艦娘幼稚園   作:リュウ@立月己田

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 手紙の文字を見た瞬間、ル級を思い出した主人公。
そして、この手紙を持ってきた雪風が入ってくる。

 呉にいったい何があったのか。
その謎を解き明かすべく、雪風は語りだした。


その2「繰り返される悲劇」

 一枚の紙を持つ手が震える。

 

 それは、読んでしまえば後戻りできないという恐怖心からか。

 

 それとも、ただ単に思い出したくなかっただけなのか。

 

 これ以上動かすことができない己の手を見つめていたとき、思わぬ音が耳に入ってきた。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「……っ?」

 

 俺は視線を手に持った紙から音のする方へと向ける。そこはこの部屋にある唯一出入りできる扉。

 

 部屋に居る誰もが同じように扉へと視線を向け、すぐに元帥が口を開いた。

 

「入っていいよー」

 

 あまりにも軽い口調に気持ちが削がれてしまうような気がしたが、もしかすると緊張している俺を気遣かってくれたのかもしれない。

 

 もちろん、扉の外にいる人物には中の様子が分からないだろうから、どういう思いを持っているかは不明だが。

 

 ガチャリと音が鳴り、扉がゆっくりと開かれる。

 

「し、失礼します」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは、大きな双眼鏡を手にした艦娘だった。

 

「ゆ、雪風、ただいま修復を終えました!」

 

 扉を閉めてから元帥に向かい、雪風は叫ぶように敬礼をする。

 

 

「雪風ちゃん、お疲れ様。ちょうど今、呉について話していたところなんだけど、身体の方が大丈夫なら付き合ってくれないかな?」

 

「は、はい! 雪風は大丈夫ですっ!」

 

 言って、大きく頭を下げ、そして頭を上げる。

 

 怯えと悲しみ、そして怒りが混じったような雪風の瞳が俺の目に映る。

 

 まるで地獄を見てきたような感じに、俺は息を飲んだ。

 

「先生、取り敢えずその手紙は後にして、まずは雪風ちゃんの話を聞くことにするね」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 手の震えはいつの間にかおさまっていたけれど、元帥にそう言われればそうする他ない。俺は手紙を持ったまま、雪風と元帥の話に耳を傾けた。

 

「雪風ちゃん。君から聞いた話の通り、どうやら呉に深刻な問題が起きているらしいことが分かった。しかし、向こうからの交信は普段を装っている状態で詳しいことは聞き出せなかったんだ」

 

「普段を装ったって……そ、そんな……」

 

 雪風は信じられないといった表情を浮かべる。それを見た高雄はすぐさま口を挟んだ。

 

「ですが、その装いに私たちは気づきましたわ。だからこそ、正確な情報を聞いて現状を把握するためにも、呉で起こったことを話してくれないでしょうか?」

 

「わ、分かりました。雪風……頑張りますっ!」

 

 思い出すことすら厳しいかもしれない心境であるにも関わらず、雪風は元帥と高雄に向かって大きく頷き、深呼吸をしてから喋り始めた。

 

「異変を感じたのは昨日の夜でした。雪風は次の日の遠征任務のために早めに床についていたのですが、大きな音に気づいて寮から外に出ました」

 

 部屋に居る誰もが雪風の声に耳を傾け、注視する。

 

「夜空に見えたのは深海棲艦の敵機……でした。それもかなりの数が上空に見え、雪風は慌てて艤装を取りに走ったのです」

 

 雪風の肩が小刻みに震えているが、言葉を止めずに口を開く。

 

「周りには雪風と同じように走る者、鎮守府の施設を使い対空射撃を始めている者、そして傷つき搬送される者……すでにそこは激戦地と化していました……」

 

 瞳にうっすらと涙が浮かぶが、それでも雪風は続けていく。

 

「そして雪風は整備室に駆け込み、艤装を装着して再び外に……」

 

 そこで雪風の声が詰まる。

 

 瞳には大粒の涙が。

 

 そして絶望が。

 

 それでもなお、雪風は口を開いた。

 

「地上において雪風達艦娘は艤装の重さに耐えられません。ですから一度海上に出て、防衛しようと空を見上げた途端……信じられないモノを見てしまったのです」

 

 雪風の頬に涙が零れ、

 

 床の上にポタポタと落ちていく。

 

「その……信じられないモノとは……?」

 

 元帥の問いに雪風は息を飲み、ゆっくりと口を開いた。

 

「敵機が……深海棲艦の機体が……鎮守府に向かって落ちていったのです……」

 

 口を閉ざした雪風は、ボロボロと涙を流しながら鼻を啜った。

 

「「「………………」」」

 

 今の言葉だけを聞いただけなら、多分勘違いをしていたのかもしれない。

 

 だけど、これほどまでに泣き、悲しみ、絶望の瞳を浮かべた雪風を見れば、本当の意味を理解するのはそれほど難しいものではなかった。

 

