主人公の背中に、ここ一週間前くらいから感じる視線。
毎日感じる違和感に、だんだんと精神を蝕まれていく主人公。
心配した子どもたちが主人公に声をかけ、幽霊の噂を口にする。
はたして視線は誰なのか、それとも本当に幽霊が!?
艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~
本日から7日間、毎日更新でお届けします!
その1
「ぎゃああああああああっ!」
真っ暗な通路に悲鳴が響き、俺は身体を震わせながら声のする方を向く。すると、小さな影が凄い勢いで俺の方へと走ってきて、驚きのあまり大きな声を上げてしまった。
「うわあっ! なっ、何なんだいったい!?」
「うふふふふ~、待ってぇ~、待ってよぉ~」
俺に向かって走ってくる小さな影の後ろから、同じくらいの影が追いかけてくる。
その影は以上なほど頭が縦に長く、人の形とはあまりにかけ離れていた。しかも、長細い頭の両側に、大きく見開いた目がぎょろりと明かりに反射して光り、見た者の恐怖を倍増させる。
「だずげでぇぇぇぇっ!」
俺に近い方の小さな影が、泣き叫びながら両手を広げ声を上げる。
「や、やめろっ、こっちに来るなぁっ、ぶっ飛ばすぞぉぉぉぉっ!」
パニックに陥って逃げる俺は、走りながら何度も声を上げ、通路を縦横無尽に駆け回る。
もちろん、改造人間にされそうになっている場面ではない。
ただ、幽霊がでるという噂を聞き、事情があった俺は夜の幼稚園を見回っていただけなのだ。
まずは、その理由からお話しよう。
さて、それではまず一つ、質問をしたい。
あなたは、一人で歩いているときに、変な視線を感じたことがあるだろうか。
どこから向けられているのか分からない、背中をじっと見つめられているような気配が、背筋をぞくりと凍らせる。
まるで、一つ一つの動作を全て確認するかのようにまとわりつく視線は、気にしないようにしていても、いつの間にか思考にすら絡みつき、どんどん心を浸食していく。
そんな状況に陥った人は、誰かに助けを求めるか、原因を追究するために動くか、殻に閉じこもるように引きこもるのか――対応はそれぞれだろう。
もちろん、こんな話をしたのだから分かっているとは思うのだが、一応話しておく、
今も俺の背中には、まとわりつくような視線を感じている。
はたしてそれは、誰の視線なのか。
それとも題名の如く、幽霊という存在の仕業なのだろうか。
今の俺には、まだ分からないことなのであるけれど、取るべき方法は決まっている。
誰かに助言を求め、原因を追究するために動き、身に危険があれば回避する。
つまり、俺は諦めが悪いのだ。
だけど、決して後ろには引かない。引きたくない。
出来ることから始めよう。それが今の俺に出来ることなのだから。
その結果、誰かが傷つくことになるかもしれないけれど、出来るだけそれは避けようと頑張るし、精一杯の努力はしよう。
だから、一言、言わせて欲しい。
頼むから、勘弁して下さい。
「………………」
朝の日差しが窓から差し込む通路を、俺は黙って歩いていた。手には子どもたちが使う道具を持ち、赤い絨毯の通路を踏みしめながら、倉庫から遊技室へと向かっている。
「……どこから……なんだ?」
顔はそのままに、目をきょろきょろと動かして視線の元を探る。だが、一向に『それ』は見あたらなかった。
肩を落とし、足取りが重くなってしまった俺は、大きなため息をつく。何度、こんな動作を繰り返したのだろう。相手に気づかれる大きい動作で、露骨に探し回ったりもした。声を荒らげて、怒鳴ったりもした。だけど、原因はまったく分からなかった。
初めに視線を感じたのは一週間ほど前だったと思う。場所は今居る幼稚園の中で、子どもたちの面倒を見ていたときだった。最初の頃は、子どもたちの誰かが俺を見ているのかなと思っていたのだが、昼寝の時間になり、子どもたちを寝かしつけた後、一人で居るときにも視線を感じたのが、気になりだしたきっかけである。その時はあまり深く考えず、気のせいだと思っていたのだが、あまりにも長く、そしてだんだんと強く感じる視線に、さすがに俺も気になって、どこから向けられているのか、誰が向けているのか、何故向けているのかと、だんだんと腹が立ち、頭に血が上りながら探しまくったのだが、見つけることは出来なかったのだ。
とは言え、幼稚園から外へ出ると視線は急に消えてなくなることが多い。あったとしても、自室に戻ってしまえば感じられなくなるので、安心できるスペースがあるのは非常に助かる。また、何故だかわからないのだけれど、愛宕と一緒に居るときだけ視線は忽然と消えてしまう気がするのだ。
それらを考えると、視線の原因が愛宕にあるのではないだろうかと考えたりもしたのだが、それならそれで、一緒に居るときに話してくれればいいし、愛宕の性格ならたぶんそうするだろう。愛宕からの熱視線となれば、俺の方も喜んで――なんだけど、残念ながら一週間受けてきた視線はそういったモノの質ではなく、ある意味粘着質的な、気持ちが悪いモノなのだ。
「……はぁ」
もう一度大きなため息を吐いた俺は、辺りを見回すのを止めて、子どもたちが待つ遊技室へと歩を進めることにした。
「いったいどうしたんデス、先生?」
「んっ、あぁ、すまんすまん……何でもないんだ……けど……」
