https://ryurontei.booth.pm/items/69110
書籍サンプルの方も更新してたりします。
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雪風は重い口を開けて語った。
呉で起こった惨劇を。そして、深海棲艦の取った戦術を。
それを全て聞くにはあまりにも耐えられない空気に、元帥が制す。
手紙の話をするには、結局その後の話が必要になる。
雪風は再び呉での記憶を語り、主人公は手紙の中身を読み始めた。
「敵潜水艦の……攻撃によって仲間達が次々と倒れていく中、雪風はなんとか体勢を整えようと、この場から少し離れようとしたんです」
話し始めた雪風の表情が一瞬だけ曇ったが、すぐに気を取り戻して言葉を進めていった。
「必死で攻撃を避けるように蛇行し、気がつけば鎮守府からかなり離れていました。近くに潜水艦がいるような気配は無かったので、雪風は息を整えようとしたのですが……そこで新たな敵影が見えました」
その言葉に皆は息を飲む。
「雪風は慌てて砲撃体勢に入ろうとしました。ですが、逃げる際にかなりの被害を受けていて咄嗟に動くことができず、すぐ傍まで接近を許していて……敵の砲身を突きつけられました」
絶体絶命。
話す雪風の額には汗が浮かんでいて、いやに緊迫していたのかが目に取るように分かった。
「なんとか一矢報いなければと思いましたが、恐怖で身体が震えて動かすことができず、もうダメだ……と雪風は目を瞑ってしまいました。
すると、信じられないことに……声をかけられたんです」
「……声を?」
元帥の問いに雪風は頷く。
「はい。少し低めの女性の声でした。
雪風は恐る恐る目を開けてみると、砲身は突きつけられたままでしたが……なぜか撃たれるような気配は感じなかったのです」
それは殺意が無かったのか。
それとも単に雪風を敵とも思わなかった相手だったのか。
だが、この手紙を持ってきたということは――
「目の前の深海棲艦は雪風に手紙を持って、舞鶴にいる先生に渡して欲しいと言いました。明らかに雪風の方が不利にも関わらず、命令せずにお願いをしてきたのです。もし無理矢理そうしろと言われたら、雪風は……どうにかしてでも反撃しようと考えたかもしれませんが……」
そう言って、雪風は悔しそうに俯いた。
「いや、そんな考え方はしないでくれ。生き残れる方法があるなら、そっちを優先するのが当たり前なんだ。犬死にだけはしないで欲しい」
そう――元帥はハッキリと雪風に言う。
大きく眼を見開いた雪風は顔を上げ、元帥の顔を見た。
真剣な眼差し。ブレることの無い視線が雪風に向けられている。
ほんの数秒の見つめ合いに終わりを告げるように雪風は小さく頷き、
「はいっ。雪風は……沈みません!」
ほんのりと頬を染めて笑みを浮かべながらそう言った。
「「「………………」」」
落ちた。
誰もがそう思ったのかもしれない。
しかし、話の流れ的に咎めるタイミングを掴めず、高雄は何も言うことができず仕舞であり、
半ば冷ややかな目で元帥を見ることしかできなかった。
――もちろん俺も、しおいも、愛宕もなんだけど。
「ごほん……それで、雪風ちゃんは受け取った手紙をここに持ってきてくれたんだね?」
「はい!」
そんな状況に置かれたことを察知した元帥は、咳払いをしながら話を戻し、雪風はまったく気づくこと無く返事をする。
「そうか……改めてありがとう」
「いえ、雪風は大丈夫ですっ!」
姿勢を正して敬礼をした雪風は、大きな声で答える。
うん、まぁなんだ。元気になったから良いんじゃないかな。
辛そうな表情を見ているのはこちらとしてもしんどいし、後は……高雄さんに任せるしかないよね。
それよりも大事なのは、ついに手紙に話が戻ってきたことだ。
中身を見るのは正直言って怖いけれど、ここでやっぱり読むのは嫌ですと言える雰囲気でも無い。
「さて、それじゃあ先生」
「……はい」
予想していた通り元帥が俺に言葉をかけ、頷いてから手紙を見る。
達筆で書かれた一文に、
俺は少しだけ顔を歪ませながら、恐る恐る手紙を開けた。
『伝説ノ先生ヘ
拝啓 残寒ノ候、風邪ナド召サレズニオ過ゴシデショウカ。
平素ハ各段ノゴ厚情ヲ賜リ、厚クオ礼申シアゲマス……』
………………
ちょっと待て。
なんだこれ。
なんで深海棲艦が普通に定例文で俺に手紙をよこすんだよっ!?
