まぁ、子犬のことを考えたら良かったとは思うんだけど。
誰か他に飼ってくれる人が居ないかと探した主人公だが、残念ながら見つからず。
今日はもう無理だと判断し、寮に子犬を置いて夕食を食べに行くのだが……
それから鎮守府に戻った俺とヲ級は、鳳翔さんの食堂や知り合いの艦娘に会って犬の引き取り手を探したのだが、誰もが難しいと答え断られてしまった。皆は一様に申し訳ないと言っていたけれど、食堂で動物を飼うのは衛生的にも難しいだろうし、艦娘の寮もペット禁止なのだから無理を言っているのはこちらの方なのだ。
かくなる上はヲ級にグラビア雑誌を頼んだ元帥に罪を償わせようと思ったが、鎮守府の最高司令官に子犬を押しつけるというのもまた無茶苦茶だと思い、俺は踏みとどまって肩を落としていた。
「いったいどうするかなぁ……」
呟きながら子犬を見る。
小さく返事をするように「クゥ~ン……」と鳴いた子犬は俺を見上げ、キラキラと光っている目を合わせるように見せる。
うむむ……可愛いなぁ……
この際、隠れて寮で飼ってしまうのもアリかもしれない。
ただ問題は、バレた時の事なんだよなぁ。
「オ兄チャン。ソロソロ時間モ遅イケド、ドウスルカナ?」
ヲ級に言われて腕時計に目を落とすと、いつもの夕食の時間を少し過ぎていた。これから誰かの部屋に向かおうにも食事を取りに出かけている可能性が高いだろうし、その後に入浴等があると考えると、頼みごとをするのは難しいかもしれない。
「そう……だな。今日はとりあえず俺の部屋に隠しながら連れて帰って、明日にまた探すとするか」
「ソノ方ガ良イヨネ……」
――と言ったヲ級の腹部から情けない音が「ぐぅぅぅ……」と鳴り響き、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「それじゃあ、ひとまず寮にこいつを置いてくるから、先に食堂に向かっていてくれるか?」
「ウン。ソレジャア先ニ行ッテルネ」
そう言って、駆け足で食堂へと向かうヲ級。
そんなに腹が減っていたのなら、言ってくれれば良いのになぁ。
まぁ、ヲ級も犬のことが心配だったのだろう――と思いながら、俺は懐に子犬を忍ばせて寮へと戻る。
「頼むから、鳴かないでくれよ……」
服の上から優しく撫でながら寮の中に入り、ヒヤヒヤしながら通路を歩いていく。階段を上がって2階に進み、自室への通路を歩く間、誰かに会うことも無く自室に戻ることができた。
バタンッ……
扉を閉めて大きく息を吐いた俺は、懐から子犬を取り出してベットに乗せ、コップを持って冷蔵庫を開ける。
「確か、牛乳はダメだったよな」
子犬に人が飲む牛乳を与えるとお腹を下してしまうと聞いたことがある。俺は冷蔵庫に入っているミネラルウォーターを取り出してからコップに入れ、電子レンジで少し加熱してから差し出してみた。
「………………」
少し頭を傾げるような仕草をした子犬は、クンクンと鼻でコップの中を嗅いでから、ゆっくりと舌でお湯を飲み始めた。
「美味く……はないだろうけど、身体をあっためる為にもしっかり飲むんだぞ」
そんな俺の言葉に反応するかのように子犬は俺の目を見つめて頷いてから、再びコップへと視線を落とした。
「……言っていることが分かるのか?」
だが今度は反応を見せずにお湯を飲むことに必死の様だ。どうやら偶然なのだろうと思った俺は立ちあがり、ヲ級がいる食堂へと戻ることにする。
「何か食事を持って帰ってきてやるから、それまで大人しくしているんだぞ?」
俺はそう言って扉を閉め、鍵を掛けてから寮の外へと出る。
残念ながら冷蔵庫に子犬が食べれそうな物は無かったので、食堂で食べ物を持って帰ってくるか、売店で何かを買ってくるしかない。よく考えてみれば、コンビニに行った時にドックフードを買ってくれば良かったと後悔したが、もう一度向かうにはヲ級を待たせてしまうことになるのでそれも難しいだろう。
そして何より、俺の表情を曇らせたのは……
「……うわー」
新聞の天気欄で見た通り、ポツポツと雨粒が空から降り落ちていた。
「傘を取りに戻るのもめんどいし、走って行くか……」
ため息を吐いてから一人で呟いた俺は、そのまま食堂へと向かっていくことにした。
「いらっしゃいませーーーって、先生……か」
入口の扉が開く音の条件反射で掛け声をあげたものの、俺の顔を見た瞬間不機嫌そうな表情へと変えた千代田が顔を背けた。
「こら千代田。なんて挨拶をしているのっ!」
「えー……だって先生ったらこの前、千歳姉ぇに……」
「だあああっ! アレは違うって説明したじゃないですかっ!」
なんで食堂に入った途端にこんな状況になっちゃうんだよっ!