遊技室で子どもたちにクレヨンと画用紙を渡し、好きに書くようにと声をかけたのだが、またもや感じる視線が気になって、きょろきょろと見回している挙動不審な俺に、金剛が不思議そうな表情を浮かべて近づいてきた。
「なんでもない風に見えないデース」
「やっぱり、そう見える?」
「親とはぐれた子鹿みたいに震えながら、辺りを見回しているように見えるデスよー」
「あー、うん、的を得てるな……それ」
「心配ごとがあるなら、私が相談にのりマース。泥船に乗ったつもりでバッチコーイデース!」
「いや、泥船はダメだろう……それじゃあ、カチカチ山みたいになっちゃうぞ?」
「燃やせばキレイさっぱりネー。悔やんでたって、ノーなんだからネー」
「はは……そうだな。前向きに行かないとダメだよな」
「そうそう。元気出していきまショー」
拳を振り上げて元気づけるように金剛が言う。
小さいのにしっかりした子どもに励まされる俺。だけど、情けなさよりも嬉しさが勝り、お礼を込めて頭をナデナデしてあげた。
「先生ー、アリガトネー」
「いや、俺の方こそありがとな」
笑みを浮かべて金剛の顔を見ながら、優しく髪をとかすように撫でる。指の先に触れる艶やかな茶色い髪の毛が、手の動きにあわせてさらりと舞った。
「むむむっ……デース……」
「んっ、どうした金剛?」
「てりゃーっ!」
「ごふっ!?」
いきなり腹部に頭突きを食らってもんどりうつ俺。
いままでにも何度か食らったことがあるけれど、相変わらず躊躇が無さ過ぎるぞ金剛っ!
「ふぅーっ、やっぱり先生はズルイデース!」
「な、何が……なんだ……?」
「それは自分で考えてクダサーイ!」
ぷいっと、顔を背けた金剛の耳のあたりが赤く染まっていたように見えた。
そんなに怒るようなことをした覚えはないんだけどなぁ……
お腹をさすりながら床から起き上がって金剛を見ると、自分の席に戻ってクレヨンを片手に画用紙に向かっていた。元気づけてくれたんだから、怒るわけにもいかない――と、俺はそのまま子どもたち周りを歩きながら、様子を見ていくことにした。
「ぽっぽぽーい、ぽぽーい、ぽっぽっぽぽーい」
リズム良く口ずさみながら、グリグリとオレンジ色のクレヨンを画用紙にこすりつける夕立を見る。どうやら空に浮かんでいる太陽を描いているようだけど、それ以上に口ずさんでいる歌が気になって仕方がない。どこかで聞いたことがあるような気はするのだが、思い出せないと言うことは、相当昔に聴いた曲なのだろうか。それとも、ものすごくマイナーな曲かもしれないが。
どちらにしても、気分良く描いている夕立に声をかけるのは、少々気が引ける。またの機会に聞くことにしよう。
次は潮。水色のクレヨンで海の中を描いているようで、魚がいっぱい泳いでいて、その中心に人のような姿がある。気持ちよく泳いでいるようなのだが、艤装っぽいものが描かれているので艦娘なのかもしれない。そうだったのなら、轟沈している気がするんだけれど、さすがにそれを言うと泣き出してしまいそうで、言うに言えなかった。
「おーれーはてんりゅー、がーきだいしょー」
うん、その歌の段階でダメだからね。
ちなみに絵の内容は自画像のようで、山てっぺんに仁王立ちしている姿が描かれていた。
ちなみに、一歩踏み外せば転落コースな足場の悪さに立つガキ大将。まさに紙一重だ。
「ふーんふふーん、ふーん♪」
その隣で鼻歌を歌いながらニコニコしている龍田が見える。かなり機嫌が良さそうなので、問題は起こしそうにないと思ったのだが――描いていた絵が問題だった。
一言で言うと、潜水艦轟沈の絵。
しかもメッタメタのボッロボロ。これでもかって位に穴だらけで、この間の元帥以上にダメージが大きそうである。
いったいどんな思い入れがあれば、ここまで描けるんだろうかと思えてしまうが、これも聞けそうにはない。
いのちだいじに。これが俺の龍田対策スタイルである。
「ふむ……」
ぐるりと見て回って、最後は金剛の後ろにやってきた。机の上に置かれた画用紙に、四人の人の姿が描かれている。
「いつ……会えるデスか……」
小さく呟く金剛の声が、俺の耳に届く。たぶんそれは、無意識に呟いた独り言だったのだろう。金剛の表情は悲しげに見え、俺は口より先に手が動いていた。
「ふわっ!?」
頭を撫でられて驚いた金剛は、振り向いて俺の顔を見た。その瞬間、顔を真っ赤にして俯きながら「き、聞いていた……デスか……?」と言う。
「大丈夫、もうすぐ会えるさ」
「うぅ……恥ずかしいデース……」
「ははっ、今度は逆の立場かな?」
俺はそう言いながら、先ほどと同じように優しく金剛の頭を撫で続けた。
もちろん、急な突撃に備えて少しだけ腰は引いていたけれど。
備えあれば憂いなしだからね。
「先生は、本当にズルイデス……」
「ズルくてもいいさ。みんなの先生でいられるならな」
「むー、まだまだわかってないデース」
「ん?」
またも顔を背けられ、なんでだろうと顔を捻る俺。どうも金剛の考えが分からないときがあるんだけど、いったいどうしてなんだろう。
「まっ、元気だしてがんばろうな」
「わかってマース! クヨクヨなんかしてられないデース!」
「ああ、それでこそ金剛だ」
「……っ! つ、続きを描きマース!」
再びクレヨンを持った金剛は、画用紙を抱えるようにして描きだした。
うむ、すこぶる可愛い仕草ですな。
ちなみに、金剛が描いているのは姉妹の絵なのだろうが、先ほどの会話で勘違いされても困るので前もって言っておこう。
別に、亡くなったとかそう言うのじゃないんだからねっ!
