https://ryurontei.booth.pm/
ビスマルクェ……
もうね、やり過ぎにもほどがあるんですよ。
でもまぁ、主人公の不能が発覚したことで無理矢理襲おうとするのは治まった……?
そう考えると治らない方が良いのかもしれないが、それすらも問屋は卸さない。
そう――、視線の相手がいる限り。
それから1週間が経った。
俺は時折本で調べたお菓子を厨房で作り、子供たちやビスマルクに昼食後やおやつの時間に振舞った。
傍から見れば餌づけにしか見えないかもしれないが、交流を深める方法としては上々であり、剥き出しの敵意を見せていたプリンツの態度が少しばかり和らいだような気がする。
ビスマルクやレーベ、マックスに至っては前と変わらないが、好感を持ってくれているのはありがたいことだ。
ただし、ビスマルクに関しては度が過ぎるけれど。
まぁ、俺の不能がバレたことによって、むやみやたらに襲ってくることは減った。
これは非常にありがたいけれど、なぜか心の中にぽっかりと空いてしまった穴のような感じは何なのだろうか……?
………………。
いやいや、別に残念がっていないけどさ。
多分あれだ。不能になってしまった辛さなんだろう。
これで教育者という仕事をしていなかったら、本当にどうなっていたか分かんないし。
それに、ユーも最初の頃と比べて大分懐いてくれているし、そろそろビスマルク包囲網の第二段階へと移るべきだろうか。
レーベとマックスは俺への好感度が非常に高いので、まずはここから攻めるべきだろうと思うのだが。
……って、何だかこの言い方だと、非常に危うい気がする。
ハッキリ言っておくが、俺はロリコンでも変態でもないので勘違いしないように。
間違っても憲兵を呼ばないで欲しい。
捕まったら最後、ビスマルクに調教された方がよっぽど良かったと思ってしまうような事態だけは避けたいからね。
それと、舞鶴で出会ったあの艦娘が頭に浮かんでくるのはなぜだろうか?
オシオキ……とか、言っていたよな……?
「……っ、……っ!」
「……ん?」
逸れてしまっていた思考を戻そうとしていた俺の耳に、何やら言い争いをしているような声が聞こえてきた。
「珍しい……な。どこからだろう……?」
声は建物内から聞こえてきているし、教育者である俺としては見逃すことができない。子供たちがはしゃいでいるのなら危険は少ないが、喧嘩となれば問題である。
俺は声のする方へと急ぎ足で向かい、通路の角を曲がったところで2人の艦娘を発見した。
「どうしてなんですかっ!」
両手をギュッと握り締め、大きな声で叫んでいるのはプリンツだった。
「……プリンツには関係ないことよ。私のことは放っておいて」
そしてプリンツの視線の先に居たビスマルクは、辛そうな表情を少しだけ逸らしながら呟いていた。
……ふむ、珍しいな。
逆のパターンは今までにたくさん見てきたけれど、プリンツがビスマルクを押しこめているシーンは初めてのような気がする。
ただ、ビスマルクの発言は教育者として問題がある気がするが、これはいつものことなのでと言って放っておく訳にもいかない。
「おいおい、こんなところで言い争いなんて……どうしたんだ?」
「……っ!?」
俺の言葉に咄嗟に振り向いたプリンツは、親の仇を見るような目で威嚇してきた。
な、何もそこまで睨まなくても……。
「先生には関係ありまくりですが、今はビスマルク姉さまを説得しているので話しかけないで下さい!」
「そ、そこまで言うか……」
ちょっぴりへこみそうになるものの、ここで引いたら負けになる。
しかしそれよりも気になるのは、いつもならビスマルクがここでプリンツを言い負かすのだが……
「………………」
顔を逸らしたまま無言で立っていた。
しかも、俺にすら視線を合わさない。
……え、何か俺、嫌われちゃった?
