青き炎、エイリアと戦う   作:支倉貢

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63話 ゆっくり行けばいいのです

陽はまだ落ちず、雷門イレブンは練習を開始していた。私は鬼瓦さんたちとは別れたものの、練習にも入らないまま静かに彼らを見守っていた。

私の証言は、役に立ったのだろうか。いや……私は、本当に奴らからの解放を望んでいたのだろうか。私が自由になるなんて、ただのワガママなのではないのだろうか? 自分の心が、全然分からない。……少し、怖い。

……いや、私よりも、もっと怖い思いをしているのは……吹雪さんだろう。彼に目を向けてみる。吹雪さんは私と同様、ピッチの外でフェンスに寄りかかり、空を見上げていた。私は黙って彼の隣に近付き、彼と同じようにフェンスに寄りかかった。気配を消さずに近付いたため、吹雪さんはあっさりと私に気付いた。

 

「穂乃緒ちゃん……」

「…………」

 

先のイプシロン戦が、まだ彼に後ろめたさを感じさせているのだろう。吹雪さんは申し訳なさそうに俯いた。私は何も言えなかった。ただ、小さく。

 

「……すみませんでした」

 

こう謝る他なかった。

吹雪さんも、黙ったまま何も言わない。私たちの間に、ぎこちない空気が流れる。彼とは、ずっと昔に会ったはずなのに。長い間一緒にいたはずなのに、何故こうも上手く話せないのか。

それでも、何か話さなくては。私の口は、不思議と動いていた。

 

「貴方の苦しみを……聞いていたのに。私は、貴方に手を差し伸べることが、出来なかった。私には……やはり、誰かを救える力がないのでしょうか……」

「……穂乃緒ちゃん」

「滝野さんにも言われたんです。私の戦い方は、誰かを傷付け、破壊するだけのものだと。……それなら、そんな戦い方しか、私には出来ないのなら……もう、私はキャラバンを降りよう……」

「‼︎」

「そう、考えていました」

 

私の発言に、吹雪さんが目を見開く。私は彼に構わず続けた。

 

「でも……円堂さんたちは、きっとそんなの関係ないって言ってくれそうで……。それが、嬉しいはずなのに……何だか、私には守れるものが少ないんだ。そう、言われてるような気がしてならないんです。こんなの、おかしいって分かってるんですけど……」

「………………」

「……すみませんね。こんな話をしてしまって。もうちょっと、貴方を少しでも助けられるようなことが言いたかったんですけど……」

「ううん……。いいんだよ。ありがとう、穂乃緒ちゃん」

「おーい‼︎ 青木ー! 吹雪ー‼︎」

 

大声で名前を呼ばれる。円堂さんが、こっちを見て大きく手を振っていた。私は吹雪さんを一目見、小さく笑いかけた。吹雪さんはまた大きく目を見開いて私を見つめていたけれど、しばらくすると笑い返してくれた。そんな小さなやり取りをしてから、私と吹雪さんはピッチに入っていった。

 

 

 

 

 

 

復活した豪炎寺さんは、あの時の威力から更にレベルアップしていたようで、立向居さんは豪炎寺さんのシュートを受けられるのが嬉しいのか、感動していた。

ボールは鬼道さんが受け、そこから吹雪さんに上げられる。しかし、吹雪さんは硬直してしまい、ボールは虚しく音を立てて落ちた。

円堂さんたちの表情が、彼の心配をするように曇る。吹雪さんは苦しそうな声で呟いた。

 

「……僕……このチームのお荷物になっちゃったね……」

 

彼の傍らに落ちているボールを拾い上げ、私は彼を真っ直ぐ見つめて言い放った。

 

「そんなことはありません」

「‼︎」

「ゆっくり行けばいいのです。……私も、貴方も。どれだけ時間がかかったっていい。必ず、解決します」

「青木……」

「穂乃緒ちゃん……」

 

私は上手く出来たかどうか分からなかったが、柔らかく笑ってみせる。それが通じたのか、吹雪さんも笑顔を返してくれた。

 

「よーし、みんな! もうひと踏ん張りだ! ボールはいつも、俺たちの前にある‼︎」

「「「「おおっ‼︎」」」」

 

キャプテンの声に、みんなが答える。こんな、たくさんのいざこざを抱えたチームなのに……何でこんなに強いのかしら?

それは、愚問だった。答えは、目の前にあったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様ーっ‼︎」

 

陽が傾き、そろそろ練習も終わりかと思われたその頃、マネージャーの3人と土方さんがドリンクを抱えて持ってきていた。

 

「ドリンクがあるわよ」

「土方くんの差し入れ、沖縄特産、シークヮーサードリンク!」

 

みんなはそれを見るとすぐにドリンクに飛びついた。さっきまで練習していたのに、まったく元気なものだ。小さく、笑いが漏れる。

私もありがたく受け取り、口を付けてみる。

 

「っ‼︎ ……うっ」

「はははっ‼︎ 青木さんが変な顔してるー‼︎」

「……取り敢えず殴らせて下さい良いですよね?」

「わーっ‼︎ ごめんなさーい‼︎」

 

からかってくる木暮さんを、1発本気で殴ってやろうかと思った。まあ、面白いから後でたくさんからかい返してやろう。少し円堂さんたちから離れ、砂浜まで来た。傍らにある大きな流木に腰掛け、星空を見上げながらドリンクを飲んでいた。

 

「……お前も笑うようになったな、青木」

 

豪炎寺さんが、シークヮーサードリンクを片手に私の隣に座った。豪炎寺さんとこうして2人で語り合うのは、奈良で別れる時以来だ。何だか、懐かしく感じる。

 

「はい。円堂さんたちのおかげです」

「そうか……」

 

私を心配して下さったのか、豪炎寺さんの声音は優しかった。夜空を見上げると、満天に星が煌めく。こんなに静かな気持ちで星空を眺めることは、今までなかったとだろう。海からの風が、私の髪を撫でるように吹き抜けていった。その風を受けながら、私は口を開いた。

 

「……人を信じることが、こんなにも安らかな気持ちになるなんて、思ってもみませんでした。私は……それを、ずっと遠ざけていた……。人の温かさに触れようとしませんでした。……怖かったんです。だって、私の体は、他の誰とも違うから。私の意思など、関係なく変えられてしまったから。もう、戻れやしない……」

「……そうだな。過ぎたことは、戻れやしない。だから、俺たちは前に進むしかないんだ」

 

ポツリと、豪炎寺さんも夜空を眺めながら呟いた。

過ぎたことは、戻れない。だから、前に進む。

豪炎寺さんのその言葉を噛み締め、私も夜空を見上げた。


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