先生の立場が危うくなってしまった気がしますが、なんとか佐世保への許可が取れました。
そしてやってきました故郷の土地。
早速、元帥の知り合いである提督と話をし、神通から聞いていた”とある艦娘”に会いに行ったのですが……
ひゃっはーっ! 故郷に帰ってきたですよーっ!
――って、ちょっとテンションが上がっちゃいました。いやはや、反省反省。
そんなこんなで元帥に許可を貰った青葉は、佐世保鎮守府にやってきました。
天候にも恵まれ、道中に深海棲艦の姿もなく、全てが上手くいっている感じに青葉の気分も高揚しちゃいます。
ですが、あまり羽目を外し過ぎては後々面倒になりますので、やるべき事はちゃんとやっておきましょう。
前もって元帥から連絡を入れて貰ったおかげで、佐世保に着いた青葉は何の問題もなく鎮守府内へと入る事ができました。もちろん必要な手続きはしないといけませんから、担当する艦娘に渡されたいくつかの書類にサインをしつつ、お土産を渡して談笑なんかもしちゃいました。
そして次に青葉は必要な情報を得る為、元帥の知り合いである安西提督に会う事になりました。どうやら安西提督は、今現在舞鶴に居る比叡、霧島を指揮し、子供の姿で見つかった榛名を発見した方でもあるようでした。
つまり、比叡達が子供化した事を知っているはずなので、少しは情報が貰えるかもしれません。もちろん、完璧に治す方法は知らないでしょうけれど。
もし知っていたら、子供になった比叡達が舞鶴の方にやってくる必要性が無い――と、思えちゃいますが、幼稚園に長女の金剛が居ますのでどちらに転んでも転属してきたでしょうね。
姉妹なのだから同じ場所に居たいというのは青葉も分かります。ただ、目に余る姉妹もいるようですけど……って、この話は止めにしましょう。
そうじゃないと、何だか嫌な予感がします。なんだか背筋に嫌な気配が……
「……大丈夫ですか?」
「え、あ、はいっ。すみませんっ!」
危ない危ない。何だかんだで、その提督さんとお話し中である事をすっかり忘れていました。考え過ぎにも注意をしないといけませんね。
「少し顔色が悪いように見えますが、長い航海で疲れたのではないですか?」
「いえいえ、ちょっとだけ嫌な予感がしただけなので心配ありませんっ」
「そうですか。具合が悪くなるようでしたら、気にせずに言って下さいね」
「あ、ありがとうございます」
青葉はそう言って提督に頭を下げました。
うむむ……元帥とはまた違った意味で凄い人ですよね。
口調も丁寧ですし、非常に落ちついた雰囲気に好感が持てます。体格はかなりの大柄で、お歳も結構お召の様ですけど、それが良い感じに見えちゃうんですよね。
ただ、なんと言うかその……バスケがしたくなっちゃうのと、顎下をプニプニしたくなるのは気のせいじゃないと思うんですけどねー。
「そうですか……そちらでも艦娘が子供化してしまったのですね……」
青葉が簡潔に事の流れを説明すると、安西提督は表情を曇らせながらため息を吐きました。
「轟沈しかけていた那珂を助ける為に、応急修理女神を無理矢理使用したらしいです。舞鶴に居る神通は、この方法をこちらに居る明石に聞いたと言っていたのですが……」
「ええ、その方法は以前明石が行ったモノと同じでしょう。その結果が、現在そちらの幼稚園に居る比叡達です」
「……と、言う事は、やはりまだ……?」
「残念ながら、元に戻す方法は見つかっていません。明石がそれについての研究を行っているはずですが……」
そう言った安西提督は、なぜか表情を更に曇らせて視線を逸らせました。
「………………」
怪しいです。青葉のセンサーがビビッと感じちゃいましたっ!
安西提督は何かを隠しているか、言いたくないかのどちらかでしょうが……青葉の目と耳は誤魔化せませんっ!
「何か……問題でも?」
一拍間をおいてから、青葉は安西提督に問いかけました。
「それについては、直接明石に会って聞いてくれる方が助かります。私では如何せん、やり難いもので……」
「やり難い……ですか」
なぜその言葉を使ったのかが分かりませんが、明石に直接会うという許可はいただけましたし、その方がこちらとしても手っ取り早いですね。
ちょっぴりダンディーな安西提督とお別れするのは残念ですけど……って、青葉には先生という……でもなくてっ!
うぅ……なんだか最近調子が悪いですっ! こういう時は冷静にならなくてはいけませんっ!
「分かりましたっ。それでは明石に会って話をしてみますっ!」
「私ではお役に立てなくて申し訳ありませんが、那珂の子供化……そして比叡達の事を宜しくお願いします」
言って、安西提督は深々と青葉に頭を下げてくれました。
提督であるにもかかわらず、他の鎮守府に所属する青葉にここまで頭を下げるなんて……これは頑張らないといけませんねっ!