「と・に・か・くっ! ビスマルク姉さまが今抱えていることをすぐにやめて下さいっ!」
「……それは無理よ」
プリンツが再び叫ぶと、ビスマルクは小さく首を左右に振る。
その仕草がプリンツの激高に触れたのか、顔は真っ赤になって目が潤んできているように見えた。
「これだけ言ってもダメなんですかっ!?」
「いくらプリンツの願いでも……、これは私が決めたことなのよ」
両手を振りかざしたプリンツにビスマルクが真剣な顔を向け、ハッキリとした口調で言った。
その瞬間、
「そ、そんな……、うぐ……っ、ひっく……」
感情の昂りを抑えることができなくなったプリンツの目からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ出してしまう。
「お、おい……、ビスマルク……」
「これは……あなたの為でもあるのよ……」
「……え?」
さすがにこれはまずいと思った俺だったのだが、ビスマルクの言葉に呆気に取られてしまってその場で固まった。
そうしている間にもプリンツは顔をくしゃくしゃにし、鼻を啜りながら肩をブルブルと震わせている。
「プ、プリンツ……」
ビスマルクがダメなら――と、俺はプリンツに手を伸ばそうとした途端、
「ビスマルク姉さまの馬鹿ーーーーーっ!」
「うわっ!?」
俺の手を大きく払いのけたプリンツは、ビスマルクの横を走り抜けて通路をかけて行った。
「お、おいっ、プリンツッ!」
呼び止める俺の言葉を完全に無視して、プリンツは子供とは思えぬ速さで角を曲がって姿を消す。
俺は後を追いかけようと走り出そうとした瞬間、肩をガッチリと掴まれたので顔を向けると、ビスマルクが先程と同じように首を左右に振っていた。
「良いの。放っておきなさい……」
「な、何を言っているんだ! このまま放っておいたら……っ!」
「あなたの為でもあるのよ……?」
「それはさっきも聞いたっ!」
「あっ!」
俺はビスマルクの手を払い、プリンツの後を追う。
ビスマルクが俺のことを思ってくれていたとしても、このままプリンツを放ったらかしにはしておけない。
例え、この行動が俺を苦しめるようなことになっても、教育者としての本分を全うするのみだ。
それが、俺がここに来た理由のはずなんだから。
「待て、待つんだプリンツッ!」
「……っ!」
幼稚園の外へと飛び出したプリンツを追いかけ、鎮守府内を走り回る。
状況を知らない人や艦娘からすれば、大泣きしている幼女を全力で追いかける不審者にも見えなくはないのだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。
佐世保に来てからそれなりに経っているし、俺が幼稚園の先生であることもそれなりに伝わっているだろうから、間違っても憲兵を呼ばれることはない……と、思いたい。
焦ったような顔をしながら携帯電話か何かで連絡をしている人を見かけたりするけれど、多分大丈夫だよね……?
「追いかけてこないで下さいっ!」
「それじゃあ逃げてなんかいないで、幼稚園に戻りなさいっ!」
「べ、別に逃げてなんか……っ!」
俺の言葉にカチンときたのか、プリンツは振りかえりながら声をあげる。
しかしその行動が速度を遅めてしまい、俺との距離が徐々に詰まってきた。
「こ、こうなったらっ!」
プリンツは逃げ切れないと思ったのか、急に走るのを止めて腰を落とす。
これは……来る……っ!
「ふぁいやぁーーーっ!」
「甘いっ!」
何度もプリンツのタックルを受け続けてきた俺にとって、走りながらとはいえ避けるのは難しくない。
そして、避ける動作と合わせてプリンツの後ろに回り込んだ俺は、両腕で腰をガッチリと掴んで抱きあげた。
「ひゃわわっ!?」
「よし、これで捕まえたぞっ!」
「は、離して下さいっ! この変態ーーーっ!」
「人聞きが悪いことを言うんじゃないっ!」
「変態に変態と言って何が悪いんですかっ!」
「俺のどこが変態だっ!」
「だ、だって、先生は不能なんでしょうっ!」
「………………は?」
プリンツの言葉に固まった俺は抱きあげていた腕の力を無意識に弱めてしまい、易々と逃れられてしまった。
しかし、プリンツは再び走りだそうとはせず、俺に向かって声をあげ続ける。
「この間のスタッフルームでビスマルク姉さまと話していたこと……しっかりと聞きましたからっ!」
「ちょっ、あ、アレを聞いていたのかっ!?」
いつどこで聞いていたのかと焦ってしまうが、プリンツが言っていることは間違いない。多分、ドアの隙間の辺りで聞いていたんだろう……って、そうじゃないからっ!
