艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 幼稚園の見回り途中、謎の影に追いかけられた主人公。
 角を曲がる際に転んでしまってさあ大変。
 影が突っ込んできてこんばんわ?
 そうして現れたのは幽霊か、それとも……

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その5

 馬面の謎が……今ここに(違


その5

「うわっ!?」

 

 悲鳴が上がると同時に小さな影が視界に入り、俺と全く同じように床の上を回転しながら、壁に叩きつけられた。

 

「むぎゅう……」

 

「……あれ?」

 

 倒れている人影を照らすと、見たことのある姿が目に入る。紺色の髪に左目の眼帯――天龍の姿に間違いなかった。

 

「……天龍、なんでお前がここにいるんだ?」

 

「う……え……っ?」

 

 呼び覚まされるように起きあがった天龍は、俺の顔を見てパァァァ……と、輝くような笑顔を見せ、すぐに泣き出しそうな表情へと変えた。

 

「せ、先生っ! う、うしろっ、後ろからっ!」

 

 曲がってきた角を指さしながら天龍が叫ぶ。俺はおそるおそる懐中電灯の明かりを向けてみると、

 

「うふふふふ~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん」

 

 角の壁に半身を出した、奇妙な人影が立っていた。

 

 

 

「たっ、だずげでぜんぜいぃぃっ!」

 

 飛びかかるように俺の身体にしがみついた天龍は、顔を胸に押しつけて大声を上げまくる。

 

「な、なななっ!?」

 

 だが、そんな状況以上に、俺の視界に入ったモノが奇妙すぎて、ワナワナと身体を震わせながら、声にならない声を上げてしまっていた。

 

「うふふふふ~、あはははは~」

 

「ぎゃああああっ、怖ええええぇぇぇぇっ!」

 

 ゆっくりと影が動き、全身が見えるように俺の前に立ち尽くした。

 

 以上なほど頭が縦に長く、両側に大きく見開いた目がぎょろり見向かれ、明かりに反射してテカテカと光っている。大きな口から見える白い歯に、大きすぎる鼻の穴は明らかに人の姿ではない――って、これは馬の被りものじゃないのだろうか?

 

「……おい」

 

「あら~、なにかしら~」

 

「その声は、龍田だよな?」

 

「うふふ~、正解よ先生~」

 

 そう言った目の前の影は、自分の手で被りものを脱いで、素顔を見せた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 大きくため息をついた俺は、天龍の頭を撫でながら抱え上げ、ゆっくりと立ち上がる。そのまま天龍の身体を床に優しく立たせ、泣き止むように何度も声をかけた。

 

「うぐ……ひっく……」

 

「あらあら~、天龍ちゃんったら、そんなに怖かったの~?」

 

「龍田せいだろうに……」

 

「ちょっとだけ、脅かしただけなのにね~」

 

「いや、マジで洒落にならなかったぞ……」

 

 龍田が抱えている馬の被りものを見ながら、俺は呟いた。暗い通路にいきなり現れたら、普通の子どもなら間違いなく泣き出して、漏らしてしまってもおかしくはないだろう。実際、天龍の叫ぶ声も混じったとはいえ、曲がり角から現れたその姿に恐怖を感じて、大声上げちゃったし。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの~、先生?」

 

 不思議そうな表情を浮かべ、龍田が俺に言う。

 

「いや……視線が……無くなったのかな……?」

 

「あら~、私は全然感じなかったけど~?」

 

「さっき……走るまでは、背中にひしひしと感じてたんだけど……」

 

 辺りを見回してみるが、やっぱり何も感じない。視線が無くなれば万々歳ではあるのだけれど、こうも急に感じなくなると、それはそれで不安になってしまう。

 

「それで~、先生は何か見つけることが出来たのかしら~?」

 

「いや、まだ見回っている途中だったんだけど……って、そもそもなんでお前たちがこんな時間に幼稚園にいるんだ?」

 

「あら~、そう言えばなぜかしら~?」

 

「……おい」

 

「うそうそ、冗談よせーんせっ。天龍ちゃんが気になるって言ったから、ついてきただけなのよ~」

 

「そうなのか、天龍?」

 

「ひっく……うぐ……」

 

 未だ泣き止まない天龍――だと思っていたんだけれど、龍田がすぐそばで浮かべている異様な笑みを見て、変に思った俺は、天龍の頭を撫でていた手でがっしりと掴み、ぐいっと顔が見えるように引っ張った。

