艦娘幼稚園での龍田の立ち位置はいっつもこんな感じですが許して下さいね。
「はぁぁ……疲れた……」
狂喜乱舞状態の龍田を無理矢理引き剥がすこと数十分、その間ひたすら揉まれ続けていた天龍は、解放されると同時にその場でへたり込むほど憔悴しきっていた。
龍田にはきつく叱り、きちんと謝らせることでその場は収まったのだが、天龍は身の危険を感じすぎたのか、俺の傍から離れようとはしなかった。
「大丈夫か、天龍?」
「う、うん……ちょっとは落ち着いたけどさ……」
そうは言うものの、天龍の小さな手は俺の服の裾を掴み、未だ膝は小刻みに震えている。龍田と同じ部屋にいるのは少し控えた方が良いだろうと思い、愛宕に事情を説明して担当の子どもたちを一時的にお願いし、スタッフルームへと連れてきた。
「よし、とりあえずここでゆっくりしていればいいよ」
「あ、ありがとな……先生」
「気にしなくていいって。困ったときはお互いさま、ましては俺は、先生なんだからさ」
「う……うん……」
天龍は頷きながら、ソファに腰掛けた。
「せ、先生……あのさっ」
「ん、どうした、天龍?」
「え、えっと……その……」
喋り初めた天龍だが、急に恥ずかしくなったように視線を俺から逸らして無口になった。ほっぺの辺りが赤く染まり、徐々に耳の方まで浸食していく。
「言い難いことなら、無理に言わなくても良いんだぞ?」
「う、うん……でも、聞いておきたいんだっ」
「そっか……それじゃあ、ゆっくりでいいから、話してくれ」
言うでもなく、話すでもなく、聞くと言った天龍。てっきり龍田のことについて、あまり怒らないでとかそういうことだと思っていたのだが、どうやら違うようである。
「えっと……その、先生ってさ……」
「お、おう」
もじもじと両手を背中の方で組み、真っ赤にした顔を見せないように話す小さな天龍の姿に、俺は思わずドキッとしてしまう。まるで、靴箱に入っていた手紙で校舎裏に呼び出され、今から告白しようとするクラスメイトの女子を目の前にした感じの雰囲気に、俺はどうしたらいいかと狼狽えかけた。
ちなみに、高校時代に一度だけそんな感じの経験があるんだが、その時は呼び出した人物が男子で、手紙の内容が果たし状だったんだけどね。
しかも、靴箱を間違えて、呼び出す相手を間違えたというおまけ付きで。
……本当に、俺の高校時代って、こんなんばっかである。
心が決まったのか、天龍は決意を込めた表情を浮かべて、俺の顔を見上げた。
「た、龍田のこと……なんだけどさ……」
「あぁ……」
「…その、好きじゃない……かな?」
「………………」
「………………」
「……は?」
目が点になる俺の姿が、そこにあった。
「いや、だから、先生は龍田のことが好きじゃないのかなって……」
「いやいやいや、なんでそうなるっ!? この場の雰囲気的に、天龍が俺に告白するとかそういう感じじゃないのっ!?」
「なっ! お、おおおっ、俺が先生に告白っ!? ちょっ、冗談じゃねーしっ! 誰が好き好んで先生なんかに告白しなきゃなんねーんだよっ! へたれでしょぼくてなんにも出来ねーくせにっ!」
「お、おまっ、そこまで言うか普通っ!? そりゃあ、先生としてふがいないところはまだまだあるかもしんないけど、そんなボロクソに言わなくてもいいじゃないかっ!」
「だ、だってそーじゃんか! 愛宕先生と比べて全然仕事おせーしっ、みんなに振り回されてばっかりだしっ、愛宕先生のおっぱいばっか見てるしっ!」
「ちょっ、おまっ!」
「お、俺なんて……ぺったんこだし、全然女の子っぽくないし、先生……見向きも……しねぇ……し……っ!」
急にしおらしくなった天龍の目に、大粒の涙があふれてくる。
「そ、それなのにっ……龍田まで……先生のことっ……良いかもって言い出すし……」
「て、天龍……」
「あいつの方が、全然女の子っぽいし……。それに、金剛みたいにも出来ねえし……どうすりゃいいのか……分かんねえよ……っ!」
頬を伝った大きな滴が、ポタポタと絨毯に落ちて染みになる。
「もしかして……龍田の行動って……」
「……あぁ、あれは俺が聞いたんだよ。胸を大きくするにはどうすればいいんだって。だけど、近くに先生がいたから……気にしていないようにしてたけど……」
「そう……だったのか……」
すべては天龍が発端だった――と言うことなのか。
龍田は天龍のお願いを聞いたのだが、やり方が少し悪かっただけなのだ。
まぁ、実際に天龍が嫌がってたから、知っていたとしても止めるんだけど。
あと、周りの子どもたちにも悪影響がでそうだし。
「さ、さっきの先生が、告白って言ったときも……ビックリして……その、ご、ごめんなさい……」
「い、いや、俺の方こそすまなかった。だけど……な」
そう言って、言葉に詰まる。
天龍が話してくれたことを集約すれば、これは告白とほとんど変わらない。もちろん、教え子である天龍とつきあうということは、先生として失格だろうし、それ以上に年齢差がとんでもないことになる。それらを踏まえた上で、仮にでもつきあおうものなら、ロリコンと指さされてもおかしくはなく、すぐに両手に輪っかが取りつけられるだろう。
「気持ちは嬉しいよ、天龍」
「……せ、先生」
「でもな、俺は天龍の先生だ。それに、歳もかなり離れているから、色々とまずいことが起きるのは……分かるよな?」
