バトルが鎮守府内で放送された事によってヲ級は周知の事実となった。
しかし、幼稚園以外のヲ級はいったい何をしているのだろうか?
そんな疑問が浮かんだ主人公は、ある休日を使ってヲ級を観察する事にします。
更には、あの艦娘が今章でついに登場しちゃうっ!?
その1「コンビからトリオへ」
さて、今回の件についていくつか説明しておかなければならない。
ことの発端は、俺が佐世保に向かう途中で深海棲艦に襲われてしまい、まさかの海底旅行をしただけでなく、そこで出会ったヲ級の子供を地上に連れて帰ったのが問題だった。
後から知ったことではあるが、そのヲ級は10数年前に死んでしまった俺の弟の転生体であり、記憶もしっかりと保持した状態だと言われれば驚くほかない。
その結果、普通であれば自由に暮らすこともままならないであろうヲ級の生活は、愛宕の同室という方法によってひとまず様子を見ることになった。しかしその後で、ヲ級は俺の争奪戦という意味不明な幼稚園内バトルに参加し、その光景が鎮守府内に放送されたことにより、存在が明るみになってしまった。
ただ、そこで幸運だったのは、鎮守府内にいるみんながヲ級を敵として認識したのでは無く、幼稚園に通う子供として見てくれたということだ。正直、放送のことを聞いた時には肝を冷やしたが、結果的に俺が望んだ状況になってくれたのは好ましい。
――しかし、それが本当なのかどうかと問われれば、ハッキリと首を縦に振ることができないのもまた事実なのである。
というのも、幼稚園でヲ級は子供達と一緒にいるのだけれど、俺はその場面しか見ていない。つまり何が言いたいのかというと、幼稚園以外の場所でのヲ級の行動がまったく分からないのだ。
ヲ級が寝泊まりをしている場所は愛宕の部屋であり、それは艦娘の寮である。もちろん俺が中に入ることはできないし、ヲ級の方から俺が寝泊まりする男性寮に入ることもできないのだ。これについては勘のいい人ならば分かるかもしれないが、元帥の女癖が原因である。まぁ、元帥だけが悪いという訳では無いらしいのだが、男女関係のもつれなんかで問題が起こるのは良くあることで、俺がこの鎮守府に来たときにはこのルールはすでに決められていたのだ。
それでも問題はちょくちょく起こっているらしいので、憲兵さんは大忙しらしい。それに、憲兵さんでは手に負えない事態がある場合は、専門の艦娘が動く……という話も聞いたことがあるし。
しかしまぁ、男女関係のもつれといってもお互いの意思が尊重された交際に関しては、一切の制限はされていない。そうじゃないと、色んな意味で危ない事態を起こしかねないというのが上層部の意見だとか。
――想像はしたくないけれど、多分そういうことが一部ではあるとか無いとか。ウホッとか正直勘弁していただきたい。
とまぁ、話が大幅に逸れてしまったのだけれど、今回お話するのはヲ級がこの鎮守府内で問題なく過ごせているかということと、逆にヲ級が周りに問題を起こしていないかということを調べた結果である。
この行動が、俺の首を絞めた――ということになってしまったけれど、それはまぁ些細なこと――と思いたい。
うん。
思えれば良いんだけどね……
◆ ◆ ◆
休日の朝。
本日は幼稚園もお休みで、曜日で言えば日曜日。疲労が溜まって起きられない人は、太陽が真上に昇るまでお布団でぐっすりしている可能性もあるだろう。
俺の場合、毎日規則正しい生活をしているおかげなのか、休みであっても寝坊なんかをすることなく、いつもの時間にパッチリと目が覚めた。疲労が溜まってないとは言えないけれど、かと言って惰眠を貪らなければいけないという程でもない。逆に寝過ぎてしまうと夜に寝ることができなくなる可能性もあるし、生活のリズムを崩したくないのだ。
俺はいつものように身支度を整える――が、さすがに仕事着ではなく、目立たないように黒色の服装に身を包んで寮の外に出た。もちろんその理由は前もって話していた通りヲ級を観察するためであるが、まずは朝食を取らなければならないと、いつもの鳳翔さん食堂へと向かうことにした。
腹が減っては戦はできぬ。それに、食堂でのヲ級の行動も調べておきたい。愛宕に聞いた話によると、バトルの一件以降はお弁当ではなく、子供達と一緒に食堂で食事を取っているらしい。
それができるのは、それなりにヲ級の存在が認められているということだから喜ぶほかないのだが、俺は逆の意味で怖かったりする。
他の人に迷惑をかけていないだろうか。
自分勝手な行動を取って、今の立場を危うくしないだろうか。
そういった心配が、俺の心にモヤモヤとしてうごめいているのだ。
心配性と言われればそうかもしれないが、やっぱり身内のことは気になってしまうのである。
いくら転生したと言っても、元は弟。襲われるのは勘弁したいが、できることはしてやりたい。
そんなことを考えながら食堂に着いた俺は、扉をガラガラと開けた。
「いらっしゃいませー。先生、おはようございますっ」
「おはようございます、千歳さん」
中に入った俺をにこやかに迎えてくれた千歳に挨拶を返し、近場にある席に座ろうとしたのだが、
「ワオ、先生じゃないデスカー。オハヨウゴザイマース!」
「オ兄チャン、オッハー」
見事に目標がそこに居て、バッチリと俺の姿を捕捉していた。
「ああ、おはよう。金剛とヲ級も朝ごはんかな?」
「その通りデース! やっぱり朝は鳳翔さんの和食セットがサイコーデスネー!」
言って、金剛は納豆ご飯を味付け海苔で巻きながら、パクリと口に放り込んだ。
「オ兄チャン、オッハー」
「………………」
「オ兄チャン、オッ……」
「いや、聞こえてるんだが……」
「ジャア、何デ返サナイノカナ?」
「その挨拶を聞いたのが久しぶり過ぎて、どう返そうか迷っていただけだ……」
「オッハー」
「いや、もういいから……」
両手だけじゃなくて、触手を使ってダブルでやるなと小1時間問い詰めたい。
しかし……別に良いんだけど、マジで何年前に流行ったんだっけ……?