つーかマジで何なんだっ!? お中元でも送ってくんのかっ!?
そして、こんなことをする奴はあいつしかいねえじゃんかよーーーっ!
「あ、あの……先生、大丈夫でしょうか?」
「はぁ……はぁ……あ、ええ、すみません。ちょっと心の中でツッコミまくってしまったおかげで息が……」
「な、難儀だねぇ……それは……」
心配そうな表情を浮かべる元帥と高雄なんだけど、もしかして中身を見ずに俺に渡したのだろうか?
それはそれで大丈夫なのかと思っちゃうんだけど、信頼してくれてのことなのだろうと勝手に思い込んで、嫌々ながらも続きを読むことにする。
『ボケハコノ辺ニシテオイテ……頼ミガアル』
「だからお笑いできるじゃねぇかっ!」
「ど、どうやら先生は大丈夫じゃなさそうなんだけど……」
「あ、いえいえ。これが平常運転ですから~」
「そ、そうなの?」
元帥の呟きに答える愛宕……なんだけど、ちょっと酷い言われ様な気もするんですが。
でもまぁ、いきなり大きい声を出した俺が悪いのだからと突っ込まずに読み続ける。
『北方ノ姫カラ呼出シガアリ、北ノ基地ヘ移動トナッテ先生ト別レタ後、問題ガ発生シタ。トアル仲間ガ絶望シタ人間ヲ利用シヨウト考エ迎エタノダ。ソノ人間ハミルミルウチニ力ヲ伸バシ、様々ナ戦地デ功績ヲ上ゲタ。シカシソノ一方デ、無謀トモ思エル指揮ニ不満ヲ感ジ、コノママデハマズイト考エテイタ矢先……人間ハ姫ヲ人質ニトッテ我々ニ強要シテキタノダ』
………………
まず一言良いかな?
滅茶苦茶読みにくい。
ついでに言うと、書く方も大変だと思うんだけど。
――まぁ、内部事情はもとより、今読んだ内容を皆に分かりやすく伝えてから続きを読む。
『ソシテ遂ニ人間ハ逆襲スベキ段階トシテ、呉ヲ落トス作戦ニ出タ。一部ノ好戦的ナ仲間ハコノ作戦ヲ喜ビ狂喜シタ。シカシ、今作戦ニオケル攻撃方法デ、特攻ヤ自爆ヲ強要サレルノハ許サレルコトデハ無ク、カト言ッテ我々ニハ人質ヲ取ラレテイル負イ目ガアル以上逆ラエズ、コウシテ先生ニ助ケヲ求メタノダ。
虫ノ良イ話トイウノハ重々承知シテイルガ、ドウカ助ケテ欲シイ。願ワクバ月変ワリノ深夜ニ、呉近クノ屋代島西端カラ程近イ海域デ待チ合ワセタイ。
宜シク頼ム。 ル級』
全ての文章を読み終え、皆に伝えてから俺は大きく息を吐いた。
正直に言って信じられないというのが俺の気持ち。
だが、先日の青葉としおいの会話を思い出し、深海棲艦が迎えたという人間というのが誰であるかと察知してしまう。
まさか、あり得ないと言い切りたい。
なのに、どう考えてもそこへ辿り着いてしまう思考を止めることができず、俺はもう一度ため息を吐いた。
「高雄……やっぱりあの情報は間違っていなかったってことでいいのかな?」
「おそらくは……そうだと思います……が」
言って、二人は俺と同じようにため息を吐いた。
重い空気が部屋を支配し、口を開くのも躊躇ってしまう程の圧力がかかる中、再び元帥が口を開いた。
「先生、中将のことは覚えているかな?」
「ええ。さすがにあんなことがありましたから、忘れることはできないです」
「はは……ちょっと耳が痛いね」
元帥はほんの少し笑みを浮かべてから机の上で手を組み、語り始めた。
「あの事件……先生を不正に査問しようとした中将は二ヶ月後に別の鎮守府に異動になったんだ。そこはまぁ……あまり口では言えないところなんだけど、俗に言う左遷ってやつだよね」
ご愁傷様と言うところだけれど、一番の被害者は俺だったのだから憐れむ気持ちは無い。
「それから暫くして、その鎮守府が突如消滅した。まぁ、鎮守府と言って良いかどうかの規模だったんだけれど、問題はそうじゃないんだ」
元帥はそう言ってから高雄にタッチするように頷いた。
「原因は未だ不明ですが、明らかに戦闘の痕跡はありました。生存者は0の為情報は無く、調査班も諦めてこの件は秘密裏に処理されたのです」
