こうして無事脱出できた、私達。麓には既に警察の車が手配されていた。
吉良は当然警察に連行され、その子供達ーーつまり基山さん達は、警察に保護されることになる。瞳子監督は「ヒロト達の傍にいてやりたい」と言って、私達と別れた。
基山さん達を乗せた車が、遠ざかっていく。終わったか、と肩の荷が下りたような感覚を覚えていると、その肩に重みが。振り返らなくても、滝野さんの怖いオーラが感じられる。
「さぁ穂乃緒ちゃん、次は君の番だよ」
「……何のことですか?」
「とぼけないの。君、重傷のくせによくここまで来たね?」
「私を連れていったのは他の連中です。彼らに言ってください」
さりげなく、バーン達に罪を擦りつける。
だって本当のことだ。私はこれっぽっちも悪くない。
「重傷⁉︎ それってどういうことですか、滝野さん!」
あぁ、聞かれてた。肩に置かれた手を払って、溜息を吐いた。
滝野さんの言葉に即座に反応したのは、円堂さんだ。こういう時の彼は地獄耳なのか。私はこちらを見てくるみんなの視線に、再び息を深く吐いた。
「穂乃緒ちゃんは本来なら絶対安静の大怪我を負わされていたんだよ。……親によって、ね」
「えっ⁉︎」
「親に、よって……⁉︎」
復唱した吹雪さんの声が、震えていた。私が口を挟むこともなく、滝野さんと鬼瓦さんが続ける。
「この子は、実の両親によって人身売買にかけられたんだ」
「人身売買⁉︎ そんなこと……‼︎」
「知っての通り、人身売買は犯罪だ。我々警察も目を光らせているが……今でも水面下で行われていることもあってな。彼女はその被害者だ」
円堂さん達の視線が、私に刺さる。彼らにはいつか話すと決めていた。でも、いざその話をするとなると、少し心苦しい。みんなに、私の抱えるものが負担になっているんじゃないか、と不安になる。
「穂乃緒ちゃんは一度、海外に売り飛ばされてから、再び日本に戻ってきた。だが、穂乃緒ちゃんを買った二人は、ストレス発散の道具としてしか見なかった。だから穂乃緒ちゃんは、君達に接触したんだ。今の保護者である彼らから、逃げるために」
「……青木…………」
「………………」
みんなの視線を受けて、何か言おうと、口を開いた。
「別に……全て、過ぎた過去の事です。今更覆せないし、取り戻すつもりもありません。それを悲観したことも、一度もありません」
「穂乃緒ちゃん……」
「こんな話をしておきながら、気にするなと言うのも、虫が良過ぎますよね。でも……本当に、気にしないでください。私は、皆さんと一緒にいられるだけで……皆さんが皆さんでいて下さるだけで、満足ですから」
不器用に、フッと笑ってみせる。彼らに言った事は私の本心だ。私がこうして変われたのも、雷門のみんなのおかげ。私の心を受け止めてくれた、彼らのおかげ。だから私は、みんなを守りたいと強く思った。みんなを守るためなら何でもするし、この平和を崩す輩がいるなら、全力で排除する。それくらいの覚悟なのだ。
でも。それでも。
「青木……」
円堂さん、貴方は……。
「お前が何を抱えていようと……俺は、俺が今まで見てきた青木穂乃緒を信じる。不器用でイジワルだけど、本当は誰よりも優しいお前のことを信じてる! だから青木……」
スッと手を私に差し伸べて、快活な笑顔を浮かべる。
「これからも、よろしくな!」
「……はい。もちろん」
それを受け入れて、私も彼の手を握り返す。
円堂さん、私は何があっても、貴方へのご恩だけは忘れません。恩返しなんておこがましいこと、私には一生かけてもできないと思いますが……せめて、貴方達の隣で、これからも守らせて下さい。
「私……何があっても、このご恩は一生忘れません。これからはこの命をかけて、貴方方をお守りします」
「えっ、や、そんな大げさな……」
「フッ……いいんじゃないか? 青木らしい」
「それに青木は、一度決めたら絶対折れてくれないだろ?」
「そうです。ですからどうぞ諦めて私に守られて下さい」
「でも穂乃緒ちゃん、無茶だけは絶対しないでよ? 穂乃緒ちゃんすぐ怪我するんだから……」
「…………なるべく努力します」
「あはは、穂乃緒ちゃんでも木野さんには敵わないんだね」
あはははは……と笑い声が、空に響く。この幸せが、どうかずっと続きますように。この時の私は、そう願っていた。
その時、ふと財前さんの携帯が鳴る。すぐに財前さんが携帯を開き、通話を開始した。
「ーーええ⁉︎ ……あ、わ、わかった!」
「どうしたんだ?」
円堂さんが問いかけると、財前さんが振り返る。
「うん……。パパがみんなに、感謝状を贈りたいんだって」
「「「「感謝状⁉︎」」」」
財前さんのお父さんーーそれはつまるところ、総理大臣。国の代表を務める人から感謝状……あまり実感がわかないのは私が賢くないせいだろう。でもみんなは事の大きさを理解して、ざわついていた。
そこに、響木監督が口を開く。
「いや、お前達の活躍は、充分感謝状に値する。……本当にみんな、よく頑張ってくれた」
驚きの反応も一旦止み、それぞれ顔を見合わせる。とにかく、キャラバンは一度稲妻町に帰り、それから総理から感謝状を受け取ることになった。