とりあえずヲ級には軽く手を上げて挨拶を返し、俺はテーブルに置かれているやかんのお茶をコップに入れた。本来監視するべきヲ級の近くで食事を取るのはどうかと思ったが、すでに俺がここにいることはバレているので、今更別の場所に行くのは変に思われてしまうだろう。それなら堂々と、監視ではなく観察をすれば良いだけのことだ。
「ウマ……ウマ……」
お箸を使って焼き鮭の身と骨を分けながら、バクバクと口の中に入れていくヲ級。一時は犬食いのようにお皿に口をつけていたのだが、どうやらそれは治ったらしい。
ふむ……その他に気になる点も見当たらないな。食事の作法も問題ないし、お箸もしっかり使えている。
………………
いやいや、確かにこれも大切だけど、別に食事の作法をチェックしに来た訳じゃないんだけどなぁ。
「先生、お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
朝食セットを持ってきてくれた千歳に礼を言い、ひとまず食事を頂こうと俺は手を合わせた。
「いただきます」
「ウム、存分ニ食ベタマエ」
「なんでお前がソレを言う……」
「僕ノ発言ハ主ニ『ノリ』デ、デキテイマス」
「このノリでデスカー!?」
「ソウソウ、コウヤッテクルット巻イテ、美味シク頂キマス」
そう言って、ヲ級と金剛は同じように海苔でご飯を巻いて食べた。
「「ウンマーーーイッ!」」
そして二人で叫びながら立ち上がる……って、何をやってるんだよ……
「……ぷっ」
「くすくす……」
見れば、周りの艦娘や職員が二人を見ながら笑みをこぼしてるし……
「あー……本当にあの二人って面白いよねー」
「ホントホント。さすが幼稚園の漫才コンビよねー」
……すでにコンビ扱いにされてるじゃん。
心配しなくても、目茶苦茶馴染んじゃってるよっ!
朝からもうミッション終了ってことでファイナルアンサー!?
「ヘーイ、オ兄チャン。手ヲ合ワセタマンマジャ、イツマデタッテモ食ベラレナイゼー?」
「ノンノン。先生ハアアヤッテ、脳内保管で食しているのデース!」
「オーウ……マサカ愚兄ガソンナ食ベ方ヲシテルナンテー……」
「だから、先生の分はしっかり私達が頂いちゃうのデース!」
「「HAHAHA!」」
アメリカンな笑い声を上げながら、俺の目の前にある朝食セットを盗ろうと手を伸ばす二人にジト目を送ると、ピタリとその動きを止めて顔を見上げた。
「……ヤッパリ、ダメ?」
「食べ物の恨みほど怖いものはないぞ?」
「オーゥ……」
そう言って更に眼力を強めると、二人はそそくさと自分の席へと戻っていった――のだが、
「ぷっ、あは……あははは……」
「や、やばい……先生が入ったことで、更に面白さが加速してる……っ」
………………
おもいっきり巻き込まれちゃってるじゃんっ!
漫才トリオ結成だよっ!
「「フフフ……」」
そして二人とも、親指を立てながらドヤ顔をこっちに向けてるんじゃねぇっ!
昨日はロリコン騒動から酒飲み対決で、今日は朝からお笑い扱いって……なんて日だっ!
――とまぁ、初っ端から疲れる展開でしたとさ。
次回予告
観察対象であるヲ級とバッタリどころか、見事なまでに巻き込まれた主人公。
しかし、これだけでは終わらない。ついに……ついにヤツが舞鶴にやってきてしまったのだった。
艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その2「ヤツが来る」
乞うご期待!
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