「しかしその後、佐世保鎮守府から届いた写真と情報により、深海棲艦の姿と一緒に写る……中将らしき人物が発見された」
立て続けに高雄と元帥が説明し、俺は小さく頷いた。
「……驚かないみたいだけど、もしかして先生知っていたりする?」
「はい。数日前に……青葉から聞きました」
元帥の問いにそう答えた俺は、横目でしおいの顔を窺って見る。
若干顔が引きつりながら、冷や汗をかいている風に見て取れたけれど、俺の答えに安心したのか、ホッと胸を撫で下ろしているようだ。
……やっぱり機密事項だったのね。
青葉は……まぁ、いつものことだけど、しおいもちょっと軽率だった感じがあるんじゃないだろうか。でも、俺のことを思って情報をくれたのはありがたいし、今後の付き合いも考えて伏せ
ておいた方が良いだろうと判断した訳だ。
別に恩を売ったとかそういう考えは無いから、変な誤解はしないように。
それこそ青葉の二の舞になっちゃいそうだからね。
「また……青葉ですか。一度や二度締めたくらいではダメみたいですね」
「この前にしっかり説教タイムをしてあげたんですけどね~。まだ懲りてないのかしら~?」
いや、もう充分過ぎると思うんだけど、ばらしちゃったのは俺だしなぁ。
今度それとなくフォローをしておいた方が良いかもしれない。そうじゃないと、青葉もそろそろ危うい気がする。
「青葉の件は秘書艦である高雄に任せるとして……どうやら中将は深海棲艦側についたと言うのが佐世保と僕の意見だったんだけど、先生が受け取った手紙からも分かる通り、その可能性はかなり高くなったよね」
ため息交じりに言った元帥に、部屋に居る雪風以外の誰もがコクリと頷いた。
「あの中将は、前々から指揮に関して問題があると報告は受けていたけれど……まさか深海棲艦を使って無茶苦茶やるとは思わなかったね……」
「むしろ私達艦娘にその作戦を強要しなかっただけ良かったとは思えますが……敵とは言え、深海棲艦も哀れに思えてきますわ……」
元帥は頭を抱え、高雄は目尻を押さえながら大きく息を吐く。
「と、ところで……元帥」
そんな状況の中、俺は恐る恐る元帥に問う。
どちらにしても逃れられない事実ならば、自分から聞いた方が良いだろうと。
「何かな、先生?」
「この手紙の内容に書いてあることを……信じた上で向かうんですか?」
敵である深海棲艦からの手紙。
これがいきなり何の関係も無いのに送られてきたのならば、気にすることも無いのかもしれない。もしかすると少しは調査するかもしれないが、そうであっても信用の度合いが違うだろう。
だけど、手紙を出したであろうル級とは、俺が海底に沈んでいた間、何度も会話を交わしていたのだ。
それらを知った中将が、罠として利用しようとしていることも考えられる訳であり、
かと言って、手紙に書かれていることが本当ならば、呉の情報を掴むことができる非常に有効な手段である。
つまりは一種の賭け。
場合によっては、命を天秤に賭けなければいけない状況になるところへ向かうとなれば、俺の心配も無駄ではないだろう。
ただし、最終決定権は目の前に居る元帥であり、
俺はその命に従うべきである。
何より、ル級が俺に助けを求めて書いた手紙が本当ならば、見過ごして無視するというのも夢見が悪い。
それに、元帥には中将の件で借りがある。
あの窮地を救ってくれた元帥に、同じ原因で借りを返せるのであれば、
多少の無理くらいは聞いたって問題無いと思っているのだ。
――まぁ、命を掛けるのはちょっと勘弁願いたいけれど。
それでも、やらなきゃいけないところくらいは分かっているつもりなので。
俺はしっかりと元帥の目を見て、もう一度問う。
「もし書いてある通りに向かう場合、それは明日の夜だと思います」
