艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 夕食を済ませて見回りをしようとした矢先、出会った艦娘との会話によって一つの謎が解き明かされる!?

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その4

 もはやこのネタ、何度使っても足りないくらいですっ(マテ


その4

 

 それから鳳翔さんの食堂で夕食をたらふく食べ、自室で満腹感と戦いながらテレビを見ているうちに、すぐに見回りをする時刻になっていた。一度決めたとは言え、やっぱり夜遅くに出回るというのはどうにも気が引ける。別に怖い――という訳ではないのだけれど、噂が噂なだけに、幽霊を信じていないとは言ったものの、夜間の教育施設というのはなんとなく気味が悪く感じてしまうのだ。

 

「はぁ……今から中止って訳にもいかないしなぁ」

 

 腰掛けていたベットから立ち上がり、すぐにまた座る――を何度か繰り返した後、このままではまったく前に進まないことに気づいた俺は、気合いを入れるために頬を叩いて自室を出る。

 

「うぉ……やけに冷えるな……」

 

 梅雨の時季に入り、じめじめと蒸し暑いといった気候になると思っていたのだが、実際のところは空梅雨であり、しかも湿度もあまり上がらず、寝やすい日々を過ごしていた。だが、いざ夜に外に出てみると、思った以上に気温は低くなっており、今から見回りをするという気持ちも手伝ってか、体感温度は異常なほどに低く感じられた。

 

 

 

「あら、先生じゃないですか」

 

「えっ?」

 

 後ろの方から聞こえた声に振り向くと、見覚えのある艦娘の姿が笑みを浮かべて立っていた。

 

「あぁ、赤城さんじゃないですか。こんばんわ――ですけど、こんな夜遅くにどうしたんですか?」

 

「こんばんわ、先生。ちょっと小腹が空いてきちゃったので、少し補充に行こうかなと思いまして……」

 

「えっと……今の時間だと、鳳翔さんの食堂はもう開いてないと思いますけど……」

 

 俺はそう言いながら腕時計に目を向けてみたが、針は日が変わる数分前のところを指していた。食堂の営業時間は23時までだったはずだから、開いているとは思えないんだけれど……

 

「ええ、ですから『補充』に行くんです。夕食はたくさん食べましたけど、デザートのボーキサイトはまだ食べ足りなくって……」

 

 笑みを浮かべたまま、上品な仕草で口元に手を当てる赤城だが、夕食を『たくさん』食べたと言ったからには、間違いなくとんでもない量だというのは分かる。以前の食事会で見たあの食べっぷりですら、腹八分目で止めたらしいと子どもたちに聞いて驚愕したのに、それと同量もしくはそれ以上の夕食を取った後に、さらにデザートを食べるというのだから驚き以外のナニモノでもない。

 

 まさに、ブラックホールの名を持つ片割れである。

 

 名付けたのは俺なんだけど。

 

「……でも、こんな時間にデザート……っていうか、ボーキサイトが手に入るところなんて……」

 

 思いつくところは資源貯蔵庫しか出てこないけれど、さすがに元帥のお気に入り艦娘の赤城であっても、こんな時間に貯蔵庫に入れるとは思えないのだけれど……

 

「ふふ……長くこの鎮守府にいると、いくつもの穴場を見つけれたり出来るんですよ、先生。あまり、他の娘たちにバレちゃうとダメですけど、先生には色々とお世話になってますし、教えちゃいますね」

 

「えっと……、あ、ありがとうございます……」

 

 いやまぁ、教えてもらえるのは嬉しいんだけれど、俺はボーキサイト食べないし、必要になることもなさそうなので、あまり意味がない気がする。

 

 とは言え、せっかく教えてくれるというのだから、ここは素直に聞いておこうと思って頷く俺に、辺りを見回した赤城が耳打ちする為、隣に立って小さな声で話し始めた。

 

 

 

「実は、開発室にいろんな資材が残っていることが多いんですよ。端数で余った物なんかは、地下倉庫に保管したりする場合もありまして、ちょっとずつ貯まっていくんですよね~」

 

「開発室に……地下倉庫……ですか」

 

「ええ。開発を担当した娘たちに気づかれないように、時間があるときに隠しておくのです。そうすれば、2週間ほどで結構な量に……」

 

「それって、大丈夫なんですか? 元帥に知られると、あんまり良くないと思うんですけど……」

 

「いえ、元帥は知っていると思いますよ。日頃頑張っている私たちのご褒美って感じで、見て見ぬ振りをしてくれてるんだと思います」

 

「そう……ですか。優しい人ですよね、元帥って」

 

「ええ、アレ……さえなければ、本当に良い人なんですけれどね」

 

 少し不満げな表情を浮かべた赤城は、遠い空を眺めるように顔を上げた。たぶん赤城が言っているのは、つい先日起こった、一航戦VS五航戦の理由となった元帥の行動のことだろう。

 

