https://ryurontei.booth.pm/items/69110
書籍サンプルの方も更新してたりします。
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ヲ級はやっぱりヲ級だった。
色々と疲れたものの、三人は呉への潜入を開始する。
もちろんその方法は、誰もが予想できるアレだった。
ただし――その効果は別の意味で凄いのだが。
なんとかヲ級を引きはがし、帰ったら飯抜きの刑を一週間続けるぞというお仕置きをちらつかせることによって、なんとか冷静さを取り戻させることができた。
「ヲヲ……飯抜キハ……絶対ニ……嫌ダ……」
ブツブツと呟きながら俺を引っ張るヲ級が若干可哀相に思えてくるが、さすがにさっきのはやり過ぎだったと心を鬼にして、慰めるのはしないでおく。
「ヲ級、先生ッ。モウチョットデ、着クヨッ!」
前方から聞こえてくるレ級の声を聞き、気持ちを切り替えるために空いた方の手をギュッと握る。これから向かう場所は深海棲艦が占領している呉鎮守府。一つのミスが命取りになってもおかしくない。
内部でバッタリ深海棲艦に出会ってしまったら、どう転ぶかは全く予想が付かないのだ。レ級が仲間に通達をしてくれていたとしても、そいつがレ級側なのか元中将側なのかの判断がつかないし、仮にレ級側だとしても元中将の目が届く場所ならば、俺達を簡単に見逃すことはできないだろう。
つまり潜入したら最後、誰かに見つから無いように北方棲姫の居場所を突き止めなければならない。これが通常の呉鎮守府というのならば、軍服を着るなどの方法で変装すれば何とかなると思うのだが、周りの殆どが深海棲艦となればその方法は全くもって使えない。更には、内部の状況も地図も何もかもが分からない以上、計画の立てようが無いのだ。
だからこそ案内が居る……のだが、子供であるレ級が内部事情をどこまで知っているのかといえば不安にもなってしいまう。けれど、頼れるのがレ級以外に居ないので祈るしかない。
後は、ル級の根回しがどこまで上手くいっているか……なんだけれど。
「レ級ッ! 俺が中に入って動き回れる方法は本当に大丈夫なのかっ!?」
「ル級カラチャント方法ハ聞イテルッ。ダカラ安心シテ、潜入デキルヨッ!」
「そうか……分かった、頼むっ!」
ル級のことは信じているけれど、あいつの性格を考えると大事な場面でポカをやりかねない……という気持ちが心の中にあるのだが、こればかりはぶっつけ本番でやるしか無い。
後には引けない状況だからだけれど、正直に言えばこんなことはしたくない。それでも、俺はたくさんの借りを返すため……そして、俺自身の願いのためにここまで来た。
だから、この作戦は絶対に成功させる。そして、子供達や皆のためにも、俺は帰らなければならないんだと心に強く誓う。
徐々にヲ級が引っ張る速度が落ち、俺の目にうっすらと浮かんできたのは、海中にある大きな丸いコンクリートの管のような場所。そこには縦に金属の棒があり、鉄格子を思わせるシルエットだった。
「これは……」
「ココカラ中ニ入レバ、途中マデハ誰ニモ会ワナクテ済ムッ」
そう言ったレ級は、鉄格子の間を通り抜けた。さすがは子供の身体……と、言いたいのだが、この場合俺はどうやって入れば良いのだろう……
酸素ボンベも背負っている状態では、どう考えても通り抜けられるとは思えないぞ……
「ル級、コレダトオ兄チャンガ通レナイヨ?」
「シーンパーイ、ナイサーーーッ!」
……え、なんで演劇風?
百獣の王様みたいな喋り方……と、言うか歌い方みたいだけれど、やっぱりこれってル級の仕業なんじゃなかろうか……?
緊迫したシーンとかでやられると、心がポッキリ折られそうなので止めといて欲しいんだけどなぁ……
そんな心の中のツッコミに気づくことなく、レ級は二本の鉄格子を両手で握ると、どこぞの世紀末覇者のような剣幕で力を込めはじめた。
いやいや、さすがにそれは無理じゃ……
「ホワッチャーーーッ!」
嘘ーーーっ!?
すげえよっ! 明らかに鉄っぽい棒なのに、何の抵抗もないままグニャリと曲がっちゃったよっ!
深海棲艦パネェッ! 子供のレ級でこれだと、ル級とかどうなっちゃうのーーーっ!?
