陽はまだ落ちず、雷門イレブンは練習を開始していた。私は鬼瓦さんたちとは別れたものの、練習にも入らないまま静かに彼らを見守っていた。
私の証言は、役に立ったのだろうか。いや……私は、本当に奴らからの解放を望んでいたのだろうか。私が自由になるなんて、ただのワガママなのではないのだろうか? 自分の心が、全然分からない。……少し、怖い。
……いや、私よりも、もっと怖い思いをしているのは……吹雪さんだろう。彼に目を向けてみる。吹雪さんは私と同様、ピッチの外でフェンスに寄りかかり、空を見上げていた。私は黙って彼の隣に近付き、彼と同じようにフェンスに寄りかかった。気配を消さずに近付いたため、吹雪さんはあっさりと私に気付いた。
「穂乃緒ちゃん……」
「…………」
先のイプシロン戦が、まだ彼に後ろめたさを感じさせているのだろう。吹雪さんは申し訳なさそうに俯いた。私は何も言えなかった。ただ、小さく。
「……すみませんでした」
こう謝る他なかった。
吹雪さんも、黙ったまま何も言わない。私たちの間に、ぎこちない空気が流れる。彼とは、ずっと昔に会ったはずなのに。長い間一緒にいたはずなのに、何故こうも上手く話せないのか。
それでも、何か話さなくては。私の口は、不思議と動いていた。
「貴方の苦しみを……聞いていたのに。私は、貴方に手を差し伸べることが、出来なかった。私には……やはり、誰かを救える力がないのでしょうか……」
「……穂乃緒ちゃん」
「滝野さんにも言われたんです。私の戦い方は、誰かを傷付け、破壊するだけのものだと。……それなら、そんな戦い方しか、私には出来ないのなら……もう、私はキャラバンを降りよう……」
「‼︎」
「そう、考えていました」
私の発言に、吹雪さんが目を見開く。私は彼に構わず続けた。
「でも……円堂さんたちは、きっとそんなの関係ないって言ってくれそうで……。それが、嬉しいはずなのに……何だか、私には守れるものが少ないんだ。そう、言われてるような気がしてならないんです。こんなの、おかしいって分かってるんですけど……」
「………………」
「……すみませんね。こんな話をしてしまって。もうちょっと、貴方を少しでも助けられるようなことが言いたかったんですけど……」
「ううん……。いいんだよ。ありがとう、穂乃緒ちゃん」
「おーい‼︎ 青木ー! 吹雪ー‼︎」
大声で名前を呼ばれる。円堂さんが、こっちを見て大きく手を振っていた。私は吹雪さんを一目見、小さく笑いかけた。吹雪さんはまた大きく目を見開いて私を見つめていたけれど、しばらくすると笑い返してくれた。そんな小さなやり取りをしてから、私と吹雪さんはピッチに入っていった。
復活した豪炎寺さんは、あの時の威力から更にレベルアップしていたようで、立向居さんは豪炎寺さんのシュートを受けられるのが嬉しいのか、感動していた。
ボールは鬼道さんが受け、そこから吹雪さんに上げられる。しかし、吹雪さんは硬直してしまい、ボールは虚しく音を立てて落ちた。
円堂さんたちの表情が、彼の心配をするように曇る。吹雪さんは苦しそうな声で呟いた。
「……僕……このチームのお荷物になっちゃったね……」
彼の傍らに落ちているボールを拾い上げ、私は彼を真っ直ぐ見つめて言い放った。
「そんなことはありません」
「‼︎」
「ゆっくり行けばいいのです。……私も、貴方も。どれだけ時間がかかったっていい。必ず、解決します」
「青木……」
「穂乃緒ちゃん……」
私は上手く出来たかどうか分からなかったが、柔らかく笑ってみせる。それが通じたのか、吹雪さんも笑顔を返してくれた。
「よーし、みんな! もうひと踏ん張りだ! ボールはいつも、俺たちの前にある‼︎」
「「「「おおっ‼︎」」」」
キャプテンの声に、みんなが答える。こんな、たくさんのいざこざを抱えたチームなのに……何でこんなに強いのかしら?
それは、愚問だった。答えは、目の前にあったから。
「お疲れ様ーっ‼︎」
陽が傾き、そろそろ練習も終わりかと思われたその頃、マネージャーの3人と土方さんがドリンクを抱えて持ってきていた。
「ドリンクがあるわよ」
「土方くんの差し入れ、沖縄特産、シークヮーサードリンク!」
みんなはそれを見るとすぐにドリンクに飛びついた。さっきまで練習していたのに、まったく元気なものだ。小さく、笑いが漏れる。
私もありがたく受け取り、口を付けてみる。
「っ‼︎ ……うっ」
「はははっ‼︎ 青木さんが変な顔してるー‼︎」
「……取り敢えず殴らせて下さい良いですよね?」
「わーっ‼︎ ごめんなさーい‼︎」
からかってくる木暮さんを、1発本気で殴ってやろうかと思った。まあ、面白いから後でたくさんからかい返してやろう。少し円堂さんたちから離れ、砂浜まで来た。傍らにある大きな流木に腰掛け、星空を見上げながらドリンクを飲んでいた。
「……お前も笑うようになったな、青木」
豪炎寺さんが、シークヮーサードリンクを片手に私の隣に座った。豪炎寺さんとこうして2人で語り合うのは、奈良で別れる時以来だ。何だか、懐かしく感じる。
「はい。円堂さんたちのおかげです」
「そうか……」
私を心配して下さったのか、豪炎寺さんの声音は優しかった。夜空を見上げると、満天に星が煌めく。こんなに静かな気持ちで星空を眺めることは、今までなかったとだろう。海からの風が、私の髪を撫でるように吹き抜けていった。その風を受けながら、私は口を開いた。
「……人を信じることが、こんなにも安らかな気持ちになるなんて、思ってもみませんでした。私は……それを、ずっと遠ざけていた……。人の温かさに触れようとしませんでした。……怖かったんです。だって、私の体は、他の誰とも違うから。私の意思など、関係なく変えられてしまったから。もう、戻れやしない……」
「……そうだな。過ぎたことは、戻れやしない。だから、俺たちは前に進むしかないんだ」
ポツリと、豪炎寺さんも夜空を眺めながら呟いた。
過ぎたことは、戻れない。だから、前に進む。
豪炎寺さんのその言葉を噛み締め、私も夜空を見上げた。