ダイヤモンドダストとの戦いを終えた後、私たちは一度キャラバンの前に集まった。そこで、アフロディさんの正式な参加が決まった。
「感謝します、監督。失礼ながら、今の雷門は決定力が不足していますからね」
「ふっ……。言ってくれるじゃないか」
「君たちの強さは、こんなものではないはずだよ。僕は、君たちを勝利に導く……力になりたいと思っているんだ」
豪炎寺さんの言葉に、アフロディさんは微笑んで答える。
しかし、アフロディさんが男だと聞いた時は本当に驚いた。一生の不覚だわ……。あんなに女っぽい男がいるもんなのね。いや……これはさすがに失礼か。
アフロディさんが仲間に加わり、円堂さんは笑顔で仲間たちに呼びかけた。
「よーし! エイリア学園を完全にやっつけるまで、頑張るぜ!」
「「「「おおっ‼︎」」」」
円堂さんの鼓舞に、仲間たちが答える。私はまたこれには加わらなかったが、彼らを見て微笑みを浮かべた。
「……円堂くん」
「はいっ!」
不意に、瞳子監督が円堂さんを呼ぶ。監督はしばらく黙って円堂さんを見ていたが、口を開いて紡いだ言葉は、全員を驚かせるものだった。
「貴方には、GKをやめてもらうわ」
「えっ……⁉︎」
衝撃の発言に、言われた円堂さん本人も、雷門イレブンも驚きが隠せない。
「監督……今、何て……」
「キーパーをやめろと言ったのよ」
「そんな……! 急にそんなこと言われても……!」
「あたしは反対です、監督! このチームのGKは、円堂しかいません‼︎」
すぐさま、財前さんから反対の声が上がる。そして、それに続くように綱海さん、一之瀬さん、壁山さんも反対した。
「だよな。むちゃくちゃだろ?」
「どういうつもりでそんなこと言うんですか!」
「俺も嫌ッス‼︎」
まあ、確かに今までずっと、雷門のゴールは円堂さんが守ってきた。それを見れば、当然の反応と言えるだろう。瞳子監督は、彼らの反応を物ともせず、続けた。
「勝つために、GKをやめてほしいの」
「勝つ、ため……?」
円堂さんは、未だにわけがわからないと監督を見つめ返す。私は一歩前に出て、瞳子監督の意見に乗せるような形で話し出した。
「私は、瞳子監督の意見に賛成です」
「青木⁉︎」
雷門イレブンの視線を一身に受けながら、私は続ける。
「私は、かねてから思っていたのです。私たちはさらに強くなるために、このままでいていいのかと」
「それってどういうことだ?」
「地上最強チームを名乗るためには、弱点は克服しなければなりません。このチームには、致命的な弱点があります」
「それで、円堂にどうしろって?」
財前さんが私に問いかける。私はそれに頷いて答えてから、円堂さんを見つめた。
「円堂さんには、変わっていただくのです」
みんなはまだ、わけがわからないとでも言うように首を傾げる。鬼道さんだけは肯定の意を表して、頷いていた。
「俺も、それは以前から問題だと思っていた」
「鬼道……?」
鬼道さんの賛同を得て、私はさらに続けた。
「FWが封じられた時、私たちにはMFが打てる3人技があります。一之瀬さん、土門さん、円堂さんのザ・フェニックス。鬼道さん、豪炎寺さん、円堂さんのイナズマブレイク。これらのどちらにも、円堂さんが参加しなければなりません。ですが、円堂さんはGKです。ゴールを守るのが仕事で、本来フィールドに出て点を取ることは仕事ではありません」
「……確かに、そうだよな」
「先程のダイヤモンドダスト戦でも、それが仇となって点を奪われそうになりました。私も、円堂さんの攻撃参加には賛成です。でもそれは、
「フィールドプレイヤー……⁉︎」
円堂さんが驚くのを見て、今度は鬼道さんが口を開く。
「俺も、青木と同じ意見だ。試合終了間際に見せたあの技……あの技が完成すれば、円堂は……攻守に優れたプレイヤー……リベロになれるはずだ」
「リベロ……?」
