青き炎、エイリアと戦う   作:支倉貢

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86話 父

歓喜の声が上がるその横で、ジェネシスの面々は肩を落とす。

その中で、グラン……基山さんだけが、何かを悟ったような、清々しい表情。小さな笑みを浮かべて、フィールドに出てきた私の元に歩み寄る。

 

「……穂乃緒ちゃん」

「はい」

「……仲間って……すごいんだね」

「……はい」

 

ようやく彼もわかってくれた。それが嬉しくて、頬を緩める。

基山さんは一瞬目を見開いてから、プイと視線を逸らした。横から見た耳が、少し赤く染まっているのが不思議だったけれど……。

 

「……良かった。貴方にも伝わって」

「う……うん……」

 

何故か少しぎこちない様子の基山さんに、どうしたのかと首を傾げる。

……あ。そうだった。基山さん、私のことが好きだったんだ。……ごめんなさい、忘れていたわ。

私はそんな基山さんに静かに手を差し伸べる。

ん? 惚れられている相手にすることじゃない? ええ、わかってやっているもの。だってそうしたら、基山さんの恥ずかしがるようないい顔が見られるでしょう?(※青木さんはドSです)

 

「…………」

 

基山さんは黙って、私の手をしっかりと握りしめる。

……チッ。想像通りの反応が返ってこなくて、私は心の中で舌打ちをする。

そこへ、いつもより穏やかな表情の瞳子監督がやってくる。

 

「……ヒロト」

「……姉さんが伝えたかったこと……これだったんだね、姉さん」

 

……これでよかった。家族はやはり、仲良くしている方がいい。家族がどんなものなのかを知らない私が言えたことではないけれど。

その時。

 

「…………ヒロト……」

「!」

 

機械越しにしか聞こえてこなかったあの声が、直接耳に入る。私がそこに視線を投げると、吉良がそこに立っていた。

あの憎たらしい様子はどこへやら、弱々しい声音で基山さん達に口を開く。

 

「……ヒロト。お前達を苦しめて、すまなかった……」

「…………父さん……」

「瞳子。私はあの、エイリア石に取り憑かれていた」

 

吉良はそう言って、俯く。

 

「お前の……いや、お前のチームのおかげで、ようやくわかった」

「父さん……!」

「そう、ジェネシス計画そのものが、間違っていたのだ……」

「……………………」

 

まったく、人騒がせな奴ね。ここまでしなければ、気付かないとは……年寄りになると頑固になるというのは、まさにこのことかしら。私は嘆息しながら、後ろで腕を組んで吉良の旋毛を見下ろす。

その時、一人の空気が変わった気がした。バッと振り返ると、そこには体を震わせたウルビダが。

 

「……ふざ、けるな……! これほど愛し、尽くしてきた私達を、よりによって貴方が否定するなぁああッ‼︎」

 

引き裂かれるような悲痛な叫び声と共に、ウルビダが足元にあったボールを蹴り飛ばす。その先には……父と呼び慕っていた、吉良が。

 

「なッ‼︎」

「お父さん‼︎」

 

吉良の方を見やると、襲来するボールを見据えて真っ直ぐ立っている。

彼女の怒りを受け止める覚悟なのか……でも、そんなのっ……!

見てられない。私は憎いはずの吉良を守ろうと走り出した。しかし私の横を、一人の影が抜き去った。

 

ーードォッ!

 

その光景に、私は目を見開く。

ボールを受け止めたのは、吉良を庇った基山さんだった。

 

「基山さん‼︎」

「グラン……! お前……⁉︎」

「……くっ、うっ……」

 

彼女ほどのプレイヤーのシュート力はかなりのものらしい。基山さんは痛みに耐えかね、ドサリと倒れ込む。

私と円堂さんがすぐに彼を介抱しようと駆け寄った。

 

「ヒロト! ヒロト、大丈夫か⁉︎」

「基山さん、しっかり……!」

「っぐう……‼︎」

 

顔をしかめる基山さんを、ウルビダは驚愕の表情で見下ろす。

 

「何故だ、グラン……何故止めたんだ⁉︎ そいつは私達の存在を否定したんだぞ⁉︎ そいつを信じて戦ってきた、私達の存在を‼︎」

 

愛していた故の怒り、か……。私には到底理解できそうにない事だ。

私は今まで、人を愛した覚えは一度もない。そもそも、愛することがどういうことか、全くわからない。

それでも、ついつい口を挟みたくなってしまう。私の悪い癖だ。でも今回はそれを堪えて、成り行きを見守る。この状況で、私に口を出す権利はない。

 

「私達は全てをかけて戦ってきた! ただ……強くなるために……! それを今更、間違っていた⁉︎ そんなことが許されるのか、グラン‼︎」

「……確かに……確かに、ウルビダの言う通りかもしれない。お前の気持ちもわかる……でも……それでも、この人は……!」

 

痛みを引きずって立ち上がった基山さんが、ウルビダに言い放つ。

 

「俺の大事な、父さんなんだ!」

「……‼︎」

「……もちろん、本当の父さんじゃないことはわかってる。ヒロトって名前が、ずっと前に死んだ、父さんの本当の息子だってことも」

「……本当の、息子……?」

 

一体、どういうこと?

疑問を投げかけようとしたが、基山さんが体勢を崩したのを見て、慌てて円堂さんと共に彼を支える。

 

「それでも、構わなかった……! 父さんが、俺に本当の"ヒロト"の姿を重ね合わせるだけでも……!」

 

ポツポツと語る基山さんの言葉に、私達は耳を傾ける他ない。

私は、貴方と吉良の間に何があったかなんて知らない。今まで、どんな気持ちでいたかも……何も。

それでも、彼が父を愛していることは、痛いほど伝わった。愛するなんて知りもしない、私にも。

吉良が、両足を踏ん張って立つ基山さんを見て、驚いたように呟く。

 

「ヒロト……おまえはそこまで、私を……」

 

悔やんでも悔やみ切れないような、そんな表情。足元にあるボールを拾い上げ、それを見下ろして呟く。

 

「……私は間違っていた。私にはもう、お前に父さんと呼んでもらえる資格などない……」

 

そのボールを、蹴り込んだ張本人ーーウルビダの足元へ投げ、両腕を広げる。

 

「さあ打て! 私に向かって打て、ウルビダ‼︎」

「父さん……⁉︎」

「こんなことで、許してもらおうなどとは思っていない。だが、少しでもお前の気が収まるのなら……! さあ、打て!」

 

今度は吉良が基山さんの前に出て、両腕を広げる。

対するウルビダは、姿勢を低くして吉良を見つめた。そして、足元のボールに視線が向けられる。その目は明らかに迷いの色を映していた。

 

「っ……うぉおおおおおっ‼︎」

「ウルビダっ‼︎」

 

怒号と共に右足を上げたウルビダに、円堂さんが叫ぶ。私も一瞬身構えたが、その時彼女の目に、涙が滲んでいた。

それから脱力して、地面に崩れ落ちる。

 

「……打てない…………打てるわけ、ない……! だって、だって貴方は……私にとっても、大切な父さんなんだっ……!」

「……ウルビダ」

 

涙を流す彼女を見て、吉良も腕を下ろす。

ジェネシスの選手達の悲しいすすり泣く声が、ひどく耳に響いた。


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