翌朝。特に何も起こらなかった夜を過ごし、2人より先に目覚めた私は黙々とストレッチをしていた。久々に、戦う準備をする。そもそも私の体は戦闘用に仕立て上げられているため、ストレッチはあまり必要ではないのだが。片手逆立ち腕立てを繰り返していると、2人が目覚める気配を感じた。
「あ……おはよう、ございます……ッ」
「ああ……って! 何やってんだよお前!」
「トレーニング、……ですッ……くっ!」
私は一度腕を曲げてから、それをバネにし勢いをつけ、飛び上がった。着地し、上半身を起こした2人を見つめる。
「さて、行きましょうか」
「あ、ああ!」
「……」
バーンとガゼルはベッドから降り、黒いサッカーボールを小脇に抱えて部屋を駆け出した。青木は彼らの後を追いかけた。
「随分と長い廊下ですね」
「ああ……」
長ったらしいめんどくさい廊下をひたすら走る。私の隣にはバーンとガゼルが並走する。2人ともさすがエイリアのトップと言うべきか、私に追いついている。走りながら、ガゼルに問いかける。
「しかし、どうするんですか? ジェミニストームやイプシロンを救うためには」
「ジェミニストームやイプシロンは、とある部屋に閉じ込められている。まずはその部屋を見つけ出す。開けられそうなら開ける。もし無理なら……」
「ぶっ壊す。ですね」
「そうだ」
「わかりました」
ぶっ壊すのなら、簡単だわ。私の得意分野だし。
「見えてきたぞ! あそこだ!」
バーンの声に前を向く。そこには何やら黒い大きな壁が見えてきた。壁はどうやら引き戸らしく、取っ手はない。エイリアの施設には一度侵入したことはあるが、ここには鍵穴らしきものもない。
「こいつはどうやら、ぶっ壊すしかないみたいですね」
扉をコンコンと叩き、扉のコアを探す。数回に分けてくまなくチェックする。一箇所だけ、音が違う場所があった。
「……ここね」
「え? お前、どうするんだよ」
「どけ、青木穂乃緒。私が蹴る」
「はあ⁉︎ 俺だっつーの!」
傍で口喧嘩を繰り広げる2人を無視し、コアを確認するように拳をぶつける。
しかし、破壊した時に、扉のすぐ後ろにジェミニストームらがいたら大変だ。私は一応、ガゼルに確認をとった。
「このすぐ後ろに彼らはいますか?」
「は? いや……すぐ後ろではない。もう少し遠くだ」
「わかりました」
扉に当てていた拳を大きく後退させる。そして、渾身の力で拳を叩きつけた。
「はぁあああっ‼︎」
ガァアアァン‼︎
ピシッ……
大きな鈍い音が響き、扉にヒビが入った。
よし、これなら……! と思ったが、扉を殴った腕がビリビリと痺れてきた。
「うぐっ……!」
痛みが走り、思わず腕を抑えてしまう。
そういえば、この腕は、あの時たくさん刺されて傷がまだ完全に治っていない。そんな腕で物を……しかもこんな硬いものを殴るなんて、無謀だったかしら?
いや、そうでもないみたい。扉は壊すことは出来なかったが、ヒビを入れることは出来た。もう一度殴ればいけるだろう。
「おおぉおおおぉおぉ‼︎」
扉を殴ろうと、腕を振り被る。痺れた腕を無視しながら、もう一度同じ力で壁を殴った。
ゴォォン!
