明石の元に向かった主人公。
目に映った光景を前に立ち尽くし、唖然とした表情を浮かべるしかない。
更に不幸は連鎖して、恐怖のドン底へと叩き落とす……ッ!?
その1「獲物として……じゃないですよね?」
「………………は?」
扉を開けた途端、呆気ない声が部屋に響き渡る。
俺が居るところは、工作艦である明石が常駐している場所。
EDを治す方法が見つかっていれば良いなぁと思ってやってきたのだが、あまりにも信じられない光景を前に、俺は身動き一つできないでいる。
「な、なんだよ……これ……?」
以前見たときとは、あまりにも変わり果てた部屋。
部屋の壁には、至るところに刃物のようなモノで付けたであろう切り傷が。
それは大小複数の刃物から動物の爪痕のようなものまであり、どれだけ争えばこんな傷が残ってしまうのだろうと思う。
明石の定位置であった机や椅子は床の上に転がり、大きくひしゃげて原型を留めていない。
いったいどれほどの力があればここまで形を変えられるのかというくらい、グニャグニャになっている。
そして、床や壁、簡易ベッドのシーツなどに、複数の赤いシミが付いていて、
それらの見た目は明らかに血痕であり、飛び散り、零れ落ち、噴き出し、溜まりを作っている。
もしこれが1人から流れ出してしまったのなら、確実に命に関わる量だろう。
これを見た者たちは、きっとこう言うに違いない。
何か、とてつもなく大変なことが起きたのだと。
さすがの俺も例外ではなく、咄嗟に浮かんできたのは、この部屋の主である明石が無事であるかどうかであった。
しかし、俺の視界に明石の姿はない。
変わり果てた身体も、衣服も、パーツでさえも、
ここに居たであろう形跡すら、見つからない。
まるで神隠しにでもあったかのように。
だけど、明らかにこれは誰かが行ったであろう形跡がある。
つまり、犯人が存在することに間違いはないはずなのだが――
ここにきて、俺の不運は更に加速する。
「ちょっ、ちょっと、なんなのよこれはっ!?」
急に後ろから聞こえてきた声に驚いた俺は、即座に振り返った。
通路から部屋を覗きこんでいる2人の艦娘。
ポニーテールの髪型をした1人は唖然とした顔を浮かべ、短めの髪をしたもう1人は冷静沈着といった感じに見える。
2人共巫女服をアレンジしたような服装で、俺の頭に伊勢と日向の名前が即座に浮かぶ。
だが、そんなことを考えている余裕はなく、
事態は、完全に悪い方向へと急転していた。
「どういうこと……?」
「……え?」
言われている意味が分からない――と、俺は言葉を日向に返す。
そんな俺を見た伊勢は、痺れを切らしたかのように睨みつけながら素早い動きで手を伸ばしてきた。
「えっ、ちょっ、ちょっとっ!?」
俺は咄嗟に避けようとするが、問答無用とばかりに胸倉を掴んだ伊勢は、無理矢理部屋の中に押し込んでくる。
「これはどういうことって聞いているの!」
声を荒らげた伊勢が俺をそのまま突き飛ばし、床に尻餅をついて大きな衝撃が走った。
「痛っ!」
受け身を上手く取ることができず、尻から腰に伝わった痛みで苦悶の顔を浮かべてしまう。
しかし、伊勢はそんなことはお構いなしという風に近づいてくると、再び俺の胸倉を掴もうとした。
やばい……、このままだとフルボッコにされてしまう……っ!
俺はなんとか立ち上がって伊勢から距離を離そうとするが、腰の痛みが邪魔をして上手く身体を動かせない。
なすすべなく胸倉を再び掴まれた俺が目を瞑ろうとした瞬間、日向が伊勢の肩をガッチリと掴んだ。
「伊勢、待つんだ」
「どうしてよ日向!?」
「暴力的になるのではなく、まずは話を聞くべきだ」
「で、でも……っ!」
言い返そうとする伊勢に向かって、日向がジッと視線を向ける。
「……うっ、わ、分かったわよ」
焦ったような顔を浮かべた伊勢は少しだけ肩を落とし、日向から離れるように後ずさった。
ちなみに日向の視線を伊勢の陰から見ていた俺だけれど、あまりの恐ろしさに漏らしてしまいそうになるほどだった。
舞鶴で青葉に怒っていた愛宕と同等……、いや、それ以上かもしれない視線に、俺の背筋はブルブルと震えてしまう。
やばい……。アレは半端ないレベルの眼力だ。
もし、あの睨みを向けられながら尋問されたら、俺は数秒と持たずにゲロってしまうだろう。
根性がないとか、そんなレベルじゃない。
虫を射殺してしまいそうなマックスの視線なんて、本当に可愛いモノである。
……何てことを考えていたら、日向がいきなり俺の方を向いてきた。
「キミが……これをやったのか……?」
「か、神に誓ってやってませんっ!」
俺は激しく顔を左右に振る。
余りの勢いに、そのまま首から外れてしまうかもしれないほどであるが、それくらい俺の心に恐怖というモノが植え付けられてしまったのだ。
日向には逆らえない。
例え元帥であっても、まず無理だろう……。
………………。
いや、その前に口説くかもしんないけど。
その後は……、お約束の高雄秘書艦フルコースですけどね。
もうこれはテンプレだから仕方ない。
その方が、安心して見ていられるからね。
「なるほど……。嘘をついているようには見えないが……」
「ちょっと、日向っ!?」
「だが、このままキミを解放する訳にもいかないな。
悪いが暫くの間、私たちに付き合って貰うことになる」
「……え?」
そう言った日向は俺の肩をガッチリと掴む。
さすがは艦娘。ましては航空戦艦の日向である。
その力は人間である俺では到底及ぶ訳もなく、俺の身体は簡単に拘束されてしまい、
まるで森の中で狩猟されたイノシシのように、1本の棒に手足をロープでくくりつけられた状態で運ばれていく。
………………。
……いや、ちょっと待て。
なんでこんな状態になっちゃってんのっ!?
