「艦娘幼稚園 ~遠足日和と亡霊の罠~」
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子犬の名前が確定し、色々と考えつつも食堂へと向かった主人公。
だがしかし、安息の時間は未だ訪れず……どころか、完全にモテ期到来しちゃってるっ!?
「へぇ~、あんたが噂の先生ねぇ~」
どういうことだろう。なぜかジロジロと値踏みされているような視線が俺の顔にまとわりついている。
俺は今、鳳翔さんの食堂で席に座り、千代田から受けとったプレートを前にして唾液が止まらないといったところだった。
お箸を持っていただきます。手を合わせてから、どれから食べようかと迷いつつみそ汁を飲む。そんないつものパターンを遮ったのは、気付かぬうちに隣の席に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべながらおちょこを片手に酒を飲んでいた艦娘が声をかけてきたからである。
くせっ毛のようなピンとはね上がった紫色の髪の毛が印象深く、更に胸部装甲に目がいってしまう程の豊満さが特徴的な艦娘。頭の中で特徴から導き出したのは、隼鷹という名の軽空母だった。
「あ、あの……何か俺に御用ですか……?」
「ん~、そうだね。用があるっちゃーあるし、無いといえば無いのかなぁ~」
それじゃあ答えになっていないと内心突っ込みを入れるが、片手に持っているおちょこと頬の染まり具合から見ても、どうやら隼鷹はかなりのお酒を飲んで酔っ払っているようだ。
とりあえず食事を取りたいという気持ちは変わらないので、隼鷹の言動に注意しつつみそ汁を啜る。
「そういやこないだ、先生は佐世保から着たビスマルクと元帥の秘書艦に裏番長まで相手して飲み勝ったんだって~?」
「……そんな噂がもう広まっているんですか」
返事をしつつ、今度はぬた(ネギと油揚げの白味噌和え)をパクリと一口。ネギのシャキシャキ感に表面をパリパリに焼いた油揚げが白味噌とマッチして、食欲を更に加速させてくれる。
「そりゃあそうだろ~。なんせ、秘書艦の高雄に裏番長の愛宕と言やぁ、この鎮守府でも折り紙付きの酒豪だからねぇ~。その2人に勝っただけでも凄いってのに、戦艦のビスマルクまでぶっつぶしたと聞きゃあ一目見たくもなるもんだろぉ~」
「たまたまですよ……」
「はっはー、酒の飲み勝負にまぐれなんてもんは無いんだよ。強いか弱いか、それだけなんだよねー」
言って、隼鷹は徳利からおちょこに酒をついで、クイッと飲み干した。粋を感じる仕種に見惚れてしまいそうになりながら、俺は箸をメインである豚の角煮へと伸ばす。
脂身の部分に箸を入れ、一口大に解して辛子をつけて口へと放り込む。しっかりと味が染み込んだ肉の旨味、脂身の濃厚なコク、ツンとくる辛子の刺激が口の中で三重奏となり、旨味が脳髄まで響くような感触に酔いしれた。
「……んまい」
「そりゃそうさ。なんたって鳳翔さんの食事は舞鶴鎮守府一と言っても過言は無いからね」
隼鷹はまるで自分のことのように誇らしげに言って胸を張り、俺の顔を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。
「でもどうせなら、飯よりも酒が合うと思うんだよね~」
そう言って、隼鷹は俺におちょこを差し出した。
「……飲み勝負はしないですよ?」
「別にそんなつもりは無いんだけどね~。ただちょっとばかし、先生と飲んでみたいだけなんだ」
「そういうことなら……頂きます」
俺は小さく頭を下げてから隼鷹からおちょこを受け取った。
「ほい。それじゃあ、私の手酌で」
「ありがとうございます。って、とと……っ」
おちょこからあふれそうになる酒を零さないように、俺は慌てて口を近づけ飲み干した。
「ふふ……良い飲みっぷりだねぇ~」
「いえいえ。それじゃあ、お返しに……」
「おっ、ありがたいねぇ~」
隼鷹のおちょこに酒を注ぎ、先ほどと同じようにクイッと飲む。続けて「ぷはーっ!」と声をあげてテーブルにおちょこをコツンと置いた。
「美味い。やっぱ酒はこうでなくっちゃね」
「まぁ……わからなくもないですけど……」
そうは言ったものの、俺はあまり酒が好きではないのだ。酒よりも飯とおかずを食べる方が断然好きである。
「ほら、どんどん飲みなよ~」
「おっとっと……」
ただ、こういった雰囲気を楽しめるという点では酒も悪くはないと思えてしまう。あくまで食事ではなく、付き合いという意味合いだけど。
「んぐ……んぐ……ぷはー」
「良いねぇ~。なんだか惚れちゃいそうだよ~」
「ぬはっ!?」
な、何をいきなり言い出すんだっ!?
単純に酒を飲んだだけでモテるんなら、毎日飲んじゃうよ俺っ!
その場合、もちろん愛宕を飯に誘っちゃてのことだけどねっ!
「あっはっはー。先生はリアクションも面白いねぇ~」
「じょ、冗談はやめてくださいよっ!」
「冗談だって決めつけられるとは侵害だなぁ~」
「え……?」
呆気に取られた俺を見て、隼鷹はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「え、えっと……よ、酔ってらっしゃるんですよね?」
噂を聞いて一目見てみたいと言ったんだから、俺と隼鷹は初めて会ったはずだよな?