「はいっ! 不肖青葉、頑張って元に戻す方法を探ってみせますっ!」
「ありがとう……。ですが、無理はしないで下さいね」
安西提督の優しい言葉にお辞儀をした青葉は、早速明石の元へと急ぐ事にしました。
那珂だけじゃなく比叡達の分まで背負う事になっちゃいましたが、何だか嫌じゃない気分に青葉の調子も元に戻ってきそうだと……思っていたんですけどね……
「いらっしゃい~。あれ、もしかしてお客さんって学生さん?」
安西提督に聞いた部屋に入った途端、中に居た一人の艦娘がいきなりそんな事を言ってきました。
「……確かに服装はセーラー服ですけど、その発言は色んな意味で止めておいた方が良いと思いますよ?」
「あっ、やっぱり? 他の子達にも受けが悪くてさ~……って、貴方は一体誰かな?」
「誰かも分からずにネタを振るなんて、色んな意味で凄いですよね……」
初っ端から躓きそうなんですが、青葉の情報から察するに目の前に居る艦娘が明石だと思います。
――というか、明石は艦娘で唯一の工作艦ですし、見た瞬間にそうだと分かっちゃいますよね。
「まぁ、冗談だけどね。貴方が安西提督の言っていた青葉で良いのよね?」
「ええ、その通りです」
分かっていたのなら、最初から真面目にやって下さいよ……と、思っちゃいますが、こういう性格の人かもしれませんからスルーしておく事にしましょう。
青葉はちゃんと空気が読めるのです。そうじゃないと、修羅場なんて渡ってこられませんからねー。
………………
なんだか嫌な視線を感じるような気がしますけど、聞く耳持たないのでそれもスルーですよ?
「話によると、舞鶴の那珂って艦娘が子供化しちゃったと……まぁ、あの方法を使えば仕方が無いんだけどさ」
「その言い方だと、やっぱり初めから分かっていたんですね?」
「んー、そうだよ。だから、緊急時以外は絶対にやらないようにって教えたんだけどね」
そう言って、明石はバインダーに挟んだ用紙にスラスラと文字を書き込んでいました。
神通から聞いた限り、那珂が轟沈しかけていた事を考えれば仕方のない事なんですが、もしかすると子供化してしまう件については伝えられていなかったのではないでしょうか。
まぁ、現実に子供になっちゃっているので、ここを突いたところであまり意味は無いんですけどねー。
今知りたい事は、子供になった身体を元に戻す方法なんですけど、先程安西提督がやり難いと言った理由がいまいち分からないんですよ。
確かに明石は開口一番で危うい発言をかましてくれましたけど、これくらいの事は舞鶴は日常茶飯事ですし。
いや、むしろ秘書艦のスパルタ訓練を考えたら優し過ぎますね。元帥への恨みの籠った歌を歌いながらグラウンドでマラソン以上の距離を走るとか、ただの苛めだとしか思えませんし。
おかげで暫くの間、歌が耳に残ってしまって大変なんです。あれは確実に洗脳曲ですよっ!
「ところでちょっと良い?」
「……はい?」
なぜか明石が指でこっちへ来いって仕草をしていますけど、どういう事なんでしょう?
まさかいきなり羽交い絞めされる様な事はないでしょうけど、一応注意しつつ近づいてみます。
「両手出してくれる?」
「はぁ……両手ですか?」
言われた通り両手を明石に向けて出しましたけど……
「手の平じゃなくて甲を上に向けてくれないかな」
「えっと……これで良いですか?」
「うんうん、ありがとね……っと」
メリッ……
「ひぎ……っ!?」
「うーわー……こりゃ酷いね。カッチカチに固まっちゃっているもん」
「痛っ、いたたたたたっ!」
ちょっ、明石の親指が青葉の親指と人差し指の間くらいにめり込んじゃってますっ! マジパナイ痛みが手から腕にかけて電流の様に駆け巡ってますよぉっ!
「あ、明石……さんっ! 痛い痛い痛いっ!」
「大丈夫大丈夫。痛みは最初のうちだけで、慣れてしまったら問題無いから」
「問題ありまくりですぅぅぅっ!」
あまりの痛さに飛び上がりたい程なのに、全く身体が言う事を聞いてくれませんっ! まるで、椅子に貼りつけられた感じなんですよぉっ!
「あー……肩と首こりに眼精疲労、それに全身の倦怠感まであるんじゃないかな?」
「今はそんなのより、手と腕の痛みの方が酷いですーーーっ!」
「最初は誰もがそう言うのよねー。でも慣れちゃうと、病みつきになるんですよー?」
「口調と顔が合ってませんっ! なんでそんなに頬を赤く染めながら息を荒々しくさせて青葉をいやらしい目で見ているんですかっ!?」
「えー……だって榛名ちゃんが居なくなっちゃってからは、こうやってツボのポイントをグリグリしながら悲鳴を上がるのを見るくらいしか楽しみが無くて……」
「ドSですぅぅぅっ!」
「何を今更……褒めないでよー」
「褒めてもいませんし、今さっき初めて会ったばかりですよぉぉぉっ!」
「そんな事は気にしない気にしなーい」
「気にして下さいってばーーーっ!」
それから暫くの間、青葉は明石に身体中のツボを突かれて悲鳴を上げることになってしまいました……
安西提督が言っていたやり難いって話は……こういう事だったんですね……
「はい、これで完了です。お疲れ様でしたー」
明石はベッドにうつ伏せで倒れこんだ青葉のお尻をペシンと叩くと、椅子に座ってメモを取っていました。
あうぅぅぅ……身体中が痛いですよぉ……
「いっぱい押しちゃったから、明日辺りに揉み返しがくると思うからねー」
「踏んだり蹴ったりじゃないですかっ!」
「大丈夫だって。揉み返しが終わったら、身体中が軽くなる筈だから」
「筈……?」
「うん。効果は未知数っ! だからねー」
「酷いっ!」
「冗談冗談っ。ちゃんと加減しておいたから、問題無い筈だよー」
「だから筈って……」
そう言って明石を見つめる青葉の視線に、顔を逸らしまくっているのはなぜなんでしょうか……
あ、明日の青葉の身体が滅茶苦茶心配ですっ!
