吉良がフィールドに崩れ落ちるように膝をつく。
「私は人として恥ずかしい……。こんなにも思ってくれる子供達を、単なる復讐の道具に……」
「復讐……?」
吉良の言葉に引っかかりを感じた私は、すぐに聞き返した。そこへ歩み寄ってきたのは、鬼瓦さんと滝野さん。
「話してもらえませんか、吉良さん。何故、ジェネシス計画などというものを企てたのか……。どこで道を誤ってしまったのか……巻き込んでしまった、あの子達のためにも」
ようやく、吉良の口から真実が語られる時が来た。私は吉良から目を離さず、黙って話を聞いた。
吉良には、ヒロトという息子がいた。彼はサッカーが大好きで、夢はプロのサッカー選手。しかし海外でのサッカー留学中、その地で謎の死を遂げた。吉良は事件の真相解明を求めて何度も警察に掛け合ったが、なんでもその事件には国の政府の要人の息子が関わっていたとかで、彼は事故死として処理された……。「あの時の悔しさは、今でも覚えている」と呟く吉良。息子に何もしてやれなかった悔しさ、息子を失った悲しさで、彼は生きる気力さえも失くしていた。
そんな時、瞳子監督が提案したのが、親を無くした子供達のための施設「お日さま園」だ。はじめは娘の頼みとして作ったその場所だったが、子供達と触れ合うことで、次第に吉良の心の傷も癒えていった。
「……本当にお前達には感謝している。お前達だけが、私の生き甲斐だった。……そして、5年前……」
5年前。富士山の麓付近に、隕石が落下した。それこそがーーエイリア石。エイリア石の研究を進めていた吉良達は、その恐るべきエナジーを発見する。そして、取り憑かれていった……エイリア石の、魅力に。
それと同時に、吉良の中で忘れかけていた復讐心が目覚め始めた。息子を奪った連中に、この石の力で復讐を……。……いやそれどころか、この石さえあれば、世界をも自在に操れる……!
「すまない……本当にみんな、すまなかった……。私が、愚かだった」
「……父さん……」
いつの間にか、瞳子監督が吉良の隣に立っていた。私は罪悪感に苛まれる彼を見下ろして、溜息を吐いた。
これがようやく見つけた真実か。案外、馬鹿らしいものだった。でも、馬鹿らしいほど、虚しい話。この人は……ただ、不幸だっただけだ。大切な息子を奪われて、それを乗り越えようとした時に……押し殺していた復讐心に屈服してしまった。ただ、それだけの人。己の心の弱さを嘆いても悔やんでも、こいつが引き起こした一連の騒動の責任はこれから先も付いて回るだろう。でも……。
その時、私の耳に小さな音が入る。この音は……地響きみたいな……? まさかと思った次の瞬間、突然地面が大きく揺れた。
「っ、何だ……⁉︎」
「地震か⁉︎」
一体何が起きているのか。みんなが動揺している中、とにかく冷静を保とうと私は天井を見上げる。遠いそれが、所々ヒビ割れているのが見えた。辺りを見ると、壁にも似たようなヒビが。
「まずい‼︎ 崩れるぞッ‼︎」
咄嗟に叫んだ私は出口を振り返るが、そこにもすぐに瓦礫が落ちてきた。これじゃあ、逃げようにも逃げられない。どうする。これを壊して進むか。グッと拳を握りしめたが。
「みんな、早く乗るんだ‼︎」
「古株さん‼︎」
反対側にある出入り口から、古株さんの運転するイナズマキャラバンが飛んでくる。みんなはすぐにキャラバンに乗り込んだが……。
「……貴方はここで何をしているのですか」
私は、その場に座り込んだままの吉良に声をかける。最後に乗ろうとしていた基山さんも、私達に気づいたらしく、円堂さんが呼ぶのにも関わらず、こちらへ駆け寄ってくる。基山さんが私の隣に立って、吉良に手を差し伸べる。
「父さん、逃げるんだ! 早く……‼︎」
「……私のことはいい……。私はここで、エイリア石の最期を見届ける。それが、お前達に対するせめてもの償いだ」
「馬鹿を言え」
基山さんが言葉を紡ぐより早く、私が声を発する。また敬語の抜けた、怒りの色を含む私の声に、吉良は驚いたように私を見上げた。
「罪を償う? お前はふざけているのか? そんなもの、誰が望んだ」
「…………」
「お前がここで一人死ぬことを、誰が望んだと言っているんだッ‼︎ お前が自らの罪から逃げたいだけだろう、それのどこが償いだ‼︎」
あぁもう。何で今日はこんなにも腹立たしいことだらけなのだろう。円堂さんに散々怒鳴ったというのに、まだ張り裂けるように叫んでいる。それでも、私の口は止まらない。
「いいか、お前の償いはここで死ぬことじゃない。生きて、お前の子供達を見守ることだ。お前には、あんなにもお前のことを思っている子供達がいるだろう。そいつらを残して、無責任にもお前は死ぬのか? この騒動を起こした責任は、全てあいつらに降りかかるぞ。それから愛する子供達を守るのが……父親ってやつの、役目じゃないのか」
「…………‼︎」
「たとえ父親だと思われていなかろうと、子を守るのがお前の役目だろう。かつてお前が、自分の息子の死の原因を明かしてほしかったように……お前は子供のためなら、何でもしただろう。それは、血が繋がっていようがいまいが、関係ない。……違うか?」
ーー……まぁ、こんなこと、まともな親に育てられなかった私が言えるような内容ではないがな。
最後にそう呟いて、私は溜息を吐く。基山さんが、片膝をついて、吉良と視線を合わせる。
「……行こう。父さん」
柔らかな声でそう言えば、吉良は涙を滲ませた。
「……こんな酷い事をした私を……ヒロト、お前が許してくれるというのか……っ」
基山さんも、瞳を潤ませて頷く。
「邪魔をして非常に申し訳ありませんが、早く逃げないと……」
「あぁ……」
私と基山さんに促され、吉良はようやく立ち上がり、キャラバンへ向かった。私達も乗り込むと、すぐに扉が閉まる。キャラバンは急発進して、瓦礫やら爆風やらが迫る中、全速力で走っていた。
キャラバンの中、窓の外を眺める私に基山さんが近寄る。
「……穂乃緒ちゃん」
「はい」
「…………ありがとう。君に助けられちゃったね」
「……いえ……ようやく借りが返せましたから」
「借り?」
どうやら覚えていないらしい。キョトンとする基山さんの顔を見て、思わず吹き出してしまう。
「覚えていらっしゃらないのですか? 私と貴方が、初めて出会った時のことを」
「え……?」
「私が追われていた時、助けてくださったのは他でもない貴方ではありませんか。……だから今度は私が、貴方を助ける番。……まぁ、助けられたのはどっちだかよくわかりませんが」
フッと頬を緩ませると、基山さんも優しく微笑む。私は不意に、彼の頬に指を滑らせた。
「やはり、貴方には穏やかな笑顔が似合う」
「っ‼︎ なっ……」
「真に受けないでください。冗談です」
「……そんなこと言わないでよ」
「本気にしちゃったじゃん」と口を尖らせて、赤らむ顔を隠す。見ているだけで愉快だ。
……敵だったこの人と、またこうして笑い合えるなんて、思ってもみなかった。これも全て、私が変われたおかげなのだろう。そして、私を変えてくれたのは……他でもない、円堂さん。
礼を言うのは、私の方だ。まだ鈍く痛みを引きずる腹に手を当て、再び窓の外に視線を移した。
あともう少しでエイリア学園編も終わり。頑張ります。