それなのにいきなり惚れちゃいそうって……酔っているか冗談以外は考えにくいだろう?
「どうだかねぇ~。酔っちゃあいるけど、正常な判断ができなくなっているまでじゃないんだけどねー」
「そ、それじゃあやっぱり冗談じゃ……」
「先生はあれなのかい。段階を踏まないと、男女の関係はありえないとか思っているのかな?」
「い、いや、それは……その……」
「酒に酔った勢いで――なんて話も聞くけど、それはどちらかが仕組んだことが多いだろうね。酔った振りをして相手に襲わせたり、完全に酔わせてどこかに連れ込んだりね。だけど、私は別にそんなことをするつもりはさらさら無いんだよね~」
カカカ……と豪快に笑い声をあげた隼鷹は、自分でおちょこに酒を注いで飲み干した。
「ははっ。どうやら先生は相当の奥手って感じみたいだね」
「な、何をいきなり……っ!?」
「さっきも言ったけど、あの三人に飲み勝ったんだろう? それなら一杯や二杯で酔う訳はないだろうに、そんなに顔を真っ赤にさせちゃてるんじゃあ、こっちの話が原因だって言っているようなもんじゃないか」
言って、隼鷹は小指を立てて俺に向ける。
「更に言えば、酒の飲み勝負も先生を取り合ってのことらしいじゃないか。それなのに、先生は誰にも手をつけてない。裏番長に告白したとかいう噂もあるけど、付き合っているような感じにも見えないからねぇ~」
「ぐ……っ」
「どうやら図星って感じだね。そこで、一つ提案なんだけどさぁ……」
「て、提案……?」
「そう、提案。なあに、単純明快なことだよ」
ニヤリ……と不適な笑みを浮かべた隼鷹は、俺の胸元に寄り掛かるように身体を寄せ、呟いた。
「先生、私の男に……なる気は無いかい?」
「……なっ!?」
目と鼻の先にある隼鷹の顔。頬は真っ赤に染まり、瞳はうるんだ状態で、上目遣いでそんなことを言われては……転んでしまってもおかしくはない。
だが、俺には心に決めた女性がいる。
その気持ちを裏切りたくはない。裏切りたくは……ないんだ……けど……
「どうだい先生……?」
俺の耳側で小さく呟いた隼鷹は、ふぅ……と息を吹きかける。
「……っ!」
顔が真っ赤になり、心臓が大きな高鳴りをあげている。
子供達の上目遣いとは比べものにならない威力。そして耳側での呟きは、俺を興奮させるのに充分な威力がある。
酒の勢いでは無いのだけれど、このままでは本当に落とされてしまう……と、思いかけたその時だった。
パカーーーンッ!
「うひゃあっ!?」
急に隼鷹の頭が俺に向かってきたので咄嗟に避けると、その勢いでテーブルにおでこを叩きつけた。
「むぎゅう……」
「……は?」
可愛らしい声を上げた隼鷹は、素っ頓狂な俺の声に反応することなく、ピクリとも動かなくなる。
「………………」
俺は恐る恐る振り向いてみると、そこにはお盆を持って不機嫌そうな表情を浮かべた千歳が立っていた。
「もう……隼鷹ったらまた酔っ払って変なことをしようとするんだから!」
「え、あ、あの……千歳さん……?」
「先生も先生ですよ。ああいう時はハッキリ言い返さないと、なし崩しにされて痛い目を見ちゃうんですから!」
「は、はい……すみません……」
「ただでさえ先生は最近注目されているんですから、自分で認識してもらわないとダメなんですからね!」
「ご、ごめんなさい……」
「この前だって、私に……」
「……はい?」
「い、いえ、なんでもないですっ! 今日はちょっと先生に色々と言いたいことがありますから、そこに座ってくださいっ!」
「え、いや、その……」
ま、まだ夕食を食べ終えてないんですけど……
それに、隼鷹は完全に気絶しちゃっているし、このまま放っておいても大丈夫なの……?
「口答えしないでください! 今日という今日は、先生を小一時間問い詰めるんですからっ!」
「な、なんでそういうことになっちゃっているのっ!?」
「自業自得ですっ! たまには痛い目見てくださいっ!」
「さっきは痛い目見ないようにって言ったのにっ!?」
「椅子の上で正座するっ!」
「嘘ーーーっ!?」
――とまぁ、こうしてきっちり小一時間説教されてしまったのだが、どうやら千歳は別のお客さんの付き合いで飲んでいたらしいとのことだった。
顔が少し赤いとは思っていたが、怒りで染まっているんじゃなくて酔っていただけなのね……
つまり、今回の教訓としては、
酔っ払いには気をつけろ。
そういうことである。
お後がよろしいようで――という感じで、本日は泣きながら帰途についたのであった。
しくしくしく……
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次回予告
ちょっとした食堂でのイベントを終えた次の日。
愛宕はみんなにプレゼントがあると言い、主人公は頭をひねる。
そして、久しぶりに登場した人影が、またもや騒動を巻き起こすっ!?
艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
その9「新しい仲間がやってきた!」完
乞うご期待!
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