『願ワクバ月変ワリノ深夜ニ、呉近クノ屋代島西南端カラ程近イ海域デ待チ合ワセタイ』
「明日がその月替わり……月末日。そして日が替わる深夜に屋代島なら、ここからそう遠くないとは言え……」
「夕方までには出発しないといけないね」
元帥が俺の言葉に被せるように答えを言い、俺の目をしっかりと見つめた。
「それじゃあ、質問。先生は、この手紙が本当であるか嘘であるか……どちらだと思っている?」
「本当だと思います」
間を置かずに答えた俺を見て、元帥と俺以外の誰もが驚きの表情を浮かべていた。
「罠かもしれないと思ったことは?」
「0ではないですけど、それならもっと……怪しまれずに書くと思います」
出だしの定例文とか、正直に言って怪し過ぎるからね。
逆に言えば、ル級の性格を俺が分かっているからこそ、あいつが書いたモノだと分かった訳だから。
「命がかかる可能性も0じゃないよ?」
「それは誰だって一緒じゃないですか。海で戦う艦娘だって、指揮を行う元帥だって、いつどこで攻撃されるか分かりません。それに、ただ黙って幼稚園に引き籠り、中将の攻撃がいつ襲ってくるかと脅えているよりも、自分から動いた方が断然気が楽ですよ」
元帥に借りがありますからと言うつもりはない。
それにこのまま放っておけば、いつかは舞鶴も攻められてしまう可能性が高いだろう。
ならば、この手紙はこちらから打って出るチャンスなのだ。子供達を守る為にも、これは必要な事であり、
先生である俺と、平和な世界を望む俺と、
少なからずもル級に借りがある俺が、同時に出した結論だった。
「………………」
元帥は黙ったまま俺の目をジッと見つめ、
そして――大きくため息を吐いた。
「どっちか元帥なのか分かんなくなっちゃいそうだね」
「それは確かに。この際、先生に元帥の座をお渡しになった方が宜しいんじゃありませんか?」
「……言い出したのは僕だけど、秘書艦の高雄に言われちゃったら立つ瀬が無いんだけどさぁ」
「胸に手を当て、日頃の行いを思い返した上で考えれば分かると思いますが」
「……しくしく」
涙目になる元帥だけど、たぶん高雄が攻めた理由はさっきの雪風と昨日の通信の件なんだろうなぁ。
後は、この重い雰囲気を考えた上なのかもしれない。ぶっちゃけちゃうと、俺の一世一代の大博打もどこかに飛んでいきそうなんだけど。
「まぁ、その件は後でしっかり話し合うとして……先生の意思は固いみたいだね」
そう言った元帥に俺は頷き、
「よし、分かった。それじゃあ先生を信じて向かってみようか」
「はい。ありがとうございます」
俺は大きく頭を下げて礼を言った。
高雄は半ば呆れ顔に見える表情でため息を吐き、
愛宕はいつもと変わらない笑みを浮かべて俺を見る。
しおいと雪風は俺を見つめながら拳を握り、
そして俺は、心に強く秘めながら息を吐く。
今度は俺が助ける番だ――と。
※「艦娘幼稚園 ~遠足日和と亡霊の罠~」の通信販売を行っております!
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次回予告
まず、皆様にごめんなさい。先に謝ります。
シリアス続きだったので、こう……はっちゃけ過ぎたのは後悔。
温かい目で見守ってくれると助かります。
決意を込めて主人公は言い、心に誓う。
ル級を助ける。もう一つの思いを胸に秘め。
そして次の日。
出発するために必要なこと……それは準備である。
朝に通達を受け、主人公は装備品を受け取りに整備室に出かけたのだが……
艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その4「装備品支給と弊害」
乞うご期待!
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