つーか、朝と昼にはこんなこと起きなかったのにだよっ!?
「……今、先生の不審な気配がしたような」
「鳳翔さん、包丁持って忍び寄るの禁止ーーーっ!」
「あら、冗談ですよ?」
そう言いながらニッコリ笑う鳳翔さん――だけど、正直心臓に悪いからマジで止めてくださいっ!
それに、ただでさえ噂が広まると具合が悪いんですから……
「ひそひそ……また幼稚園の先生が何かやったのかしら……?」
「今度は千歳に告白したらしいわよー……ひそひそ」
「なにそれ……発情した猿やウサギじゃあるまいし……」
「そんなことになっているのなら、私のところに来てくれたら良いのにデス……ヒソヒソ」
うわあああぁぁぁぁぁ……既に手遅れになっているぅぅぅ……って、最後の金剛じゃねぇかっ!
内緒話に加わるどころか悪化させにいっているじゃねぇかよっ!
マジで止めてお願いぷりぃぃぃずっ!
すると、いつの間にか傍に立っていたヲ級は俺を見上げながら、
「チッ……愚兄メ……」
――と、呟いた。
ゴミを見るような目で俺を見ないで――っていうか、助けろよっ!
俺ってなんかヲ級の気に障ることをやったのかっ!?
「ハイ。以上デ入リノコントハ終了デス」
そう言って、ヲ級は両手の平を上に向けてかっこいいポーズを決めると……
パチパチパチ
なぜか拍手が鳴り始めた。
俺は呆気に取られながらも周りを見ると、席についている艦娘や作業員達がヲ級を見ながら笑みを浮かべ、手を叩いている。
「いやー、今日も面白かったよね~」
「さすが幼稚園児劇団……もはや玄人の域ですな……」
………………
え、なに? これってお芝居か何かだったのっ!?
つーかコンビとかトリオじゃなくなって、劇団になっているってどういうことっ!?
一言もそんなこと聞いてないんですけどーーーっ!
「そして先生が最後に一人で心の中でツッコミまくる……これはもう、お金を取れるレベルよね~」
「そうそう。アレが最後のオチとして最高なのですよ」
俺まで完璧に取り込まれちゃってるよっ!
そしてドヤ顔で俺を見上げながら親指を立ててるんじゃねぇよヲ級っ!
はぁ……はぁ……はぁ……
す、数日分のツッコミをこの場でやった気がするぞ……
マジで思いっきり疲れたじゃねぇか……
俺は満身創痍無状態で近くの席に座り、ガックリと肩を落とした。
「お疲れ様です、先生。今日の晩御飯はどうなさいますか?」
「あー……はい。それじゃあ今日のお勧めで……」
「分かりました。少しだけお待ちくださいね」
千歳はそう言ってテーブルの上にお茶の入ったコップを置き、ニッコリと笑みを俺に向けてから厨房へと戻って行った。
背中の辺りに視線が突き刺さっている気がするのだが、たぶん厨房から千代田が睨んでいるんだろうなぁと思いつつ、俺はお茶を啜る。
さっきのはコントとかそういうのじゃなくて、マジっぽかったもんなぁ……
ちゃんと説明したはずなんだけれど、もう一回話し合った方が良い気がする。そうじゃないと、毎日食べにくる場所でギクシャクするのも具合が悪いからね。
あと、鳳翔さんの包丁ネタはマジで止めて欲しいです。
「ヨイショット……」
そして自分のトレイを持って前の席に座ったヲ級は、ニッコリではなくニヤリと笑って食事を取り始めた。
ちくしょう……いつか仕返ししてやる……
そんな、兄として小さい思いを心に秘めながらジト目を送るがヲ級には通用せず、俺はため息を吐いてからもう一度お茶を啜る。
「お待たせしました、先生」
「あ、ありがとうございます。千歳さん……」
お礼を言いながらテーブルに置かれたトレイを見た途端、俺の意識は一瞬だけ固まってしまい、
「ど、どうしたんですか……先生?」
「あ、いえいえ。なんでもないんです。なんでも……」
愛想笑いを浮かべながら千歳の顔を見てお辞儀をし、「いただきます」と言ってからトレイに向き直った。
そこには、ご飯に味噌汁、ほうれん草の胡麻和えと筑前煮、そしてメインディッシュは……
メンチカツだった。
再び俺の顔を見ながらニヤリと笑うヲ級。
俺は背筋に嫌な汗をかきながら気づかない振りをして、夕食を取ることにした。
……非常食……じゃないよな?
次回予告
幼稚園児劇団の舞台、面白かったでしょうか……ではなく、
色々と突っ込みどころが満載の夕食を終えた主人公。
子犬用の食事を買いに売店へと向かったが、またもや不幸スキルを発動して途方にくれたのだが、まさかまさかの展開で……ついに念願享受となるかっ!?
艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
その4「愛宕先生お持ち帰り~♪」
乞うご期待!
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