「サスガハ魚人空手有段者ノ、レ級ダネ……」
「え……そっちなの……?」
どうやら世紀末覇者じゃなくて海賊の方だったらしい。
いや、それにしたって、有り得ないレベルなんだけど。
「レッ、コレデ大丈夫ダヨネッ?」
そう言って親指を立てたレ級は、スィー……と中に入って行った。俺とヲ級も、後を追いかけるために広がった鉄格子をすり抜けて、中へと入る。
暫く続く真っすぐな管の中は、向かいの方から水が流れてくる感じがあったものの、深海棲艦であるヲ級やレ級の前では殆ど意味が無く、何の抵抗も感じぬまま奥の方へと泳いで行けた。
もちろん、俺はヲ級の手を掴んだまま引っ張られていただけなんだけど。
そして、暫く進むと管は左右の直角カーブを何度か繰り返し、大きく開けた場所に着いた。通ってきたモノと同じような管がいくつもあり、それらのちょうど中心に位置する壁に、上方向に続く壁梯子が取りつけられている。
どうやらここは、呉鎮守府の排水施設のようだ。ということは、ここを上って行けば内部に潜入できるということだが……
「先ニ上ガッテ、様子ヲ見テクルネ。大丈夫ダッタラ、何カ落トスカラッ!」
「ラジャー。気ヲツケテネッ!」
ヲ級の返事を聞いたレ級は水中で手を振ったあと、素早い動きで壁梯を上って行く。
確かにこれから先、いつどこで深海棲艦に出会ってしまうか分からない。子供であるレ級に頼らなくてはいけないというのは少々忍びないが、俺が先に上る方が危険は高い。梯子を上っている間に見張りに見つかっては元も子もないし、失敗できない状況に置かれていることを考えれば仕方のないことだと、俺は唇を噛んだ。
全てが終わったあと、皆にはたくさんの礼をしなければならないな……
その為にも、失敗する訳にはいかない。無事に皆で帰って、祝杯をあげるんだ。
作戦の成功を祝って、人間と艦娘、そして深海棲艦のル級やレ級も一緒に。
俺はゆっくりと足を動かしながら水面近くに浮かび、皆で騒いでいる場面を想像していた。望むべく未来。それはすぐ目の前にある筈なんだ。
ドポン……ッ!
「……っ!?」
考え事をしていた俺の耳に大きな水音が聞こえ、慌てて視線を向ける。
「オ兄チャン、レ級カラノ合図ダヨ」
「あ、あぁ。そうだったな」
上の方を見てみると、レ級が両手で大きな丸を作って大丈夫だと伝えてくれていた。
俺は壁梯子に手を掛けながら足ヒレを外し、上へと上って行く。ヲ級も両手と両足、更には触手を器用に使って俺の後に続き、レ級の待つ壁梯子の終点までたどり着いた。
「オ疲レ、二人トモッ! 周リニハ誰モイナイシ、準備ノ方モ大丈夫ダヨッ!」
「ああ、ありがとな、レ級」
俺はそう言ってレ級の頭を優しく撫でる。
レ級は嬉しそうに俺の顔を見上げながら、心地よく笑みを浮かべていたんだけれど……
「……なんだ、これ?」
レ級のすぐ後ろに置かれていた大きな四角いモノが目に映り、俺は首を傾げながら呟いた。
「コレガ、ル級カラ聞イテ用意シタモノダヨッ!」
そう言って、レ級は万歳をして満面の笑みを浮かべている。
しかし、レ級の笑みとは裏腹に、俺の心は不安まみれになっていた。
さすがのヲ級も、俺と同じように引きつった顔で苦笑を浮かべ、固まっている。
俺達が見るそのモノ――
それは、潜入といえばコレだと言えてしまうけれど、実際には確実に無理だと思える『最凶』のアイテム。
側面に大きな『呉鎮守府』の文字がプリントされた、
人が隠れられるサイズの、段ボール箱だった。
「こちらスネ……じゃなくて俺だ。周りは大丈夫か?」
「ウン、今ノトコロ問題無イヨ」
一応言っておくが、俺は無線なんて便利なモノは持っていない。段ボール箱にある、手で持ちやすいように開けてある穴の部分から外を覗きつつ喋っているだけだ。
つまり、見事に俺は段ボール箱の中に入りながら移動している訳である。頭の当たる上部分はしっかり閉めて、下部分は足で移動するために開けてある。
もちろん、潜水のために使用していた酸素ボンベなどは取り外し、念のために隠しておいた。つまり、現在俺の服装はウエットスーツのみという、所謂全身タイツ男である。
中身は完全に違うけれど、段ボール箱に入って潜入する様はあのスタイルであり、潜入者にとっての最凶装備。これでばれないのが不思議でたまらないのだが……
「オ兄チャン、前方ヨリ重巡リ級ガ接近中ッ」
「……っ、直ちに停止するっ!」
言って、俺は通路の端の方に置かれている段ボールを装った。
………………
いや、無理だろこれ。
どう考えても、ばれるって。いくらなんでも、深海棲艦も馬鹿じゃないだろうと思ったのだが……
「レッ!」
「オヤ、レ級ジャナイカ。ドウシタノダ、コンナトコロデ……」
「ヲ級ト一緒ニ、パトロール中デアリマスッ!」
「ヲッヲッー」
「ハハハ、ナルホド。他ノ邪魔ニナラナイヨウニ、パトロールヲ頑張レヨ」
「ラジャーッ!」
ビシッとリ級に敬礼をレ級とヲ級。そんな姿に笑みを浮かべながら、俺の横を通り過ぎていくリ級だった。
………………
おいおい、マジかよ……
全然ばれてないぞ……これ……
もしかして、本当に段ボールに入っての潜入って有用なのか……?
