《午後16:00 【トールズ士官学院】特科クラス《Ⅶ》組の教室》
キーンコーンカーンと7限目の授業の終了のチャイムが鳴る。
時刻は午後を過ぎ、まだ16時を切ったばかりだけど、時季の影響もあって外は全体的に暗くなり、太陽は夕陽への状態なっていた。
「―――それでは今日の授業はこれで終了致します。ミルスティンさん、挨拶を」
「あっはい」
委員長が背中まで伸びたカーキ色の後ろ髪を首の辺りで束ねた女性教官に促されて、終わりの挨拶を口にする。
「ご苦労様、ヨファン教官」
「サラ教官……こちらこそご苦労様です」
私達が終わりの挨拶を終えて着席した直後、サラ教官が教室に入ってきた。
―――ヨファン、それがあのカーキ色の髪の女性教官の名前。
フルネームは〝ヨファン・トリガー〟、歳は22。
担当の教科は今年から取り入れた〝生物学〟って言う、生物の構造・機能・成長・発生・進化・分布・分類を学ぶ教科。
そして教官自身も今年からこの【トールズ士官学院】に着任した新人教官であると同時に私達、特科クラス《Ⅶ》組の担任教官であるサラ教官の補佐を務める副担任でもある。
「どう授業には慣れた?」
「はい、最初は戸惑いましたがーーー」
と、教官達は生徒の私達を置いて、二人で何の他愛の無い世間話を繰り広げ始める。
「(……おい、また僕達を置いて二人だけで話始めたぞ)」
「(ああなると不思議と長く感じるよね~)」
「(はぁ、今日は早く終わることを願うしかないわね)」
最後にアリサがそう言ったように私達は二人の話が早く終わるよう、願いながら待っているとトモユキさんが二人に聞こえないように小声で、
「(いや~しかし、何度見てもヨファン教官の胸はすげーよな! なぁマッキー?)」
「(だ、誰がマッキーだ! というかいつもいつも破廉恥だぞ、トモユキ!)」
「(まぁそう言うなって、……で? どうよ、ヨファン教官の胸は?)」
「(どうって……そもそも僕は君みたいにそんな不健全な眼で見ていない!)」
「(嘘つけ~。授業でもチラチラとあの胸を見てた癖にぃ~、なんだ? マッキーはああいう胸の大きい美人お姉さんが好みなのか~~?)」
「(そ、そんなことないっ! 確かにああいう女性は好みだが、あの大きな胸は授業で色々と目のやり場が困ーーー)」
途中言い掛けて、『あっ』と呟いて語るに落ちたマキアスさん。
その後、マキアスさんはすぐに顔を赤くして何とも言えない声で唸る。
………男の人ってやっぱ、胸の大きな人が好きなのかな?
確かにヨファン教官は美人だし、プロモーションは抜群だし、包容力もあって、女性の私から見てもとても魅力的な女性だと分かる。
聞いた話によると、着任して間もないのにこの士官学院の男子生徒の大半をその美貌で魅了したという噂がある。
ま、まぁ今はその話は置いといて。
今のやり取りを『フン』と鼻で笑うユーシスさん以外の男子の皆はマキアスさんを哀れむ人も居れば、トモユキさんに呆れる人も居て。
一方、私達女子の方は二人に冷たい眼差しを向ける人も居れば、私のように大きく発達した自分の胸を隠すように両腕を添える人も居た。
「(そ、そういえば、トモユキが入学式の最中にデートしてた相手ってヨファン教官なんだよね?)」
と、そこでエリオットさんが助け船を出すように二人の間に入って話題を変える。
「(まぁな、あの時のデートは中々有意義だったぞ。ヨファン教官、サラ教官よりも若いだけあって、初々しいところもまだ残ってて可愛かったなぁ~)」
