みんなのテンションがかなりヤバいっ!
しおいは慌ててあの人の元に向かったんだけれど、どうやらいつもの出来事が……
いい加減に学習して下さいよーーーっ!
急いで走ってやってきたのは、舞鶴鎮守府の一番偉い人――元帥が普段居る指令室。しおいが艦隊に所属していた頃は元帥の管轄だったんだから、頼るべきと言えばこの人しかいない。
ただ、色々と問題も多く抱えているから、完全に信頼しきっちゃうとダメなんだけど……。まぁ、その辺りのことは、今は考えなくても良いと思う。
とにかく、みんなの暴走を止めるため、元帥に直接きてもらって説得してもらおうと、扉をノックしたんだけれど……
「あれ……、返事がない……?」
何度かコンコンと叩いてみたけれど、一向に返事は戻ってこない。
ただ、中に誰かいるような気配はする……
「緊急事態だから……仕方ないよね?」
自分に言い聞かせるように呟いてから、ゆっくりと指令室の扉を開けて中に入ってみたの。
「キョンッ!」
部屋に入った途端、聞こえてきたのは男性の甲高い声だった。目の前には高雄秘書艦の怒れる姿。左手で真っ白な軍服に身を包んだ男性の首元を掴み、右手を腹部へ何度も叩きつけているさまは、リングに上がるプロレスラーのように見えた。
……って、冷静に状況を観察しているような状況じゃないんじゃないかなっ!?
「ギ……ギブギブッ! 高雄ちゃんやめてーーーっ!」
「反省の(ゴスッ)……色が(メキッ)……なって(ゴリュッ)……いませんわ……っ!(ドムッ)」
「むごっ……だ、だから……これ以上は……し、死ぬ……」
元帥は真っ青な顔をしながらも両腕で腹部をガードする。すると、高雄秘書艦は左手だけで元帥の顔を引きよせて、今度は両頬に何度もビンタを繰り返したの。
至近距離だから、63214+B(右向き)みたいな感じだよね。
「痛だだだだだだだっ!」
「この鎮守府だけじゃ飽き足らず、折角復旧してきた呉の瑞鳳にまたちょっかいをかけて……あの泥棒猫っ!」
スパパパパパンッ! ――と、小気味が良すぎちゃうくらいに良い音が鳴り響いているんだけれど、このままじゃ元帥が死んでしまうんじゃないかなっ!?
鳳翔さんの食堂に居るみんなの暴走を止められる人が居なくなっちゃうのは非常にマズイ。高雄秘書艦が怒っている理由は話を聞いている限りすぐに分かるんだけれど、ここはなんとしても止めないといけないよね。
「あ、あの……ちょっとだけ……良いですか?」
「………………」
そう言った瞬間、高雄秘書艦の半端じゃない眼力による睨みつけを食らって、しおいの腰は完全に抜けちゃったんです……
あわわわわ……っ! こんなに高雄秘書艦を怒らせたのは誰ですか――って、元帥ですよね。
これは洒落になっていません。みんなの暴走を止める以前に、しおいが先に精神的轟沈しそうですっ!
「このおぉぉぉっ!」
怒りの声を上げた高雄秘書艦は、連打していた往復ビンタを止めて大きく右手を振りかぶり、元帥の頬に向かって……
「ぷげらっ!」
見事、一閃。宙に浮く元帥。
「超ー、余裕っチ!」
――と、高雄秘書艦は吹っ飛んだ元帥に向かって親指を立てた拳を向けました。
いやいやいやっ、それって高雄秘書艦が言っちゃって良いセリフなんですかっ!?
負けるときには衣服が破れて親に謝っちゃうやつですよねっ!?
あ、でも、艦娘だから、衣服が破れるのはデフォだから……あながち間違ってない……って、そんな場合じゃないからっ!
「げ、元帥っ、大丈夫ですかっ!?」
「は……覇●翔吼拳を……使わざるを……得ない……がくっ」
「やっぱりこの人駄目だーーーっ!」
こんなにボコボコになるまでやられちゃったのに、最後までボケるなんて……助けなくても良かったんじゃないのかなっ!?
「あら、なぜあなたがこんなところに……?」
きょとんとした顔でしおいを見つめてくる高雄秘書艦ですけど、さっき思いっきり睨みましたよね……?
「え、い、いや……、さっきから部屋にいたんだけど……」
「そうだったかしら……?」
気づいて……なかった……っ!?
じゃあさっきの睨みは何だったんですかっ! 滅茶苦茶怖かったんですよっ!
「それで、いったい何の用があってここにきたのかしら?」
「そ、そう、それなんですっ!」
しおいはやっとの思いで、みんなが暴走しかけていると言うことを説明することができたのでした。
「……ふむ。それはちょっと危険ですね……」
「はい! ですから、ぜひ元帥にきてもらって説得して欲しいと思ったんだけど……」
だけど元帥の意識は完全に落ちちゃっているし、しばらくは起きそうになさそうです。
「さっきのコンボだと10分程度で目を覚ますでしょうから、適当に連れていって下さい」
「え、えっと……大丈夫なんですか……?」
「ええ、もちろん。これくらいのことは、いつもやっていることなんですよ?」
「は、はぁ……。分かりました……」
ニッコリと笑った高雄秘書艦の圧力に負けて、しおいは言われた通り元帥を背中に背負って連れていくことになりました。
とてもじゃないけど大丈夫には見えないし、10分やそこらで復帰するとは思えないんだけど……
もしかして体よく回収作業を任されてしまった……なんてことは、ないですよ……ね?
