艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 元中将が主人公に向けて拳銃を構える。
まさに絶体絶命の時、何を思い、何を語るのか。

 呉鎮守府での決戦が――ついに終わる。


その20「命の重さ」

 

 元中将が笑みを浮かべながら、俺を見ている。

 

 その手には、俺が懐にしまっていた9mm拳銃があり、銃口が俺の胸へと向けられる。

 

「これでもう、足掻くことはできん」

 

 勝ち誇ったように言葉を発する元中将。

 

 絶望の表情を浮かべたまま立ち尽くすヲ級。

 

 未だ気絶したままのレ級。

 

 一向に目を覚まさない北方棲姫。

 

 そして――肩で息をしながら、元中将を睨みつける俺がいる。

 

「ふん……こんな状態になっても、そんな目を浮かべるのか……」

 

 元中将は吐き捨てるように言う。

 

 そして、何かを思いついたように話し始めた。

 

「言い残すことはあるか……と聞くべきだろうが、その前にいくつか話せ」

 

「………………」

 

 俺は答えずに元中将を睨む。

 

 そんな俺の様子を見て、元中将は鼻で笑いながら言葉を続けた。

 

「なぜ、貴様はここに来たのだ?」

 

 その問いに俺は答えず、ジッと元中将を睨みつける。

 

「答える気が無いなら……そっちの奴でも良いのだぞ?」

 

 そう言って、元中将は視線をヲ級へと向けた。

 

 ヲ級の身体は深海棲艦だが、子供であるが故にどうなるか分からない。それになにより、ヲ級に被害が及ぶと分かっていて黙っているなんて、兄として失格だろう。

 

「……俺は、あんたの企みをぶち壊しに来た」

 

「まぁ、そうだろうな。私が捕らえておいた北方棲姫を見つけだし、深海棲艦共と分離させようという魂胆だろう」

 

「………………」

 

 それが分かっておいて、なぜ聞いたのだと目で訴える。

 

 すると、元中将はニンマリと笑いながら話を続けた。

 

「貴様等を呼び寄せたのは……まず、奴だろうな。私が指揮を取り始めた当初から口煩かったし、北方棲姫を捕らえたときも一番反抗していた」

 

 それは多分――いや、間違いなくル級のことだろう。

 

 しかし、そのことをばらしてしまう程、俺は馬鹿でも無い。

 

「だがそれでも……だ。深海棲艦である奴の言うことを真に受けて、貴様がここに来ることは予想できなかった。正直に言って驚いたが、同時に嬉しさも込み上げてきたぞ」

 

 それは、俺に復讐するため。

 

 元帥を失態させ、自分が成り代わろうとする元中将の企みをぶち壊した張本人として、誰よりも恨んでいただろう。

 

 その相手が、今、目の前にいる。

 

 自分の手には、圧倒的有利になる拳銃を持ち、

 

 相手である俺は、立っているのも辛い程にボロボロで、

 

 ただ、睨みつけることしかできないでいる。

 

「そして貴様は失敗した。目標を目の前にし、無残にも敗れ去るのだ」

 

 かつて自分がそうなってしまったように。

 

 今度はその気持ちを味わいながら死んでいけ――と、俺の眉間に照準を合わせる。

 

「それでは最後に聞こう。言い残す言葉はあるか?」

 

 笑みを浮かべたまま、元中将は問う。

 

 明らかに慢心しているであろう声で言い、

 

 だけど、しっかりと銃口は俺に向いている。

 

「俺は……」

 

 生まれてから、これで三度目になる拳銃の恐怖。

 

 一度目と二度目は、舞鶴鎮守府の正門。

 

 門衛に向けられた拳銃は、あくまで脅しといった感じだった。

 

 だけど今、俺に向けられている銃口は、

 

 明らかに殺意を持って、真っ直ぐ眉間へと向いている。

 

「人間と、艦娘……」

 

 この状況がどれだけ有利で、どれだけ不利かを分かっている。

 

「そして、深海棲艦が……」

 

 だからこそ、俺はしっかりと元中将に向かって言い放つ。

 

「一緒に暮らせる世界を望む」

 

 俺の願い。

 

 ル級と話して決めた思い。

 

 ヲ級が弟の生まれ変わりだったと知り、それが現実になるかもしれないと思えた世界を、

 

「だからこそ……俺は一歩も引かない」

 

 破壊しようとする元中将に訴えた。

 

「………………」

 

 大きく見開いた目。

 

 驚きの余り、無言のまま、俺を見つめる元中将。

 

 そして、こぼれ出す笑い声。

 

「くくく……はははっ!」

 

 馬鹿にしたような顔で。いや、実際に馬鹿にしているんだろうけれど。

 

 元中将は、俺に向かって笑いながら叫ぶように声をあげた。

 

「そんな世界が、本当に有り得ると思うのかっ!?」

 