 

「い、いててっ、なにすんだよ先生……って、やべぇ!」

 

「……嘘泣きだったんだな」

 

「あ、いや、そ、そうじゃないんだよ先生っ!」

 

「む、そう言われればそうだな。さっきの声はマジモンだったし、目のまわりも真っ赤にはれてるし」

 

「う、あ……そ、それは……むうぅ……」

 

 顔がどんどん赤くなっている天龍を見て、思わず笑いだしてしまいそうになる。

 

 龍田が天龍をいじる気持ちも分からなくもないのだが、やっぱりその馬の被りモノは反則だろう。たぶん、以前のおねしょの時に使ったやつなんだろうけれど。

 

「まぁ、俺のことを心配してくれて、忍び込んだってことだろうけど……もう、今後一切、こんなことはするんじゃないぞ?」

 

「あ、う、うん……わかったよ……先生」

 

「あらあら~、天龍ちゃんったら否定しないんだ~」

 

「えっ、あ、あああっ、そ、そうじゃねーよ先生っ!」

 

「はっはっはっ、俺のことが好きで好きで仕方ないんだよなー、天龍は」

 

「ちっ、ちげーよ! ぜんぜんそんなんじゃねーしっ!」

 

「そうよね~、天龍ちゃんは大きくなったら先生のお嫁さんになるんだもんね~」

 

「な、なななななっ、何言ってるんだよ龍田っ! お、俺そんなこと、ひっ、一言も、言ってねえよっ!」

 

「えっ、じゃあ、赤城が言ってたのって、天龍だったの?」

 

「んなああああっ!? なんで先生がそれを知って………………あっ」

 

「「………………」」

 

 無言で天龍を見つめる俺と龍田。

 

 そして、赤くなった顔がみるみるうちに青ざめていく天龍。

 

「う……」

 

「「う?」」

 

「うわああああああーーーーーーんっ! せっ、先生のバカ! おたんこなすっ! おっぱい星人ーーっ!」

 

「ちょっ、最後のは取り消せ天龍っ!」

 

 泣き叫びながら全速力で通路を駆けていく天龍を追いかけて、俺と龍田も走り出す。

 

「あら~、天龍ちゃんったら、あんなに嬉しそうに走っちゃって~」

 

「いや、あれはどう見ても嬉しそうには見えないだろ……」

 

 龍田の天龍への愛情は本当に歪んじゃってるなぁと思うぞ。

 

「うふふ~、でも先生」

 

「なんだ、龍田?」

 

「天龍ちゃんを、本当に悲しませるようなことは、しちゃダメだからね~」

 

「ああ、わかってるさ。そんなことをしたら、先生として失格だからな」

 

「あらあら~、それじゃあ全然ダメなんだけどね~」

 

「むっ?」

 

「まぁ、それだから先生なんだろうけど~」

 

「よくわからんが……それよりも、早いところ天龍に追いつかないと」

 

「そうね~、走りながらしゃべるのって疲れるからね~」

 

「ああ、そうだな」と、頷く俺だったが、よくよく考えてみると、全力で走って追いかける俺の速度と変わらずに駆ける天龍と、しゃべりながら着いてきている龍田の身体能力はとんでもないんじゃなかろうかと、冷や汗をかいて驚いた。

 

「天龍ちゃ~ん、怖くないから止まってよ~」

 

「うっ、うるせーよ龍田っ! 俺のことなんかほっといてくれーっ!」

 

 走りながら叫ぶ天龍が振り向いた瞬間、いつの間にか馬の被りモノを被っていた龍田が速度を上げて、天龍のすぐ後ろで走っていた。

 

「ぎゃああああっ! また出たああああっ!?」

 

「ちょっ、龍田! これ以上天龍を刺激するんじゃないっ!」

 

「あはははは~、天龍ちゃ~んっ」

 

「だずげでえぇぇぇぇっ!」

 

「いい加減にしろおぉぉぉぉっ!」

 

 通路を走りながら叫んだ俺の声が、静まり返った幼稚園に響きわたった。

 

 

 

「「はぁ……はぁ……」」

 

 床に手をついて肩で息をする天龍、壁にもたれかかりながら息を整える俺、そして、馬面のまま何でもないように立っている龍田の姿が、幼稚園の真っ暗な通路にあった。

 