「(………聞けば、お前とのデートの所為で着任式の挨拶に遅刻した聞いたぞ)」
「(フッ、若さ故の過ちと言う奴だ)」
ユーシスさんソックリの声で格言的な言葉を吐いて、言い逃れようとするトモユキさん。
自分の声に似ている声でおかしな発言をしたことが地味にカンに障ったのかな? ユーシスさんの眉の片方がピクッと吊り上った。
そしてユーシスさんが文句を言う前に今度はゼオラとルーティーが割り込む。
「(やっぱり、私や委員長と同じようにヨファン教官にも〝あれ〟を言ったのかしら?)」
「(ん? 〝あれ〟って?)」
「(決まってるでしょ? アンタのお決まりの口説き文句―――)」
ルーティーがその続きを言おうとすると、特に打ち合わせもしていないのに、私以外の皆が口を揃えて、
「「「「「「「「「「「「(〝俺の子供を産んでくれないか?〟を)」」」」」」」」」」」」
何度聞いても聞いているこっちが恥ずかしくなってくる台詞が私の鼓膜を擽る。
そう、今のがトモユキさんが女性を口説く時のお決まりの口説き文句で、私を含めたクラスメイト全員が知っている共通の情報。
今時そんな口説き文句は私としてもどうかと思うけど、本人曰く、『付き合ってくれ』とか『結婚してくれ』とか言うお決まりのプロポーズの言葉よりは責任感があるから、と言っていた。
その口説き文句がどれ程の責任感を帯びているのかは分からないけど、節操も無く、誰にでもそれを言うのは責任感の欠片もないと私は思う。
しかも、決まって言う相手は胸の大きい女性ばかりで、委員長もゼオラも言われたみたい。
私も言われたけど、二人と同様丁重に断った。
………女子の皆の助けが無かったら相手の勢いに負けて、屈していたかもしれないけど。
「(無論言ったさ……あれほどの胸、見逃す道理などない!)」
「(妙に言い声で言い切るな)」
「(……では、サラ教官にも言ったのか?)」
イビトさんがツッコミ入れた直後にガイウスさんがそんな問いを投げ掛ける。
確かにサラ教官もヨファン教官に負けないくらい美人だし、プロモーションも良い。
性格と私生活はともかく………。
するとトモユキさんはその問いに対して、自虐的な笑みを浮かべ、
「(サラ教官も確かに良いが、賞味期限があと数年で切れそうな人を口説きべきか、悩んでいるんだよな~これが)」
「ーーー誰が、賞味期限があと数年で切れる人ですって?」
さっきまでヨファン教官と話していたサラ教官の声が教室に響き渡った。
私達が教官達の方に顔を向けると笑みを浮かべながらもコメカミに青筋を2,3本立てたサラ教官がトモユキさんを見ていた。
「トモユキ~~……今の話、後でじっくり詳しく聞かせて欲しいわね~~教・員・室・で」
と穏やかにそう言うサラ教官だけど、眼は笑っていないし、背後からには赤い怒りのオーラのような物が滲み出て、私を含めたクラスメイトの殆どがサラ教官のその迫力に気押され。
横に居るヨファン教官も苦笑を浮かべて、恐る恐る身を引く。
一方でサラ教官に後で教員室に来るようにと指示されたトモユキさんは焦るな否や、今度は不敵そうな笑みを浮かべると、
「爺ちゃんは言っていた、『逃げるんだよーー!!!』と!」
そんな捨て台詞を吐いて、疾風の如く教室から出ようとするトモユキさん。
けど、サラ教官は電光石火の如く、トモユキさんを簀巻きにするのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