「つまり、ロリコンってことだよなっ!?」
「なんで急に生き生きと言い放てるかなぁ……」
「あっ、その……ごめん……」
「ま、まぁいい……って、よくはないんだけど。とりあえず、今すぐ天龍とつきあうってことは出来ないよ」
「う、うん……それは分かってる」
「……物わかりが早いな」
「だって、それだったら先生すぐに捕まっちゃうだろうしなっ!」
「分かってるんなら、なんで告白なんかしたんだよ……」
「……あれ、俺って告白したっけ?」
「……オイ」
すっとぼけた表情を浮かべる天龍に俺は裏平手でつっこみを入れる。なんでやねーんって感じで。
「と、とりあえずさっ、聞きたいことはそれじゃないんだって!」
「……へ?」
「さっきも言ったじゃんか! た・つ・た! 龍田のことが好きかどうかなんだよっ!」
「あ、あぁ……そう言えば、そんなことを言ってたよな」
「俺は……その、まだまだ先になってからって考えてたから、別に良いんだよ。だけど…………えっ……?」
「……ん、どうした、天龍?」
「あ……ぅ……」
全身をガタガタと大きく震わせる天龍。真っ赤な顔が一転して真っ青になり、この世の終わりを予見してしまった予言者のような表情になっていた。
「うふふ~、龍田は見てたりして~」
「……っ!?」
急に聞こえてきた声に驚いた俺は、後ろへと振り向いた。部屋の入り口である扉が少し開いていて、隙間から見えるのは龍田の顔。にっこりと笑みを浮かべているにもかかわらず、相手を畏怖させるかのような雰囲気が漂うそれは、以前中将の後頭部に向けてボールを投げる時の表情と瓜二つだった。
「た、たたた、龍田っ! そ、そのっ、こ、これは、ち、違うんだっ!」
「なにが違うのかしら~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん?」
ギィィ……と、扉が音を立てて開き、一歩ずつ歩み寄る龍田。その姿は、洋画で見るホラー映画のワンシーンを再現しているように見える。
ちなみに、俺は何をしているかというと、あまりの衝撃っぷりに、振り向いたまま身動き一つ取れないでいた。
まったくもって、情けない先生である。
「や、やめろ、龍田っ! それ以上近寄るなぁっ!」
「どうしたの、天龍ちゃ~ん。そんなに怖がらなくても大丈夫よ~」
「たっ、助けて先生っ!」
「お、おい、龍田……」
「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ~?」
「……っ!?」
龍田を止めようと手を伸ばした俺だったが、龍田の言葉とオーラに畏怖し、またまた固まってしまう。
「あはははっ♪ 天龍ちゃ~ん、ちょっとお外に行きましょうね~」
「い、嫌だっ! 絶対にいやだぁぁぁぁっ!!」
龍田は天龍の襟を掴み、スタッフルームの外へと引きずっていく。
「た、龍田っ!」
「あら~、何かしら先生~?」
黙って固まったまま見逃すわけにはいかない。命までは取らないにしても、天龍の身に危険が迫っているのは確かなのだ。俺は意を決して、今までの会話から導き出した、龍田のターニングポイントを突こうと、口を開いた。
「龍田は……俺のことが好きなんだよな? もし、そうだったなら、俺が代わりになるから天龍を解放してやってくれ」
「ぜ……ぜんぜい……っ!」
涙で顔をぼろぼろにした天龍が、濁音だらけの言葉で俺を呼ぶ。
「うふふっ、あはははは~」
「……た、龍田?」
「先生のことは~、もちろん好きですよ~」
「そ、それなら……っ」
「でも、天龍ちゃんのことは~、もっと好きなんです~」
何故か、引っ越し関係のCMみたいな言い方をする龍田だが、雰囲気はまるっきりの正反対である。
「そ、それなら別に、天龍のことをいじめなくてもいいんじゃ……」
「それは違いますよ~。こ・れ・は、悪いことをした天龍ちゃんに、お仕置きなんです~」
「ぢっ、ぢがうっ! ぢがうんだよだづだあぁぁっ!」
「あはは~、違わなくないわよ~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん」
「と、とにかく、その手を離して天龍を……」
もう一度、龍田へと手を伸ばした俺は、今度は畏怖しないようにと視線を少し上へとずらして目を見ないようにした。しかし、この行動が完全に失敗だった。
「あはっ♪」
「……えっ!?」
急に龍田の姿が視界から完全に消え去った。それもそのはずで、目よりも上、つまり髪の部分を見ていた俺には、ほんの少し龍田が屈んだだけで見えなくなってしまうのだ。
「ぐふっ!?」
そして、すぐに襲いかかってくる腹部への強烈な痛みが、俺の意識を暗闇へと誘っていく。かろうじて見えたのは、龍田が自分の頭を撫でているところだった。
「ぜんぜぇっ、ぜんぜえぇぇっ!」
薄れゆく意識の中で、天龍の泣きわめく声が聞こえてきた。しかし、それもすぐに小さく、遠くなり、バタン……と、扉が閉まるような音が聞こえると同時に、俺意識は完全に闇の底へと落ちてしまった。
次回で ~姉妹の絆と告白~ は完結となります。
果たしてどういう結果になるのかは……ありがちかもしれません(ぉ
引き続きお楽しみ頂けると幸いです。