「……特……攻」

 

 悲しみに満ちた表情の愛宕が、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。

 

 高雄はその言葉を聞き、部屋中に響き渡るくらいの大きな歯ぎしりを立てた。

 

「雪風は……信じられませんでした。深海棲艦と戦ってきた今までの間、仲間への攻撃を防ぐために身代わりになる者はいましたけれど、自らを犠牲にして攻撃をする者はいませんでしたから……」

 

 そう言った雪風は、どこか遠くを見つめているような目を浮かべていた。それはまるで、過去の記憶を思い出して喋っているかのような姿に、俺の心が思いっきり握り締められたような感覚に陥っていく。

 

 過去の戦いで劣勢に追い詰められ、国のために命を犠牲にしていった者達への思い。

 

 それでもなお、己のみが生き残ってしまった悲しみが――雪風に重くのしかかっているように見えた。

 

「その攻撃に鎮守府の施設は大きな打撃を受けました。ですが、雪風と同じように戦う準備が整った仲間も多くいました」

 

 その言葉に一瞬だけ、俺は救われたような表情を浮かべそうになった。

 

 しかし雪風の表情は晴れるどころか、より悪くなっていく一方で――

 

「夜間のパトロール任務についていた仲間の一人が声を上げました。『電探に反応有! 至急付近に注意して!』って聞こえたんです」

 

 遠距離からの艦載機による攻撃。その後に来るのは砲雷撃戦というのは予想がつく。

 

 あまりにも非情な状況に、あまりにも分かり得た結果に、表情を曇らせる他何一つすることができない。

 

「未だ敵機は上空に見え、更に深海棲艦との砲雷撃戦。私たちが混乱してしまうのも無理は無かったと思います。ましてや指示をする提督の情報も錯綜し、余計に悪化させるだけ。しかも途中から……通信も遮断されてしまっていました」

 

「遮断だって……?」

 

 眉間をピクリと動かした元帥が雪風に問う。

 

「はい。雪風が艤装を取りに走っているときからノイズが混じっていましたが、海上に出た時点で通信は不可能になっていました」

 

 その返答に愕然とした顔を浮かべたのは、元帥と高雄、そして愛宕だった。

 

「奇襲を受けて混乱していましたから、通信電波が混雑してしまったのは仕方ないと思ったのですが……」

 

「いいえ、それは違います」

 

 雪風の言葉を愛宕が遮り、首を左右に振る。

 

「混乱して通信が一時的に使えなくなったりすることはあります。しかし、鎮守府内でノイズが混じり、完全に通信が遮断されたとなると話は別です」

 

 いつもとは違う真剣な表情と口調の愛宕。幼稚園では見られないその姿に、不謹慎ではあるが俺は見とれていた。

 

「恐らく……妨害電波でしょうね。しかも完全に遮断されたとなれば……」

 

 高雄が続けて口を開き、元帥へと顔を向ける。

 

「あぁ……間違いなく、内部の者による工作だろうね……」

 

 苦悶の表情を浮かべた元帥が頷き、雪風の目が大きく見開いた。

 

「え……そ、そんな……ことって……」

 

「完全に断言はできないけどね。だけど、その可能性は十分に考えられる」

 

 机の上に肘をつき、手を組んだ状態で元帥は言う。

 

「そもそも、単純な奇襲だけでそこまで呉鎮守府に深刻な被害を与えられるとは思えないんだ。あそこの防衛施設はここと比べてもそれほど差は無くしっかりしているし、空襲を受けだけで簡単に落ちる訳でもない」

 

 その言葉に高雄が頷き、元帥は言葉を続ける。

 

「たとえ海底を通って深海棲艦が攻めてきたとしても、海中に設置されているソナーが探知する。その時点で奇襲に気づけるはずなんだ。もちろんかなり遠くから海上に出て艦載機を飛ばしたとしても、鎮守府近くに設置された電探がある。それなのに、雪風ちゃんは爆撃の音に起こされるまで寝ていたとなれば……その理由は明らかだよね」

 

 とんでもなく爆睡していた――では無い。

 

 元帥の言葉は、明らかに内部に深海棲艦側の工作員がいて、完全に、完璧に計画されていたことが読み取れた。

 

「それで……あなたはそれからどうしたのかしら?」

 

 元帥の言葉を聞いて身体を大きく震わせていた雪風に、正気を取り戻させるように高雄が声をかける。

 

 ハッと顔を上げた雪風は、慌てながら口を開く。

 

「ゆ、雪風は仲間の声を聞いて周囲を警戒しながら、対空砲撃を行っていました。するといきなり、近くにいた一人が……急に水柱に巻き込まれたんです」

 

「それは……砲撃? それとも雷撃?」

 

「砲撃音は聞こえませんでした。ですから雪風は雷撃だと判断して海面に目を向けたのですが、そこでまた……」

 