午後のホームルームが終わって時刻は午後16時:30分。
クラスの皆の殆どはこれから各場所で行われる各クラブのクラブ活動を見学しに足を運び、サラ教官に簀巻きにされたトモユキさんは教員室へ連行されました。
そして私は言うと、様々なクラブが在る学院のクラブの大半を見て回り、一旦休憩として学院の本校舎の裏庭には在るベンチの一つに座って一人黄昏ている。
「はぁ………色んなクラブがあるけど、私に出来るかな?」
溜息を吐いて私はそんな不安を呟く。
今言った通りこの学院には色んなクラブが在るのだけれど、どの部活もやったことの無い物ばかりだし、上手くやっていける自信も無ければ、長続きする自信も無い。
無理にクラブに入部する必要は無いのだけれども、折角この名門学院に入学したのだから私も先輩方と同じように青春を謳歌したい。
でもさっきも言ったけど、私でもやってイケそうなクラブが見当たらないし。
何より〝これがやりたい〟という意欲が沸いてくるようなクラブが見当たらないというが大きな要因と言うべきだろうか。
結局、私はどの部活にも入部届けを出さず、此処で情けなく憂鬱な状態になっていたというわけなのだ。
『私ってホント駄目だな』と思って、私は再び溜息を吐く。
「―――エレカ」
直後に聞き覚えのある声が聞こえた。
声がした方向に顔を向けるとそこには小柄な銀髪の女の子、フィーが立っていた。
「フィー」
「何しているの?」
彼女にそう尋ねられた私は自然と笑みが零れた。
何でかと言うと、彼女はクラスの中で私が声を掛けなくても私の存在に気付いてくれる数少ない存在で。
しかもクラスの中では一番齢が近いし、同性でもあるからか、彼女には何と言うか、自分のことを分かってくれるような、安心感のみたいな物を感じると言った方が良いのかな?
自分でも良く分からないけど、とにかく彼女には親しみを感じるのだ。
「えっと、私でもやってイケそうな部活が無くて、その………」
「フーン。エレカもなんだ」
「私もってことはフィーも?」
「ん。今は特に入りたい部活は無いかな」
淡々と短めに答えるフィー。
どうやら彼女も私と同じ、これがやりたいと思うようなクラブが見付からないみたいだ。
フィーもそうなんだ、と私が仲間意識を感じると彼女は急に私の身体を疑視し始める。
「(ジィー)」
「な、何?」
「エマもゼオラも大きいけど、エレカもおっきいね」
へ? 何が?
と思った私だったが、彼女の視線が私の胸に向けられていることに気付くと、すぐにフィーが今言った言葉の意味を理解する。
「も、もうフィー! セクハラだよそれ!」
「だって気になったから。……本当に私より一つ下なの?」
「ほ、本当だもん! 私、まだ14歳なんだから!」
無表情な顔してなんてことを言うのフィー!? トモユキさんじゃないんだから、そんな所を指摘しないで!
た、確かに故郷の同年代の子達の方でも発達は良い方だと自分でも自覚してるけど、それでも私の歳は14歳なの!
あぁ、今フィーに必死に抗議する私の顔、きっと赤くなっているんだろうな………。
「そ。ごめん」
私の訴えが通じたのか、或いは面倒臭くなったのか、どっちかは知らないけど、短めにそう謝ったフィーはふぁと欠伸をする。
「じゃあ、私先に帰るね」
「も、もう帰っちゃうの?」
「他にやること無いし、眠いから」
ね、眠いって………。
まだ午後の6時も過ぎていないんだよ?
