「ふわぁ~」
デカイあくびがひっきりなしに出るほどクソ眠い目をこすりながら姉貴とともにいつもの集合場所に着く。貴明たちはまだ来ていない。大方、またこのみが寝坊したんだろう。特に姉貴と喋ることもないのでボケーッと飛行機を眺めていると二人分の走る足音が聞こえてきた。恐らく貴明達だろう。片一方の足音が加速した。その足音は俺達に近づこうが減速する様子はない。そしてあと一歩で俺に衝突、という所で俺は上を向いたままその足音の張本人を躱す
「うわっとっと。もう、なんで避けるのユウ君」
危なっかしくたたらを踏みながら止まり頬を膨らませながらこちらを恨めしそうに睨んでくるのは幼なじみの柚原このみ、通称チビ助だ
「危ないからに決まってんだろ。お前のスピードでタックルなんか喰らったら大怪我するっつの」
「む~、タックルしたかったわけじゃないもん!」
「じゃあキックか」
「ちーがーうー!」
本人は精一杯怒っているのだろうがアホ毛を揺らしプリプリと怒る姿は見るものを和ませ争いがいかに馬鹿げているかを教えてくれるようで大変微笑ましい。もう少しからかっていたいが腕時計をちらっと見るとそろそろ本格的に急がなければならない時間になろうとしていた
「わーったわーった。おら、そろそろ行かねーと遅刻しちまうぞ」
「あ、待ってよ~」
俺が歩き出すと先ほどまで怒っていたのは何だったのかと思うほど素直に俺の後についてくる。悪い大人にホイホイ着いて行きそうで大変心配である
………このみの更に後ろからついてくる2人の視線がやけに生暖かい気がしたがそんな目線を受ける理由が無いので恐らく気のせいだろう
~放課後~
つまらない授業を終えて(殆ど寝てたが)貴明が騙されて入部させられた部活に引っ張られるのを見送ってから軽いカバンを持って帰路につく。靴を履き替えて校門まで来ると、見知った顔が立っていた
「よう、このみ。貴明なら部活に拉致られたから来ないぞ」
「あ、ユウ君」
どうせ、十中八九貴明のことを待っていたのだろう。声をかけなければいつまでも待っていそうだし、流石にそれを見逃すのは姉貴云々がなくてもするつもりはない。このみをからかいはすれど悲しませることだけは絶対にしないというのは俺と貴明の暗黙の了解だ。貴明は否定するだろうがこのみがここまで能天気な性格に育った責任の一旦は俺達が甘やかしすぎたせいもあるだろう
「一緒に帰りてーなら朝のうちに約束しとくんだったな」
「えっと、ユウ君は誰かと帰るの?」
「いや、貴明と帰るつもりだったしそんな予定はねーけど」
「そっか。……えと、行ってみたい喫茶店があるんだけど一緒に行かない?」
珍しいこのみからのお誘いである。特に断る理由もない。偶には付き合ってやるのもいいだろう。最近はあんまり二人っきりで話したりもしてないしな。貴明との進展なんかも聞いてやろう
「別にいいぜ。ただし、奢らないからな」
「わ、分かってるよ」
このみが歩き出した後に続いて歩き出す。小さい頃からの腐れ縁だがこうして2人で帰るのなんて何年ぶりだろう。いっつも貴明も一緒だしな。このみはというと上機嫌に鼻歌なんて歌っている。貴明と一緒に帰れなかったわりには落ち込んではいなさそうだ。まぁ俺と一緒に帰るのが嬉しいわけではないだろうから余程その喫茶店とやらに行きたかったんだな
「ここだよ、ユウ君。面白いパフォーマンスをしてくれるって喫茶店」
「へぇ。パフォーマンスねぇ」
確かにちょっとした人だかりが出来てるな。このみと一緒にその人だかりに加わると中心の方でこの店の制服に身を包んだ美少女がどこぞの警視庁特命係の凄腕警部ばりにお茶を高所から一滴も零さずにカップの中に注いでいた。注ぎ終えられたカップが注文したらしい客のテーブルに置かれると拍手がその美少女に送られた。そんな周りは気にもとめず次のテーブルへと向かう美少女に俺は見覚えがあった
「……何やってんだ、こんな所で」
「ユウ君、知り合い?」
知り合いというかこの間公園で会った子だ。こんな所でバイトしてたのか。奇妙な縁を感じつつもとりあえず席を確保して飲み物とケーキを注文した。どうやら俺達の飲み物は対象外らしく先程の美少女は来なかった。このみは少し不満そうだったがケーキをひとくち食べた瞬間目を輝かせてそちらに集中しだした。やはりまだまだ色気より食い気らしい。これでは貴明攻略は夢のまた夢だな