――と、言うことで、しおいは元帥を背中に背負ったまま再び鳳翔さんの食堂へと向かうことになりました。
元帥の意識は未だ戻らず、医務室に連れていった方が良いんじゃないかと思ったんですけど、元帥だから大丈夫だろうと言うことにしておいたの。
ぶっちゃけちゃうと、高雄秘書艦に元帥がボコられるのは周知の事実……ってか、ちょっとくらいは反省して自重して下さいよ……
元帥だから仕方ないね……と、笑っちゃいそうだけど、鎮守府の外で同じようなことをしたら、高雄秘書艦の方が危ないと思うんだけどなぁ。
まぁ、さすがにその辺のことは高雄秘書艦も分かっているだろうし、心配はしていないけどね。何だかんだと言って、2人とも居なくなったら困るんだし。
そんなことを考えながら鳳翔さんの食堂のすぐ傍までやってきたんだけど、入口の前でコンビニにたむろする不良のような4人の姿が見えちゃったんだよね……
辺り構わずメンチビームを飛ばしながらその座り方って……完全にヤバいんじゃないかな……?
イクの目が完全に座っているし、白いダボダボの服を着ていたら完全にアレにしか見えない。更に木刀を持って、近くに単車があったら……これはもう完全にアウトだよねっ!?
早くみんなを説得しなければ――と、しおいは急いで走りだそうとしたの。
「ふむ……なるほどなるほど。大きさ自体はそれ程でもないけど、この触り心地は……良いね」
するといきなり背中の方から元帥の声が聞こえ、手がしおいの胸の辺りに……
「き、きゃあああああっ!?」
「あー、うんうん。これ良いわ。揉みごたえが最高で……」
「ひ、飛行機格納筒はあんまり触っちゃダメですよっ!」
「えー、別に良いじゃんー。減るもんじゃないし……」
「やだやだやだーーーっ!」
あまりにありえない状況に、しおいは慌てて元帥を引きはがそうと手を掴んだ瞬間、
「……え、うわあああっ!?」
「……あっ」
思いっきり、背負い投げの要領でみんなの方へ投げちゃったんです。
「ぐへっ!」
「「「………………」」」
イクたちは飛んできた元帥を軽々と避け、冷たい視線で見下ろしているんですけど……
「あ、あいたたた……あれ?」
その視線に気づいた元帥はみんなの顔を見上げ、額にびっしょりと汗を浮かばせていました。
「あ、あの……いや、今のはだね……」
弁解しようにも、上手く言葉が出てこない元帥。みんなは小さい声でボソボソと相談している。
そして、焦る元帥の横にしゃがみ込んだイクは、ニッコリと笑いながら肩に手を置いて、
「イクの魚雷……ウズウズしてるのね……」
不敵な笑み――と、表現するには優し過ぎるようなその顔を見た元帥は、口からブクブクと泡を吹きながら気絶しちゃったんだよね。
まぁ、今回はしおいも怒っちゃっているから、ざまあみろって感じだけどねっ!
セクハラ、ダメ、絶対……だよっ!
「……と、言うことなんです」
気絶した元帥を介抱して起きたところで、みんなの中では比較的落ち着いているように見えたハチが、現在の待遇状況について説明し終えたの。
「……んむぅ。それは……ちょっと酷いなぁ……」
「そうでしょ元帥! 毎日毎日オリョクルを最低10回なんて、とてもじゃないけど有り得ないわっ!」
「小破してもそのまま出撃しろだなんて、さすがに酷過ぎるの!」
イムヤやイクの言葉に頷いた元帥は、小さくため息を吐きながらみんなの顔を見たんだよね。
「分かった。今は僕の部隊じゃないと言えど、さすがにこれを見逃す訳にはいかない。すぐにでも改善するように指示をするから、襲撃するのは止めてくれないかな?」
「ほ、本当……でちか?」
「うん。僕の命に代えても、君たちを守ってみせるよ」
「ふあぁ……なんだか元帥、カッコいいです……」
まるゆは元帥を見ながら目をキラキラとさせていたんだけれど、さっきしおいの胸を触っていたのと同一人物だからね……と、説明したい。
間違っても元帥に惚れちゃったらダメ。後々後悔するだけじゃなく、高雄秘書艦から目を付けられて……
うん。その後の未来がとてもじゃないけど想像できない。分かるのは完全に真っ暗ということだけだよね。
あとついでに言っておくと、まるゆの言葉に反応した元帥がそれとなくニヒルな笑みを浮かべてポーズを取っているんだけど……ぶっちゃけて気持ち悪いよ?
「それじゃあ、早速お願いするの!」
「ああ、今すぐ提督の元に……」
イクにそう言われて頷いた元帥は、踵を返そうとしたんだけれど……
「ま、まるゆ!」
「ふええっ!?」
急に大きな声が響いてビックリしたしおいたちは、慌てて振り返ったの。
そこには……この鎮守府には珍しい恰好をした1人の男性が、すごい剣幕で立っていたんだよね。
次回予告
いきなり響いた大きな声に、しおいたちは振り返った。
するとそこには、ここでは場違いといえる人物が立っていた。
そして、まるゆちゃんが……大ピンチっ!?
艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『しおいの潜水艦談話』
その3「庇う理由は人それぞれ」(完)
まさかのリクエストキャラが新登場!
しおい編はこれで終わりですっ!
乞うご期待!
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