ポジションについては、私はあまり考えていなかった。確かに、円堂さんが試合の最後に見せたあの技なら……シュートを打つだけでなく、ブロックも可能だ。さすが天才ゲームメイカーだ。見るところが違う。
「エイリア学園に勝つために、俺たちはもっと大胆に変わらなければならない……。そのカギになるのが、円堂だろう」
「円堂くんが、リベロに……」
木野さんが驚いたように円堂さんを見つめる。私はここで、一つの疑問にぶつかった。
「リベロとは、何ですか?」
「リベロとは、自由という意味のイタリア語で、DFとして動きながらも、前に出て攻撃もするプレイヤーのことです」
「そうですか」
「ふふん! サッカーのことで分からないことがあれば、何でも僕に聞いて下さいよ!」
「…………」
「なんとか言って下さいよ‼︎」
目金さんの説明を一応聞き、後はすべてスルー。何か言ったような気がしたが、気のせいだ。うん。
リベロか……。簡単に言えば攻撃的DF、ということか。確かにそうすれば、円堂さんはフィールドで縦横無尽に動くことができる。なんだかんだ言って、あの人ジッと我慢出来なさそうだもの。
で、当の本人はどうするか。円堂さんはしばらく黙り込んでいたが、決意の表情を浮かべた。
「……決めた! 俺、やるよ。勝つために、強くなるために変わる……。リベロになる!」
「リベロ円堂、か。面白いじゃないか」
円堂さんの決断に、豪炎寺さんは小さく笑う。私も小さく微笑み、立向居さんを振り返った。
「GKは、立向居さん。貴方が適任だと思います」
「えっ……お、俺が⁉︎」
突然話題を振られた立向居さんが驚き慌てふためき、自分を指差す。みんなはあまりそれに頷きは出来なかったようだが、私は彼を見て続ける。
「確かに、立向居さんはキーパーとしての実力は不足しているかもしれません。ですが、私は貴方しかいないと思っています。今、雷門のゴールを守れるのは、貴方だけなんです」
「俺が……雷門のゴールを守るんですか⁉︎」
「大丈夫だ!」
未だオロオロする彼に、円堂さんが肩を叩く。
「俺さ、うまく言えないけど……立向居からは、可能性を感じるんだ! なんか、ものすごい奴になる……そんな気がするんだよな!」
「私からもお願いするわ、立向居くん」
瞳子監督からも頼まれ、立向居さんは困惑している。最後に、鬼道さんと私、円堂さんが背中を押すように言った。
「ゴッドハンドも、マジン・ザ・ハンドも覚えることが出来たお前だ。円堂の後継者には、最も相応しいと言えるだろう」
「私も、貴方のレベルアップのためにお力添えをします」
「なっ! 俺たちのゴールを守ってくれ!」
私たちの言葉を受けた立向居さんの表情は、みるみる明るくなっていった。
「……はいっ‼︎ やります‼︎」
立向居さんの笑顔を見て、私も微笑みながら頷いた。
やっぱり、大丈夫だ。このチームは、雷門イレブンはどこまでも強くなれる。
私が、いなくても……。彼らは、きっと……。
私は後ろ手に組んだ手首を、ギュッと握りしめる。何だろうか。活気付く彼らを見て、少し距離があるように感じた。この感覚が、一体何なのか。今の私には、答えを導くことが怖くて出来なかった。
それからみんなは一度それぞれの家に戻った。家への帰路、重い足取りで私は自分の今の家へ向かっていた。
お願いだから、誰もいないで。お願いだから、誰もいないで。
恐怖心から、私はなるべくゆっくり、ゆっくり歩いた。
「…………」
ついに、家に着いてしまった。ゆっくりとドアノブに手をかけ、開ける。鍵は開いていたらしい。玄関で靴を脱ぎ、電気をつける。物音どころか、気配すらしない。
誰も、いない……? ホッと安堵の息を吐いたその時に私は油断した。
ズブッ
「がふっ……」
痛い。腹が痛い。何かが私の腹を突き刺していた。キラリと光るもの。包丁だ。その銀色に輝く綺麗な包丁に、私の吐いた血が飛び散った。
何故。何故。
誰か、いた……。あいつらが、いた……。
私は痛みに耐えかね、ドサリと床に倒れ込んだ。