「……ン?」
――と思った瞬間、リ級が小さな声を出して立ち止まった。
イメージすると、頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった感じである……って、冷静になれる場面じゃないぞっ!?
「コノ箱ハ……ナンダ?」」
やっべーーーっ! やっぱり無理じゃんかこれっ!
早速潜入失敗だよっ! これでもう何もかも終わりじゃないかっ!
「アッ、ソノ箱ハ……ル級ノ私物ダヨー」
「何……ッ!?」
レ級の言葉を聞いた瞬間、リ級の顔に大粒の汗が浮かび上がった……気がする。
箱の穴から見えないので想像でしかないんだけど、それくらい驚いている感じの声だった。
「ル、ル級ノ私物カ……ソレハ危ナイナ……」
「自動デ移動スルケド、邪魔ヲシタラ自爆スルカラネー」
――と、レ級が続けて言ったのだが、さすがにその言い訳は無理があるだろうっ!
フォローの仕方に問題が……って、子供であるレ級にはやっぱり荷が重すぎたか……っ!
「………………」
リ級の言葉が詰まり、沈黙が流れる。
段ボール箱に手を触れられた瞬間、完全に潜入は失敗だ。最後の手段は、体術でなんとかするしかない。ル級に対空迎撃の蹴りが効いたように、リ級一人なら何とかなるのかもしれない。
俺は唾をゴクリと飲み込みながら、拳に力を込めた――のだが、
「ソレヲ早ク言ッテクレッ! ル級ノ私物ナンゾ、触リタクモ無イッ!」
言って、リ級はそそくさと向かっていた方向へ走り去って行った。
………………
いや、なんて言ったら良いんだろう。
まず、勝手に移動して、邪魔をしたら自爆する私物ってなんなのだ。
そしてそれを信じるリ級……と言うよりも、ル級の信用というか、普段の行いが……その、なんだ……残念過ぎるのだろう。
色んな意味で泣きたくなるし、今度一緒に酒でも飲みながら愚痴を聞いてやる方が良いのかもしれない。
あ……でも、もしかするとル級は分かっていてやっている可能性も……
「オ兄チャン……一応、周リニハ誰モ居ナイケド……」
「あ、あぁ……とにかく、先に進もう……」
段ボール箱の中で肩を落としながら大きくため息を吐いた俺は、ゆっくりと足を動かして通路を進んで行く。
その後、何度か見廻りや移動している深海棲艦とすれ違ったけれど、同じようにレ級が段ボール箱のことをル級の私物であると言った瞬間に、尽く逃げるように去って行ったのだった。
これは、ル級の日頃の行いが役に立った……ということで済ませておいた。考えるだけ無駄なような気がするからね。
そんな、ドキッ、初めての潜入作戦! ――の出来事でありましたとさ。
あっ、タイトルっぽいのは冗談だよ?
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次回予告
パネェ……ル級の仲間信頼度がマジパネェ……(主人公、心の中の言葉
ちょっと休憩をはさみつつ、3人は北方棲姫の気配を頼りに呉鎮守府内を捜索する。
そこで出会う深海棲艦の話に、主人公の心が崩壊するっ!?
艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その16「日頃の行いは大事」
乞うご期待!
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