「ところでさっきツボを押していた時に気づいたんだけど、青葉って胃痛持ちだったりする?」
「え……?」
「足裏の時にかなりの悲鳴だったけど、まるっきり榛名ちゃんと一緒だったんだよね」
「榛名ちゃん……って、幼稚園に居る榛名ちゃんですよね?」
「そうそう、愛しの可愛い榛名ちゃんだよー。マイラブリーエンジェルだよねー」
い、いや……青葉に同意を求められても困るんですけど。
しかし胃痛持ちと言われても、自覚症状とか全く無いし……
そりゃあ、愛宕さんとか秘書艦に睨まれた時は……痛くなっちゃいますけどね。
「んー、その顔だと自覚症状は無しかー。まぁ、暇な時にでも精密検査を受ける事をお勧めするよー」
「は、はぁ……」
そんな事を言われたら気になっちゃうんですけど……
でも今は、先に那珂の身体を直す方法を調べないといけませんよね。
「そ、それで、子供化した身体を治す方法なんですが……」
「あー、うん。その件ね……」
そう言った明石はバインダーで顔を隠すようにしているんですけど……
「じー」(青葉の見ちゃいました視線アターック)
「………………」
「じーーー」(青葉の更に見ちゃいました視線アターック)
「………………」
「じーーーーー」(青葉の完璧に見ちゃいました視線アターック)
「……え、えっと」
「……分からないんですね?」
「う、うん……そうなんだよね……」
あはは……と、乾いた笑い声を上げながら、明石は苦笑を浮かべています。
「それじゃあなんで最初っから言ってくれなかったんですか?」
「それは……その……」
「もしかして、Sっ気出しまくったせいで最近誰も来ないから、のこのこやって来た青葉に狙いを定めたって事ですか?」
「……ぎくっ」
「つまり、青葉は押され損って訳ですね……?」
「い、いやいやっ、それは無いよっ! ちゃんと治療もしといたから……」
「……『も』?」
「う、うぐ……っ」
黙り込んだ明石は青葉の視線に耐えきれず、バインダーの影に顔を完全に隠そうとしますが……そうはいきません。
渾身の力を込めてバインダーを上から押し付けて、満面の笑みを明石に向けちゃいます。
もちろん、威圧感たっぷりに……ですけどねー。
「あ、あの……青葉……さん?」
「青葉……ちょっとだけ怒っちゃいました……」
「ひいいぃっ!」
さて、どうしてあげましょうかねぇ……
「ご、ごめんなさいっ! 悪気は無かったんですよぉっ!」
「あってもなかっても、痛かった事に変わりはありませんよねー?」
「ち、治療の為なんですっ! ツボ押し指圧は健康に良いんですよっ!」
「悲鳴を聞いて優越感に浸っていたんでしょー?」
「ぼ、暴力反対っ! もうしませんから許して下さいっ!」
「……人聞きの悪い事を言わないで下さい。青葉はそんな、何でもかんでも暴力で済ませる艦娘じゃないです」
愛宕とか秘書艦じゃあるまいし……って、ここだけの話ですよ?
「そ、それじゃあ……」
「反省しているみたいですから、今ここで仕返しはしないでおきます」
「あ、ありがとうございますっ!」
そう言ってペコペコと頭を下げる明石ですけど、ちゃんと青葉の言葉を聞いていたのでしょうか?
今ここでしないだけで、後々何かが起こるかもしれませんよー。
主に、噂とかそういう類ですけどねー。
コノ恨ミ、ハラサデオクベキカ……
「……な、なんだか目が怖いんですけど」
「気ノセイデスヨー?」
「そ、そうなんですかね……」
まだ少し身体を震わせている明石ですが、青葉にはもう用事がありませんのでさっさとおさらばしちゃいます。
背中越しに胸を撫で下ろすようなため息が聞こえてきましたけど、安心しない方が良いですよ……と、思いながら、青葉は部屋を出ていきました。
さて、どんなネタを撒いちゃいますかねぇー。
次回予告
悶絶レベルの指圧を食らった後の事なんですが、またもや青葉に危機が迫ってきましたっ!
なんと今度はかどわかしっ!?
青葉はいったい、どこに連れて行かれるんですかーーーっ!
艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
その5「呑み勝負は致しませんっ!」
乞うご期待!
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