくなったが、さすがに命を縮めかねないので言葉を飲み込んでおき、俺は比較的自由である片方の手で壁に突き刺さったボールペンを掴んだのだが、
「……固えっ!」
「全力投球だったからねー」
「全然そんな風に見えなかったよっ!?」
「おおよそ160kmくらいは出てたかもー」
「メジャー目指せますよねっ!?」
遂に女性メジャーリーガーの誕生である。
ただし、怒りを買うとデッドボールばかりのような気もするが。
俺は何とか壁からボールペンを抜いて女性医師に渡してからため息を吐く。恐ろしいのは、そんな状態になっても先が潰れていなかったのだが、いったいどういう仕組みになっているのだろう。
「実はボールペンに念を込めたんだけどねー」
「勝手に心の中を呼んで答えないで下さいって何度も言った気がするんですがっ!?」
「言いましたっけー?」
「色んな人や艦娘に言ったから、正直どうだか分かんないですっ!」
「先生って正直だよねー」
俺の突っ込みにニッコリと笑いながらそう言った女性医師は、ボールペンでスラスラとカルテに何かを書き込んでいた。
……今の会話で書くようなことってあったっけ?
「おおっ、今日の落書きは良い感じですねー」
「カルテに落書きをするんじゃねぇっ!」
「ほらほらっ、本当に上手に描けたでしょ?」
「人の話を全く聞いてないっ!」
満面の笑みでカルテの落書きを俺に見せる女性医師なのだが、その……なんだ……。
どうして落書きがジ●クくんなんですかねぇ……。
も、もしかして……、俺に……死ねと……?
「あとはここにこうやって……」
そう言いながら落書きに何かを付け加える女性医師。
「じゃじゃーん。完成でーすっ♪」
そして再度俺に見せたカルテには、
『浮気者は死すべし』
……と、書かれていた。
俺、今日までの命……なんですかね?
「まぁ、冗談だけどねー」
女性医師はそう言うが、俺にはその顔が笑っているようには見えません。
「それよりも、さっさと診察を済ませちゃいましょうかー」
自らの行動を水に流す言葉を吐いた女性医師は、今度こそカルテに文字を書き込んでいた。
「現在、痛みなどはあるかなー?」
「う、腕と背中はまだ痛みます」
「ふむふむ。その他に何か気になることとかあったら言って下さいー」
「……色々あったんで、精神的に疲れてます」
牢屋に入れられたり、ケツを狙われたり、胸倉掴まれて壁パン食らったし、更にはボールペンとか飛んできたからね。
「何にもないってことですねー」
おい。
いくらなんでもそれはないと思うんだけど。
でも、口答えをすると後が怖いので止めておく。
命の危機は暫く避けておきたいのだ。
「それじゃあ次に……、不能についてはどうですかー?」
「……はい?」
「未だに治ってないんでしょう?」
「え、えっと、その……」
いきなり言われたことで驚いてしまったが、良く考えれば鎮守府内に噂が流れているのだから女性医師が知っていてもおかしくはない。
しかし、いくらなんでも唐突過ぎる気もするんだが……。
「その感じだと、まだ治っていないみたいですねー。
まぁ、あんな状況になっても襲う気配すらなかったですしー」
「……へ?」
「いえいえー。こっちの話ですよー」
そう言って、カルテに文字を書き込み続ける女性医師だが、今の言葉は聞き捨てならなかったよな?
さっきの落書きの文字といい、見逃してはならない感がもの凄くあるんだけれど……、これって何かの予兆なのか?
「あ、あの……、ちょっと良いですか?」
「はいはいー、なんでしょうかー?」
「さ、さっきの赤い光……っていうか、部屋を扉の方から覗きこんでたのって……」
「……先生」
「ひっ!?」
ギョロリ……と、女性医師の眼が俺に向けられた瞬間、肝っ玉が縮みあがるレベルでない寒気が俺の全身を襲った。
「何を言っているのか分かりませんねぇー」
「そ、そそそっ、そうですかっ!
お、俺の勘違いですっ。変なことを聞いてすみませんっ!」
「うんうん。それでおっけーですねー」
ニコニコと笑みを浮かべてカルテに視線を落とす女性医師を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
な、なんとか怒りは収まった……と、いうことだろうか。
しかし、ちょっとでも言葉を間違った最後、俺の命は蝋燭の火のように簡単に吹き消されてしまう恐れがある。
最新の注意を払うと同時に、どうして女性医師が俺を脅すのかを考えないといけないのだが……。
「不能についてですけど、明石から受けたツボ押しの後にそうなったんですよね?」
「え、あっ、はい……。そう……ですけど……」
「ツボを押されているときに、何か変な感じとかありましたかー?」
「激痛しか感じませんでした」
「……そうなんですか?」
「あと、ア●バ流北斗とか言ってました」
「……そうなんですかー」
うわー。今、女性医師の表情が一気に曇ったよねー。
「治療の見込みなし……っと」
「か、患者の前で口に出しちゃったら具合が悪いと思うんですが……」
「物事をハッキリ言わないと、ストレスを溜めちゃうんですよー?」
「あー、だから俺って精神的疲労が……って、時と場合を選んで欲しいところなんですけどねっ!」
「本音を言えば、先生をからかうと面白いからですけどねー」
「ハッキリ言われ過ぎだーーーっ!」
両手で頭を抱えながら悶絶しそうになっちゃう俺。
もちろん女性医師は未だ変わらずにニコニコ顔。
もう、完全に遊ばれている感じがMAXである。
「でもまぁ、治療をしようにもツボに関しての情報が必要ですから、明石に聞かないと分かりませんねー」
「や、やっぱりそうなっちゃいますか……」
「せめて居場所が分かれば良いんですけど、どこに埋めちゃったんですか?」
「俺は無実なんですがっ!」
埋めた段階で喋れなくなっていると思うんだけど、そこについては考えないのだろうか。
つーか、安西提督の話はちゃんと伝わってないの?
「大鯨が連れ去ったって話ですから、骨すら残ってないかもしれないですけどねー」
「悶絶レベルで怖いんですがっ!?」
「そういうことですから、触らぬ大鯨に何とやらってことで、スッパリと諦めた方が早いんでしょうけれどー」
「医者に匙を投げられたっ!」
「依頼を受けちゃった以上、見捨てる訳にもいきませんからねー。
もう暫くだけ待ってて下さいねー」
「……え?」
そう言って女性医師は立ち上がり、俺の肩をポンポンと叩いてから扉の方へと歩いて行く。
「そ、それってどういう……」
「先生はそれまでしっかりと身体を休めて下さいねー」
女性医師は振り向かずに俺の言葉を遮ると、右手をパタパタと振ってから扉を開けて部屋から出て行った。
「………………」
残された俺は唖然としたまま、情けない顔でぽかんと口を開けて固まっている。
知らないところでまた一つ、何かが動いているというのだろうか。
ならば、せめてそれが悪い方向へと向かないように……と、祈りながら、俺はベッドに身体を預けて目を閉じる。
ぶっちゃけて安心することはできないけれど、女性医師の言うように身体を休めるのは大事なのだから。
起きた途端に、絶体絶命になっていなければ良いんだけど……ね。
次回予告
恐ろしき女性医師が退出した後、
主人公はとあることを思い出す。
もしそれがあったのなら、不能も治るんじゃないのだろうか。
そんな期待をよそに、急展開が主人公を襲う……?
艦娘幼稚園 第二部 第四章
~明石誘拐事件発生!?~ その16「早過ぎる帰還?」
乞うご期待!
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