というかフィー、授業で寝てばかりじゃない。
『そんなことじゃ、中間試験危ないよ』と忠告しようとする前にフィーは寮の方へ歩き出す。
「じゃね」
振り向かず片手を翳し、別れの挨拶も短めして立ち去るフィー。
その姿を見送り、マイペースだなと思いつつ、私は溜め息を吐く。
ふと腕の時計に目を通すと、まだ午後の5時は過ぎていないことを確認し、時間的に少し余裕が在ることも認知する。
「(もうちょっと見て回ろうかな?)」
そう思った私はすぐにそうしようと決め、ベンチから立ち上がり、まだ見て部活を見ようともう一度学院を回ることにした。
≪視点変更:視点者ゼオラ≫
今日のホームルームが終わってクラスの皆さんと同じように学院のクラブを見学しようと、あれこれ20分くらい学院を回りましたが、イマイチ私に合いそうなクラブが見当たりませんわ。
本校舎に在る、吹奏楽部・料理部・美術部。
吹奏楽部に関しては一応嗜み程度ぐらいには楽器を弾けますが、私としては楽器を弾く事よりも歌う方が好きですし、料理部に関しては包丁も握ったことも無いので、自信が有りませんし、美術部に関しては………絵はあまり上手ではないので、やはりこの三つは選択外ですわね。
次にギンナジウムに在るフェンシング部・水泳部。
フェンシング部に関しては剣を一度も扱った事の無い私には無理なので論外ですし、水泳部に関しては……………もっと論外ですわ。
この二つも選択外。
次はグランドに在った馬術部・ラクロス部。
馬術部に関しては悪くないと思ったのだけれども、馬の世話をしなければならないことが分かって仕方なく断念致しました。
そしてラクロス部に関しては………何故だかは分かりませんが、私の第六感的な物が『口調が被るキャラが居る』という謎の予感を察知し、これも仕方なく断念致しました。
結局、この二つも選択外になってしまい、私は肩を落しましたわ。
「このまま帰ってしまいましょうか?」
グランドと本校舎の間にある歩道の上で校門の方へ歩きながら、私はそう呟きました。
これだけ探して自分に合ったクラブが見付からなかったからです。
まだ学生会館の方に在るクラブの方には顔を出してませんが、あそこに在るクラブは地味な物しかないと聞いたので、行かないことに決めました。
なので殆どのクラブが駄目ことが分かった以上、この学院には自分に合ったクラブが無いと思い、時間の無駄だからそろそろ帰ろうかしらと思った次第なのです。
「……?」
ですが、私が講堂の前に着くと講堂内からオペラのような音楽が聞こえました。
私は足を止めて、その音楽に釣られるように講堂の中へ足を運ぶ。
講堂に入るとそこにはオペラのような音楽が流れる中、ステージの上で演劇を行っている衣装を着た複数の男女の姿とステージの前でその演劇を眺める私と同じ一年生の姿が多く居た。
そして私は思い出しました、ステージの上で演劇をやっている男女達のクラブのことを。
「(確か講堂には〝演劇部〟というのが在る聞きましたわ。ということはあれは演劇部の演劇という訳ですね)」
で、あの一年生達は演劇部を見学しにきたギャラリーということも察した直後、背後から誰かに胸を鷲掴みにされた。
「!!?」
私は何が起こったか分からず、凍り付いたかのように身体が硬直してしまい、声も出せませんでした。
それを良いことに背後に居る人物は私の胸を揉みくちゃにし、同時にこんなことを言い出す。
「この胸の大きさ・形状・触り心地、うん! 合格だわ!」
「なっ! ちょ、いい加減にっ!!」
人の胸を揉みながら訳の分からないことを言い出したのを機にやっと声が出た私は背後に居る者の手を強引に振り解き、距離を取ってから振り返って私に破廉恥の行為を行った不埒者の顔を拝めた。
するとそこには予想外の人物が立っていました。
私はてっきりあの〝破廉恥男〟だと思っていましたが、そこに居たのはモミアゲ部分の髪にロールを施した銀色の髪の女子生徒が立っていたのです。
制服のリボンの色から見て、二年の先輩のようでした。
不埒者の正体が同性だということが分かって私が呆けていると彼女は眼前まで近付き、今度は腕と太腿を掴み、胸と同様調べるように揉み始めた。
「無駄の無い肉質に身体の筋肉のバランスも良し、うんうん! ますます良いじゃない!」
「きゃああ!? だ、だから、何をするのですか?! やぁ、駄目ぇ、そこは………ッ!! というか誰ですか貴女はッ!?」
「あっ、そうだいけない。自己紹介がまだだったわね」