「もちろん俺が……いや、皆で創るんだ……」

 

「今から死ぬと言うのにかっ!?」

 

「そんな気は……さらさら無い」

 

「この状況で、そんな口が聞けるとは……くくく……っ……」

 

 血みどろになった手で頭を掻きむしりながら笑い、

 

「片腹痛いとは、正にこのことか」

 

 そして、急に笑みを消し去った。

 

「もういい、飽きた」

 

 そう、言って――

 

 トリガーに指をかける。

 

「オ兄チャンッ!」

 

 咄嗟に叫ぶヲ級の声が聞こえ、

 

 俺は最後の力を振り絞って体勢を落とし、走り出す。

 

「馬鹿が……っ!」

 

 それを読んでいたかのように、元中将は銃口を動かして俺の身体に照準を合わせ、

 

「死ねっ!」

 

 

 

 トリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな音が部屋に鳴り響く。

 

 それは終決の音。

 

 戦いが終わったことを知らせる音。

 

 身体を震わせたヲ級は目を開き、

 

 驚きの表情を浮かべていた。

 

「ふぅ……」

 

 立っているのは俺一人。

 

 拳銃を撃とうとした元中将は鼻から大量の血を吹出しながら、床に転がってノビていた。

 

「ナ、ナン……デ?」

 

 訳が分からないと言った風に、ヲ級は俺に問う。

 

「何でって言われるとアレなんだが、もしかして俺が撃たれた方が良かったのか?」

 

「ソ、ソンナ訳無イデショッ!」 

 

 怒りを露にしたヲ級は叫び、

 

 俺の胸に飛び込んできた。

 

「おいおい……フラフラなんだから、金剛みたいにタックルをするのは止めてくれよ……」

 

「馬鹿ッ! 僕ガドレダケ心配シタノカ、分カッテイルノッ!?」

 

「それはまぁ……すまないとは思っているけどさ……」

 

 俺はそう言って、ヲ級の頭を優しく撫でた。

 

 何度も優しく、いつものように。

 

 泣きじゃくる子供達をあやすように。

 

 笑みを浮かべよう――と思った瞬間だった。

 

「ぐぅぅぅ……っ」

 

「「……っ!?」」

 

 声に気づいた俺とヲ級は、慌ててそちらの方へと視線を向けた。

 

 ノビていたはずの元中将が、血まみれになった顔を押さえながら立ち上がろうとするのが見え、咄嗟に構えを取ろうとする。

 

「な……ぜだ……っ、なぜ撃てんっ!」

 

 元中将の手には拳銃がある。

 

 何度も俺に銃口を向けてトリガーを引くが、銃弾は一向に発射されない。

 

「どうしてっ、なぜっ、弾が出んのだっ! これではまるで、ただの脅しの道具でしか……っ!」

 

 そう言って、元中将は床に向かって拳銃を投げ捨て、大きな金属音が部屋中に鳴り響いた。

 

 それでもなお、拳銃は弾を発することなく跳ね返り、

 

 静かに床へと落ちていった。

 

 

 

 ――そう。

 

 俺は、夕張から拳銃を預かったあのときに決めていた。

 

 絶対に、使う気は無いと。

 

 扱い慣れていないからではない。

 

 命を奪うであろう武器を、使いたいと思わない。

 

 もう二度と、目の前で誰も死なせたくない。

 

 それが、家族を目の前で亡くした俺の気持ち。

 

 あんな思いは、もう懲り懲りなのだ。

 

 だから――俺はコッソリと、誰にも気づかれずに銃弾を抜いておいただけ。

 

 ただ、それだけのことなのだ。

 

「こう……なったら、力ずくで……っ!」

 

 鬼のような形相を浮かべるも、すでに元中将に覇気は無く、

 

 ヨロヨロとふらつきながら、俺の方へと歩いて来る。

 

「やられは……せん……っ、やられは……せんぞぉっ!」

 

「「………………」」

 

 だが、俺もヲ級も構えを取ることはせずに扉の方を見る。

 

「ヒーローハ、遅レテヤッテ来ル……ッテネ」

 

 そこには、シリアスな状況を完全に破壊すべく、悪魔のような笑みを浮かべた――

 

 

 

 ル級が立っていた。

 

 

 

 

 

 声に驚いた元中将が振り返る。

 

 そして、悪魔の使者を見たかのように、驚愕の顔を浮かべながら身体を震わせた。

 

「貴様……ぁ……っ!」

 

「動クナ」

 

 腕を振りかぶろうとした元中将に向けて、ル級が艤装の砲口を突きつける。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 拳銃とは比べものにならない大きさの艤装は、脅しに使うには充分過ぎるほど絶大であり、元中将は額に大量の汗を浮かび上がらせながら、一歩も動けずにその場で止まった。

 

「マサカ、目ト鼻ノ先デアル場所ニ北方棲姫様ヲ隠シテイタトハ……正ニ灯台モト暗シダナ」

 