「龍田、とりあえずその被りモノを取りなさい」

 

「は~い、先生」

 

 俺に言われた通り龍田は被りモノを取ると、足下に置いてから、ふぅ……と、ため息を吐いた。

 

「とりあえず、その被りモノは今後一切使わないように」

 

「え~、残念だわ~」

 

「いや、この前も注意したよな?」

 

「そうだったかしら~」

 

 とぼけた振りをしていた龍田だが、俺の真剣な眼差しに押されてか、少し不満げな表情を浮かべながら、被りモノを器用に丸めてポケットの中にしまい込んだ。

 

 って、そんなにコンパクトになるのね、その被りモノ。

 

 ちょっとどころか、かなりビックリである。

 

「それで、天龍の方は……落ち着いたか?」

 

「うー……」

 

 天龍はジト目を龍田に向けていたが、俺の視線を感じると同時に真っ赤になって、ぷいっと顔を背けた。

 

「暫くは無理っぽいな……。仕方ないから、龍田と一緒に宿舎に帰るように……って、あれ?」

 

「あら~、どうしたのかしら、先生?」

 

「あ、いや……懐中電灯を、どこにやったっけなって……」

 

 手に持っていたと思っていたのだが、いつの間にか無くなっていた。ズボンのポケットにも、近くの床にも見あたらない。

 

「それって、あれのことかしら~?」

 

 龍田が走ってきた通路の方を指さして言ったので、そちらの方を見てみると、真っ暗な床にうっすらとそれらしき影があるのが見えた。

 

「うふふ~、ちょっと待っててね~」

 

 取りに行こうと思った俺よりも早く、龍田はその影へと歩いて行き、屈みこんで拾おうとする。

 

「……あら?」

 

「ん、どうした龍田?」

 

 懐中電灯に手を伸ばした龍田だが、指先が触れた瞬間にきょろきょろと辺りを見回していた。表情はいつもと違い、笑みを全く見せず、真剣な眼差しを浮かべている。

 

「う~ん、気のせいじゃないと思うんだけど~」

 

 龍田はそう言って懐中電灯を拾い上げて戻ってくると、にっこり笑って俺に手渡してくれた。

 

「……何かあったのか?」

 

「なんだか、カシャッ……って音が聞こえた気がするのよ~」

 

「ひっ!?」

 

 龍田の言葉に、天龍が竦みあがるように背中を丸めた。

 

「だ、大丈夫か、天龍?」

 

「うー……そ、それってやっぱり……ラップ音ってやつなのか……龍田?」

 

「う~ん、なんだか少し違う気がするのよね~」

 

 人差し指を口元にあてて考え込む龍田。気になった俺は、恐る恐る懐中電灯が落ちていた場所に行って耳を澄ませてみるが、ラップ音のような音どころか、物音一つ聞こえてこなかった。

 

「うーん、何も聞こえないけどなぁ……」

 

「そ、そっか、それなら大丈夫だよなっ!」

 

 安心したように背筋を伸ばした天龍だったが、

 

 

 

 パキリッ……

 

 

 

「ひいっ!?」

 

 小さな音に驚いて、再び竦みあがる天龍。

 

「あっ、ごめんなさい天龍ちゃ~ん。小枝を踏んじゃったみた~い」

 

「……なんで、通路のど真ん中に小枝が落ちてるんだ?」

 

「さぁ~、なんでかしらね~」

 

「………………」

 

 ジト目で見つめる俺から視線を外すように、龍田がそっぽを向く。

 

 わざとだな……たぶん。

 

「ふぅ、とりあえず――だ。時間も時間だし、走りまくって見回りできたから、今日はもう帰るぞ」

 

「お、おうっ! は、早く帰ろうぜ龍田っ!」

 

「そうね、天龍ちゃ~ん。一緒に暖かいお風呂に入りましょうね~」

 

 膝をガクガク揺らす天龍の手と、にっこりと微笑む龍田の手を両手で繋ぎ、三人で入り口の方へと歩いていく。手で持てない懐中電灯を脇に挟んでいると、歩く動きにあわせてゆらゆらと丸い明かりが先を照らしていた。

 

 

 

「そう言えば先生、視線はまだ感じるのかしら~」

 

「ん、そう言えば……むっ?」

 