私の指摘により銀髪の先輩は手を離し、コホンと咳払いをすると、
「私は二年のシャルル・カリスワーズ。演劇部の部長をやっているの。貴女は?」
「ぜ、ゼオラと言いますわ」
揉まれ地獄から解放された私は乱れた息遣いを整えながら答える。
ホント何なんですか、この人は………。
いきなり人の身体を揉むなんて、破廉恥極まりないですわ。
同性だからとはいえ、過剰過ぎます。あの〝破廉恥男〟じゃあるまいし。
と私が心の中でツッコミを入れているとシャルルと名乗った先輩がまるでお宝を見付けたかのように眼をキラキラと輝かせ、
「ゼオラね、覚えたわ。ねぇゼオラ、ちょっとこっちに来てくれない?」
「えっ? 今度はなんですか!?」
「良いから良いから! ほら、来た来た!」
二年のシャルル先輩は強引に私の手を引っ張り、私は講堂の用具置き場に連れて来られる。
「うん! やっぱり似合うじゃない!」
「な、何ですか? これは?」
うんうんと満足そうに頷く先輩に対し、私は着せられたドレスのような衣装を見つつ、戸惑いながらそう言いました。
一瞬の出来事でした、用具置き場に着くとシャルル先輩は抵抗する時間を与えることもなく、私にこの衣装を着せられたのです。
「私達が作った新作の衣装よ、どう? 中々良い出来でしょう?」
「ま、まぁ……悪くないと思いますわ」
確かに素肌が露出する部分が多いですが、見た目は水色を基調とした美しいデザインで、肌の露出が合わさって、何というか見る者を惹き付けるようなデザインだと言うのでしょうか?
とにかく、そんなには悪くない衣装だということは分かります。
………それを何故、私が着ることになったのかは納得出来ませんが。
「やっぱり? それはそうよねー、何てたって私達の自信作だし! それはそうとゼオラ~」
「ま、まだ何かあるのですか?」
嬉しそうな表情を浮かべた後、何かを企んだのか、今度は笑みを浮かべながら私の両手を両手で包み込むシャルル先輩。
もういい加減にしてくださいと訴えようとしましたが、それよりも早くシャルル先輩は、
「貴女、演劇部に入らない?」
「………はい?」
こ、これはスカウトなのかしら。
私が演劇部に? どうして?
そもそも私、演劇には興味もありませんし、一度もやったことがありませんのに!
せっかくの勧誘ですが、ここは丁重にお断りしませんと。
なるべく、相手が傷付かないように、言葉を選んで。
「どう、やってみない演劇? 貴女ならきっと役者になれるわ~」
「し、失礼ですが、私、生憎演劇には興味がーーー」
「大丈夫大丈夫! 誰だって最初はそうだわ、やっていけば次第に楽しくなるって!」
「で、ですが、私、お芝居や踊りには自信がーーー」
「それも大丈夫! 私が直々に指導してあげるから、すぐに上達するわ!」
「い、いえ、でもーーー」
中々食い下がらない先輩に苦戦する私。
こんなやり取りがあと30分くらい続くのでした。
《視点変更:視点者トモユキ》
「うはーー! やっと解放されたぁーーー!」
時刻は午後5時10分。
教員室から出て俺はそんな第一声を放った。
サラ教官に捕まって教員室に連行された俺はサラ教官に小一時間も説教を喰らう羽目になり、そして今やっとその説教に解放されたという訳だ。
流石に小一時間も説教されたせいで精神的に疲れたようで、俺は小さく肩を落とす。
何故か説教していたサラ教官も疲れたように見えたが、まぁ気のせいだろう。
さて、長い説教が終わったことだし、他にやることも無いし、帰るとしますか。
「トモユキ様~~~」
と、寮へ帰ろうとした時、後方からナマったような声が廊下に響いた。
その声を聞いて背筋が凍るような感覚に襲われながらも俺はゆっくり振り返る。
「見つけましわ~~~私のーーー」
白い制服を来た真ん丸とした生物の姿を視認した瞬間、俺は踵を返してその場から逃走した。
直後に『待って~~~!!』という声と共にドスンドスンと大型魔獣が走っているのでは無いかと錯覚する程の振動を発しながら俺を追い掛ける真ん丸とした生物。
彼女はマルナベという名前だったか? まぁこの際名前なんてどうでもいい。
実は数日前、そのマルナベという女子生徒と会い、不幸にも眼を付けられ、今みたいに事あるごとに追い掛けて来るのだ。
「今日は自信作のクッキーが出来ましたの~~~、食べてくださいまし~~~~!」
嫌だよ!! さっきチラッて見たけど、色も形も不気味だし、ハエとか集ってたし、腐臭みたいなすげー嫌な匂いとかしたぞ!
