「よっ」
「くっ!」
「うおっ‼︎」
突然瞬間移動をしたせいか、バーンとガゼルが転ぶ。私はなんとか着地し、転びかけたバーンとガゼルを仕方なく服を引っ張って支えてやる。
「ほら、しっかり立ちなさい」
「お、おう。悪いな……」
「この私が立たせると思うな」
「ぐえっ‼︎」
支えた途端、両手を離してやる。何故離したかって? 逆にずっと掴んでやる筋合いがない。
着いたところで辺りを見回してみると、どこかの部屋らしい。ベッドや机、椅子もある。私の様子を見て、バーンが声をかける。
「ここは俺の部屋だ」
「……私を稲妻町に返せ。どうやら最悪の場所に着いてしまったらしい」
「おい! 青木てめえどーいう意味だよ!」
「そのままの意味だ」
「おい、やめろ」
ガゼルが私とバーンの肩を掴んで制止する。そうだ。今は、こんなことをしている場合ではなかったのだ。
「で? ジェミニストームとイプシロンを助けるってどういうことだ」
「ああ……そうだったな。まず尋ねるが……ジェミニストームやイプシロンが、君たちに負けた後どうなったか知っているか?」
「いや……」
「実は、あの後……彼らは追放なんかされてなかったんだ。この施設の中にある部屋に閉じ込められ、再び使えるようにしているらしい……」
「……? どういうことだ?」
「つまり、特訓させられてんだよ。それこそ、拷問みてーな」
「何だと……⁉︎」
バーンが言い放った結論に、私は愕然した。何故……そんなことをするのか。彼らは知らなかったのだろうか。それを、問うてみる。
「お前らは何一つ知らなかったのか?」
「ったりめーだろ。だからこうして焦ってんだよ」
「……それで、私に彼らを救出するために協力してほしいと」
「そういうことだ。理解してもらえたか?」
まあ……話はだいたい理解したので、ここは頷いておく。私はすぐにガゼルに尋ねた。
「いつ始める?」
「………………」
「決めてなかったのか? 意外と考えが浅いな」
「いや……ジェミニストームとイプシロンを助けて……君を雷門に返さなくてはならない。そう考えると、やはり早朝に行くしかないと思ってな」
「へえ……わざわざそんなことまで考えてくれてたのか」
私はそれだけ聞くと、床にペタンと座り込んだ。
「? おい、何やってんだよ」
「寝る」
「はあ⁉︎ そんなとこでか⁉︎」
何故バーンが驚く? 私はポカンとした表情を浮かべて彼らを見つめ返していた。突然、ガゼルが溜息をつき、こちらへ歩み寄る。私の前に立つと、腕組みをして私を見下ろした。
「風邪を引くぞ。ベッドで寝ろ」
「断る。私には必要ない。お前ら2人で寝ろ」
「男2人が同じベッドで寝て誰が喜ぶんだ」
「知るか。画面の前の腐女子じゃないか?」
「腐女子って言葉知ってたんだなお前」
バーンが首を突っ込んできた。話を続けるのがめんどくさくなり、私は体を横たえた。
それが気に食わなかったのか、ガゼルが私の脇と膝の裏に手を入れ、抱き抱えた。
「⁉︎ おい、下ろせ‼︎」
「大人しくしろ」
「ああっ‼︎ おいガゼルてめー何やってんだよ‼︎」
「なんだバーン。羨ましいのか」
「そう……って、ちげーよ‼︎」
バーンは何故か真っ赤になってガゼルに叫ぶ。まるでキャンキャン吠える犬だ。可愛いことこの上ない。ガゼルは私をベッドに落とし、起き上がろうとする私を組み伏せる。
「どけ」
「大人しく私の命令に従え」
「ふざけるな」
「……お前はこの状況を分かってないな」
ガゼルは一つ溜息をつくと、私から降りた。一体何を言いたかったのかしら、彼は? ガゼルは私の隣に体を横たえ、バーンも私の隣に、体を投げるようにベッドに横になる。
「おい。お前逃げんなよ青木」
「チッ」
「やっぱ逃げようとしてたな。いーから、ベッドで寝てろ」
「はいはい……」
もはや逃げることは出来ないらしい。私は仕方なく諦めて、仰向けになって天井を見た。天井はガラス張りになっているのか、夜空と静かに佇む月が見える。
「…………綺麗」
「ん? 空がか?」
ボソリと呟いたのを聞き付けられたのか、バーンが私と同じように仰向けになる。隣でガゼルも仰向けになったのが分かった。ガゼルがふと、感慨深そうに呟く。
「子供の頃、こうやってみんなで空を見上げたな」
「みんな……?」
「ああ。私とバーンと、レーゼ、デザーム、そしてグランとでな」
「え?」
「俺たち、あんなことやってたけど……ホントは家族みたいなもんなんだ」
バーンも、両手を後頭部の下に敷き、懐かしそうに目を細める。
エイリア学園の選手たちは、家族。そこには、ランクも何も関係ない。彼らの口から、そんな言葉が出るなんて意外だった。
「青木も、こんな風に夜空を見たことあるだろ?」
「いや……」
「は? どういうことだよ」
バーンに問われ、私は静かに目を閉じる。もう一度ゆっくり目を開き、夜空を見つめたまま口を開いた。
「私の覚えている範囲では、少なくともこうして夜空を見上げたことはない。ただ、暗くて冷たい天井しかなかった。それは地下だったり、私に与えられた部屋だったり。だけど、光はなかった。だから、こうして何も考えず、ただ夜空に瞬く星が美しいと思えるようになったのは、ここ最近だ」
「そうなのか……?」
「ああ」
「……なんか、悪かったな。変なこと聞いちまって」
「いや……別にいい」
こんなことを他人に話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。
円堂さんたちと関わって、エイリア学園と戦って、たくさんの人と出会った。その中で、ただただ絶望を背負ってしか生きられないと思っていた私が、こうして誰かのために戦おうと、この力を振るおうとするなんて、思いもよらなかった。
「私がこんなに変われたのは……雷門と、貴方方のおかげですね」
「は? 何だよ急に」
「……何でもありません」
ガラにもなく、ポツリと呟いてしまう。それが本当にらしくなくて、自分でも笑ってしまう。
「……ふふ」
「!」
「……!」
思わず、笑い声が漏れてしまった。それを聞きつけた2人が、ガバッと起き上がる。
「なあ、今笑ったよな?」
「……何のことかしら」
「今笑ったよな! な、笑っただろ⁉︎」
「空耳でしょう」
「いーや、絶対笑った!」
バーンが笑った! とうるさいので、軽く受け流しておく。これはこれで面白いかもしれない。隣で見下ろすガゼルも微笑んでいた。
そういえば、円堂さんたちも、私が初めて笑えた時は、とても喜んでくれた。何故、他人の笑顔を見て喜ぶのだろう。人間という生き物は。
今、円堂さんたちはどうしているだろうか。そんなことを考えながら、静かに目を閉じた。
明日。全てを終わらせる決戦が、始まる。