 言って、ル級は床で横たわって寝ている北方棲姫を見た。嬉しそうに安堵する表情を見せた後、再び元中将を睨みつける。

 

「北方棲姫様ノ無事ヲ確認デキタ今、貴様ヲ生カシテオク必要ハ無イ」

 

 ル級の艤装が大きく軋むような音を鳴らし、今にも砲弾を発射させんと構えを取る。

 

 ……って、この状況で元中将を撃てば、部屋の中にいる俺やヲ級、レ級に北方棲姫もヤバいと思うんだけど。

 

「こ……この……っ!」

 

 声はあげれど身体は動かない。小刻みに身体を震わせた元中将の顔は大きく青ざめ、ガチガチと歯を鳴らしていた。

 

「貴様ノ身体ハ塵一ツ残サン。己ノ罪ハ、アノ世デ悔イルガ良イ」

 

「ま……待て……っ!」

 

 血みどろになった手をル級に向けながら、なんとか命ごいをしようとする元中将。しかしル級は気にすることなく、ゆっくりと腕を振り上げようとする。

 

「ル級、待ってくれ……」

 

「……ナンダ?」

 

 構えは解かず、いつでも撃てる体勢でル級は俺に問う。

 

「まず一つなんだが……このまま撃てば、元中将どころか俺達まで危ないんだけど……」

 

「……ム」

 

 俺の言葉を聞いてル級は少しだけ表情を曇らせたが、すぐに言い返すように口を開く。

 

「ソレナラ、今スグ北方棲姫様トレ級ヲ連レテ、コノ部屋カラ出テクレナイカ?」

 

「それもアリと言えばそうなんだが……頼んで良いか?」

 

「……頼ミ?」

 

 ル級は不思議そうな表情をチラッと見せるも、目は元中将をしっかりと捕らえて離さない。

 

「先生ニハ、感謝仕切レナイ程ノ恩ガアル。私ガ叶エラレルコトデアレバ……」

 

「なら……元中将を、殺さないでくれ……」

 

「ナンダトッ!?」

 

 俺の言葉に、ル級は驚きを隠せないといった風に声をあげた。

 

「ソンナニボロボロニナルマデ殴ラレテ、先生ハコイツヲ恨ンデイナイト言ウノカ!?」

 

「そりゃあ、怒りや恨み……その他にも色々と考えはあるさ……」

 

「ナラバ、ドウシテ……ッ!?」

 

 声を張り上げるようにル級が問う。

 

 俺はル級、元中将と視線を向け、最後にヲ級の顔を見る。

 

 そして、ル級の目をしっかりと見つめながら、ハッキリと答えた。

 

「もう二度と、俺達の前で誰かが死ぬところを見たくない」

 

 沈みゆく船に取り残された、両親の顔が浮かぶ。

 

 砲弾によって水柱と化し、そのまま消えていった弟の顔が浮かぶ。

 

 未だ忘れられぬ想い出を、呼び起こすようなことはしたくない。

 

 たとえそれが敵であったとしても、

 

 俺が耐えられたとしても、

 

 ヲ級の前だけは――避けておきたいのだ。

 

「甘過ギル」

 

 ル級は砲口を元中将に向けたまま、顔は俺に向けて口を開く。

 

「ダガ、恩人ノ願イヲ断ル訳ニモイカン……カ……」

 

 そう――言い終えて、ル級は艤装を静かに下ろした。

 

「は……はは……っ、ははははっ!」

 

 それを見た元中将は笑い出し、袖で額を拭いながら声をあげる。

 

「こ、こんなことで、貴様を許すとは……」

 

「黙レ」

 

「う……ぐっ!」

 

 ル級は睨みを利かせ、元中将を黙らせる。

 

「サッサト消エロ。サモナクバ……」 

 

「お、覚えておけっ! 必ず後悔させてやるからなっ!」

 

 ル級の脅しに屈するように元中将は扉の方へと走りだし、捨て台詞を残しながら部屋の外へと駆けて行った。

 

 なんて、テンプレなんだ……と思いながら俺は大きくため息を吐き、部屋の中を見回して、皆の姿を確認する。

 

 

 

 気絶したままのレ級。

 

 

 

 眠ったままの北方棲姫。

 

 

 

 呆れた表情で小さく笑みを浮かべたル級。

 

 

 

 そして、涙を浮かべながら俺に抱き着いてきたヲ級。

 

 

 

 俺は、ヲ級の頭を優しく撫でながら笑みを浮かべ、

 

 こちらの方に歩いてきたル級とハイタッチを交わし、

 

 

 

 作戦の成功を――確信した。

 

 





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次回予告

 呉での戦いが終わった。
主人公は自分自身の思いを通し抜き、全てが終わった――かに見えた。

 そう――これではまだ、終われない?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その21「望んだ未来の第一歩」完


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