扉は再び低い音が鳴り響いた。そして……。
ガラガラ……
「マジかよ……本当にぶっ壊しちまった……」
「ふん……これくらいどうってことありません」
扉にぶつけた手をぶらぶらと振る。少し痺れるが、動かせないことはない。
次の瞬間、けたたましい警告音が鳴り響いた。扉を破壊したことによるものだろう。
「早く行きましょう」
「ああ」
私たちは奥へと足を進めた。中に入ってみると、そこは暗く、文字通り一寸先は闇だった。私たちの短くリズムを刻む足音だけが、暗闇に響く。
「何も見えねーな。懐中電灯ねーのかよ?」
「バカなことを言うな。そんなものを使えば、すぐにバレる」
「真っ直ぐ進めばいいんですよね。なら、簡単です」
警告音が鳴ってから、私は少し焦っていた。いつ、敵がここに来るかわからない。あの時みたいに、またスタンガンにやられたら……私は本当に動けなくなる。そうなれば、私は今度こそ捕まるだろう。それだけは、何としても避けたかった。
私には、まだやるべきことがーーいや、やりたいことがあるのだ。
目がだんだん暗さに慣れてきて、歩くスピードを速める。すると、目の前を鉄格子が遮った。
「!」
鉄格子に手をかけ、その向こうを覗いてみる。牢屋か何かに閉じ込められていたのは、レーゼ、デザームをはじめとするジェミニストーム、イプシロンの面々だった。
「レーゼ、デザーム!」
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
私の両隣で、ガゼルとバーンが中にいる2人に呼びかける。こちらから見て一番近くに倒れていた2人は、私たちの気配を感じ、ゆっくりと体を起こした。
「ぅ……」
「レーゼ!」
「ぐっ……なっ……バーン様、ガゼル様……っ⁉︎」
目を開けたデザームが、私たちを見る。そして、私を見た途端、目を見開いた。私はデザームの視線を受けつつも、鉄格子を破壊しようと手をかけた。
その背後に、気配を感じる。私は振り返らずに声を発した。
「どうやら、追っ手が来たみたいですよ」
「え?」
私の言葉に反応したバーンが、背後を振り返る。そこには、およそ20体程のロボットが並んでいた。
「⁉︎」
「なっ……‼︎」
同様に振り返ったガゼルも、息を飲む。
私は鉄格子から手を離し、数歩ロボットたちに歩み寄った。首をゴキゴキと鳴らし、指の関節を伸ばすように動かす。
こいつらを、このまま放っておくわけにはいかない。私たちは言わば、見つかったという状態なのだ。たとえ、それがエージェントでもロボットでも関係ない。
彼らに任せることは、もちろん出来るかもしれない。しかし、彼らはサッカーボールで敵を攻撃することしか出来ないのだ。それでは、こんな大勢を相手に出来ない。
ならば、ここは私が奴らを殲滅するのみ。それが最善だと判断した。
「お二方。その檻を壊しておいて下さい。こいつらは、私が片付けます」
「はぁ⁉︎ 何言ってんだよ‼︎」
「いいから、とっととやれ。私は私のやりたいことを。お前たちはお前たちのやりたいことをやれ」
バーンの制止を振り切り、睨みつける。バーンは何か言いたげだったが、私の威圧を受け、渋々下がっていった。
バーンたちを下がらせてから、トンッと軽く地面を蹴る。それから何度かその場で軽いジャンプを繰り返し、戦闘態勢に入った。
ドスッ‼︎
一瞬で一体のロボットとの間合いを詰め、顔面に膝蹴りを浴びせた。顔面はぐしゃぐしゃに大破し、倒れ込んだ。
膝を入れた私は、ゆっくりと地面に降り立つ。その周りを、ロボットたちが囲んだ。
「青木穂乃緒‼︎」
ガゼルの声を皮切りに、ロボットが一斉に襲いかかってきた。
私は左足を一歩下げ、両足にグッと力を入れて跳んだ。一周回転するように、ロボットたちの首を狙って足を叩きつけた。
頭と胴体が私の蹴りによって、二つに切り離される。こうして倒れたロボットを見下ろして、周囲にいる他のロボットたちに、ニヤリと怪しく笑ってみせた。
「どうしたの? この程度では、私は止められないわよ。さあ、私を倒したければ、どんどん来なさい!」