「先生が不能だったらビスマルク姉さまも離れていく……。そう思っていたのに、どうしてなんですかっ!」
「ど、どうしてって言われてもだな……」
そして、ビスマルクが走っていくプリンツを追いかけなかったのも、追いかけようとする俺を止めた理由もこれで分かった。
ビスマルクは俺の不能を治す方法を探してくれていた。
それがプリンツにとって許せなかったのだろう。
不能になった俺をビスマルクが見捨てればプリンツは万々歳。それなのに、ビスマルクは見捨てることなく俺を治そうとしているのだ。
治療がうまくいけば、下手をすると俺とビスマルクの仲が急接近してしまう恐れもある。
棚から牡丹餅と思いきや、状況が悪化してしまったと思ったプリンツが怒ってしまうのも無理はない。
運や偶然を味方につけて上手くいくとは、なかなか難しいモノなんだけどさ。
特に、俺の場合は……な。
「これ以上ビスマルク姉さまに近づかないで下さいっ! そうじゃないと、私……私……っ!」
顔を真っ赤にしてボロボロと涙を流すプリンツは、その場で崩れ落ちそうになるのを必死でこらえながら俺を睨みつけていた。
私の好きなモノを奪わないで。
子供がおもちゃを奪われたかのように。
だけど、その思いは強い芯が通っていて、紛れもなく本気であることが分かる。
恩人であり、思い人であり、信頼する人であるビスマルクを。
私から奪わないで下さいと。
「………………」
そして、俺にはその気持ちが痛いほど分かる。
家族を奪われた苦しみを、人一倍知っているのだから。
だからこそ、俺はプリンツに伝えたいことがあった。
「なあ、プリンツ……」
「……なん……ですか」
俺を睨みつけたまま呟くプリンツは、止まることのない涙を地面へと落とす。
「プリンツの気持ちは、ビスマルクに伝えたのか……?」
「そ、それ……は……」
俺の言葉にプリンツは顔を逸らし、辛そうな表情を浮かべていた。
「ハッキリと、面を向かって言ったことがあるのか?」
「………………」
プリンツは答えない。
ただギュッと、両手の拳を握り締めながら地面を睨みつけている。
そんなプリンツに俺はゆっくりと近づいて行き、
その身体を、優しく――抱き締めた。
「……っ!?」
ビクリと身体を震わせたプリンツにニッコリと笑みを向け、優しく頭を撫でてあげる。
もしかすると暴れてしまうかもしれないと思っていたが、プリンツは一瞬だけ不機嫌そうな顔を浮かべてから、俯くように下を向く。
「プリンツが1人でできないのなら、俺がサポートをしてやるから……」
「どうして……なんですか……?」
俺の顔を見ないまま、プリンツは問う。
「どうして……とは?」
「先生は……ビスマルク姉様が好きじゃないんですか……?」
「そりゃあ……好きか嫌いかと聞かれたら……好きだよな」
「それならどうして……っ!」
表情を険しくしたプリンツが素早く俺の顔を見上げてきたが、俺は優しく微笑みかけながら、もう一度頭を撫でた。
「俺の気持ちはあくまでLikeだ。だから、プリンツの邪魔をする気はないし、応援して良いと思っている」
「……え?」
「ただ、俺もプリンツと同じように、ビスマルクに上手く伝えられないでいる。言葉でも態度でも表したけれど、分かってもらうことは難しい」
どれだけ嫌だと言っても、襲うのは止めてくれなかったからね。
まぁ、現状においては無意味なので襲われてないけど。
不能じゃ仕方ないからね。
……しくしく。
「それって……、私と……同じ……?」
「ああ、そうなんだよな。だから、できるならプリンツと一緒にビスマルクを説得できればなぁ……と、思っている」
「ほ、本当……に……?」
「ここで嘘をついてたら、俺は完全に悪人になっちゃうからね。誓って本当のことだと言いきれるよ」
「………………」
プリンツは俺の目をしっかりと見つめてきた。
吸い込まれるようなその目に、胸の奥底を締め付けられるような感じがする。
そして、なぜかその感覚は下腹部へと移り……、
……あれ?
何やら、微妙な感じがするんだが……。
――と、思ったところで、他の視線が俺の顔に沢山突き刺さっている気がして、顔を上げてみた。
「ざわ……ざわ……」
気がつけば、俺の周りに、人影が、
いずれの顔も、怪しげになりて……字余り。
………………。
いやいやいやっ! ちょっと待ってっ!?
なんか周りから大注目状態なんですけどっ!
凄い目で睨みつけられていたり、不審者を見るような視線が突き刺さっていたりするんですがーーーっ!
「ねえねえ、聞いた? 先生って不能になったらしいわよ……」
「それなのに教え子に手を出しているなんて、確実に憲兵モノよね……」
「あわわわわ……。プリンツちゃんが……プリンツちゃんが……っ!」
「変態、殺すべし!」
周りから聞こえてくるヒソヒソ声。
プリンツの大声により俺の不能は完全にバレてしまい、
完全に勘違いされてしまった状況は非常に危ういだけでは飽きたらず、
舞鶴にも居た、変態作業員のような男性職員が歯ぎしりをしながら俺を睨みつけ、
なぜか、真っ赤な衣装に身を包んだヤバそうな人が、大声で叫んでいた。
完全に洒落になっていないんですけどねっ!