とにかくそれだけはぜってー食わねぇ、食ってたまるか!
それに出口まであと2000リジュ、外へ出れさえすればこっちのもんだ!
「こら、そこの赤い服の生徒! 廊下を走るな!」
だが、出口まであともう少しのところで、紫のスーツを着た………名前なんだっけ?
ハイブッヒ? いや、ハゲバッハだったか? まぁそんな名前の教頭が出口の前に立ち塞がっていた。
「とうっ!!!」
背後からそんな声と共にドン!!と何か重たいものが床に落ちたような音が聞こえたので、俺は顔だけを振り向かせて、後方を確認してみると。
真ん丸とした体型のマルナベが弾丸のような跳躍で急接近し、『私の愛! 受け取って~~~!!』と言って、クッキーを片手一杯にした状態でその手を突き出す。
これはまずい!と思った俺は咄嗟に進行上に居たハゲバッハ教頭の後ろに回り込み、教頭の両肩を掴んで、その身体を固定した。
すると次の瞬間、ズボッ!とマルナベの手に在ったクッキーが教頭の口の中に全て入り込む。
「!?! ………!!!?!」
教頭は声にならない声を出すと、鼻の穴や耳の穴から煙を噴出し、更には顔を真っ青にしてぶっ倒れた。
「教頭ーーーーーー!!!」
俺の叫びが学院内に響いた。
………それから十分後。
俺は身を呈してまでマルナベの魔の手から守ってくれた教頭を保健室まで運び、あとはベアトリクス教官に任せ、やっと学院から出る。
ちなみにあの魔獣的生物マルナベはクッキーを全て教頭に食べられたことによって、今日は諦めたらしく、大人しく帰って行った。
「お?」
そして俺が学院から出るとに講堂の方からゼオラが歩いて来た。
しかもどうしてか、妙に疲れているように見えた。
「よっゼオラ! 疲れているみたいだがどうかしたのか?」
「トモユキ………。ええ、色々ありましてね」
声に少し元気がない。
どうやら本当に疲れているようだ。
「あっ! トモユキ、ゼオラ」
「お前等二人とは、珍しいな」
「ルーティー。それにイビトも」
するとゼオラの反対側の学生会館の方からルーティーとイビトがやって来た。
更に二人が現れた瞬間、背後の本校舎の出入り口の扉が開く音が耳を掠める。
「あれ………皆」
「エレカか」
振り向くと出入り口からエレカが出て来た。
エレカと俺の声を聞いて、他の三人にもエレカの存在に気付く。
こうして『特別オリエンテーション』の時に短い間だが共に行動したメンバーが全員揃ったことで、俺はこのまま全員で帰ろうと提案する。
「お前等、これから帰るところなんだろう? なら一緒に帰ろうぜ」
「そうだね、こうして会ったんだし、皆で帰ろうか」
「う、うん」
「まぁ俺は構わんが」
「私も構いません」
四人が俺の提案を承諾し、俺達は横一列に並んで寮へと帰る。
その帰る途中、俺は皆のクラブについて尋ねる。
「ルーティー、お前クラブには入部したのか?」
「入部したわよ、射的部ってところに」
「あぁ、確かギンナジウムの奥に在るクラブだったよな」
射的部とは文字通り、銃で的を打つクラブのことだ。
場所はギンナジウムの奥の崖の壁を利用して作られた射撃場で活動している。
「マキアスと一緒に見学しに行ったんだけど、『僕の銃ではあんな小さな的に当てるのは不向きだ』って言って、他のクラブの方に行っちゃったんだよねー」
「へぇそーなのか。イビトは何処に入部したんだ?」
「俺は技術棟に在る、技術部だ」
「技術部か、確かに技術部ならイビトにピッタリだな」
技術部は主に学院を含めた【トリスタ】中から送られて来た、壊れた道力器を依頼として直したり、新たな道力器を開発・製作するのが活動目的であり。