「……っ! ど、どどど、どうしたんだよ先生っ!」

 

「いや、キツくはないけど……うーん、ほんの少しだけ感じるのかな……?」

 

 意識をすれば分かるくらいの視線が、どこからともなく向けられているような気がする。ただ、悪意が含まれていたり、背筋が凍るような感じも無い、興味本位で向けられているような、そんな感じがした。

 

「は、早く帰ろうぜっ、先生っ、龍田っ!」

 

「ああ、そうだな。もうこんな時間だし、早く寝ないと遅刻したら目も当てられないぞ」

 

「そうね~、天龍ちゃんったら、いっつも朝は弱いからね~」

 

 笑う龍田に膨れる天龍の手を引きながら、俺は後へと振り向いた。真っ暗な通路の先には誰もいないが、視線のようなモノは、やはり感じられる。

 

 噂で流れた幼稚園のラップ音は確かにあった――のだろうか。聞いたのは龍田だけだが、用意していた小枝を踏むといういたずらをしただけに、信憑性は不安視される。だが、今までの龍田の行動から、天龍へのいたずらはすれども、そういった嘘をつくとは到底思えない。ならば、龍田の言ったことは嘘ではなく、本当に音はあったということになるのだろう。

 

「それに加えて、やっぱり視線は感じられる……か」

 

 これについては、朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、感じるときには感じるのだけれど。

 

 ラップ音と関係があるかどうかはまだ分からないが、なんとなく、無関係ではなさそうな感じがする。

 

「まぁ、今日は遅いし、また明日にでも調査と、時雨に相談するかな」

 

「そうね~、みんなで話し合った方がいいわよね~」

 

「う、潮は怖がるから聞かさない方がいいだろうし、俺と一緒に別のところで遊んどくよっ!」

 

「ああ、頼んだぞ、天龍」

 

「ま、任せとけよっ、先生!」

 

 自慢げに胸を叩く天龍だが、足の震えと今までのことを考えれば、その行動の理由もすぐに分かる――が、さすがにそれは口にしないでおいた方が天龍のためにも良いだろう。

 

 正直、俺も色々と怖かったしね。

 

 ……大半の原因は龍田なんだけど。

 

「それじゃあ、戸締まりをするから、先に宿舎に帰って良いぞ」

 

「んじゃ、また明日なっ、先生!」

 

「おやすみなさい~」

 

「ああ、おやすみ。天龍、龍田」

 

 二人に手を振って分かれた後、入り口の扉の鍵をかけ、しっかり閉まっているかを確認する。ガタガタと扉が音を立て、すぐ後から少しきつめの風が俺の頬を叩いた。

 

 

 

 カシャッ……

 

 

 

「……ん?」

 

 風に紛れるように聞こえた小さな音に振り返る。だが、視界に怪しいモノは何も見えず、木々が風に揺れているだけだった。

 

「気のせい……か?」

 

 視線はもう、ほとんど感じられない。

 

 あるかどうかすら分からないほどに。

 

「やっぱり、幼稚園の中だけ……なのか?」

 

 色々と思い返すが、幼稚園内で感じることは多かったものの、それ以外でも感じることは何度かあったはずだ。

 

「まぁ、そこまで気にするような感じの強さでもないしな……」

 

 ふぅ……と、ため息をつく。

 

 肩の力を抜いた俺は、その場で背伸びをしつつ空を見上げる。

 

 満月と星々がきらめく夜空に見とれてしまいそうになるが、風に吹かれて冷える身体が震え、思わず両手で腕を擦った。

 

「風邪を引いたら洒落にならないから、さっさと帰るか」

 

 月夜の闇に紛れながら、身体を温めるように小走りで道を駆けていると、ふと、見回りに向かう際に出会った赤城を思い出した。もしかすると今頃、開発地下倉庫では幽霊の噂の発端が、うめき声を上げているのかもしれない。

 

 そんな想像してしまった俺は、笑いそうになるのを堪えながら、アスファルトを蹴って自室へと帰っていった。

 




次回予告

 見回りを終えた次の日。
 子どもたちとの相談をしているうちに、気づいた謎。
 そして、急に現れた人物……
 

 明日も連日更新予定です。
 全7話で残り2つ。お楽しみにお待ちくださいませー。

 感想、評価宜しくお願いしますっ!

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