◆ ◆ ◆
あの後、周りに居たギャラリーに状況を何とか説明して事なきを得た俺は、プリンツを寮に送ってから、なんとか自室に帰ることができた。
精神的にはフラフラだったけれど、五体満足の姿があるだけマシである。
それに、プリンツの態度もかなり和らいだようだったし、結果的には良かったかもしれない。
ただ、俺の不能に関しては周知の事実になってしまったのだが。
まぁ……、いずれはバレてしまうだろうし、仕方ないと思って諦めるしかない。
気は持ちようで何とかなるものだ……と、言い聞かせておきたい。
………………。
その夜、枕がビッショリと涙で濡れまくったのはここだけの話だけどね。
そして後日。
幼稚園に出勤した俺は、プリンツに謝っているビスマルクの姿を見た。さすがに昨日のまま放置という訳にもいかないと思ったのだろうが、もしかするとビスマルクも少しは成長したのかもしれない。
これで俺も骨を折らなくて済んだと思えば、結果オーライである。
ただ、プリンツがビスマルクに思いを伝えているような気配はなかったので、やはり1人では難しいのだろう。
俺もしっかりと伝えなければいけないので、これについてはプリンツと協力しあえれば……と、思っている。
これで騒動は一見落着。
そう――思っていた時期も、俺にはあったんだけどね。
「先生、少しだけ……聞いても良い……かな?」
「ん、どうしたんだ、ユー?」
朝礼が終わり、みんなが勉強をする部屋へと向かおうとする途中、ユーが恐る恐るといった風に質問を投げかけてきた。
「あの……ね、小耳にはさんだんだけど……」
言って、ユーは以前と同じように口元に人差し指を当てながら首を傾げていた。
目茶苦茶可愛いのでお持ち帰りしたい。
しかし、ここはしっかりと自重しておかなければ……と、俺は顔に出さないようにしながら、笑顔を浮かべてユーの言葉に耳を傾けた。
だが、次の言葉が余りにも衝撃的過ぎて、俺はキリモミしながら吹っ飛ぶことになる。
いや、まぁ……心境ってことなんだけど。
「先生……、不能って……なに?」
「………………」
誰だ、ユーにそれを教えたヤツは。
今すぐ首をもぎるから出てこい。
これこそ『変態、殺すべし』だ、この野郎っ!
――と、踏んだり蹴ったりはいつものことなので割愛しておくが、このままでは非常に具合が悪い。
周知の事実になったとはいえ、可哀相なヤツを見るような目で常時眺められていては、胃に穴が開くのはそう遠くない未来である。
そうなってしまえば子供たちを教育することができないし、ビスマルクの強制も進まなくなってしまう。
そこで俺は、幼稚園の仕事が終わってから明石の元へと向かったのだが……
事態は更に、複雑を極めてしまうのであった。
~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ 完
そして、次章へと続きます……。
※現在BOOTHにて『艦娘幼稚園シリーズ』の書き下ろし同人誌を通信販売&ダウンロード販売中であります! 是非、宜しくお願い致しますっ!
https://ryurontei.booth.pm/
今章はこれで終わりと思いきや、まさかの続く流れに吐血モード(違
ええ、そうなんです。実はあまりに長くなりそうなのできりの良いところで分割したつもりなんですが、次章も負けず劣らず……まだ執筆終わってないです(ぉ
ということで、次章からは以前にお伝えした通り、2日に1回から3日に1回の更新ペースで予定しております。
仕事が過半時期なので、帰宅が遅れて更新時間がずれる場合もありますが、末永くお付き合い頂けると嬉しいです。
つまり、まだまだ終わる予定はございませんー。
次回予告
明石の元に向かった主人公。
目に映った光景を前に立ち尽くし、唖然とした表情を浮かべるしかない。
更に不幸は連鎖して、恐怖のドン底へと叩き落とす……ッ!?
艦娘幼稚園 第二部 第四章
~明石誘拐事件発生!?~ その1「獲物として……じゃないですよね?」
乞うご期待!
感想、評価、励みになってます!
お気軽に宜しくお願いしますっ!
最新情報はツイッターで随時更新してます。
たまに執筆中のネタ情報が飛び出るかもっ?
書籍情報もちらほらと?
「@ryukaikurama」
是非フォロー宜しくですー。