無論、その技術部でやって行く為には高い技術力が求めれる為、それ相応の技術力を持っているイビトにとってはまさに打って付けのクラブであると俺は思う。
「で、ゼオラは?」
「私は演劇部に入部いたしました」
「演劇部ぅ?」
「……ちょっと意外」
そう言ってルーティーが意外そうな表情を浮かべる。
イビトもエレカも同様の表情を浮かべる。
俺も意外だが、しかし意外だからこそ、何故そのクラブに入部したのかが気になった。
「どうしてまた、そんなところに入部したんだ?」
「まぁ……簡単に言いますと、スカウトされたからです。演劇部の部長さんから」
「スカウト?」
「ええ、何でも私が〝逸材〟だからという理由でスカウトしたそうですわ」
〝逸材〟の部分を強調して誇らしげに演劇部の部長からスカウトされたと話すゼオラ。
それを聞いてエレカは感心そうな表情を浮かべて、
「逸材か、凄いねゼオラは! だからその演劇部の部長さんのスカウトを承諾したの?」
「え、ええ、まぁ……それは、その………」
ん? 急に歯切れが悪くなったな、ゼオラの奴。
……まさか、コイツ。
「どうせお前あれだろ? その部長さんに逸材だとか煽てられて、ついつい入部を承諾してちまったんだろう?」
「う”」
あっ、顔の表情が固まった。
どうやら図星だったみたいだな。
適当に言ってみただけだったんだが………。
「ん、んん! 私の話はこれくらいにして、エレカは何処かのクラブに入部したのかしら?」
咳払いをした後に、強引に自分の話を終わらせ、エレカに話を振るゼオラ。
なんかごめんなゼオラ、だが俺は反省しない!
「わ、私は………クラブは全部見て回ったんだけど、どれも上手くやってイケそうなのが見付からなくて結局、何処にも入部しなかったの」
「あら、そうでしたの」
「エレカも何処にも入部しなかったのか。俺と同じだな」
「なんだ、トモユキも何処にも入部してないんだ」
「まっ、絶対に何処かのクラブに入部しなきゃいけない訳じゃないのだから。入りたい所が無いのなら、無理に入る必要もないだろう」
イビトがそう締めて、クラブの話は以上で終わる。
そして次は違う話題を出て、俺達は寮に着くまでそんな他愛の雑談を繰り広げるのであった。
次回は自由行動日の話を載せたいと思います。
~おまけ~
≪午後19:00 【トリスタ】 ハインリッヒ教頭の自宅≫
「……全く、今日は散々な目に遭ったみたいだな」
自室のソファーに腰掛け、教頭は溜息混じりにぼやく。
散々な目に遭ったのに、『遭ったみたいだな』と妙に自信が無いように言ったのは、その時の記憶が全くないからだ。
何でも保健室で看護してくれたベアトリクス教官の話によると、口に押し込まれていたこの世の物質とは思えない程の未知の物質で構築された物体の影響で記憶が一部、ぶっ飛んだそうだ。
何故、そんな物が自分の口の中に入っていたのかはその時の記憶が消去されてしまった教頭は知る由も無かった。
まぁその時はそれ以外の害は特に見当たらなかったようなので、こうしていつもより早く帰宅した模様。
「?」
すると教頭は自分の頭から何かが落ちるのを感じた。
その何かは教頭のすぐ横に落ち、教頭はそれを拾ってみると。
「こ、これは!」
髪の毛だった。
何十本の髪が束になって頭から落ちたのだった。
嫌な予感がした教頭は自分の頭に手を伸ばすと、ボロッと大量の髪の毛が抜け取れたのだ。
「ぎ…………ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その夜、殺人事件でも起こったかのような悲鳴が【トリスタ】中に響き渡るのであった。