「別にこのみ、タカ君の事好きじゃないよ?」
「は?」
そんな事を冗談混じりに言ったらこのみがキョトンとしながら爆弾発言を投下した。俺はというとあまりの衝撃にケーキを刺したままのフォークを床に落としてしまった。あぁ、勿体無い
「あ、別に嫌いなわけじゃないよ?えと、好きだけど、ちゃるやよっちに感じてるのとおんなじ好きで、お母さんがお父さんに向けてる好きとは違うって意味だよ?」
「いや、それにしたって驚きなんだが。いや、だってお前、貴明んちへのお泊りとか」
「それはだって昔からのことだし。特別な感情はないよ」
まさかの事実過ぎる。もし貴明が一般男性並の恋愛脳であったら確実に勘違いするであろう行動の全てを友愛と昔からの習慣で片付けやがった。……いや、まて。まだ決まったわけじゃない。このみがお子様過ぎてその辺の区別がついていないだけの可能性もある。何をムキになっているのかは分からないがこのままでは引き下がれ無いとその可能性を口にしてみるが
「そんなわけないよ。だって……そういう、好き、な人はちゃんといるもん」
更に衝撃。藪をつついて蛇を出すとはまさにこの事だろう。流石にもう色んな意味でお腹いっぱいだがここまで聞いてしまった手前最後まで聞いてしまいたい
「なぁ、そいつって、俺の知ってるやつか?」
「へ?な、なんで?」
突っ込んで聞かれるとは思ってなかったのだろうこのみがすっとんきょな声で聞き返してきた
「いや、ずっと貴明が好きなんだと思ってたからよ。どんな奴なのかと思ってよ」
「えと……うん。ユウ君が知ってる人だよ」
このみは少し迷った後そう言った。俺の知ってる人間か……もう少し聞き出してみるか
「年齢は?」
「このみより年上」
まぁ、それはそうだろう。このみより年下の共通の知り合いなんていないしな
「特徴とか」
「……髪が赤いかな」
……まさか
「名前……は流石に恥ずかしいだろうし、名字のイニシャルは?」
「えと……Kだよ」
そこまで聞いて確信した。このみの好きな奴、それは……
「なぁ、このみ。もしかしたら、このみの好きなやつ、分かっちまったかもしんねー」
「え!?えと、それって、ほんとに?」
「あぁ。俺の知り合いで今の特徴に当て嵌まる人間なんて一人しか居ないからな」
「うぅ、こんな形で知られたくなかったよ」
そりゃそうだろう。俺だってこんな形じゃなくて決意した本人の口から直接聞きたかった。けど、今更答え合わせしないなんて選択肢俺の中にはない
「このみが好きなやつ、それって……」
このみがギュッと目をつむる。あぁ、やっぱり間違いない
「姉貴だよな?」
「……へ?」
俺の知り合い、このみより年上で、赤い髪。なによりイニシャルがK。俺の中でそのキーワードでヒットするのは俺の姉、向坂環しか居ない。そりゃ、確かに言い辛いわな
「確かにお前、姉貴にべったりだったもんな。姉貴も、まぁ今は貴明に夢中だがこのみがきちんと告白すれば悪い結果にはならねーんじゃねーか?まぁいいんじゃねーの?俺は反対しねーぜ?」
他のやつがそんなカミングアウトをしてこようものなら流石に引くが幼馴染の思いを茶化すほど俺は人格歪んじゃいない。このみが本気だと言うならばそれなりに応援はしよう
そう決意をする俺を他所に何故かぽかーんと間抜け面をしていたこのみが突然立ち上がった
「このみ?」
「ユウ君の、バカーーー!」
このみはそう叫んだかと思うと思いっきり俺にコップの水をひっかけ走って店外へと出ていった
「あれ?俺ちゃんと理解を示したよな?」
「うーよ、何があったか知らないがそのままでは風邪を引くぞ」
呆然とする俺の側にいつぞやと同じようにあの美少女が立っていた
結局、店の人の好意でタオルを貸してもらった後、このみが逃げたせいで二人分の料金を支払って帰路についた
翌日
「………」
全身で不機嫌を表現するように早足で俺達の前を歩くこのみ。まだ昨日の事を怒っているらしい。だが、俺が原因であることは分かっていても怒らせた理由がわからないので謝りようがない
「あんた、このみに何したのよ」
だから姉貴に射殺すような目で睨みつけられても答えようがなく、俺は甘んじて姉貴のアイアンクローを受ける羽目になったのだった
結局、このみの機嫌は昼休憩の姉貴の弁当に好物を見つけるまで続いた