ツンデレ風に言ってみたけど、別に意味はないのであしからず。ただ単に、この幼稚園に他の三人がまだきていないだけなのだ。理由は分からないが、来る予定があるというのは愛宕から聞いているし、もう暫くすれば姉妹の再会があるのだろう。
とは言え、ぬか喜びは可哀想なので、はっきり決まってから伝えるべきと内緒にしているのだ。
その瞬間の金剛の喜ぶ顔が早く見たいので、俺としても楽しみである。
「さて、ちょっくら椅子に座るかな」
子どもたちの様子を見回した俺は、一息つこうと椅子へと向かう。
――が、背中の辺りに向けられた視線を感じ、素早く振り向いた。
「………………」
視界に入るのは、子どもたちのお絵かきする姿。それ以外に見あたるモノはない。
「何なんだ……いったい……」
ズキン……と、頭痛を感じた俺は頭を抱えながら椅子に座ってため息を吐く。
「先生なんだか、元気がないっぽい?」
ため息に気づいた夕立が、画用紙を持って俺に近づいてきた。
「あ、あぁ……すまん。ちょっと頭痛がな……」
「大丈夫っぽいっ!?」
「あぁ、少し休めば……」
頭痛を振り払おうと頭を左右に振って前を見ると、心配した子どもたちが俺の周りを囲んでいた。
「先生……大丈夫……?」
「大丈夫かよっ、先生!」
「あら~、大丈夫なの~?」
「やっぱり心配デース」
クレヨンと画用紙を持った子どもたちが、一様に声をかけてくれる。嬉しくて涙が滲みそうになるが、さすがにそれは情けないと我慢した。
「だ、大丈夫だって。ちょっと疲れてるだけ……」
そう言って、俺は椅子から立ち上がろうとしたが、感じる視線が一層強くなった瞬間に目眩を起こし、ぐらりと身体がよろめいた。
「っ! 危ないデース!」
大きな声を上げて駆け寄ってきた金剛が、俺の体を支えるようにがっしりと掴んだ。それを見た他の子どもたちも、俺の体にしがみつくように支えてくれる。
「す、すまん……助かったよ、みんな……」
目眩を振り払うように頭を大きく左右に振った俺は、しがみつく子どもたちの頭を撫でながらバランスをとって立ち上がった。
「ほ、本当に大丈夫っぽい?」
「先生……休んだ方が……」
「俺たちのことは気にしなくていいんだぜ!」
「そうよ~、休むのも大事よ~」
「こんな先生、見てられまセーン!」
心配してくれる子どもたち。先生になって、本当によかったと思えた瞬間。だけど、それ以上に、嫌に感じる視線が俺を苦しめる。
「……先生、何か心配ごとがあるのかしら~?」
「ん……い、いや……」
龍田が俺を見上げる。その目はまっすぐと俺を見つめ、真剣な眼差しで、まるで心の中を見透かすような瞳に、俺は思わず息を飲んだ。
「嘘はダメよ、せーんせっ」
「むぅ……」
ニッコリと微笑む龍田の姿に負け、俺は肩を落として椅子に座って子どもたちを見渡した。みんなは俺を真剣な眼で、心配そうな表情を浮かべて、見つめてくれている。
「わかった、俺の負けだ」
そう言った俺の声を聞いた子どもたちは、安心した表情を浮かべてほっと息を吐いた。
「実はだな……ここ一週間くらい前からなんだけれど……」
俺は、子どもたちに視線を感じることについて、包み隠さず話すことにした。
艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~
全7話構成で修正し、毎日更新していきます。
ご感想等がございましたら是非よろしくです。