これって完全に羞恥プレイですよねっ!
俺ってドMじゃないんですけどーーーっ!
だが、俺の心の叫びは伝わることなく、鎮守府の中を伊勢と日向が棒の両側を持って闊歩する。
吊られた状態の俺は周りに居る艦娘や作業員たちの注目の的……って、ちょっと待ってくれっ!
「な、なんでこんな恰好で連れていかれるんですかっ!?」
「運びやすいからな」
「いやいやいやっ、いくらなんでも酷過ぎやしないですかねっ!」
「それじゃあ簀巻きになって担がれる方が良いの?」
「そっちの方が幾分かマシですけど……っ!」
「その場合、そのまま海にドボンかもしれないぞ?」
「冗談じゃねぇぇぇっ!」
「冗談だがな」
「え、冗談なの?」
日向の言葉に驚く伊勢……って、そこに驚くのかよっ!
「やっぱり冗談にして下さいっ!」
「うむ。ならば大人しく吊られていろ」
「は、はい……」
心の中で思いっきり泣く俺。
どちらにしろ拘束されて運ばれるのは間違いないようだ。
しかし、いくらなんでも問答無用過ぎるのはいかがなものかと思ってしまうのであるが。
「というか、手錠だけ掛けて連行するで良いんじゃないですかねっ!?」
「その場合、キミが逃げ出さないとも限らないだろう?」
「バッチリ顔がバレている段階で逃げようとは思いませんよっ!」
それ以前に俺は何もしていないと言いたいのだが、この場で弁解してもダメな気がする。
それで信じてもらえるのなら、さっきの段階で解放されているだろうし。
それに、時折向けられる日向の睨みつけがマジで怖い。
吊られたままの状態で、ちびっちゃいそうだからね……。
そんなことになったのなら、更に厄介な噂が付き纏ってしまうことになるのだが。
『ED先生、今度はお漏らしで注目の的!』
青葉だったらこんな感じでスクープ扱いにして、でかでかと一面を飾る写真と一緒に号外をばらまくだろう。
その後、鎮守府内で大手を振って歩けるような根性を持ち得ていない俺は、確実に引き籠りの人生か脱兎の如く逃げ出すしかない。
明石にEDを治療してもらうこともできず、多くのハンデを背負って生きていくことになる。
もちろん舞鶴にもこのことは知られてしまうことになるだろうし、恥ずかし過ぎて帰ることもできないだろう。
つまり、俺の人生オワタである。
「まぁ、このまま大人しくしてれば悪いようにはしない」
そんな俺の気持ちも露知らず、日向は冷静沈着な声をかけてきた。
「うぅぅ……、何を言ってもダメってことですね……?」
涙を流しながら哀愁を漂わせ、同情を得ようとしてみるが……
「むしろ、あんまりゴタゴタ言ってると、このまま焚火の上に配置しちゃうからね」
「ちょっ、それってマジで洒落になってないんですけどっ!」
慌てて叫ぶ俺を見た伊勢はニヤリと笑い、日向は一瞬だけ吹き出しそうになっていた。
俺としては全く笑えないんだけれど、今の状態では身動きすることはできず。
仕方なく、されるがまま連行されることになったのである。
今から俺、丸焼きにされて食われちゃわないよね……?
次回予告
運悪く犯人扱いされた主人公は、まさかの獲物状態で運ばれる。
そして、辿り着いたのは牢屋の中。
そこでまたもや不幸の星が瞬きまくって大ピンチ!?
更には、精根果てた主人公が、あろうことかあの艦娘に……
艦娘幼稚園 第二部 第四章
~明石誘拐事件発生!?~ その2「地獄から天国へ……なんだろうか?」
乞うご期待!
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