 そして大きく身体を震わせた雪風は、その場で崩れ去りそうになる。

 

 俺は慌てて雪風に駆け寄り、身体を支えた。

 

「す、すみません……ありがとうございます……」

 

 俺は返事をする代わりに小さく頷き、軽く頭を撫でてあげた。

 

 一瞬キョトンとした顔を浮かべた雪風だが、薄く笑みを浮かべて頷き、再び口を開く。

 

「見えたのは潜水艦でした。ハッキリとは言えませんが、恐らくカ級だったと思います」

 

「せ、潜水艦が海上から見える位置まで浮上……?」

 

 あまりにも有り得ないと思える行動に俺は驚き、思わず問い返してしまった。

 

 雪風は頷きながら、震える唇を動かして言葉を続ける。

 

「背筋に……凍りつくような寒気が走ったんです。この場所にいたら間違いなく……雪風は沈んでしまう。そう思って、すぐに反転行動を取った瞬間でした……」

 

 俺は息を飲んで雪風の言葉に耳を傾けながら、力強く右手を握り込んだ。

 

「すぐ後ろに、大きな水柱が上がりました。仲間の誰かが巻き込まれた。そう思った雪風は、すぐに振り向いたのです。だけどそこに仲間の姿は無く、なぜ爆発したのかと焦りながら考えました……」

 

 重い空気が室内に立ち込め、言葉が止まる。

 

 誰も何も言わない。だけど、雪風が思っていることを誰もが理解していた。

 

「……っ!」

 

 そんな中、しおいが先ほどの高雄よりも大きな歯ぎしりの音を立て、今にも叫び出しそうな表情で両手を握り締めていた。

 

 あまりにも考えられない戦術。

 

 あまりにも考えたくない戦術。

 

 もし己にその命令が突きつけられたなら、間違いなく頭が真っ白になってしまう、戦術と言ってはいけない方法。

 

 それは敵機が呉鎮守府に特攻していたことから予想できたとはいえ、敵である深海棲艦だからと言い訳することすらできず、それを理解してしまった怒りをどこにぶつければ良いのかというしおいの思いが、俺には痛いほど分かってしまった。

 

 艦娘を兵器としか見ていなかった過去の自分を思い返すように。

 

 その思いを見直し、子供達と触れ合うことにより考え方が変わっただけではなく、

 

 人と艦娘と深海棲艦が手を取り合っていける世界を望んでいただけに、

 

 俺の心の中は、重く闇に閉ざされそうになってしまっていた。

 

「それは……間違いなく……深海棲艦が……」

 

「……もう良いよ。ありがとう、雪風ちゃん」

 

 恐怖で身体を震わせながら歯を食いしばって話そうとする雪風を元帥が止めた。雪風は少し驚いたような表情を浮かべたが、これ以上話さなくても良い、思い出さなくても良いという思いが勝ったのか「ありがとうございます……」と、消え去りそうな小さいな声で礼を言いながら頭を下げた。

 

「ふぅ……」

 

 重い空気に耐えられなくなったのか、元帥は大きなため息を吐き、天井を見上げる。

 

 この部屋の中にいる誰もが、やり場のない怒りと恐怖に拳を震わせ、口を塞いだままだった。

 

 

 

 そして――五分ほど沈黙が流れてから、ふと元帥が口を開く。

 

「先生、雪風ちゃんの話で大体は分かったと思うんだけど、ここでさっき渡した手紙になるんだ」

 

 元帥の言葉を聞いた俺は、手に握っていた紙に目を落とす。

 

 深海棲艦に落とされてしまったであろう呉鎮守府。

 

 そこに、あのル級が居てもおかしくは無い。

 

 ならばどうして、俺なんかにこの手紙を送ったのか。

 

 そして、どうやって雪風が呉から逃げ出す事ができたのか。

 

 その答えは、この手紙の中。そして、雪風に聞くしかない。

 

「雪風ちゃん。その手紙を――誰から、そしてどうやって手に入れてここまで来られたのか――話して貰えるかな?」

 

「分かりました」

 

 頭を下げて雪風は言う。

 

 身体の震えは落ち着きを取り戻し、先ほどまでの辛そうな表情は和らいでいる。

 

 俺は少しだけ安心し、小さく深呼吸をしてから雪風の言葉に耳を傾けた。

 




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 映画を見てたら、ひらパー兄さんって言われた瞬間、全てが崩壊した。
関西に住んでないと分かんないですかね……


次回予告

 雪風は重い口を開けて語った。
呉で起こった惨劇を。そして、深海棲艦の取った戦術を。
それを全て聞くにはあまりにも耐えられない空気に、元帥が制す。

 手紙の話をするには、結局その後の話が必要になる。
雪風は再び呉での記憶を語り、主人公は手紙の中身を読み始めた。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その3「拝啓 伝説ノ先生」

 乞うご期待!

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