 元帥の行動の発端となった噂の当事者としては少々申し訳なく思ってしまうが、そもそも根も葉もないことが追加されまくった噂が流れた結果であり、俺に原因があるという訳ではないので、どう反応して良いか難しいところである。

 

「まぁ、そんな元帥だから――かもしれませんけどね」

 

 ふぅ……と、ため息を吐くように、赤城が独りでに呟く。

 

「そうですか……。羨ましいですね」

 

「あら、先生からそんな言葉が出るとは思わなかったですね」

 

「えっ、なんでまた……」

 

「子どもたちから色々と聞いてますよ。とても優しくて、とても頼りがいがあって、ちょっぴり不安な所もあるけど、将来は……ふふっ、先生のお嫁さんになるんだって言ってます」

 

「そっ、そう……ですか」

 

 答えるように呟いてはみたものの、嬉しいやら恥ずかしいやらで、赤城の顔をまともに見れないくらい赤面しているのが自分でも分かる。

 

 そんな俺を見てクスクスと笑う赤城だが、急にお腹がぐぅ~っと鳴って、大きく目を見開いた。

 

「あら、話をしていたらお腹が減って我慢が出来なくなってきました。それじゃあ、私はこの辺で……」

 

 赤城は先ほどと同じように口元に手を当てると、オホホホホ……と、上級階級の奥様方のような笑い声を上げながら、足音一つさせずに去っていった。

 

 月夜の道を隠密のように走る人影。しかも、今から倉庫のボーキを盗ろうとするのだから、隠密というよりかは盗賊である。

 

 まぁ、見て見ぬ振りで済んでいるらしいから大丈夫なんだろうけれど、実際の所は、そうしないと色々と大変なんだろう。

 

 

 

 特に元帥の財布あたりで。

 

 

 

「しかし、開発室の地下倉庫って……」

 

 時雨が言っていた噂の一つに『開発地下倉庫のうめき声』というのがあったけれど、もしかすると、赤城が原因ではないだろうかと思えてきた。

 

 2週間ほどで貯まった資源を、夜中忍び込んだ赤城が補充――もとい食し、お腹一杯になりすぎてうめき声をあげていたところを、誰かが聞いたのではないのだろうか。

 

 その前提には、少し問題がないとは言えないけど。

 

 特に、赤城が食べ過ぎて動けないという部分が、起こり得るとは考えにくい。

 

「っと、結構時間が過ぎちゃったかな」

 

 見回りのことを思いだした俺は、腕時計にもう一度目をやると、日が変わってから30分ほどが過ぎていることに気づいた。見回りに時間の指定はないけれど、明日も仕事があるだけに、あまり遅くまで起きているのは避けたいところだ。

 

「早いとこ見回って、風呂に入って寝ないとな」

 

 夜風に冷えた身体を震わせながら、俺は幼稚園の方へと足を向けて走り出す。赤城とは違い、大きな足音を立てながら、アスファルトの道を駆けていった。

 

 

 

 

 

 カチリ……

 

 懐中電灯のスイッチを入れて通路を照らす。物音一つない静かな空間に、俺の足音がコツコツと響いている。

 

「……っ、さすがに雰囲気が……なんというか……アレだな」

 

 言葉にすると気が滅入りそうになるが、これは間違いなくホラー映画やゲームでよく見るシーンのようだ。俺がモブキャラなら、いきなり出てくる怪物や幽霊なんかにパックリやられて、観客やプレイヤーに恐怖を植え付けるのだろうけれど、残念ながら目の前にあるのは現実であり、そんな非現実的なモンスターは出てくるはずがない。

 

 いや、出てこないでね――と、祈っているというのが本音なんだけど。

 

「実際に噂が広まった以上、なにかしらの原因があるとは思うんだけれど……」

 

 幽霊の噂の大半が、人や自然が起こした現象を見間違えたり、聞き違えたということが多い。時雨や龍田から聞いたラップ音というのも、誰かが木の枝を踏んだ音とか、風が原因で施設の一部が動いて鳴った音とか、そう言うものだろうと思うのだが……

 

「何はともあれ、この暗闇は……やっぱり不安になっちゃうなぁ……」

 

 普段、目による感覚に頼りきっている人として、やはり見えないというのは恐怖を呼び起こし、想像力が豊かなほど拡大して心を蝕んでいく。

 

「って、よく考えたら、別に夜じゃなくてもよかったんじゃないのかな?」

 

 幽霊と言えば夜が相場と大半は決まっているのだろうが、幼稚園の噂に時間が関わっていなかったはずであると、今思い出した。そうと決まれば善は急げ――と、きびすを返して入り口に戻ろうとするべきなのだが、

 

「むっ……」

 

 背中に突き刺さる視線が、ぞくりと沸き上がるように感じられ、俺は振り向くことが出来ないでいた。今までに感じたことのない強さに、辺りの暗闇も合わさって、心臓が鷲掴みにされるような恐怖が俺の身体を大きく震わせる。

 

「マジ……かよ……。本当に、いる……のか……?」

 

 間違いなく視線は後方にあるのだが、振り向く勇気は今の俺にはまったく無い。逃げ出したくなる衝動を抑えつつ、なんとか冷静さを保ちながら、前に進む足を止めずに、どうするべきかと己に問いつめた。

 

「入り口は後ろだから……無理だな。それなら、裏口から逃げるしか……」

 

 振り向かずに幼稚園から脱出すればなんとかなる。そんな、前向きな思考で済めば問題はないのだけれど、これが映画なら、この行動は間違いなく死亡フラグへ一直線だ。そもそも逃げ道がある段階で、それは罠なのだから――

 

「って、なんでここでゲーム的な思考に偏るかなぁ……」

 

 幽霊という非現実的なモノを目の当たりにしたためか、そういった思考になってしまうのは致し方無いのかもしれない。とはいえ、振り向く勇気はやっぱり無いし、取れるべき手段は裏口から脱出するしか無い訳で……

 

「と、とりあえず、振り向かずにこのまま進むしかないよな……」

 

 どこぞの曲がり角のごとく、振り向けば大量の手が襲ってきそうな恐怖に怯えながら、懐中電灯の明かりを揺らして俺は通路を歩く。ちなみに、俺は殺人犯でもないし、青銅の鎧を着て星座の戦士たちと戦うわけでもないのだから、そんなことは起こり得ないと思うんだけどね。

 

 いや、本当に勘弁して欲しいんですけど。

 

「……ら、……にい……って……」

 

「……っ!?」

 

 少し離れた所から声が聞こえた気がして、急いで懐中電灯の明かりを向けた。

 

「……だ、誰も……居ないよな……?」

 

 通路の先には誰も、何も、見えない。

 

「……ん~、……り……ら~」

 

 だがしかし、小さい声がどこからともなく響いてくる。

 

「い、いやいやいやっ、無いから、ホントに無いからっ」

 

 パニック寸前の俺は独り言のように声を上げて、懐中電灯を振り回した。丸い明かりが通路の壁をぐるぐると照らしたが、外から誰かが見れば、新しい幽霊話に発展しそうな感じになっていたのかもしれない。

 

「……っ、お……たっ……れ……く……かっ!?」

 

「……ら……に……いみ……ね~」

 

 だんだんと聞こえてくる声が大きくなり、心臓の音がどんどん加速する。通路のど真ん中で立ち尽くした俺は、懐中電灯を持つ手を大きく震わせながら、突き当たりの壁を照らし、唾をごくりと飲み込んだ。

 

「これ……か……ん……りだ……、た……。……うこ……せん……ろ……え……っ?」

 

 通路の先に、うっすらと何かが見える。

 

「ちょ……な、なん……や……ろっ!」

 

「……ふ~、……りゅ……ん~」

 

 小さな声は確かに聞こえる。

 

 俺は立ち止まったまま動く事が出来ず、通路の先を懐中電灯で照らしていた。

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああっ!」

 

「……っ!?」

 

 いきなり大きな叫び声が聞こえ、俺の身体がビクンと大きく跳ね上がる。次の瞬間、照らしていた通路の先の壁に小さな人影のようなモノが現れ、素早い動きでこちらに向かって近づいてきた。

 

「うわああああああああっ!」

 

 あまりの恐怖で大声を上げた俺は、視線のことをすっかり忘れてきびすを返し、全速力で後方へと走り出す。

 

「うふふふふ~、待ってぇ~、待ってよぉ~」

 

 後ろの方から追いかけ、聞こえてくる声に、背筋がゾクゾク震えた。だが、俺の足の方が早いのか、声は少しずつ遠くなり、通路の角を曲がるときにはほとんど聞こえなくなっていた。

 

「よし、これなら逃げきれる……っ!」

 

 少し安心し、気を抜いてしまったのがいけなかったのか、角を全力で曲がる軌道の途中で足が滑り、身体がぐらりとよろめいて床に倒れ込んでしまった。

 

「ぐっ!」

 

 勢い余った身体は床の上を回転し、背中を強く壁に叩きつけられ、一瞬息が出来なくなる。

 

「く……はぁっ!」

 

 壁を足で蹴って通路の真ん中へ転がりながら体勢を持ち直した俺は、すぐに呼吸を取り戻し、転がった懐中電灯を掴みながら起きあがろうとしようとした。

 

「やっ、やめろっ、くるんじゃねえよぉっ!」

 

「……っ!?」

 

 大きな叫び声が曲がった角の方から聞こえ、逃げるよりも先に、俺は懐中電灯の明かりを向けた。

 




次回予告

 見回途中で聞こえた声に驚きを隠せない主人公。
 そして現れた影によって、事態は急展開……しないですよね。やっぱり。
 

 明日も連日更新予定です。
 お楽しみにお待ちくださいませー。

 感想、評価宜しくお願いしますっ!

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